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28 再戦。




 冴木さんは、黒い車で来た。大体二十分後のことだ。

 私達は校門まで出迎えた。


「いやー何度来ても異様な妖気で満ち足りた空間で面白いね、この学校は」


 今日は黒のスーツに身を包んだ冴木さんが、校舎を見上げてから狼くんと和真くんとみやちゃんを見て小首を傾げる。

 私は軽く紹介することにした。なんだか三人とも警戒して近付こうとしない。距離がちょっと遠い。


「私の友人です。大神くん、白銀くん、小栗くん」

「ふーん」

「あとお話しした服従したいという妖です」


 私の真後ろに立っていた翠のことも紹介する。


「……いばらの森の植物使い、翠ですね」


 まだ名前を言っていないのに、冴木さんは言い当てた。

 目を細めて、笑みを深める。それが悪巧みの笑みだと、私達は気付かなかった。


「早速始めましょうか。翠、僕に背を向けてください」

「……」


 ちらっと私の許しを待つみたいに視線を寄越す翠。

 私はおかしくて笑みを漏らしつつ、冴木さんの指示に従うように促した。


「普通は弱らせてから使う術なんですが、こうして無防備に背を晒しているところにーーーー“汝を名で縛る。翠。我に服従せよ”」

「っ!?」

「!!」


 ビッと二本の指で宙を切ったかと思えば、そう唱える冴木さんの前でバチバチと電流のようなものが走り片膝をつく翠。


「冴木さん! 何を!?」

「かの有名な翠が背を向けた絶好のチャンスを逃すわけにはいきませんからね。この妖は僕がもらいますよ」

「なっ……」


 さらっとにこやかな表情で言われた。


「ふざけるなよ、貴様っ」

「君はもう僕には逆らえません。“頭を下げろ”」

「っ!!」


 翠が睨むも、その言葉に従うしかないようで、頭を下げる。


「やめてください! 翠を解放してください!」

「では力づくで取り返したらどうですか?」

「っ……」


 頼みを聞いてもらえない。

 それでも表情が変わらない冴木さんの恐ろしさを感じた。


「小紅芽、やってくれ。術者が気を失えば、こんな術ほどけるっ」

「おや、言ってくれますね。だそうですよ? どうしますか? こぐめさん」


 頭を上げられずにいる翠が私に言う。

 それを望むように、冴木さんが腕を広げた。


「用は気絶させればいいんだよね!?」


 いつの間にか、冴木さんの背後に回ったみやちゃんが拳を振り翳す。


「“翠”」

「っ!」


 拳を冴木さんに落とそうとしたみやちゃんだったけれど、翠の腕から太い蔦が伸びて防いだ。


「みどりん! 何するの!?」

「主人を守る術なのですよ。翠の意思ではありません」

「おいおい、まさか……植物使い・翠と再戦!?」


 狼くんが教えたあと、和真くんが緊張した笑みを作る。

 前回は、かなり手強かった。そんな翠と再び戦わなくちゃいけない。

 私は冴木さんを呼んでしまったことを悔やんだ。

 穏便に解決したいけれど、冴木さんには拒まれた。かと言ってはいそうですかと翠を渡せない。取り返す。

 戦うしかない。


「翠を引き付けて! 三人共!」

「了解です」

「修業の成果を発揮する時だな!」

「気を付けて! 小紅芽ちゃん!」


 狼くん、和真くん、みやちゃんに翠を引き付けてもらって、私は冴木さんに向かって行った。

 すると、翠が視界一杯に蔦を伸ばして遮る。阻まれて、冴木さんの元に行けない。


「さすがはかの有名な植物使いですね」


 感心する冴木さんだけれど、私は気付いた。

 いばらを操っていない。いばらなら殺傷能力が高い。“いばらの森”というくらいだ。いばらは翠の十八番のはず。それを出さないということは、多少は翠も選択出来るのだろう。

 狼くんに目をやれば、同じことに気付いたらしい。

 翠が本気の技を出さなくてはいけなくなる前に、畳み掛けなくては。

 頷き合って、挑んだ。


「狐火!!」


 ボッと出した火で、和真くんが燃やす。

 蔦は呆気なく燃え尽きた。やっぱり、と確信する。


「“こぐめさんの接近を阻止しろ”」

「っ!」


 冴木さんは“本気で阻止しろ”とは命じない。

 そのうちに、仕掛けなくては。

 私はコンクリートの地面を蹴って走った。

 翠が放つ蔦を、目の前に現れた狼くんが殴り落とす。

 私がその蔦を踏み付けて冴木さんを目指せば、翠はまた別の蔦を放つ。

 それを今度は、みやちゃんがドロップキックを決めて退かしてくれる。

 冴木さんの間合いに詰めた。

 昨日小さなボールが破裂しない程度の霊波動を打つコツを掴んだ。

 それを喰らわそうとしたその時だった。


「“影炎かげろう”」

「!?」


 炎のような影が、冴木さんの周りに溢れ出す。


「小紅芽さん! 一度退いてください!」


 狼くんの声と共に、私は後ろに飛び退いた。

 違う妖を召喚したみたいだ。


「そんなに翠が欲しいですか?」

「翠が欲しいというより、保身ですね。痛いの嫌じゃないですか」


 周囲に黒い影が蠢く冴木さんは、やはりにこやかだった。


「だったら、翠を解放してください。本気でぶつけますよ」

「おや、見せてくださいよ。こぐめさんの本気を」

「!?」


 翠の蔦がきて、ぶつけられる。

 和真くんに受け止められて、なんとかコンクリートの上を転がることは避けられた。


「小娘」

「えっ? 忍くん!?」


 ドンッと頭が重くなったかと思えば、黒猫がいる。

 その声、間違いなく忍くんだ。久しぶりと言っている場合ではない。


「力を貸してやる。憑依を許可しろ」

「憑依?」

「早くしろ。あの陰陽師は好かん。俺の身体能力を貸してやる」


 久しぶりの忍くんは、ご機嫌斜めだ。

 とにかくこの前言っていた“取り憑く”という件のことだろう。

 忍くんのことは信頼しても、大丈夫だ。そう思い、「うん!」と頷いた。


「力を抜け」

「うん」


 言われた通り、力を抜けばスッと入っていくのを感じる。

 頭の上と腰の下辺りに違和感を覚えて、触れてみれば獣耳に尻尾が生えていた。きっと黒猫の耳と尻尾だろう。

 本当に生えた!!

 ーー喜ぶのはあとにしろ、小娘。

 忍くんの声が、頭の中に響いた。

 ーーさっさとあの小僧を吹っ飛ばすぞ。

 うん、そうだね。

 翠の蔦が伸びる。それを避けながら、身を屈めて走った。

 するとあまりのスピードに戸惑う。瞬時に蔦の下に移動していて、鋭利な白い爪で蔦を切り裂いた。私の意思じゃない。忍くんがやったのだ。

 蔦がなくなった隙に、狼くんと和真くんが翠を押さえた。

 次は冴木さんの周囲に漂う影。

 忍くんが、またもや切り裂く。炎のように熱かったけれど、火傷は負わない。まとっているような忍くんの妖気のおかげだろうか。

 そんな忍くんが、間合いを詰めた冴木さんの喉を切り裂こうとしたけれども、私は寸前のところで止めた。


「!?」

「っ歯ぁ食いしばってくださいよ!!」


 驚愕した冴木さんに言ってから、腹部に加減した霊波動を打ち込む。

 それでも冴木さんの身体は、十メートルは離れた校舎の壁まで吹っ飛んだ。


「うっ……っ」


 ガクリと冴木さんの首が折れる。

 どうやら気を失ったようだ。

 私は真横の翠を見た。私に頷いて見せると、翠は瞼を閉じる。彼の妖気が高まる。そう感じていれば、パンッと何かが弾ける音が響く。それが術をほどいた証なのだろうか。

 翠は一息ついて、肩を落とす。それから私を見た。

 手を伸ばしたかと思えば、私の耳に触れる。頭の上にある猫耳の方だ。

 みやちゃんもトコトコ歩み寄ってきたかと思えば、もう片方の耳に触れてきた。言わずも猫耳の方だ。

 なんだかツボをマッサージされているようなそんな心地よさを感じる一方でくすぐったい。


「やめてぇええ!」

「すまない」

「ここは“別に触らせてあげてもいいんだけど?”って言うところじゃないの?」

「絶対違う!」


 からかうみやちゃん。後ろにいる狼くんと和真くんが触れたそうに視線を注ぐけれども、気付かないふり。気付かないふりだ。気付かないふり。


「翠、大丈夫?」

「解いた。大丈夫だ」

「皆は怪我ない?」

「もっちのグー!」


 翠に始まってみやちゃん達を心配するけれど、怪我はないようだ。

 ホッと安心して胸を撫で下ろす。


「とりあえず、神宮先生呼びに行ってきます」

「じゃあとりま、美雪ちゃんも呼ぶか。このままにはしておけねーし」

「ありがとう、狼くん、和真くん」


 狼くんは神宮先生を、和真くんは村田先生を呼びに行った。


「忍くん、もういいよ」

「ちっ。何故止めた、小娘。喉元を掻き切ってしまえばよかっただろうに」

「忍くん、物騒なこと言わないの」


 ポンッと姿を現わす黒猫に、言い聞かせる。

 ぷいーっとそっぽを向いては、素知らぬ顔で自分の手を舐めた。


「ごめんね、翠。私があんな人を信用したばっかりに」

「いや、言い出した俺に非がある。陰陽師・冴木を警戒すべきだった」

「……それでも、私と主従関係を結びたいの? 今みたいに自分の意思に反することもしなくちゃいけなくなるんだよ?」

「……」


 翠と向き合って尋ねる。

 そうすれば、翠は少し考える素振りを見せて、私の手を取った。


「君のことを信じている」

「翠……」

「どんな命令でも受けよう、君の助けになるなら」


 心を開いてくれているのはいいけれど、私はその信頼を守れるだろうか。


「服従させておけ、小娘。さっきのように身の危険を感じた時に召喚出来るし、便利だぞ。自ら服従したいと言っているのだから、受け入れてやれ。貴重だぞ」

「この黒猫、小紅芽ちゃんを小娘なんて呼ぶの? ゲンコツしようか?」

「うるさい小鬼ごときが」

「ムッキー! 殴っていい? 殴っていい?」

「早くしろ。小娘」


 忍くんが催促するものだから、もう一度翠に確認する。


「ああ、やってくれ」


 翠は私の目の前で傅いた。頭を深々と下げて、無防備を晒す。

 確かこうやっていたよね。記憶を頼りに、私は人差し指と中指を合わせて宙を切った。


「“汝を名で縛る。翠。我に服従せよ”」

「……御意」


 冴木さんを真似たものだけれど、バチバチと電流みたいなものは走らない。ちゃんと出来たのかと首を傾げたけれど、翠は満足気な柔らかい表情で私を見上げた。


「それは霊気で縛る術だ。あの小僧は無理矢理締め上げて従わせていたが、お前の場合は翠も従順だからな、締め付けは感じないのだろう」


 忍くんが言う。あのバチバチは、霊気による締め付けだったのか。


「心地がいい」

「え? それって小紅芽ちゃんの霊力に包まれる感じ? あたしもしようかな! 服従!」


 好奇心で目を輝かせたみやちゃんだけれど。


「バカめ。半妖には通じんわ、小鬼ごときめ」

「なんであたしに突っかかるかなぁ!?」


 黒猫と小鬼のみやちゃんは、喧嘩腰になる。

 神宮先生と村田先生が駆け付けた。


「だから陰陽師には関わるなと言ったんだ!」

「申し訳ないです……」


 忠告してくれていたのに、神宮先生には言い訳できない。


「小紅芽は悪くない。俺がせがんだ。責めるなら俺にしろ」


 項垂れていれば、翠が目の前に割り込んだ。


「悪いのは陰陽師・冴木よ。ちょっと神宮先生、はたいて起こしてやって。私は触りたくもないわ。他に怪我人はいないのよね?」


 皆の優しい美雪ちゃんはなんとも冷たかった。それほど嫌われている存在なのだろう。陰陽師・冴木とは。

 信頼を簡単に裏切ってしまう人。もうこの人、信じない。

 冴木さんは神宮先生にはたき起こされて、謝ることなく車で帰っていった。


「ふん。陰陽師の小僧も大したことないな」


 黒猫の忍くんは、私を見て、にやりと笑うのだった。



201803013

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