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30 異世界帰りの勇者 その1

奥さまの名前は瀬利亜。

旦那様の名前は光一。

ごく普通の二人はごく普通の恋愛をし、ごく普通の結婚をしました。

少なくとも『奥さまはそうご主張』されています。

ただ、一つ?違ったのは奥様は『モンスターバスター』だったのです。


 綾小路遥です。

 いろいろ事件があったものの(※その事件に関してはまた後日お話します。)、瀬利亜さんと光一さんの結婚式は無事終わり、新学期が始まりました。


 三年生になったものの、クラスメートはそのまま三年に持ち上がり、三年雪組担任、副担任も錦織先生、アルテア先生のまあ変わらなかったので、大きく日常が変わったような気がしません。


 このクラスを下手にいじると制御不能になりそうなので、副担任のアルテア先生とクラスのメンバーをそのままに保持して転職予定の錦織先生を無理やり引き留めたそうなので、クラスが変わらないのは意図的なものだそうです!が…。


 さて、新学期が始まって数日経った日にうちのクラスに転校生が入ってきました。

 去年度は女性とばかり…休して来ていたので、何となく女子のような気がしていましたが、今回はやや背の高いイケメンの男子生徒で、男性陣が明らかにがっかりしておりました。


 「伊集院聡です。よろしくおねがいします!」

 「「よろしくおねがいします!!」」

 うん、かなりのイケメンですが普通のクラスと違って反応が薄いですね…。


 私は見た瞬間、『悪人ではないもののめんどくさい系、しかも下手に能力が高い分、めんどくささが数倍』になる…と判定し、他の人の反応から、伊集院君の人柄をより深く推測することにしました。


 まずは、瀬利亜さん。

 ご結婚後も相変わらず明るく、優しく、凛々しいです。うっとりと見とれてしまいそうに…見とれている場合ではないので、伊集院君を見た反応を……どうでも良さそうです。一瞬眉をしかめられたので、私同様『ちょっとめんどくさそう』と感じられたようです。

 まあ、瀬利亜さんは悪人系や危険系でなければ、あまり気にされない人なので、少なくとも危険ではないことははっきりしました。

まあ、本当に危険な人はアルテア先生が排除されるので、そもそも学校に転入できないのですが…。


 次に氷室琴美さん。一部で『リアル悪役令嬢』の異名を取る釣り目の美人のお嬢様です。正体は雪女の姫…なのだそうで、モンスターバスター組を除けば霊力は校内でも最高クラスらしいです。プライドが高く、一見ツン系ですが、根っこは優しく面倒見がいいので、男女を問わず隠れファンが多いです。

 伊集院君を見て、嫌そうな顔をしています!ものすごく嫌そうです!


 それを見ていて、なんとなく推測がつきました。

 文武両道の成績優秀で、名家の血筋がどうこうで、プライドがものすごく高いタイプのいわゆる『委員長タイプ』です。加えて、何らかの『能力者』で、さらに『エリート意識が高い』感じでしょう。

 うわあ…考えるだけでめんどくさくなってきました…。

 まあ、『実害のないタイプ』であることを祈りましょう。


 伊集院君の席は私や瀬利亜さん、さらに、氷室さんからも離れていて、正直助かりました。

 …伊集院君はクラスの反応が薄いので、少し不思議そうな感じです。

 今までは常時クラスや、下手すると学校中の注目の的だったのでしょうね。


 ホームルームはつつがなく終わり、一時限目は…体育のカイザス先生が休みで、自習になりました。

 ……実はモンスターバスター一二星で病気や事故すらほとんどあり得ないカイザス先生が抜けられるとはどういうことでしょうか?

 普通に考えると『モンスターバスターの任務』ということになりそうですが、その割には瀬利亜さんが不思議そうな顔をされています。

 後で瀬利亜さんに確認してみましょう。


 …そんなことを考えていると、伊集院君が立ち上がると、なぜか瀬利亜さんの方に向かって歩き出したのですが…。


 「そちらの美しい女性、お名前はなんとおっしゃいますか?」

 伊集院君がふっと笑ってかけたセリフに瀬利亜さんを除くみんなが固まりました。

 伊集院君はかなりの能力者だと思いましたが、瀬利亜さんの正体に全然気づいていないようです。

 瀬利亜さんは一瞬、ぽかんとされて、不思議そうな表情をされましたが、すぐに元に戻されるとにっこりと口を開かれました。

 「瀬利亜です。石川瀬利亜です。」


 「そうですか、瀬利亜さんですか…素敵なお名前ですね。よろしかったらお付き合いしていただいてよろしいでしょうか?」

 普通の女子なら騙される『最高に見える笑顔』で伊集院君が瀬利亜さんに語りかけると、教室中が騒然とします。

 千早さんを始め、教室中の女性陣の目が伊集院君を見る目が急に厳しくなります。


 瀬利亜さんはほんの一瞬だけやれやれ…みたいな表情になりそうになりますが、瞬時に元の笑顔に戻されると、口を開かれます。


 「そうおっしゃっていただいて光栄です。ただ、私もう結婚しておりますので、大変申し訳ないのですがお断りさせていただきますね。」

 見とれそうになるさわやかな笑顔の瀬利亜さんの背後に『お帰りはあちら』というフリップが見えているような感じです。


 言われて伊集院君は一瞬完全に固まります。おそらく今まで振られたことなどないのではないでしょうか?

 それでも冷や汗をかきながら頑張って笑顔に戻して伊集院君はさらに口を開きます。

 「いやあ、瀬利亜さんは冗談がお上手ですね♪高校生でご結婚とは、はっはっは!」

 「ほら、証拠の指輪♪」

 瀬利亜さんは涼しい顔で左手薬指のプラチナの指輪をさりげなくアピールします。


 「……ずいぶんと手の込んだ御冗談ですね…。」

 伊集院君は必死でペースを取り戻そうとしますが…。


 「ほら、これが結婚式と披露宴のアルバムです♪

 髪が銀色なので、白無垢は止めて、色打掛とドレスの両方にしました。」

 瀬利亜さんが鞄から『特大のアルバム』を取り出されて嬉しそうに見せびらかしています。


 「で、今回は新学期まで時間がなかったので、夏休みに南の島にまた行く予定にして、新婚旅行は北海道の温泉地にしました♪

 今さらながらの『木彫りの熊』とアイヌの方の伝統工芸のアッシ織のランチョンマットとか素敵でしょ♪」

 ……どこからともなく取り出された北海道土産に伊集院君だけでなく、クラスのみんなが呆然と見ています。


 「石川!!そんなにたくさん、どこにしまっていたんだ?!!それと、いつもそんなものを持ち歩いているのか??!!!」

 あらら、ついにうちのクラスの『ツッコミ王』の橋本君が叫んでいるよ…。


 「どこにしまっていたかは『乙女の秘密』だわ♪それと、新婚旅行に行ってきて、『ハネムーン気分をいつでも味わうために』いつでも持ち歩いているわ!!」

 …も…持ち歩いておられるのですね…。さすがモンスターバスター御用達の『◎次元ポケットならぬ、収納のおかげだけのことはありますね…。


 「…ちょっと待ってくれ!その写真から見ると、旦那さんは担任の錦織先生か?!」

 「ええ、ダーリン…もとい、夫は光ちゃ…錦織先生です♪」

 瀬利亜さんが胸を張って断言されます。

 実に嬉しそうに言われるんですよね…。光一さんのことが本当に大好きだと全身で表現されています。


 それを聞いて、伊集院君がふっと笑います。

 「…そうか、ただの教師か…。失礼、私は大学卒業後、我が伊集院グループを継ぐ予定があるのですが、『今のうちに乗り換えられる』おつもりはないでしょうか?」

 なに、この人?!人妻を口説こうとしているよ!!!

 …伊集院グループ?!ああ、例の旧財閥系の…。

 今の総帥は悪い人ではないのですが…、権威主義なので、父(綾小路元大使)は苦手だとか言ってましたよね…。


 「まあ、伊集院君は将来はご安泰ですのね♪

 それは素晴らしいことだと思いますが、夫も教師としてすごく誠実に仕事をしていると思いますし、私自身も自立して別の仕事をする予定ですので、夫の職業にはこだわらないことにしております♪」

 瀬利亜さん、一瞬すごく呆れたような表情をされた後、すぐに笑顔に戻られて、さりげに返しが上手ですよね…。


 「…なるほど……財閥系グループ総帥すら、あまり気にされないとは、さらに気に入ってしまいました。

 では、これならどうです!!

 私は『異世界で勇者』として活躍したのち、この世界に帰還してきたのですよ!!」


 クラスのみんなが伊集院君に共感しました。『ブルータス、お前もか!』と。


 その時、教室に閃光が走り、大きく揺れ出しました。

 みんなの足元に以前も見た魔方陣が姿を現しています。


 「落ち着け、みんな!これは異世界から…。」

 「うん、異世界からクラスが召喚されているんだろ?」

 仕切ろうとした伊集院君が橋本君のツッコミを受けて目が点になります。


 「…どうして、それがわかって、しかも、落ち着いているんだ?!!」

 「うん、以前うちのクラスごと異世界召喚されたことがあって、その時、無事に戻って来れたから。」

 「……。」

 一人だけ愕然としている伊集院君をしり目に、教室ごとめでたく?召喚され、みんなの予想通り、教室外には巫女のカトリーヌさんと村人たちが焦燥された様子で私たちを待っていました。


 「今度は一体何があったのかしら?」

 瀬利亜さんがジト目でカトリーヌさんを見ています。


 「皆さん!本当に助かりました!!ぬいぐるみ事業は成功したのですが、今度は村で多角経営に乗り出したら、『バブルがはじけて大失敗』したのです!

 損益が大きすぎてぬいぐるみ事業だけではとても立て直しができないのです!!

 どうか、みなさまのお力をお貸しください!!!」

 「あほかーーーい!!!!」

 再びカソノ村中に瀬利亜さんのハリセンの音が高々と響いたのでした。


続く


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