21 視える人。(白銀和真視点)
視えていなくても、笑い合えるならそれでいいじゃないか。
視えていなくて、何も知らなくても。
視えていなくて、何も気付かなくても。
俺はそう思っていた。
そういうものなんだ。そういう認識をしていた。
なのに、安倍小紅芽ちゃんは、俺達が視えている。
視えてて、一緒にいた。
妖を避けたがっていたくせに、視えても一緒にいたことを知った。
「俺の母親は、視えない人なんだ」
俺はそう切り出した。
「だから、知らないんだよ……俺と父さんが妖狐だって、妖だって……父さんが秘密にしてるんだ」
俺はその場にしゃがみ込んだ。
「狼と雅とは違うんだよ……視えなくて当たり前って認識してた……。視えてなくても、楽しけりゃいいって思ってた。笑い合えるならそれでいいって思ってた。だけど、小紅芽ちゃんは……視えてる」
一緒にいて落ち着くし楽しい友だちだと思っていた。
安倍小紅芽ちゃん。
「いきなりそんなこと言われても、俺……」
正直、戸惑った。
視られていることに戸惑った。
知られていることに戸惑った。
小紅芽ちゃんっていう存在に、どうしても戸惑ってしまう。
「どう接したらいいか、わかんねーよ……」
母さんは、俺が視えていない。
俺の本当の姿が、視えていないのだ。
それが当たり前で、仕方ないことなのだと、幼い頃から理解していた。
正直、視えている片親がいる狼と雅を羨ましいと思ったことがある。
秘密がない関係が羨ましいと思ったけれども。
でもそれが俺にとっては普通のことだった。
狼と雅という秘密という壁のない親友がいれば、十分だったのに。
小紅芽ちゃんが現れて、何が何だかわからなくなってしまった。
暫く沈黙する。やがて、小紅芽ちゃんの手が頭の上に乗せられた。
「私も同じだよ……どう接したらいいか、打ち明けたあとのこと考えたら怖かった」
そう言う小紅芽ちゃんを見る。
同じくしゃがんで俺を見ている小紅芽ちゃんのペリドットの瞳は、優しげだった。
「今まで秘密って壁を作って一人で抱え込んでいたからかな。さらけ出すことが酷く怖いことに思えたんだ。だからずっと黙ってた。視えてないふりをして、狼くんが気付いてもとぼけ続けたんだ。私」
苦笑を溢す小紅芽ちゃん。
「臆病なのは、お互い様だね」
なんておどけたように笑っては、俺の頭を撫でた。
「一緒に試行錯誤していこうよ。ね?」
「……小紅芽ちゃん」
「これからも仲良くしてほしいな。白銀くん」
撫でていた手を、俺に差し出す。
握手を求めているのだろう。
俺は恐る恐ると握った。
「……俺のこと、和真でいいよ」
俺だけ、苗字呼びだから、名前で呼んでほしいとポツリという。
「じゃあ、和真くん」
そう呼んで、小紅芽ちゃんは笑って見せた。
丸眼鏡がないと可愛い顔立ちがよく見える。
弱さをさらけ出してしまったことに恥ずかしさを覚えたのか、それともその笑みにときめいてしまったのか、頬がかぁあっと熱くなった。
「こ、これからもよろしく……」
「うん。よろしく」
それを腕で隠す。小紅芽ちゃんの笑みが、まともに見れない。
「……ねぇ。お願いなんだけれど、ちょっとでいいから耳触らせてよ」
「……こっち?」
「うん」
俺は頭の上の狐耳を指差した。
「前に私を尻尾で叩いた件を許す代わりに、さ」
「その件は調子に乗ってすみませんでした」
「よろしい。触らせてくれたら、無罪放免とする」
そう言えば、そんなこともしたな。
視えないことをいいことにバシバシと尻尾を叩きつけたっけ。
あれされても我慢出来た小紅芽ちゃん、すげー。
そんな小紅芽ちゃんに耳を差し出すと、軽く摘まれた。
形を確かめるみたいにもみもみとする。
な、なんか……他人に耳触られるって変な感じだな。
こう、なんというか、えっと。
気持ちいいけれども。
「……ゴロゴロ鳴かないの?」
「俺は狐! 猫じゃないの!」
「あはは」
はっきり笑顔が見える小紅芽ちゃんは、雅が絶賛するほど可愛いと心の底から思った。
「もういいっしょ。避けてごめん。じゃあね」
「うん、じゃあね」
これ以上赤い顔を見られたくなくて、またもやプイッとそっぽを向くけれど、和解をしたから変に思われないだろう。
先に空き教室を飛び出して、俺は顔を抑えた。
ああ、なんだろう。なんなんだろう。
心臓がドキドキと高鳴ってる。顔が火照って冷めない。
「やべー……好きになりそうかも……」
小紅芽ちゃんの笑顔が、頭から離れなかった。
20180307




