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25 慣れ。




 翠という名の妖を魔界の入り口まで見送った。

 最後に花のように儚げに微笑みを見せてくれた彼は、悲しみを乗り越えられただろうか。

 あんな愛情深い妖もいるのかと、私はしんみりした。


「翠? いばらの森の植物使い翠だったのか!?」


 神宮先生に彼の名前を話したら、驚かれる。

 どうやら、相当悪名高い妖だったらしい。


「よく無事で済んだな。というか、よく倒せたな」

「彼も本気ではなかったんじゃないですか」


 私達を殺す気だったら、ただでは済まなかったと思う。

 殺意はなかった。それだけはわかる。

 ただ彼は、悲しみにもがいていただけ。


「んー……」

「……? なんですか?」


 神宮先生は苦笑を浮かべながら、私をまじまじと見つめてきた。


「お前、ただ者じゃないな」


 そう言って、私の頭をポンポンと撫でる。


「師匠が知ったら修業を張り切りそうだ。土日空いているか? また連れて行くが」

「場所はわかったので、一人でも行けますよ。大丈夫です」

「え!? 小紅芽ちゃん、“一緒に行ってもいいんだからね!”って言ってくれないの!?」

「一人でも行けるから言わない!」


 みやちゃんに意外すぎるという反応をされたけれども、絶対に今回は言わない。言わない。言わないんだから。


「よし。あとは大人に任せて、子どものお前らは帰った帰った」

「ひど! こき使っておいて扱いひど!」

「ご苦労さーん」


 和真くんの文句も神宮先生は軽く流して、下校する私達を見送る。

 私は家に送ってもらって、無事に帰宅。

 疲れを感じて、あっさりと眠りに落ちた。




 みやちゃんは有言実行でコテを持ってきて、登校するなり私の髪を巻く。

 教室の前に陣取り、コンセントを使わせてもらって、髪をふんわりカールしてもらう。昨日に引き続き、注目されている。


「おはようございます、雅、小紅芽さん」

「おっはよー。あれ? 何してんのー?」

「おはよう、狼くん、和真くん」


 狼くんが教室を覗いたかと思えば、和真くんもひょっこりと顔を出す。


「小紅芽ちゃんプロデュース計画進行中!!」


 和真くんの質問に、みやちゃんがそう答える。


「何、プロデュースって」

「いやなんとなく」


 なんとなくなんだ。

 どこの化粧水を使っているのか、どのシャンプーを使っているのか、そんな話をみやちゃんに振られる。なんか美容室にでも来たみたいだ。

 その間、狼くんも和真くんもB組の教室に居座った。


「へぇ、変わるものなんですね。髪型を変えると印象が」

「小紅芽ちゃん、可愛いー」


 完成した髪型を見て、感想をくれる二人。


「我ながらよく出来た! はい、チーズ!」

「ちょ、撮ることないでしょ」

「おや、いいですね。モデルみたいです。俺に送ってください」

「え? 高いよ?」

「いくら取る気なの、みやちゃん」


 ただ座っているだけなのに、モデルはないだろう。狼くんは私を褒めすぎだ。

 私の横でこっそり写真を撮る和真くんがいたので、ぺしっと頭を叩いた。狐耳に触れたので、ついでにもふもふさせてもらう。


「わわわっ! 小紅芽ちゃんのえっち!」

「なっ!? どこが!?」


 そんなことを言われたものだから、手を引っ込める。

 和真くんはそっぽを向いた。後ろでは、もふもふの尻尾が一振り揺れる。

 私が耳を頭ごと撫でていたのを見ていなかったみやちゃんと狼くんは、何事かと目をまん丸にしている。


「小紅芽ちゃんが俺の純潔狙ってるー」

「狙ってないし、言い触らさないで!」


 ちょっと! と声をかけても和真くんは教室を飛び出した。

 後日知ったのだけれど、仲の良い私達四人は「上位四人組」と噂の的になってしまっているそうだ。

 ちなみにみやちゃんが満足したあと、私は髪を束ねて授業を受けたのだった。

 数日後のこと。登校してみると、私の席に座って翠が本を読んでいた。

 長い緑の髪は背中に流して、赤い瞳の持ち主。どこからどう見ても人間の男性にしか見えないけれど、彼が視えているのは私だけ。


「翠さん。また来たのですね」

「……翠でいい」


 翠は立ち上がって、私の席を返してくれた。

 静かな彼は、今日は悲しげな表情をしていない。

 眼差しが優しげで、ほのかに微笑みを浮かべているような柔らかい表情だ。

 誰にも声を聞かれていないことを確認して、壁に立つ翠を見上げる。


「怪我は癒えましたか?」

「ああ」

「すみません、痛かったですよね」

「俺はああされて当然のことをした。謝らなくていい」


 苦笑いを漏らす私に、そう返す翠。


「……ここにいると落ち着く」

「ああ、私の霊力のせいだと思いますよ。なんでも妖を惹きつけやすい質だそうで」

「なるほど」


 翠はしゃがんだ。壁に凭れてそこに居座ったのだ。


「小紅芽ちゃん、おは、よ!?」


 みやちゃんは教室に入って翠を見るなり、びっくり仰天していた。


「な、な、なんでいるの!? 魔界に帰ったんじゃないの!?」

「魔界なんてワードを大声で言わないのっ」


 ガッとみやちゃんの頭を掴み、声を潜めるように伝える。


「魔界になら帰った。一度」

「舞い戻るってありなの!?」

「戻るなとは言われていない」


 しれっと答える翠に、みやちゃんはがくりと肩を落とす。


「おはようございます。おや?」

「おはようー……げっ」


 挨拶しに顔を見せにきてくれた狼くんと和真くんも、当然のように翠に注目した。和真くんなんて、露骨に嫌がっている顔をする。


「何居座ってるの?」

「ここ、落ち着く」

「そりゃ小紅芽ちゃんのそばは落ち着くけれども」


 でもすぐにしゃがんで、私の机と壁に挟まれている翠に話しかけた。一戦を交えたけれども、恨んではいないみたいだ。


「小紅芽さんに迷惑をかけないでくださいね?」


 狼くんも帰るように促すことなく、ただ釘をさす。

 翠はコクリと頷く。

 そのままみやちゃん達は翠がいても、私の机の前で談笑を始めてしまう。

 きっとこれに慣れないといけないのだろう、と思った。

 妖に「ここ落ち着く」と居座られることを。

 頬杖をついて、私は前向きな気分で談笑の相槌を打った。



 

20180310

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