03 予知夢。
「おはようございます、雅。小紅芽さん」
次の日から、狼くんはみやちゃんに挨拶するついでに、教室を覗いては私にも挨拶するようになった。
ちょうど私はドアのところの一番前の席だから、挨拶もしやすいのだろう。
「おはよう……」
無視するほど嫌いになったわけでもないから、私は仕方なく挨拶を返す。
「大神くんに挨拶されるよね、羨ましいな。安倍さん」
「かっこいいし綺麗だよね、大神くん」
「私も挨拶されたいー、紹介して?」
同じグループの女子生徒達がきゃっきゃっとして、そう猫撫で声で頼んできた。
「それならみやちゃんが親しいみたいだから、みやちゃんにパス」
「えー! 狼くん、そういう紹介嫌いだからごめんねー!」
バトンタッチすれば、みやちゃんは手を合わせてそれから断る。
「私も図書委員にすればよかった」と漏らして、やっと諦めた。
「でも小紅芽ちゃんって、狼くんに興味ないみたいだよね! 好きなタイプは違うの?」
みやちゃんは私の机に顎を乗せては、そう尋ねてくる。
恋愛のことだろうか。
「さぁ……考えたことないな」
好きな異性なんて、考えたことがない。
周りがバレンタインデーで浮かれてても、誰にも渡さなかった経験がある。
無頓着なのだ。
「ええー! だめだよ! 女の子は恋して可愛くなるんだから!」
えっへんっと胸を張るみやちゃん。
周囲の女子生徒、聞いていた男子生徒までもが彼の発言に苦笑を漏らす。
男子生徒のみやちゃんだもの。
「そんなみやちゃんはどんな子がタイプなの?」
尋ねてみて、私は心の中でん? とはてなマークを浮かべる。
男の娘の恋愛対象って、どっちだろう。
まぁどちらでも、私は気にしないのだけれども。
「あたしは断然、可愛い女の子!」
ああ、女の子が恋愛対象だったのか。
「それって例えばどんな女の子?」
「あたしより可愛い子!!」
それってなかなかいないと思う。みやちゃん、美少女フェイスだもの。
「思ったんだけれどさ。小紅芽ちゃんは眼鏡取った方が可愛いと思うーーーー」
「あ、こら!」
おもむろに手が伸びたかと思えば、両手で眼鏡を取られた。
立ち上がったみやちゃんを見上げれば、彼は眼鏡を持って固まっている。
「……可愛すぎてびっくりした」
「何を言ってるの」
私は眼鏡を取り返して、かけ直す。
伊達眼鏡だけれど、今ではすっかりかけていないと違和感がある。
「……」
みやちゃんが、私の顔をまじまじと見つめてきた。
なんだ、人の顔をじろじろと。
「ツンデレの上に、眼鏡を外すと可愛い人だったんだね! 小紅芽ちゃん!」
誰がツンデレだ。聞いたな? 聞いたでしょ? 絶対に聞いたよね? 狼くんからあの日のことを!
そして可愛いとはなんだ。そんなわけないじゃないか。
「雰囲気は綺麗ってイメージだったけれど、可愛いよ! 髪型も変えてみればモテるよ、小紅芽ちゃん!」
「もうHR始まるから席につきなさい」
「はーい」
前髪をいじろうとしたみやちゃんの手を避ければ、後ろの方の席に戻っていった。
その日の昼休み。お母さんに作ってもらってお弁当を広げる。みやちゃんもお弁当を持参してきて、隣の席に座った。一緒にお弁当を食べることが日課なのだ。
そこにやってきたのは、獣耳と尻尾を持つ白銀くん。
「みーやび。教科書貸して。忘れちゃった」
「もーバカー。何の教科書?」
「国語」
呆れつつもみやちゃんは、椅子から立ち上がって教科書を取りに向かう。
その間、白銀くんは私の横に立っていた。
ふりふりっと尻尾が揺れる。もふもふの白銀の尻尾。
この調子だとぶつかりそう。
そう思いつつ、唐揚げにかぶりついた瞬間のことだ。
バシッともふもふが、肩に左腕にぶつかった。
私は固まってしまう。
もふもふに触れてしまった!
「ん?」
白銀くんが振り返って私をじっと見ている。私は気付かないふりをして、唐揚げを咀嚼したが、内心焦っていた。
触れられる=視えているという方程式が出来上がるのではないだろうか。
気のせいじゃないとわかったら、どうなってしまうの?
じとーっと穴が空きそうなほどの視線が注がれる。
まずい。まずいぞ。まずいぞ!
「はい、和真。……どうしたの?」
「あーいや、別に」
ちょうどみやちゃんが戻ってきたので、気が逸れたみたいだ。
ナイスタイミングだ、みやちゃん!
私は黙々と食べ続けた。
「終わったら返すねーあんがとー」
教室を出る際に、目がカチッと合ってしまったけれど、何も言われない。密かに胸を撫で下ろすのだった。
その夜、おかしな夢を見る。
白銀の尻尾と真っ赤な尻尾。それが私の顔の前でフリフリ振られるものだから、もふもふを味わうことになる。これが極上のもふもふだという感触を覚えた。右には白銀くん、左には狼くん。肩を並べるように私といた。
さらにはみやちゃんが、私を抱きついてくる。目一杯に抱き締められて、彼女からは花の甘い香りがした。
人ではない三人に囲まれるそんな夢を見て、目を覚ますと朝。
「変な夢……」
感触や匂いまで感じるリアルな夢。それにあの三人だ。
黒い髪を掻き上げて、一息つく。
それから、霊力を抑え込む。霊力は寝ている間は、抑えていられない。何せ寝てしまっているのだから。
でも家でお化けに襲われたことはない。何故だろう。近付いてこないのは幸いだ。もしかしたら、神社で毎年買っているお守りが効果を発揮しているのかもしれない。
ベッドから降りたら、朝の支度を始める。
歯を磨いて、顔を洗って、髪をとかして後ろで三つ編みにする。いち、に、さん、と編み込んでリボン付きのゴムで束ねた。
お母さんが作ってくれた朝食をとってから、部屋に戻って深紅のセーラー服に着替える。お弁当を中に入れた革鞄を持って「いってきます」と家を出た。
摩訶井学校から家までは、二十分弱だ。いい運動なので、私は歩いて登校する。
ちらほらと摩訶井の生徒が見えてきたところで、私は呼ばれた。
「安倍小紅芽ちゃーん」
振り返れば、白銀くんが笑顔で手を振っている。
頭の獣耳が、ピコピコ動いていた。
「おはよう、白銀くん」
「うん、おはよう」
とりあえず挨拶をしてみると、彼は私の右につく。
あ、夢で見た位置だ。
なんて思っていると。
「あ、狼! 見っけ!」
「おはようございます。和真と小紅芽さん」
「おはよう……狼くん」
前方には、足を止めて待っている狼くんがいた。
こちらも相変わらず赤い髪とお揃いの耳と尻尾がある。
「珍しい組み合わせですね」
「たまたま会ったー」
なんて話しながら、狼くんは私の左を歩いた。
あれ、夢の通りになったぞ。
ということはまさか……?
「こ、ぐ、め、ちゃーんっ!!」
案の定だった。後ろから大きな声がきたかと思えば、がしっと抱き締められる。どう考えてもこういうことをするのは、みやちゃんしかいない。
正夢になってしまった。というか予知夢だったのではないか。
「……おはよう、みやちゃん」
「あれ、全然驚いてない! おはよう!」
「小紅芽さんは冷静ですね」
「まぁ、スキンシップ激しい雅だから、わかっちゃうよなぁ」
人ではない三人に囲まれて、私はとぼとぼ歩くのだった。




