38. Vivaタロー!
「もしかして、サカモト大尉の奥様では?」
突然、後ろに居た俺の部下の一人が俺と話していたご婦人に声をかけた。
「はい。サカモトは私の主人でした」
「やはり、自分はサカモト大尉の部下であったキシュウであります。生前の大尉には随分とお世話になりました」
「知り合いか? キシュウ上等兵?」
「は。以前居た陸軍091中隊で指揮官であられた御仁の奥方様であります」
「そうでしたか。主人の……」
遠くを見るような目でご婦人は在りし日を思い浮かべるような目をしている。
その隣で件の大男が、地面に座り持っていた蝋石で何やら絵を描き始めた。
「すると、こちらが噂の御子息ですか?」
キシュウが尋ねると、
「はい。忘れ形見のタローでございます」
「キシュウ。噂のとは?」
俺が説明を求めると、キシュウは饒舌に語り出した。
「御子息は、物凄い絵の才能をお持ちであるとか。何でも、6歳の時に描いた絵にはいきなり6万ダイナーの値がついて、オークションで取り合いになったとか。自分も下手の横好きで絵を描きますが、初めてその絵を見た時に、戦慄したものです。まさか、地面とはいえ、実際に描いている場面に出くわすとは、感激です!」
うわおー! むちゃ熱く語ってやがる。そして、話題の主はというと、
「すごっ!!」
そこに描かれているのは、なんと「マグダラン」であった。ただし、あんなパースのずれている本物とは違い、美しいシンメトリーと、直線を基調にゼロから設計されたかのような8等身のカッケースーパーロボの姿である。まだ、誰も見た事の無い「マグダラン」がそこにはあった。
「最近では、マグダランが大のお気に入りで、暇さえあれば、こうして描いてばかりいるのです」
「ふむ。すると、さっきの扱いそのものが、全くと言っていい程理解できないのですが。まして、この様な場所に奥方共々いらっしゃるのは、一体どうしてですか?」
「おおお、おにいさん! まぐ、だらん! かけた!」
袖を引っ張られて俺は下を見ると、確かに完成した絵が凄いクオリティで存在していた。
どやあ! という顔で俺に対し胸を張るタローに対し、俺は同じ目線までしゃがみ込み、
「凄い! 凄い! 立派に描けた」
と、頭を撫でると、えへへ~という具合に嬉しそうな顔をする。
「本当に慣れてらっしゃるのですね。あんな嬉しそうなタロー、ついぞ見ていませんでしたから」
「それで、さっきの連中ですが」
「はい。彼らはさっきも言った通り、この子の会社の上役です。実は、主人がなくなった後、遺族年金だけでは食べていかれず、私も女の身で働きに出ては居たのですが、ある日、この子に就職を世話したいという奇特な方が現れ、一も二も無く飛びついてしまったのです。しかし、後から知ったのですが、その方は、右翼団体の顧問をしているお方で、大勢の精神に障害を持つこの子のような人を集めて、政府から補助金を得ると共に、彼の息の掛かった右翼団体のデモにそういった人を派遣してデモの人員を水増ししているのです」
は? つまり、そういった人を集めれば、一緒に保護者も参加せざるを得ない。少なくとも、そういう人員に対し、二倍以上の動員力があるという事か。俺の仮説に、
「はい。大体、毎回600人位のそういった家族ごと馬車で移動してきてデモに参加しているのです。私達は、家が会場から近いので直接こちらの広場で待っていたのですが、元々この子の絵の才能に目を付けていた社長は、この子に風景画を描かせたいらしいのです。しかし、ここしばらくは、取りつかれたように『マグダラン』の絵を描き続けるこの子に焦れた社長は、社員を使って風景画を描くように説得しているのです」
「説得って、あれは完全に強要というよりは、思う様にいかない腹いせに暴力を振るっているという格好でしたが……」
「多分実態はそうだと思います。実の所、これは日常茶飯事で、彼は、そういった弱者を救済する為という名目で寄付金や補助金を集めるほかに、補助金の一部を受け取っている私達のような家庭の人達から、デモへの参加費用の名目で補助金を回収したり、寄付金を各家庭一律いくらという風に徴収したりしています。仕事の斡旋という口車に乗って就職したものの、この子の貰う給料以上に寄付をしているありさまで、実際、主人の遺族年金を取り潰してまで支払っている状態です」
「なぜ、それでもそんな奴らに従っているのですか?」
キシュウは、物凄い憤りを感じている。無論、俺も同じ思いであるが、
「最初に契約期間を設定してその間は勝手に止められない契約になっているのです。今にして思えば、補助金が出る間は勝手に止められない様になっているのでしょう。無理に止めれば違約金が支払われる給料の二倍に設定されています。他の家族の方たちも、みな、藁にも縋る思いで仕事に飛びついたものですから、同じような苦しい思いをしている筈です。逆らえばさっきのような人達から報復を受けるという事もありますが……」
なんてこった。
俺達軍人は、そんな悪党たちが生きてる社会を守る為に命まで賭けているってか?
そんな事ってあるのかよ! で、必死に生きようとしてる人はそんな泣き寝入りを強要されて、
そんな社会に生き残る価値があるのか?




