番外編2 魔王退治の勇者と幼馴染 その3
次の日の朝、食事時にやけにいいにおいがした。
しかも、この国では味わったことがなく、日本ではよく嗅いでいたこの香りは?!
「なんで、中華料理が出来てきているわけ?!」
「ふっふっふ、どうも異世界に召喚されたせいか、『アイテムボックスの能力』に目覚めたみたいなの!
しかも、中にすでに和洋中華の調味料や食材が入っていたみたいだったから、せっかくだから異世界もの定番の『料理チート』をやってみたのよ♪」
騎士団の食堂では朝から中華のコース料理が並んでいたので、ツッコミを入れると、瀬利亜から想定外の返しが返ってきた。
「それにしても、何十人分料理があるの?!いかに材料があっても、どうやってこんなにたくさん作れるわけ?!」
「それは単に私たちの料理の実力だわ♪ちーちゃんなんか、今のままでも十二分にお嫁さんに行けるくらい女子力が高いのよ♪」
瀬利亜がドヤ顔で胸を張っている。
「いい香りだとは思いましたが、味もものすごくおいしいですな♪」
「まったく、朝からワインを飲みたくなるわい♪」
フォルト大司教もダントス騎士団長も酢豚やふかひれスープををおいしそうに食べているんだけど?!
「うん、確かにものすごくうまい。」
「本当ね。私もこれくらいの料理の腕があったらなあ…。」
デフォルドは素直に感心し、エイムスは自分の料理の腕前と比べて少し落ち込んでしまっている。…いや、エイムスも旅に出てから少しは料理できるようになったんだし。そもそも、箱入りの姫が料理をできる方が不思議なくらいだから。
(SIDEエイムス)
「あのう、少しお話よろしいでしょうか?」
朝食の後かたづけが終わり、侍女たちと談笑していた瀬利亜さんに私は思い切って話しかけた。
「あら、あなたは…エイムス王女殿下……いいですよ♪」
瀬利亜さんはニコニコしながら応じてくれる。
改めて見ると、ものすごく綺麗です。しかも、雰囲気がすごくカッコいいです。
フォルト大司教もダントス騎士団長、お城の侍女たちをあっという間に魅了するカリスマまでお持ちのこの人…。この人を差し置いて、健人が私に振り向いてくれることなどありえるのでしょうか…。
千早さんと瀬利亜さんと一緒に応接室に入ると、瀬利亜さんが口を開いた。
「で、エイムス王女。健人のことをいろいろ聞きたいのでしょう♪」
満面の笑みで瀬利亜さんに言われて、私はたじろぐ。
「…ええと…その…。」
「ラムス女官長やあなた付きの侍女のミリアさんからいろいろと聞いているわ。健人の気を引くために一生懸命努力されているって。」
瀬利亜さん!いつの間にそんな情報を?!!それからラムスさんやミリアと名前を覚えるくらいもう仲良くなったわけ?!!
「そんなエイムス王女に耳よりの情報があります。基本、男性は胃袋をつかむと陥落させやすいですが、今の健人は地球の食事に飢えているはずです。そこで、健人の大好きな地球の料理をあなたが作れば、健人はどれくらいの好印象を持ってくれるでしょうか?」
「瀬利亜さん!健人が大好きな地球の料理を教えてください!!」
思わず瀬利亜さんの両手を握りしめていた私は、はっと気づいて固まってしまった。
一瞬きょとんとした瀬利亜さんだったけど、すぐに満面の笑みをたたえてこう言った。
「素晴らしいわ!エイムス王女。家事をまともにしたこともなかったあなたが、意中の相手のために全力で行動しようとするその心意気!まさにがんばる乙女の鏡だわ!!」
瀬利亜さんは目をキラキラさせながら私の手を握り返してくる。
「で、でも瀬利亜さんは健人のことを…。」
「え?ものすごく愛すべきかわいい弟分とは思っていたけど、こ~んなに小さな健人はさすがに恋愛対象外だったわ。その健人がこんなにいい男に成長していてビックリはしたけどね。
そんな健人にぴったりの見た目も中身も可愛らしいエイムス王女が健人を心の底から想っているみたいだから、これはお姉さんとしては全力で応援しないとね!!」
…なんか、瀬利亜さん、ものすごく盛り上がってますが…。
「で、でも、肝心の健人が…。」
「エイムス王女!」
瀬利亜さんが真面目な顔で私をじっと見つめる。
「恋愛では確かに相手のことを想いやることはとてもとても大切なことだわ。でもね、まずは自分自身の気持ちに正直になることが全ての始まりなの!
あなたの気持ちを正直に表現することなしには恋愛はもとより、人生すらうまくいきようがないわ。仮にどれだけ地位や名誉・冨などを得ても、自分に正直でなければ、本当に幸せをつかむことなんかできないのよ!
さあ、エイムス王女!健人の胃袋と心をつかむために『この切り札の料理』を一緒につくるわよ!!」
「わかりました!!」
瀬利亜さんの熱意に背中を押されて、私はお二人と一緒にお城の厨房に入っていった。
(SIDE健人)
昼食時になった時もこちらの世界ではあまり嗅いだことがなく、日本ではおなじみのいい香りが食堂を漂っていた。
今度は近衛騎士たちがミックスフライ定食を食べているのが目に入ってきた。
とんかつ、エビフライ、白身魚のフライ、そして鶏のから揚げのミックスランチをタルタルソースやみそソースなどでいただくランチになっている。
「う・ま・い・ぞ・う!!!!」
ダントス騎士団長がどこぞのグルメ漫画の大御所のように目から光を放ちながら叫んでいる。
瀬利亜さん!なに、無駄に料理チートをされているんですか?!!!
「あら?健人さま!よろしかったらこちらのお席にどうぞ♪」
俺が食堂の入り口で唖然としていると、エイムス付の侍女のミリアさんが俺を見つけ、席に誘導し始めた。
あれ?ミリアさんがこんな風に俺を席に案内するなんて珍しいな…とか思っていると、俺が案内された席にはすでに定食が用意されていた。
ご飯、コンソメスープ、豪華な野菜サラダ、そして……とても大きな和風ハンバーグがお皿に乗っていた。
ハンバーグの上に香りからしてポン酢しょうゆを掛けた大根おろしが乗っているようだ。
ハンバーグ、とりわけ和風ハンバーグは俺の大好物なのだが、瀬利亜は当然そのことを知っており……。
む?!瀬利亜はニコニコしながら俺が席に着くのを見ており、エイムスがものすごく緊張した面持ちで俺の方を見やっている。
おかしい!!明らかに何かがおかしい!!俺に好物の和風ハンバーグを食べさせるということだけで、瀬利亜がここまでニコニコするのは変だし、それに瀬利亜が作った料理を食べるのを見ているエイムスがここまで緊張する理由が……エイムスが緊張する理由?!!
不意に俺にはエイムスがものすごく緊張する理由に思い至った。
料理を作ったのがエイムスであれば、俺の反応を気にしてものすごく緊張するよな?!!
そして、仕掛け人はエイムスに俺の好みとハンバーグの作り方を教えた瀬利亜か?!!そう思って、瀬利亜に視線を向けると、得意そうにサムズアップしてやがる!!なんてこったい!!
「ささ、健人さま。どうぞおかけください♪」
椅子を引いて、ミリアさんが満面の笑顔で俺を促してくる。
それだけではない!まわりのみんなも暖かい視線で俺の方を注目しているんだが?!!特に侍女さんたち女性陣が!!!
これは一体何の罰ゲームだよ?!!
「あら、健人はなかなか箸を付けようとしないのね。じゃあ、私が自分の分を食べてみるからね♪
く、この火の通り具合といい、味付けといい、絶品だわ!!料理を始めてたった二年でこの境地に達するとはスゴイものだわ!!作った人は天才だわね♪」
ちらちらとエイムスの方を見ながら瀬利亜がハンバーグ定食を食べている。
その言葉に周りが大きく盛り上がった。そして、エイムスがさらに一生懸命俺を見やってる。どんだけ俺にプレッシャーを与えてくれるんだよ!!!!
席に着くと、俺は気合を入れてハンバーグにポン酢を付けて、口に入れた。
う、うまい!!久しぶりの懐かしい和の味ということもあり、本当にうまい!!母さんがよく家で作っていてくれていた和風ハンバーグより明らかに上をいく!
「う、うまい!」
俺が思わず口にすると、エイムスがすごく安心した表情になり、ものすごく嬉しそうな顔をする。…俺が現在片思い状態でなければ、惚れてしまいそうな笑顔だ。
そして、周りがすごい拍手に包まれていく。特に女性陣!!
生まれてからここまで恥ずかしかったことはないんだけど?!!
俺が思わず瀬利亜を睨むと、それを流して涼しい顔でお茶をすすってやがる!!くそ、いつかギャフンと言わせてやる!!
「で、君らなにやってんの?瀬利亜ちゃんは一応大丈夫そうだけど、万が一を考えて、もっと徹底的に調べた方がいい…と話をしたばかりだと思うんだが。」
昼食後、打ち合わせに集まった俺、エイムスにデフォルトがジト目で見られてる。
「ごめんなさい。つい料理に夢中になっちゃって。」
エイムスが頭をさげる。
「いや、エイムスは悪くない。瀬利亜のやつは頭の回転もすごく速いし、口もすごく立つから、俺もあいつのペースに巻き込まれることがすごく多かったから。」
俺がかばうように言うと、デフォルドがため息を吐く。
「まあまあ、デフォルド殿。落ち着きなさい。
今回は二人が瀬利亜ちゃんのペースに乗ってくれたおかげで、いろいろとわかったから。」
フォルト大司教がニコニコしながら話し始める。
「最初に話した時も信頼できるお嬢さんだとは感じたのだが、念のためにエイムス王女と一緒に料理を作っているときに神聖魔法でいろいろ調べたのだよ。
最上級の鑑定魔法をつかった結果はシロ。全く魔術や魅了能力の類は使っておらず、エイムス王女や周りの人達に害意や悪意を放ってはいない。
魔王クラスであれば、最上級の神聖魔法をも隠ぺいできる魔法で偽装した存在を送り込むことも出来るかとも思ったが、瀬利亜ちゃんのやること、話すことが規格外すぎて、真似のしようがないわい。
健人の言う『女神様の腕輪の救済措置』で、健人の信頼できる幼馴染を召喚するような結果が出てきた…と考えた方が理にかなっていると思うんじゃ。」
「フォルト大司教がそうおっしゃるならそうなのかもしれませんね…。」
「はっはっは、デフォルドは瀬利亜ちゃんとあまり話をしておらんから、その規格外さがわからんかもしれんね。
健人のことを聞きたいと言って、話をしてみなさい。快く、いろいろなことを語ってくれるじゃろうな。」
うん、瀬利亜のことだから、快く『俺が言ってほしくないこと』もたくさん言ってくれそうだ。
これは絶対に後でデフォルドからからかわれる流れだな。
どう見ても瀬利亜や千早ちゃんが魔王の影響下にないとわかってきたので、俺は二人にもう少し詳しい事情を話そうとして、城内を探していると、千早ちゃんだけが侍女たちと一緒に掃除をしているのを見つけた。
そこで、瀬利亜がどこにいるのかを聞くと…。
「ああ、瀬利亜さんは少し城下町を見てくると言ってました。」
笑顔で千早ちゃんが答えるのを聞いて、俺は胸騒ぎがした。
魔王軍は俺の記憶を読み取って作った瀬利亜の偽物を使って、俺をはめようとしたのだ。当然瀬利亜の見た目は知っている。
そして、王都にも魔王軍のスパイが入り込んでいたから、奴らが瀬利亜を見かけたとしたら、当然利用しようとするだろう。
ちくしょう!正体に確証が持てなかったから瀬利亜たちに瀬利亜の偽物に襲われたことについては話していなかったから、瀬利亜が危険があることを知らずに動くことを許してしまった!早く瀬利亜を見つけて、王宮に連れ戻さないと!
俺は探知魔法を使って、瀬利亜の後を追った。
脳内に探す相手(物を含む)を思い浮かべると、対象の相手までのかなり正確な距離と方角がわかるという地味だが使える勇者魔法の一つだ。
対象のことをよく知っていれば知っているほど精度や探知範囲が広がるのがありがたい。
魔法を発動させると、王都の北門の近くを歩いていることがわかった。ふう、見つかってよかった。えええ?!!北門から外へ出ていったよ?!!
動きに迷いがないから最初から外に出るつもりだったようだが、全くやっかいなことだ。昔から行動力は無駄に高かったからな。
俺は身体強化の魔法を使うと、瀬利亜を追いかけて走り始めた。
城門から三〇分くらいの距離の古代遺跡(高校の教科書の古代ローマ遺跡を思い出させる)でようやく瀬利亜に追いついた。
そして、瀬利亜に声を掛けようとして、ぎょっとする。
なんと、瀬利亜の前に俺を刺した偽者と思しき瀬利亜が立っているじゃないか?!
俺が声を出そうとした時、瀬利亜が声を上げる。
「ええ?!こんなところで私のそっくりさんに出会うなんて、スゴイ偶然だわ?!!」
いや、偶然じゃねえよ!!!
「…まさかこんな反応をされるとは思ってもみなかったわ…。まあいいわ!シャドウストーカー!こいつを捕まえておしまい!」
偽瀬利亜が叫ぶと同時に、瀬利亜の背後から凄まじい闇の気配がして、地面から漆黒の六本腕の巨大な人型の怪物が現れた。高さは六メートルくらいあり、全身にまとう闘気は魔王側近の六魔将に近いものがある。
怪物は凄まじい速さで動くと、六本の腕で瀬利亜を抱え込もうとする。 やばい!間に合わない!
俺は怪物と瀬利亜の間に入り込もうとするが、その前に怪物の手が瀬利亜をつかみ……。
つかみ損なって、背中に瀬利亜の右回し蹴りが叩き込まれたあと、怪物はそのまま近くの遺跡の石壁に突っこまされて動かなくなった。
…ええと、なにが起こったのでしょうか…。
「ふう、なんか知らないけど、とんでもないものが私に突っこんでくるところだったのね…。
躱せてよかったわ。」
「いや、躱したというより、あの馬鹿でかい怪物を蹴り飛ばしたよね?!
どうやったらそんなことができるわけ?!!」
俺はついツッコミを入れてしまう。
「健人、何を言っているのかしら?!ただのがんばる乙女にこんなデカブツをぶっと飛ばすような力があるわけないじゃない!!
ええとこれは……ここにある、謎の短剣の力だわ!!これを振ったから、あの怪物を切り倒すことができたに違いないわ!!」
えええええええ?!!瀬利亜が取り出したのは俺を刺したと思しき闇の短剣だよ?!!それ、瀬利亜が俺から抜いて、持っていたわけ?!!
「その短剣は今取り出したでしょ?!!それにさっきは明らかに怪物を足で蹴飛ばしていたよね?!!」
俺に言われて愕然とした瀬利亜は短剣を持ったまま、怪物のところに行くと、短剣をびゅんびゅんと振って……ええええええ?!!怪物がなますのように斬れてるんだけど?!!
「ほら、きれいに斬れているよね♪」
「なに、ドヤ顔で言ってんの?!!今斬ったよね?!!それ以上にとんでもない闇の魔力を秘めているとはいえ、怪物をどうやったら短剣でそんな風にスパスパ斬れるわけ?!!」
「ええと、火事場の馬鹿力かしら?ほら、命の危険にさらされてたわけだし。」
「さっき襲われた時はともかく、今は全然危険にさらされていないよね?!」
「ほら♪火事場の馬鹿力モードに入ると、三分間は持続するのがお約束だったと思うわ♪」
「そんなお約束、聞いたことないよ!!」
これは、もしかして夢か?!!元の世界に戻って、瀬利亜と会いたいと思っていた俺の願望が創り出した夢がずっと続いているのか?!!
とか思って、自分のほっぺを抓ってみると…とっても痛いんだが…。
「ばかな?!!その女どうして『絶殺の呪いの短剣』を持っているのだ?!!しかも持ったままで、なんで平気なんだ?!!」
偽瀬利亜が瀬利亜を見ながら固まっている。
「ええ?!!これって、そんなに危ない代物だったの?!…言われてみれば、少し肩が凝っているような気がするわ!!」
「なんで、そんな凶悪な呪いの短剣を持っていて、『肩が凝っているような気がする』で済むの?!というか、言われたから、そんな気がしているだけだよね?!!」
昔から瀬利亜はいつも突っ込みどころ満載の行動をしてくれていたが、今日ほどではなかった…というか、これ、異世界チートのせいだよね?!神様、どうかそうだとおっしゃってください!!!
(続く)




