23 植物使い。
二話連続更新!
名前もわからない植物使いの妖を怒らせてしまい、今襲撃に遭っている。
いばらがいつまでも私を追いかけて、抱えて逃げてくれるみやちゃん。
狼くんはスピードで勝負に出た。
瞬きの間に間合いを詰めて、鋭利な爪で引き裂こうとする。
「どんなスピードであっても、無駄だ」
いばらが彼を守って、狼くんに棘を向けた。
狼くんは後ろに飛び退いて、回避する。
やはりなす術がない。
「おい!? どうした!?」
神宮先生の声。見れば、正面玄関に姿を見付けた。
でもその玄関にはいつの間にか蔦が伸びていて、出れなくしているようだ。
「ラチがあかない! みやちゃん! 彼のところに戻って!」
「狙いは小紅芽ちゃんだよ!?」
「考えがあるから行って!!」
「ううーわかったよ!」
私を横抱きにしているみやちゃんは一度躓きかけたが、いばらを躱しながら緑の髪の妖の元に戻ってくれる。
「……」
彼が無言で返り討つと腕を振り、一度戻ったいばらをまた放つ。
私は両手を突き出した。霊気をボールのように固められるなら、壁のようにすることも可能なはず。一か八かの勝負。
バシン!!
いばらと霊気の壁がぶつかり合い、いばらは弾け飛んだ。
「! ……」
彼の顔が歪む。そのまま腕を振った彼に従い、再びいばらが伸びてきた。
十分近付けた私は、みやちゃんに下ろしてもらって、また壁で弾く。
間合いを詰めた。
「ごめんなさい、ね」
「!?」
霊気を込めて、拳を固めて腹を殴る。
殴るなんていう行為をやったのは初めてだから、不格好になったかもしれない。霊力は爆発したように、彼を吹っ飛ばした。
ひぃい! そんなつもりはなかったのに!
私は驚愕してしまう。ちょっと拳がヒリヒリする。爆発の反動だろうか。
「っ……」
一度は倒れた彼が、お腹を押さえて立ち上がる。
「もうやめましょう。何故そんなに怒るのですか? 悲しそうな目をして……」
「俺を視るな……。そんな同情した目で視るなっ!」
いばらが彼の背後でまた伸びる。
「俺はいい妖なんかじゃないっ! 怖がれっ!!」
何が彼をそうさせるのか、わからなかった。
理解出来ないけれども、私は襲いかかるいばらを弾き飛ばして言う。
「ごめんなさい。あなたのことは怖くありません」
「っ……俺を、視るなっ……」
片手で顔を覆う彼は、よろめいた。
次の瞬間、肌が植物のように若緑色になり、白目部分が黒に染まった赤い瞳がギロリと私を睨み付ける。禍々しい妖気を感じた。
「これでもか!?」
ビクッと私は震え上がった。その妖気を肌にひしひしと感じる。
彼の身体には、いばらが絡み付く。鎧のように、いばらをまとった。
その彼の後ろをとった狼くんが踵落としを決めるけれど、通じていないようだ。いばらが伸びて、狼くんを吹っ飛ばす。
「狼くんっ!!」
校庭に狼くんの身体が転がる。
「小紅芽、前!!」
みやちゃんに呼び捨てにされたかと思えば、目の前にいばらが迫っていた。私はまた霊気の壁を作って、弾く。
「小紅芽ちゃん、もう一回パンチして!」
「えっ!? あ、うん!!」
和真くんの声がしたかと思えば、腰を持ち上げられた。
和真くんのスピードで間合いを詰める、という意味だと受け取り頷く。
いばらが阻むけれど、霊力でぶつかって弾き、懐に入った。
彼の腹部をパンチというより、突き飛ばすようにして霊力を力を込めて放つ。
「ぐあっ!!」
バンッとまた爆発したようになり、彼が飛ぶ。
掌がヒリヒリした。
微かに動いたけれど、いばらが引いてなくなり、彼は倒れたまま。
「やった……か?」
「……うん」
禍々しい妖気が、ぱったりと途切れた。気を失ったみたい。
「大丈夫か!? お前ら!」
やっと玄関から出れた神宮先生が問い詰める。
「遅いよ神宮先生!」
「元はと言えば、雅がいけないのですよ」
「ええ!?」
文句を言うみやちゃんを、真っ先に咎めるのは狼くん。
そんな狼くんと和真くんの手当てをしようと、手招きをする。
「手当てするよ」
「大丈夫ですか? 二発も霊気を放っていたようですが」
「うん? 私は大丈夫」
別に疲れてもいない。私よりも、怪我だ。
痛々しく抉られたような怪我が手にある。いばらを殴ったりしたからだ。
和真くんの方は、腕に引っ掻かれたような傷が出来ている。
両方に手を翳して、霊力を注いで熱をイメージした。
「おっ。あったけー……」
「そうですね……」
ポッと熱が灯る掌。
暫くそうしていれば、傷が塞がった。
「あ、れ……?」
「小紅芽ちゃん!?」
クラッとくると、真後ろで傍観していたみやちゃんに受け止められる。
「さすがに疲弊してしまいましたか。保健室に休みましょう」
「よっと!」
「うん……みやちゃん、力持ちだね」
「これでも男の子だからね!」
またみやちゃんに横抱きにされた。
私を抱えて走れていた辺り、かなりの力持ち。男の子の範囲を超えている力持ちだと思う。
「あの妖はどうするのですか?」
「あー……目ぇ覚ましたら、魔界に帰ってもらう」
「そうですか……」
「気を失ったまま帰すのは酷だ。村田先生に診てもらうか」
「そうですね」
危険らしい魔界に、このまま帰すことはしない。
狼くん達が肩を貸して保健室に運んだ。
「ほら、飴でも食べていなさい」
「ありがとうございます」
私と彼は並んだベッドに横たわる。
村田先生に押し付けられた飴玉を黙って口の中に入れた。
ちょっと眠くなる。飴をかじって食べた。
少しだけ、眠ろう……。
そう意識を静かに沈めた。
夢を見る。
いや、記憶を見た。そう言った方が正しい。
緑の髪をした彼の記憶。
昔、とても昔。ある女性の美しい庭に、彼は佇んでいた。
毎日のように手入れする女性を見つめていたのだ。
ーー例え視えていなくても。
ーー俺は君を……。
ーー愛している。
そう彼の声を聞く。
その女性を愛しているのだ。彼が視えていなくても。
けれども別れがくる。女性は老いて亡くなったのだ。
魔界に戻った彼は、酷く荒れた。悲しみが、私を襲う。
愛していた人を亡くした気持ちは、わかる。私も両親を亡くして、たくさん泣いた。
荒れて暴れる彼が、酷く悲しく感じられた。悲しみに胸が引き裂かれそうだ。
ーー醜くなった。
ーー例え君に視えていても。
ーー俺は酷く恐ろしいものだろう。
彼は悪名高い妖となってしまった。
姿が恐ろしい妖となってしまった。
嫌悪するほどの妖になってしまった。
ああ、だからだろう。
私と和真くんの会話を聞いていた彼は、人間と妖は相容れないと思ったのだろう。自分はいい妖ではないと寂しさを感じたのだろうか。
羨ましさを感じたのだろうか。
悲しさをより一層深く感じたのだろうか。
「……」
目を開くと、涙が頬を濡らしていた。
彼ーーーー名前を翠は、起き上がっている。
「……見たな」
私を一瞥する彼から、敵意は感じない。
「ごめんなさい。盗み見るつもりはなかったのですが……」
「……」
「なんか気に障ることばかりしているみたいで、すみません」
私も起き上がって、深々と頭を下げた。