35. マロンのきもち!
開けてびっくり! レビューいただきました。
感謝の気持ちで、第三章一話目先行公開します。
小さい頃から、何かを作ることが大好きだったわたしは、パパの研究所が一番のお気に入りだった。
そこに行けば、今まで見た事も無いすっごいものが溢れていた。やがて、自分でもそんなすっごいものを作ってみたいと思うようになった。実際、作ってみると、パパはもとより、研究所のみんなが私を褒めてくれるようになった。わたしは「発明」が大好きになっていた。
そして、わたしは、その頃お姉ちゃんが大嫌いだった。
わたしと比べて何も作れない、憐れな存在。お花畑のようなおつむに、幼稚な言動。毎日、毎日、繰り返し同じ事を話してくる面倒な存在。きっと、この人は、将来に渡って何かを生み出す事も無いだろうと考え、一緒に居る事すら嫌になっていた。癇に障ることに、わずか2時間差で生まれただけのこの自分の半身が、私と同じ場所に存在する。その事にストレスを感じていたのだろう。だから、幼少期の私の思い出は、全部研究所の中の一人遊びの事だった。
しかし、10歳になる頃、考え方を変えてみた。きっかけは何だったのだろうか? 今となっては思い出せないのだが、それ自体は大した問題ではなかった。
結局、自分と同じ物を求めるから嫌になるのだと。単純に自分とは別のもっと格下の存在として、いいえ、もうペットとして可愛がれば、精神的にも苦痛には感じないのでは? と思ってしまったのだ。
そう、考えると気分は楽になるもので、毎日手ずからお菓子を食べさせてあげるのを日課とするようになった。そうすると、口を開けて待っている姿も、もぐもぐと食べる姿も、食べ終わってにへらっ! と笑う笑顔も、愛らしいと感じるようになっていった。
そう、そこまですると、このわたしに彼女に対する「情」が宿ってしまったのだ。
但し、それも、これも、わたしから比べて絶対的に低い所に居る存在としてだが。
転機となったのは、一年前、母と姉が二人で国境近くの西果ての村へと行った時。当時軍の准将として戦地視察に行った母の随員として、新型トラックの行軍テストを行う必要があり、わたしが付きそう予定であった。しかし、当時はほとんど一日を研究所の中で過ごしていたわたしは、正直フィールドワークなど御免こうむりたいと思っていた。そこで、日がな一日暇にしているお姉ちゃんにその役目を無理矢理押し付けたのだ。
その時点で何かを察した母は、それでも何も言わずに急な変更を受け入れた。
実の所母は、わたしの姉に対する態度におかしな所がある事を知って何か言おうとしていたのは間違いない。当時は母の見透かすような目が怖くて、パパの居る研究所に引きこもっていた。
(いっそ、二人とももう戻って来なけれはいいのに……)
そうしているうちに、あの、「大惨事」の報告が研究所に入ってきた。
「西果ての村にオークの軍勢が出現! 約2000の軍勢が村を襲撃! ワントナック准将が迎撃指揮をしているも、ほぼ絶望!」
わたしは、その時生まれて初めて後悔した。自分の醜い願望を神様に見透かされて、あざ笑うために、こんな悲劇が起こされたと思ってしまったのだ。
すぐさま、救助の為の軍勢が編成された。ここ、ワンダバに駐留している兵士たちも救助部隊に編制され、予備役だったパパも指揮官として出て行った。わたしは、研究所に閉じこもって、結果が出るまでの間毎日、毎日震えていた。
二週間が経った頃、パパがお姉ちゃんを連れて帰ってきた。母は、ダメだった。
あどけない、この世全ての幸せを具現化したような表情でいつもにこにこしていた少女は、もう、この世の何処にも存在しなかった。
今までに見たこともない虚ろな表情のまま、日がな一日何をするでもなくぼーっと座っているだけの人形のような存在。もはや、愛玩動物ですらなくなったお姉ちゃんの姿が余りにも悲しくって……
その辺りからであろうか? お姉ちゃんの周囲に不可思議な影が見えるようになったのは。
姿形はおぼろ気に見えるだけであったが、神々しいその姿が一日のうち、夜の二時間位顕現していることに気が付いた。最初は遠巻きに見ているしかなかったのだが、研究所の職員が近づいてみたところ、
ごとっ!
一瞬で首が斬り落とされた。
そして、不思議な影は、周囲に対して余りにも理不尽な暴力を振るい始めた。
あまりの大惨事に周囲が慄く中、パパは、わたしを庇おうとして背中に裂傷を受けた。
これは、罰だ!
わたしは、その瞬間、察してしまった。
全て、そう、全てが、お姉ちゃんの心をわたしから守る為に顕現した英霊の裁き!
そう、思うと、いても立ってもいられなかった。お姉ちゃんのところまで一目散に駆け寄り、表情を無くしたままの少女に縋りついた。
「ごめんね! ごめんね、お姉ちゃん! わたしが悪かったの! いつもいつも、お姉ちゃんを蔑んでいたのはわたしだから。罰があるなら、全部わたしに罰をちょうだい!!」
そう、懺悔をした瞬間、荒れ狂っていた英霊が止まった。
後になって冷静に分析すれば、わたしという、お姉ちゃんにとっての敵がその場に存在した事によって英霊が、彼女の「敵」を排除しようとしたのであろう。しかし、わたしが心の底から懺悔したことによって、わたしは、お姉ちゃんの潜在的な「敵」ではなくなったのではないだろうか?
そんなことも、後になったからこそ分析出来た事である。その時はただ、必死になって縋りついただけであったのだが。
その時、奇跡が一つ起こった。
今の今まで何の反応も示すことなく唯、そこに存在しているだけだったお姉ちゃんの表情が一瞬だけ、色を持って表情を取り戻した。そして、今までのおやつの時間のように、
「マロンちゃん。お菓子ちょうだい?」
そう言って、あの、にへらっ、とした表情でしゃべったのである。
慌ててポケットの中をまさぐると、糖分補給の為に入れてあったキャラメルが一つ。
包み紙を剥いて、お姉ちゃんの口の中に入れてあげた。
「おいひいね~、マロンちゃん♡」
そう言いながら嬉しそうに食べているお姉ちゃんを見て、英霊は、すうーっと、姿を消した。
◇◆◇◆
結局、王都でお姉ちゃんのスキルを鑑定して貰ったところ、「英霊召喚」というスキルが隠しスキルとして生えていた。結局、これが、西果ての村でお姉ちゃんを救ってくれたのだと思うと感謝に絶えない。
次いでにわたしもスキルを見て貰ったところ、同じように隠しスキルの所に「英霊武装作成」と、あまりにも都合のいいスキルが生えてきていた。
あの日以来、お菓子を食べるごとに少しずつ表情を取り戻しつつあるお姉ちゃんのために、再開した「餌付け」をすることが、わたしの「幸せ」になっていった。
そして、軍のスキル課で紹介してもらった軍の「あるスキル」の持ち主の処に弟子入りしたわたしとお姉ちゃんは、そこで、お姉ちゃんのスキルを安定化する為の修行をすることになる。
やがて、「英霊」の安定化の為に依代を作ることが最短の解決法と知ったわたしは、それまでの発明の成果を総動員して、「マグダラン」というゴーレムを作りあげた。結果、英霊がむやみやたらと人を襲うことはなくなったが、あまりにも強力な力が、どうも、いろんな人からの恐怖や、野心を刺激してしまったようで、わたしたちは、一旦姿を消すこととなる。そして、
「西果ての村の英雄メロン=ミリス」
の名が世に知れ渡るまで更に半年。わたしたち姉妹は、軍に入って王様の保護と新たな目標をいただいた。
そして、日々おいしいものをいただきながら、お姉ちゃんの表情は日、一日ごとに、人間らしさを取り戻していく事になる。




