113 怪盗との遭遇 その1
※この話は瀬利亜はんが高校2年生になったばかりのことの話です。
「くそ!またしても『怪盗・ファントムキャッツ』に逃げられた!!」
小山内警部は消えゆくファントムキャッツの後姿を見ながら地団太ふんだ。
名のある美術品に予告状を出した上に、警備や警察を出し抜いて美術品を盗み出し、その数日後にはあざ笑うかのように元の場所に戻すという『怪盗・ファントムキャッツ』の暗躍に警察の上層部は頭を痛めた。
警視庁でも特殊技能を持つ『特殊捜査課』勤務のエリート刑事・小山内の『透視能力』をもってしても、神出鬼没のファントムキャッツの行方をつかむのには無理だったうえ、今回は恥を忍んで外部団体の『モンスターバスター協会』に助っ人を頼んだにも関わらず、ファントムキャットにターゲットの宝石を盗まれたのであった。
小山内は重い足を引きずりながら美術館に引き返していった。
「卓也兄、元気がないね。お仕事がうまく行かなかったの?」
翌朝、遅い朝食を食べた後、玄関を出ると、向かいの家の従妹・都から声を掛けられた。
「…ああ、怪盗ファントムキャッツにまたしてもやられたんだ。」
小山内は悔しそうに頭をかく。
「ここは仕事に失敗した卓也兄を慰めるために都ちゃんがデートしてあげよう♪
幸いなことに今日は土曜日だから。」
ショートカットの明るい自称美少女女子高生の都はニコニコしながら小山内に歩み寄ってくる。
「えええ?!!『妹』とデートか?!」
嫌そうに答える小山内に都が頬を膨らませる。
「なによ!!これでも高校ではモテモテなんですからね!!」
七つ年下の都がぷりぷりしているのをみて、小山内が思わず吹き出す。
「わかった、わかった。せっかくだから、特上の美少女をエスコートさせていただきます♪」
苦笑いしながら小山内は都を連れて街に繰り出した。
「へっへっへー♪かわいいストラップを買ってもらっちゃった♪」
都はベッドの上で小山内に買ってもらった『かたすみぐらし』のキャラクターストラップをもてあそびながら鼻歌を歌っていた。
「しかし、都もやるなあ。卓也を落ち込ませる原因を作っておいて、自分で慰めてお土産をもらうんだからね。」
ちび天使のミリエルが空中に浮かびながら苦笑いしている。
「仕方ないじゃん。『怪盗ファントムキャット』が呪われた美術品を解呪しないと、いろんな事件が起きちゃうからね。」
ため息をつきながら都は答える。
三か月前、都はボロボロになった小さな女の子の天使・ミリエルが落ちてきたのを拾った。
下校中にふわふわと自分の目の前に落ちてきたので、最初はぬいぐるみか何かが落ちたのかと都は思い、とっさに差し出した両手に収まったのだ。
背中に羽の生えた小さな天使から体温を感じ、都はとっさに懐に天使を入れると慌てて、自宅に駆け戻った。
自室で小さな天使をクッションに乗せ、手当をすると天使は呼吸を落ち着かせて眠りに陥った。
夕食後、自室に戻ると傷の消えた天使が宙に浮いて都を待っていた。
「ありがとう、お姉さん。あなたが手当てをしてくれたおかげで、傷が早く治ったよ。
それと、私が見える心のきれいな人を探していたんだ。」
地上侵攻を目論む悪魔たちは『呪われた宝石や絵画』等の美術品を地上にばらまいた。
現代社会に於いて宝石や絵画は人の欲望の対象になり、たくさんの人の欲望を受けることで、絵画の呪いはさらに力を増していく。
一定以上の呪いの力を得ると、その美術品は自らの力で大いなる力を得た悪魔を地上に召喚し、
地上侵攻の尖兵とするのだと。
ちび天使のミリエルは悪魔の計画を阻止するために地上に降り立ち、協力者を探すことになった。
ミリエル自体は大した力を持たないが、心のきれいな人間に力を貸し、さらにその人間の潜在能力を大きく引き出すことが出来た。
ミリエルの要請に土浦都は少し悩んだうえで了承した。
そんな大きな役割をすることに自信がなかったわけだが、体操の選手で運動神経が抜群であり、推理小説マニアである自分の代わりが務まるような同年代の男女があまりいるような気がしなかったからだ。
なにしろ、非常に善良である都の両親や隣家の従兄の小山内卓也ですら、ミリエルのことは見えなかった。
『大人になれば善良な人でもどうしても社会に適応するために心が汚れてしまう』というミリエルの言葉を聞いて、都は少し悲しくなった。
だからこそ、ミリエルと一緒に都は頑張ろうと思ったのだ。
そして、都は『怪盗ファントムキャット』になった。
レオタードの上に派手な衣装を着て、さらに猫耳の付いた覆面を被った怪盗はいくつもの宝を盗み出しては呪いを解いて、元の場所に戻していった。
その際に盗んだ美術品から何度か悪魔が召喚され、ファントムキャットは悪魔と戦うことになった。
そのすべての悪魔を退けるのは大変だったが、その度に都とミリエルは絆を深めていった。
「でもねえ。最初は『盗む予告をしろ』と言われた時はビックリしたわよ。
どうしてわざわざ仕事を難しくするのかと思ってね。」
『予告をする』ことで、美術品の警備が大々的になり、そんな中で悪魔が姿を現すのは彼らにとっては非常に都合が悪いのだそうだ。
なにしろ、世間にはモンスターバスターという超常事件を解決できるプロフェッショナルがおり、多くの警官がいる中で悪魔が姿を現しては彼らの討伐対象になったり、『呪いの美術品の計画』がモンスターバスター達に発覚しかねないからだ。
そんなわけで悪魔を召喚できるくらい美術品が力を得ていても、実際に悪魔が姿を現すのは都が美術品を盗み出した後に限られていたのだ。
「都には今まで本当に苦労を掛けたわね。でも、おそらく地上に出回った呪われた美術品はあと一〇個もないと上級天使さまから情報が入ってきたわ。
もうすこし頑張れば、私たちの目的は達成されそうよ!」
ミリエルの言葉に都の顔もほころんだ。
「小山内警部!女子高生が自分はモンスターバスターだと名乗って我々に声を掛けてきたのですが…。」
部下の下山が困った顔で歩み寄ってくる
「女子高生が?!どういうことだ?」
小山内が顔をしかめて下山に問いかける。
警察がモンスターバスターに応援を頼んだことは内部のものしか知らないのだ。
したがって、そこらの女子高生がそんなことを言い出すことはあり得ないのだが…。
確かに下山の後を風流院高校の制服を着た女の子が付いて来ていた。
長身で銀髪ですごくしっかりした雰囲気をしているから、女子高生の『コスプレ』をしているモンスターバスターかもしれない…と小山内は思った。
「失礼!授業中に急に呼び出されたから、制服から着替えていなかったの。だから、みなさん戸惑っておられるのね。
私はA級モンスターバスターの石川瀬利亜。これが、身分証明書よ。」
先日のモンスターバスター同様堂々とした態度で自己紹介をする。
その鋭い眼光から、彼女は女子高生でモンスターバスターなのだな…と小山内は感じた。
「それで、前任のモンスターバスターも出し抜かれたという話だがら、その泥棒とやらは相当な難敵なわけですね。」
美術館のスタッフルームで瀬利亜は真剣な表情で小山内の話を聞いている。
1週間前に来たモンスターバスターは山伏風の大男だったが、今回は一見可憐な女子高生である。
しかし、身にまとう雰囲気がただものでないことを小山内は感じ、今度こそはと気合を入れ直した。
「それで、犠牲者とか、負傷者は?」
「ゼロです。今まで自分で転んで怪我をしたものがいるくらいです。」
「…ええと、それで、被害総額は?」
「ゼロです。盗まれた宝石・美術品は全て1週間後くらいに元の場所に戻されています。」
小山内の話が進むにつれて瀬利亜の表情が難しくなっていく。
「……ええと、放っておいても死傷者はなく、盗品も必ず返ってくる泥棒相手に私たちはものすごく大げさなことをしている…ということでしょうか?」
明らかにやる気が失せた表情の瀬利亜に小山内は思わず叫ぶ。
「日本の警察とそれにモンスターバスターが完全に出し抜かれ続けているのですよ!
あなたは悔しくないのですか?!!!」
「ちっとも。泥棒さんは確かに『能力の無駄遣い』とは思いますが、放っておいたらもう少し人命や人々の生活に悪影響を及ぼす相手に時間と人材を割いた方がいいように個人的には思いますので…。」
完全に気の抜けた顔をしている瀬利亜を見て、小山内の頭には血が上った。
モンスターバスターと言えど、所詮は女子高生かと!!
「待てい!!」
突然、ノックもなしにスタッフルームの扉が開かれた。
小山内が驚いて振り向くと、先日来ていた山伏風の大男が駆け込んできた。
「この俺が出し抜かれたままで、そのまま済ませられるか?!!!おい、新たに呼ばれたモンス ターバスターは引っ込んで……えええ?!瀬利亜、お前さんが後任?!!」
大男は瀬利亜を見て、固まってしまっている。
「はい?!荒神坊が出し抜かれたわけ?!…確かに私に声がかかるわけだわ。
泥棒さんは本当にただものではなさそうだわね。」
瀬利亜の目が再び真剣なものに変わった。
「瀬利亜、頼む!まずは俺に奴を捕まえさせてくれ!!俺が出し抜かれたら、その後はお前さんの好きにしていいから!!」
先日は偉そうにしていた荒神坊が瀬利亜に土下座せんばかりの勢いで、頭を下げている。
「前回の任務に失敗したからA級昇格が遅れたのが悔しいのはわからないでもないのだけれど、どうしてそこまでこだわるわけ?」
瀬利亜が不思議そうに荒神坊を見ている。
「任務に失敗した以上に『盗まれたことに全く気付かなかった』ことが悔しくて仕方ないんだ。
俺の『陰陽の術』を上回る何かの術を持った相手を今度こそ何とかしたいんだ!」
プライドを捨てて瀬利亜に頭を下げる荒神坊を瀬利亜はじっと見ていった。
「今回は私一人の任務だから、あなたはタダ働きの上に『功績にならない』わけだけど、それでもかまわないわけね。」
ため息をつきながら瀬利亜が口を開く。
「ありがてえ!これでもいろいろ対策を練ってきているんだ!」
荒神坊がにやりと笑う。
(二人のモンスターバスターがやる気になってくれていることはいいことなんだろうが…嫌な予感がして仕方ないのだが…。)
透視能力以外にも非常に鋭い直観を持つ小山内は今回の、いや、これからのファントムキャットとのやり合いがとんでもないことになる予感に捉われて、背中から冷や汗をかいていた。
幸か不幸か小山内の予感は大当たりとなるのであった…。




