10 可愛い人。(大神狼視点)
狼くん視点!
可愛いと思った異性は、これが初めてのようだ。
安倍小紅芽。一年B組の雅と同じクラスメイト。
雅曰くソウルメイト。
彼女のそばは心地いいのだという。
女子生徒の制服を着ているいわゆる男の娘の雅を、教師から守ってくれたことが嬉しいようで、いつものように彼女の話題を出す。
「今日も小紅芽ちゃんが庇ってくれたー」ととても嬉しそうに、だ。
俺と和真も、彼女と接することが自然と多くなった。
俺は同じ図書委員会になって、ペアになったからだ。
一度怒らせてしまった時は、雅との友情も危うくなると危惧したが、杞憂に終わった。
すっかり嫌われてしまったとばかり思っていたのに、彼女に話しかけられて、あの時は不覚にも可愛い人だ。そう思って吹いてしまった。
それ以来、挨拶をするとしぶしぶだがちゃんと返してくれる。そんな仲にはなった。
勉強会をして、俺も思ったのだ。
小紅芽さんのそばは心地がいい。落ち着ける。
それは彼女が物大人しい雰囲気をまとっているからなのだろうか。
それともわずかにある霊感が関わっているのだろうか。
どちらにせよ、はっきりしたことはわからない。
ただ、一緒にいてもいいと思えた。
今まで人ではない者の三人で仲良くしてきたのだ。親友と呼び合える仲。
そんな仲間の中に、彼女が入ってくるのは、満更でもなかった。
だから、打ち上げも彼女に参加してもらったのだ。
四人でいることは、心地いいものだった。
楽しく、時間が過ぎ去っていく。
けれども、彼女・小紅芽さんには、やはり壁があるように感じられた。
雅が言っていたのだ。必要以上に近付かない、近寄らせない。
そんな小紅芽さんは、養子らしい。両親が他界していて、それが影になって抱えてしまっているのではないかと、始め俺達はそう思った。
しかし、もっと別の秘密があるのではないかと思い始めたのだ。
俺一人がね。
彼女はよく俯く。視線もよくどこか別の方に泳ぐ。
それを隠すためにわざわざ丸眼鏡をかけているのではないか。
眼鏡には度など入っていなかった。
だから、そういう可能性が過ったのだ。
彼女はーーーー視えているかもしれない。
一度は否定したが、小紅芽さんは霊力を隠しているのかもしれない。俺達の本性が、視えるほどの霊力を秘めている。
それなら壁を感じるのも、無理はない。人間と妖という境界線に立っている壁があるのだ。
心を開くのは難しいと俯いた彼女の目に、俺達の本性が映っていたのか。
そうかもしれないし、そうではなしかもしれない。
これは慎重に解き明かさなければならないだろう。
どこか高揚感を抱いている自分がいた。
いつものように夜の学校に残っていたが、俺はその件のことを話さない。まだ確信を得ていないし、雅が動揺してしまうだろうと思ったからだ。共にいる時間が長い雅のことだから、平然を装えないだろう。
摩訶井学校を選んだのには、理由がある。
それはこの学校が、魔界に繋がる魔の領域だからだ。
妖である俺達には過ごしやすい環境。
しかし、魔界から来た妖が入り込むことが多い。
そのため、対処することが密かな俺達の仕事となっている。
魔界から妖が学校に入り込むと言っても、結界が張ってあるため、学校の外には出られない。かと言って学校に居つかれては困るため、魔界の入り口まで誘導する。
そう言えば先日は、手負いの幻獣が迷い込んだ。
中でも珍しい龍の姿の幻獣は美しい。
そんな幻獣に遭遇してしまった小紅芽さんが、怪我を負った。擦り傷程度だが、そのあとも幻獣に躓いたり、尻尾で叩かれていたのだ。
もしも視えていたのなら、彼女は不思議で堪らないだろう。
何故あの幻獣が居ついてしまったのか。
手負いなため、怪我が自然と治るまで学校に居座ることを、神宮先生が許可したのだ。何がいるか正直わからない魔界に送り返すのは、俺達もよしとはしなかった。
だから、幻獣は昼間も忙しなく校内を彷徨っているのだ。
「そう言えば、黒猫がね。小紅芽ちゃんの机に座ってた」
体育館で暇を持て余していたら、雅がそんな情報を寄越した。
「黒猫?」
「うん。猫又なのかな、化け猫なのか、わかんないけど、オッドアイの黒猫が小紅芽ちゃんのこと目付けてた」
聞き返す和真にそう言って唇を尖らせる雅は、小紅芽さんが心配なのだろう。
けれども、もしも視えていたのなら、少々おかしく感じて笑ってしまいそうになった。
「やはり魔界から来た妖でしょうか」
笑いを誤魔化すために口に手を添えて、俺は考えを述べてみる。
「黒猫だもんな。紛れ込んでも気付かねーよ」
バスケットボールをゴールに放り投げる和真の言う通り。
幻獣のように目立っていなくては、見逃すこともある。
例えば小さな妖とか。
「次、小紅芽ちゃんの前に現れたら、首根っこ掴んでやるんだから!」
雅はそう息巻いた。
「まぁ、ちょっと霊感あるみたいだし、心配するのもしょうがないよな。よっと」
和真がまたシュートを決める。
ちょっとどころではないかもしれないのだけれどもね。
「見てみてーあたしのプリクラ帳! この間の貼り付けたんだぁ!」
「どれどれ?」
話題を変えて、雅は俺にプリクラ帳を見せる。
この間、撮ったプリクラがちゃんと貼られてあった。
眼鏡をかけていない小紅芽さんは、雰囲気は綺麗という印象を抱くのに、顔立ちは可愛い。そんな彼女の笑顔を見て、自然と口元が緩んだ。
「小紅芽ちゃん、眼鏡なしの方が可愛いよなー。ギャップ萌えっていうの? なんかキュンとするわ」
ボールと抱えて戻ってきた和真がそう言う。
和真もそう感じるのか。
「でしょでしょ! 絶対に眼鏡外して、髪の毛いじったらモテると思うんだよね! なんて言っても小紅芽ちゃんだから!」
「……」
雅が絶賛する。
モテるか。あまりその手のことをよく思わない俺は、賛同しかねた。
モテても、いいことは少ない。
そう言えば、今日はそんな話もした。
勘違いさせてしまわないように、なんて叱られたが、別に小紅芽さんは自惚れたりしないだろうと思ったのだ。冷静なところがある小紅芽さんは、恋に恋してしまっている女子生徒とは違うだろう。
まぁ、その冷静さが崩れたら、これまた可愛く感じるのですがね。
あの日の言動を思い出してしまった俺は、吹いてしまう。
「フ……」
「あーまた思い出し笑いしてるー狼」
「いや本当に可愛らしい人だと思いましてね」
「小紅芽ちゃんのこと? だよねー!」
「もしかして狼、惚れちゃった?」
ニヤリ、と口角を上げて和真が問うた。
小紅芽さんに恋をした?
「そんなわけないでしょう」
俺は否定したのだった。
20182027




