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114  怪盗との遭遇 その2

 「都、気を付けて。」

 予告時間の少し前に美術館に到着した時、ミリエルが都の耳元で囁く。

 都も、そしてミリエルも五感、直観共に非常に鋭い。


 前回モンスターバスターにして山伏である荒神坊の存在と能力を早々と察知できたのは二人の鋭い感知能力と魔法による分析能力が大きい。


 それゆえに陰陽術の探知にかからない『気配遮断魔法』を掛けて荒神坊をやり過ごすことができたのだ。

 だが、探知の陰陽術を出し抜かれたことを知った荒神坊は今回その対抗手段を取ってくるはずだとは思っていた。

 そして思った通り、非常にかすかな気配ではあるが、美術館全体に非常に微細ではあるが、感知用のさらに強力な結界が張り巡らされているのを都は感じ取った。


 都は『天使の力』を使い、相手の感知能力をかいくぐる作戦を素早く頭の中で練り始める。




 「これが今回、ファントムキャッツの盗みの予告の対象になった『漆黒のダイヤ』だ。

 その珍しい色合いと大きさでものすごく価値があると専門家に評価されている。」

 小山内が指さす大きなダイヤを瀬利亜と荒神坊がじっくりと見る。


 漆黒、いや、濃い紫~藍色をしているダイヤモンドは美術館の照明の光を受けて、確かにすごく美しく光っている。しかし…。


 「このダイヤどう見ても『呪われている』わね。」

 瀬利亜が大きくため息をつく。


 「…確かに、これはよろしくない波動を放っているな。」

 荒神坊も残念そうに大きくうなずく。


 「待ってくれ!呪われているって?!!」

 小山内は二人の様子に慌てて叫ぶ。


 「ええ、『持ち主を全て破滅させた』ホープダイヤの逸話はご存じないかしら?

 たくさんの持ち主を破滅させたのち、最後にはアメリカ政府が所持者になったわ。

 そして、アメリカ政府自体が数年前に『大規模な利権関係があったことが発覚』して、一時期解体寸前まで行ったことはあなたもご存じだわよね。

 その後、ホープダイヤはアメリカの優秀なモンスターバスターの手によって、解呪されたと聞いているわ。

 このダイヤはおそらくホープダイヤより質の悪い呪いがかかっているわ。

 このままにしておくと、この美術館が破滅の運命に見舞われるから、今回の事件が終わったら優秀なモンスターバスターに解呪を依頼されることを強くお勧めするわ。」


 瀬利亜の言葉に小山内ほか、警官たちも愕然と立ちすくんだ。


 「今回の事件が解決したら『漆黒のダイヤの鑑定』をできる『透視能力に長けたモンスターバスター』に話を通しておくわ。

 じゃあ、私は控室からこっそり見張っておくわね。」

 展示室から引き揚げていく瀬利亜を小山内たちは呆然と見送った。




 「来たぞ!ファントムキャットだ!」

 瞑想していた荒神坊が目を開けて叫んだ。


 同時に漆黒の影が素早く展示ケースに入っているダイヤに走り寄ると、ダイヤが姿を消し、人影は警官たちをすり抜け、素早く走り去る。

 人影のあまりにも人間離れした速度に、荒神坊も小山内たちも愕然となり、そして、我に返って動き出す。


 「くそ、まさかファントムキャッツがここまですごいとは?!!!だが、俺の探知術の範囲内だ!すぐに追うぞ!!」

 走り出す荒神坊に続いて、小山内たちもファントムキャッツを追って動き出した。


 そして……展示室から人がいなくなった時、展示ケースが動いたのに気付いたものは…。




 「都、さすがだわ!!」

 港の近くの倉庫の中に入ると、都の肩に止まったミリエルが嬉しそうに笑う。


 「かなりギリギリだった気はするけどね。」

 都は懐からダイヤを取り出すと床に置き、腰に付けていた『聖なる短剣』を構える。

 同時にミリエルが祝福の呪文を唱えると、短剣が光り輝き始める。


 「へえ、それで、呪われたダイヤをどうされるおつもりなのかしら?」


 不意に倉庫内に響いた女性の声に都とミリエルは固まった。

 ほんの少し前までは誰の気配もしなかったというのに…。


 振りかえった都は驚愕に目を見開いた。

 近くの風流院高校の制服を着た、銀髪の美女が涼しい顔でこちらを見ているのだ。


 自分より顔が整い(都視点)、背が高く、明らかにスタイルがいい、強い意志をたたえた瞳の美女に都は強くコンプレックスを刺激された。

 …それはともかく、彼女は一体何者なのだろうか?


 「さすがは瀬利亜!俺たちが『幻影』を追いかけている間も、冷静に状況を見ていたのだな!」

 倉庫の扉を開けて、荒神坊が駆け込んできた。


 (この男は例のモンスターバスター!ということは…この女性ももしかしてモンスターバスターの仲間?!それもあの男よりかなり格上の相手!!)

 都は焦った。

 幻影の魔法が通じないうえ、自分に寸前まで気配を悟らせないところから、逃げられるかどうかも怪しい相手だ。

 だが、ダイヤが『呪われたもの』だと見ぬいたことからダイヤに憑りついているだろう悪魔を倒すのには協力してくれるかもしれない。


 自分達のことを話すべきかどうか迷ったその時、不意にダイヤから凄まじい勢いで瘴気が噴き出してきた。


 「ふははははははは!!!!ファントムキャットよ、罠にはまったようだな!」

 圧倒的な瘴気があたりを覆い尽くすと、いつの間にか周りが漆黒の空間に取り囲まれ、都の目の前には中世の貴族のような衣装を着た巨大な『怪物』が立っていた。


 「ファントムキャット、我らは今まで何度も貴様に苦汁をなめさせられてきた。

 だから、今度は今まで同様の呪われた宝石に見せかけた、『とびっきりの切り札』を用意させていただいたのさ。

 何しろ、悪魔王の側近、魔王の座を持つこの大悪魔ベリアル様を呼び出せる代物だからな!!」


 頭から山羊のような二本の角を持つ巨大な悪魔を前にして、自分とは格の違う相手だと感じ、

 都は動けないでいた。


 山伏風のモンスターバスターも銀髪の美女も大悪魔を前にして固まっているようだった。


 「逃げようとしても、無駄なことだ!何しろこの結界はわしが総力を持ってつくりあげたもの。その頑強さは大天使クラスでないと傷すらつけることもかなわないわ。

 わっはっはっはっは!!」


 大悪魔の言葉に都はモンスターバスター達に共闘を申し出るために口を開こうとしたが…。


 「チェスト!!」

 いつの間にかベリアルの眼前に音もなく移動していた銀髪の美女が、すばやく右回し蹴りを叩きこんでいた。


 ベリアルはそのまま吹っ飛んでいき、ガシャーン!!という音と共に漆黒の結界に大きくひび割れを入れながらめり込んでいた。


 「確かに丈夫な結界だわね!大悪魔が思い切り突っ込んでもひび割れて引っ込むくらいだから。

 それと、大悪魔自体もそれくらい丈夫な結界にめり込んでも生きているくらいだから、相当丈夫なようだわね!!」

 瀬利亜は涼しい顔で悪魔ベリアルを見据えている。


 (ええと…モンスターバスターて、聖なる武器や魔法で邪悪なる怪物と戦うのではないのでしょうか?どうして、こんな『物理攻撃』で悪魔を吹っ飛ばされているのでしょうか?)

 いくつもの悪魔と戦ってきた都だからこそ、信じられない光景に思わず心の中でツッコミを入れていた。


 

「ふざけるな!この程度の攻撃でこのベリアルを!……は?!どこへ行った??!!」

 あちこち傷だらけになりながら、結界の壁から何とか体を外したベリアルの視界から瀬利亜がいつの間にか姿を消していた。


 「大悪魔ベリアル!!その方、多くの呪われた宝石・美術品で人の心を惑わし、その歪んだ心からの悪想念で多くの悪魔を地上にもたらさんとする企み許し難し!!

 シードラゴンマスク!ただいま推参!!

 天に代わって悪を撃つ!!」

 全身を銀色のスーツ(へそ出し)に包んだ、スーパーヒロインが自らの眼前に舞い降りたのを見て、都たち同様に固まっていたベリアルだが、目の前の相手が自らを殺しうる強敵だとすぐに察知すると、素早く懐からあるものを取り出した。


 「これは悪魔王から授かった切り札だ!!喰らえ!パンドラの箱!!」


 ベリアルが妖気漂う箱を開けると、中から瘴気と共に膨大な数の悪魔が次々と湧き出してきた。


 「これは地上侵攻の切り札のアイテムの一つだ!この数の悪魔を相手にいくら貴様でも……。」

 何百という悪魔が一斉に瀬利亜に襲い掛かったが…。


 「シードラゴン百裂拳!!!」

 白銀のオーラに包まれた瀬利亜の拳撃は拳が当たる前にその衝撃波だけで、近づく悪魔を次々と粉々に打ち砕いていった。


 しばし愕然とその様を見ていたベリアルだが、あることに気付き、嗤った。


 「はははは…。確かに、凄まじい戦闘能力だ!だが、このパンドラの箱からは無限に悪魔が湧いてくるのだ!いくらなんでも永遠に戦うことはできまい!」

 「そうね、確かに今のペースだと『めんどくさい』わね。少し殲滅速度を上げるわ!」


 そう言った瀬利亜の全身から湧き上がるオーラの光がさらに大きくなった。

 「シードラゴン二百裂拳!!!」

 瀬利亜の放つ拳撃の威力は明らかに上がり、間もなく、箱から出るとすぐに悪魔たちの姿が消えるようになった。そして…。


 「シードラゴンかかと落し!!」

 魔の箱は蹴りの一撃で粉々に砕け…。


 「シードラゴンミサイルアッパー!!!」

 続けざまに放った右アッパーはベリアルを打ち上げた後、飛ばされた悪魔ごと結界を粉々に打ち砕いていった。


 「この世に悪の栄えたためしなし!!」

 大悪魔が塵になっていくのを見た瀬利亜は高笑いしながら姿をくらました。


 「いやいや!!瀬利亜嬢!!どこへ行くの?!!!」


 天井に巨大な穴の開いた倉庫の中で荒神坊が呆然と立ちすくんでいた。


 「失礼!いつもの調子でついつい、スーパーヒロインのまま立ち去るところだったわ。」

 「…ところで、ファントムキャットは?」

 「ファントムキャット……あああ?!!!」

 瀬利亜は荒神坊から視線をそらして、気まずい表情になっている。

 (忘れてたよね?!スーパーヒロインになって、悪魔以外のことが完全に頭から消え去っていたよね?!!)


 荒神坊は思わず頭の中でで突っ込んだが、大悪魔の方がはるかにとんでもない脅威だったので、そこは不問に付してもいいかとこれ以上言わないことにした。


 「おおい!瀬利亜さん、荒神坊さん!何があったのですか?!それとファントムキャットと漆黒のダイヤは?!」

 天井の惨状を見ながら、小山内と部下の下山が二人に声を掛ける。


 「残念ながらファントムキャットは取り逃がしたわ。…でも、ほら!ダイヤは何とか奪われずに済んだわ!!」

 瀬利亜が床に落ちているダイヤを指さすと、二人はおおっとどよめいた。


 (いやいや!ダイヤは『今』見つけたんだよね?!!途中でどうでもよくなっていたよね?!)

 荒神坊はもちろん、このツッコミも口に出すことはなかった。


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