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22 悲しい眼差し。




 白銀くんこと和真くんと、和解したことに胸を撫で下ろして立ち上がる。

 すると、カタンと物音が聞こえた。

 誰かいるのかと見てみれば、締め切られたカーテンの裏に、図書室をたまに出入りするあの緑色の長髪の男性の姿をした妖がいたのだ。窓辺に座って本を読んでいる。

 人間にしか見えないけれど、ドアとかすり抜けるし、他の人には視えていないようだから妖。

 彼はカーテンを開いた私を静かに見据えた。瞳は赤い色。

 どことなく、悲しげな表情だ。

 どうしてこの妖は、こんなにも悲しそうなのだろうか。


「……何を読んでいるのですか?」


 しっかり目が合ってしまった私は、そう話しかけた。

 図書室から取り出したであろう本を読んでいる。


「……」


 話しかけてはいけなかったのだろうか。

 沈黙を返された。でも視線は外さない。

 学校にいる妖だから、安心して話しかけた。

 忍くんとは、また違うのだろうか。そう言えば、今日も忍くんはいなかったな。明かした様子を見て、満足して魔界にでも帰ったのだろうか。挨拶くらいしてほしいものだ。


「話しかけてごめんなさい」


 私はカーテンを閉めようとした。

 でも左手で遮られる。


「俺が怖くないのか?」


 静かな声は、そう尋ねた。


「……?」


 別に怖い容姿をしているわけでもないし、脅かそうともしていないのに、何を怖がる必要があるのかと私は小首を傾げる。

 女性のように美しい顔立ちをしていて、自ら静寂をまとっているような雰囲気の彼が、害を与えるとは思えなかった。

 そもそも静かな妖だからこそ、話しかけてみたのだ。


「言い方を変えよう。妖が怖くないのか?」

「……妖にもよりますね」

「……」


 人それぞれのように、妖もそれぞれ違う。

 正直怖いと思う容姿の妖がいる。教師陣に。


「昔は追いかけてくる妖が怖かったですが、今は違いますね。いい妖ばかりと会っていますから」

「……」


 にこりと微笑んで答える。

 そうすれば、彼はおもむろに手を伸ばした。


「ーーーー俺がいい妖だと誰が言った?」


 ゾッとする。鳥肌が立った。

 翳された手から、刺々しい気配がする。多分、妖気。それも攻撃的な妖気だった。

 思わず、後退りする。


「それでいい。俺に構うな」


 悲しげな眼差しを私から外して、本を読むことを再開した妖。


「ごめんなさい……」


 そっと謝って、私は空き教室であるそこから出た。

 失敗したなぁ。視えるからと言って、何でもかんでも話しかけたりしないことにしよう。怒らせてしまったかな。


「緑の髪の妖? 誰、知らないー」


 教室に戻ってみやちゃんに問うと、そういう返答をされてしまった。

 まぁいいか。狼くんなら何か知っているだろう。


「妖と言えば、放課後一緒に仕事しようよ。小紅芽ちゃん」


 妖の話なので、ひそひそ話。


「放課後残って妖を送り返す仕事のこと?」

「うん!」

「私、足手まといじゃない?」

「いやいや、小紅芽ちゃんほどの霊力なら抑止力にもなるし、ぜひ居てほしいな!」


 抑止力になるのか。

 幻影師匠に色々学んでから、参加しようとは思っていた。

 でも居るだけでもいいのなら、と私は頷く。

 放課後は下校時刻が過ぎても、学校に居座った。もしも妖関係者ではない先生に見付かっても、神宮先生の名前を出せばいいとのことだ。

 陽が暮れると、魔界に繋がっている井戸からの気配が強まった。魔界の妖気だろう。

 私は一息ついて、自分の霊力を解放した。

 四人揃って、校庭の隅っこに座る。


「強いなぁ」

「でも落ち着くー」


 和真くんとみやちゃんがそう漏らす。


「ところで狼くん。たまに図書室を利用する緑の髪の妖さんのこと知ってる?」

「いますね。でもよく知りません。幻獣を見に来た妖のようですよ?」

「ああ、そっか。黒猫の忍くんも幻獣を見に来た口だった」


「黒猫の忍くん」とおかしそうに狼くんはおうむ返しした。

 ツボに入るのかな。


「無害だからそのままにしているの?」

「魔界に帰っては戻ってくるのですよ。無害ですし、そのままにしています」

「そっか。無害だよね」

「どうして気になるのですか?」

「いや、昼休みにちょっと話したんだ」


 狼くんは私にドライフルーツのマンゴーを差し出した。

 一つ、手にとってかじる。甘い。美味しい。


「俺と話したあと?」


 ピクピクと耳を動かして、和真くんが訊く。


「そう。和真くんと話したあと」

「!」

「あれ? いつの間に名前呼び?」

「昼休みに」

「うん、俺だけ苗字呼びは寂しいからねー」


 狼くんの耳も、ピクピクと動いた。そして和真くんと視線を交える。

 みやちゃんは「そうだねー」とドライマンゴーを一つとって食べた。


「……多分、植物系の妖だと思います。そんな匂いがしました」


 和真くんから目を離すと、狼くんはそう教えてくれる。


「植物系の妖?」

「ええ」

「植物かぁ」

「あ……小紅芽さん」


 よくわからないけれども。

 狼くんの視線が、上に移動した。つられて見てみれば、屋上に話題にしていた妖の彼がいる。長い髪の毛が、夜風で靡いていた。

 ここから見ても、なんだか悲しげに見える。


「なんで、あの妖は悲しそうなんだろう」

「悲しい? そう見えるの?」

「うん。こんな感じで……」

「やだ悲しそう」


 ちょっと目を細めて、遠くを見つめてみる。わずかにシワを眉間に寄せた。

 同情したみやちゃんに、軽くハグされる。


「聞いてみよっか。なんでそんな悲しい顔するのかって」

「え、いや。なんか私が関わるの嫌みたい……」

「小紅芽ちゃんと関わって嫌なんてありえない!」


 みやちゃんは変なところで怒りを燃やした。

 みやちゃんのその私贔屓は、なんとかならないのか。


「私には関わってほしくないみたい、構うなって言われた」

「何それ!? オコだよ! あたし言ってくる!」

「構うなと言うなら、構わない方がいいのではないですか?」


 言いに行こうとするみやちゃんの肩を掴み、狼くんは止める。


「無駄な争いになりかねません」

「でも!」

「そうそう、大人しくしているんだから、放っておけばいいんだよ」

「やだ!」


 狼くんと和真くんが止めたのに、みやちゃんが行ってしまう。

 シュッと目の前から消えたかと思えば、屋上の方に飛んでいた。

 超人的なジャンプ力だ。あれが妖の力なのだろうか。

 そのまま四階の屋上に着地してしまう。


「あーあー」


 和真くんが肩を竦めて、見上げる。

 私と狼くんも、見守った。

 何を話しているかは聞こえないけれども、よくはなかったみたいだ。

 あの妖が刺々しい妖気を放つ。

 弾かれて、みやちゃんは降ってきた。


「言わんこっちゃない!」

「怒った!」


 和真くんは、ザッと戦闘態勢に入る。みやちゃんもだ。身構える。 

 狼くんは、私に下がるように手を振った。

 そうすれば、校庭の隅に植えられた植木が蠢く。彼の妖気を感じられた。


「わ!?」

「っ!?」

「きゃ!」


 蔦が伸びてきて、みやちゃんと狼くんと私を捕らえる。

 腕や足が絡み取れれて、締め上げられた。


「皆! 狐火で燃やしてやる!」

「だめです! 火事になりますよ!」


 和真くんの手に狐火が灯ったけれど、火事を危惧して狼くんが阻止する。


「ーーーー俺に構うなと言ったはずだ」


 あの妖が、降り立つ。背から薔薇のいばらが、ブワッと広がる。

 ボォッと灯る狐火を突きつけて、和真くんは身構えた。


「無駄だ。そんな火では、俺のいばらを燃やし尽くせない」

「へっ! そりゃどうかな!」

「あ、あの! すみません!」

「こ、小紅芽ちゃんっ?」


 和真くんが一戦交える気でいるけれども、私は謝罪を口にする。

 ここは平和的に解決しよう。


「怒らせたのなら謝ります。雅が何を言ったかは知りませんが……悲しそうだったので気になったんです。余計なお世話だったらすみません。謝るので、私達を放してくれませんか?」

「……」


 悲しげな眼差しは、冷たさを帯びている。


「断る」


 凛とした声が、はっきりと告げた。

 宣戦布告。


「いい機会だ。妖の恐ろしさを思い知らせてやる」

「うっ! うぐっ!」


 首に回った蔦が、さらに締め上げてきた。


「やめてください!」

「小紅芽ちゃんは放して!! やるならあたしでしょう!?」

「放せ!!」


 和真くんが突撃したが、いばらの壁が阻む。

 いばらの棘で傷付いて、ワイシャツが裂かれた。


「いってぇ!」


 一度距離を取った和真くんは、手に火を灯す。それがぼぁああっと燃え上がった。


「くらえ!!」


 その炎の塊を、放つ。

 しかし、いばらの壁は炎を飲み込んで消し去ってしまった。


「なっ!?」


 火の攻撃に自信があったらしい和真くんは言葉を失う。

 火より強い植物なんて。

 ああそうか、妖気で出来たいばらなのだろう。

 つまり、和真くんの妖気よりも彼の妖気が上回っている。

 それにしても、締め付けが痛い。窒息しそうだ。

 この蔦は植木に妖気を注いで操っている。なら、その注いでいる妖気を断ち切ればいい。ギュッと握った蔦に、私は霊力を注いだ。

 そうすれば、妖気が掻き消えて、蔦の締め付けが緩む。私達は着地した。


「……お前は」


 私を見据える彼が、少し意外そうに目を大きく開く。

 しかしすぐに腕を伸ばす。その指示に従い、生き物のようにいばらが蛇のような形になってこっちに向かってきた。

 それを自由になった狼くんが、殴り落とす。でも拳がいばらで傷付いて、血が出てしまう。


「狼くん!」

「雅、小紅芽さんを安全なところへ!」

「逃しはしない……!」


 狼くんの手当てをしたかったけれど、狼くんがみやちゃんにそう指示をした。

 いばらは私を狙って唸り迫り来る。

 みやちゃんが私を抱え上げて、大きくジャンプをした。


「みやちゃん、何言って怒らせたの!?」

「ええ!? あたし、ただ小紅芽ちゃんの優しさを無下にしないでって言っただけだよ!?」

「それだけでなんでこうなるの!?」

「知らないよ!?」


 みやちゃんは私が聞きたいと声を上げながら、私を抱えて走る。

 いばらは、追いかけてきた。伸びる伸びる伸びる。


「相当強い植物使いですねっ!」


 みやちゃんが捕まりそうになった時、今度は上から現れた狼くんが宙でぐるりと回転して、その勢いで蹴り落とした。


「狼くん! 無茶しないで!」


 いばらに攻撃する度に、狼くんも和真くんも怪我をしてしまう。

 和真くんは防御が薄手になった本人を狙うも、いばらは無限に出るのか、また炎は飲み込まれてしまった。

 狼くんと和真くんでは、太刀打ち出来ない!?



 

20180308

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