08 打ち上げ。
私の山勘が見事的中したおかげで、それぞれが高得点を叩き出して、白銀くんは三位。みやちゃんは四位を獲った。
「小紅芽さまさま!!」と二人に拝まれる。教室の前でやめてほしい。
「ということで私の勝ちだから、巨大パフェはなしね」
「ええー! 行こうよー!」
「だめー」
「ちぇー」
ちなみに学年一位は、狼くんだそうだ。四人並んで上位をゲットした。
「でも打ち上げ行きたいですね。週末、行きましょうよ。せっかく揃って上位になれたのですから」
気品ある笑みで、狼くんは促す。
「はい、カラオケに一票!」
みやちゃんは素早く挙手した。
「ゲーセンに一票!」
白銀くんも挙手する。
「カラオケに行ってから、ゲームセンターに行けばいいのでは?」
狼くんは意見をまとめると、私の意見はどうかと視線を寄越してきた。
「……それでいいよ」
無理してパフェを食べるよりはいいと、私は頷く。
みやちゃんは、両腕を上げて喜んだ。
「じゃあやっぱり駅ビルのゲーセンな!」
「なら近くのカラオケ店だね!」
すんなりと場所が決められる。近場だと私も助かるものだ。
上手いかどうかは別として、歌うのは好き。
中学でも、行事のあとの打ち上げによくカラオケに行ったっけ。
誘われるほど蚊帳の外はないけれど、今でも連絡を取り合うような仲の友だちはいない。それが寂しいと、みやちゃんは言う。私も思ったけれども、やっぱり改善する気がない。
心を開ける友だちというものを、作れる気がしない。
親友になれる気が、しない。
しんみりした気分になりながら、白銀くんとみやちゃんのやり取りを見て作り笑いを浮かべた。
その帰りのことだ。
校門前にあの黒猫の男の人が、待ち構えていた。
げ……と露骨に嫌な顔をしたくなったけれども、隣には「途中まで一緒に帰ろうー」とついてきたみやちゃんがいる。視えないふりをした。
横切ると、その黒猫男は後ろを歩いてきたものだから、心の中で悲鳴を上げる。
ついてくるつもりなのか。この黒猫男は!
尻尾をゆらゆら。にたりと笑った顔。
狙いを定められたネズミになった気分だ。
でも家に帰れば、結界があるから大丈夫か。
家までついて来られるのは、不安でしかないけれども、入れないならいい。
なんてお気楽なことを考えていたら、ガッとみやちゃんに腕を掴まれた。
「はっしろー!」
「え? 走る? ええ?」
そのまま、駅まで走らされる。
わりと全力疾走だったから、駅についた頃にはゼェハァ言っていた。
「どうしたの、急に?」
「いや、走りたくなって。ごめんねー!」
「まぁいいけど……」
おかげで黒猫男がいなくなっている。
もしかして、黒猫男に気が付いて、走り出してくれたのかもしれない。
心の中でそっとお礼を伝える。ありがとう、みやちゃん。
「じゃあ、ばいばいー! 小紅芽ちゃん」
「じゃあね、みやちゃん」
手を振り合って、駅で別れた。
打ち上げ当日の土曜日。
コーディネートで迷ったけれども、紺のスキニーにオフホワイトのブラウスを合わせた。コルセット風のベルトをつければ、シックな感じに仕上がる。ちょっと大人っぽすぎるかな、と首を傾げたが、私は私だと思い直した。
いつものように前髪を目にかかる程度に下ろして、後ろの髪は三つ編みに束ねる。そして、丸眼鏡をかけた。
黒いショルダーバッグを肩にかけて、「遊びに行ってきます」と家を出る。
集合場所は駅から十五分離れたカラオケ店。
私の家からも大体十五分だったので、歩いて向かう。
五分前には余裕でつくだろうと思っていたら、もう三人はついていた。
「ごめん、待たせた?」
「ううん! 今来たところ! わぁ、小紅芽ちゃん、大人っぽい!」
「みやちゃんは……相変わらず可愛いね」
そう褒めてくれるみやちゃんは、みやちゃんだった。
ハイウエストの赤いフリルのスカートを穿いていて、ストライプのブラウスには大きな赤いリボンが胸もとについている。どこからどう見ても、女の子にしか見えない。毎日そうだけれども。角も相変わらずある。
「本当に私服が大人びていますね」
「そう言う狼くんも大人っぽいよ」
カーディガンにズボンというシンプルな服装の狼くんは、雰囲気が手伝って大人っぽい。尻尾とお耳が相変わらずあるのだけれどもね。
「冷静ですから、余計大人っぽく見えますよ」
「狼くんもね」
「ねぇ俺は!?」
俺も褒めてと言わんばかりに腕を広げてコーディネートを見せてくるのは、白銀くん。外国人さんの顔がプリントされたシャツに、ジャラジャラと腕輪にネックレスをつけて、腰のベルトにもチェーンをつけている。こちらも言わずも獣耳と尻尾があった。
「「年相応」」
私と狼くんは、見事にハモらせる。
ずっこけそうになる白銀くんを見て、みやちゃんは大笑い。
「とりあえずフリータイムで歌おう!」
「ドリンクバー付きでな!」
四名でドリンクバー付きフリータイムでカラオケ店の部屋に入った。
ん? 考えてみたら、私女の子一人であと男の子で密室ってよろしくない状況なのでは?
過ったけれども、いい子達だと理解している。それに女の子の格好をしたみやちゃんを見ていると警戒心も薄れてしまう。狼くんは紳士で誠実だし、それに比べたら白銀くんはチャラく見えてしまうけれど、普通にいい人だ。
警戒心はすぐになくなった。
「さぁーて、何歌う? てか盛り上がる曲のオンパレードにする? それとも歌自慢で採点して歌う?」
マイクを持ってノリノリの様子で問う白銀くん。
打ち上げでカラオケと言えば、皆が知っている曲を歌うことが鉄則。
ではないのか?
「はいはーい! 盛り上がって皆知っている曲で百点目指そう!」
みやちゃんもマイク越しで言った。
そういうことで、採点設定にして、ジャンケンで順番を決める。狼くんから時計回りだ。
狼くんは流行りの海外の曲を歌った。知ってはいるけれども、全部英語。スラスラと歌えてしまえている狼くんがかっこよかった。
点数は90点。高得点だ。
思わず拍手をする。
「んー難しいですね」
「いやいや、英語の曲で90点なんて100点取ったも当然だし。くそ、かっこいいなー」
白銀くんは悔しがる。
「そうですか。はい、次は小紅芽さん」
「私か」
向かいに座っていた私に、マイクが渡される。
かっこいい英語の曲を歌い上げた狼くんのあとは、ハードル高いなぁ。
私が選んだのは、人気になったドラマの主題歌。
左隣のみやちゃんも、楽しそうに口ずさんだ。
点数は86点。
「ありゃ……」
「おや上手かったのに、残念ですね」
拍手をしてくれる三人だけれど、狼くんの言葉はお世辞にしか聞こえない。
「ボカロ歌うよー! 知ってると思う!」
次に歌うのは、みやちゃん。
ノリノリで歌ったけれども、点数は85点。がくりと項垂れた。
「俺が百点とってやるぜ!」
そうボカロの曲を入れた白銀くんだったけれど、点数は82点。
「だぁああ! 百点出るまで歌うぞ!」
「おおう!」
無茶なんじゃないかな。
一人そう思う私だった。
百点はなかなか取れないけれども、盛り上がる。知っている曲だから、身体を揺らしたり口ずさんでみたり。
「あたし、飲み物お代わりしてくる!」
「俺はトイレ」
四週目くらいに差し掛かると、みやちゃんと白銀くんが部屋を出た。
部屋には私と狼くんの二人が残る。
狼くんの出番だったけれども、彼は曲を予約しなかった。
「この前話したこと……考えましたか?」
画面に予告が流れる中、狼くんは私を真っ直ぐに見つめて尋ねる。
「雅に心を開く件です」
ああ、狼くんにちょっと苛立ちをぶつけてしまったあの話か。
「……どうかな。私は親友ってタイプじゃないし、雅ちゃんには他の人がいいと思う。もう親友なら君達がいるじゃない」
「雅はあなたと親友になりたがっているのですよ」
私は困った顔をして見せる。
「難しいですか?」
「……難しいね」
今まで一人で抱えてきた秘密を明かすという壁は高すぎだ。
彼らがいい妖だとわかっていても。
それはすごく躊躇してしまう。
そしてすごく怖く感じてしまう。
「そう思ってしまう理由はなんですか?」
「……さぁ、なんだろう」
掘り返してみれば、亡くした両親のことも原因だと考えているかもしれない。でも両親の死は乗り越えたし、今の親代わりの安倍夫妻とは仲良くやっている。
そういう誤解をとくのも、億劫に感じた。
両親を亡くしたとか、養子だとか、それは大した理由ではない。
じゃあ何が理由なんだという話に持っていかれたら、困る。
狼くんにだって、私に話せないことがあるでしょう?
「どうして私なの?」
他の人でもいいじゃないか。
何でも話せるような、壁を感じないような、そんな人にすればいいじゃないか。
「雅はソウルメイトだと信じていますし、何より心地いいのですよ。小紅芽さんと一緒にいると」
それ、みやちゃんにも言われた。
「きっと、あなたではなくてはいけないのですよ」
そこまで言ってくれる狼くん。
ギュッと胸が鷲掴みにされた気分だ。
ここまで言ってくれるのに、臆病な私は踏み出せない。
そもそも、そこまで踏み入っていいかさえわからなかった。
表向き人間同士として、親しくなってほしいという意味か。
それとも、妖だという秘密を知ってほしいという意味だろうか。
「たっだいまー! ねぇ、小紅芽ちゃん! パフェを食べない? さっきすれ違った店員さんが美味しそうなマンゴーパフェ運んでたの! 食べたくなっちゃった!」
明るい声を出して戻ってきたみやちゃんにせがまれて、マンゴーパフェを半分こして食べることにした。マンゴーは好物なので、食べる。美味しい。
私もトイレに行こうと部屋を出ていき、戻ろうとした時だった。
「あれ? 安倍さんだ」
「毛利さん逹」
ばったりと会ったのは、クラスメイト。よく一緒にいるグループの子逹だ。
学校も近いカラオケ店だから、打ち上げに来た生徒が多いみたい。
「みやちゃんと来てるの?」
「ああ、うん」
「へぇ、じゃあ大神くんと白銀くんも一緒か」
その声には、嫌味を含んだように感じた。
「まぁいいや」
「バイバイ。また学校でね」
「うん、バイバイ」
コロッと笑みを見せる毛利さん逹に、私も笑みを返した。
結局、百点は誰も取れなかったけれども、カラオケを楽しんだ。
次はゲームセンターだ。
「プリクラ撮ろう!? ねぇ! プリクラ!!」
真っ先にみやちゃんが選んだのは、プリクラだった。
興奮していて、これは拒めそうにない。
「プリクラか……初めてだな」
ポツリ、と私は呟いた。
様々なゲーム機の音で騒がしい中、聞き取れてしまったらしい三人は驚いた顔で私を振り返る。
「え!? 人生初なの!? 小紅芽ちゃん! 友だちと撮ったことないの!?」
「そこまで驚かなくても……」
「男子の俺と狼でさえ撮ったことあるぜ? 雅に誘われてだけれど」
誘ってくれるほど親しい友だちがいなかった。
一人で撮るものでもないしな。
私だけ未経験者のようだ。
「じゃあたくさん撮ろう!! 三回くらい!」
「一回で十分なのでは?」
「三回撮るの!!」
私が問うも、みやちゃんは譲らなかった。
「先ずは準備!」
「えっ? ちょっと!」
ひょいっと私のかけていた眼鏡が取られる。
「プリクラは眼鏡をかけて撮影してはいけないルールです!」
「ええ?」
「ありませんよ。そんなルール」
言い切るみやちゃんだったけれど、狼くんが親切に教えてくれた。
「あれ? でも眼鏡外した方が可愛いんじゃね? 小紅芽ちゃん」
身体ごと傾けて覗き込む白銀くん。
「俺も思いました。コンタクトにしてみたらどうでしょう」
そう言ってみやちゃんから私の眼鏡を取った狼くんが、丸眼鏡をかけた。眼鏡って秀才に見せると思ったけれど、光が反射する丸眼鏡では狼くんの美少年フェイスを邪魔して台無しにしてしまう。
狼くんは首を傾げた。一度外しては、またかける。
あ、度が入っていないってバレた。
「さぁ! いざプリクラ!!」
「初体験だね、小紅芽ちゃん」
狼くんが口を開く前に、みやちゃんが先導する。
私は狼くんから眼鏡を取り返して、みやちゃんの選んだプリクラ機に入った。
写真撮影から、落書きまで。
ああではないこうではないと言い合いながら、楽しんだ。
プリントされた写真は四人分に切り分けて、それぞれが受け取った。
写真にも、耳や角が写り込んでいるものだから、密かに笑う。
そして、どこかくすぐったさを感じた。
不思議なものだ。人ではない三人とこうして、仲良くなってプリクラまで撮った。胸の奥の方がじんわり温かくなる一方で、またしんみりしてしまう。
こんなにも親しく見えるのに、秘密を抱え込んでいる。
そのことが酷く寂しいことに感じた。
20180227