25. 一年前!
俺は、今、この世界に来て以来、最も恐ろしい「敵」に戦いを挑まれている。
もしかすると、生きては帰れないかもしれない。そんな恐ろしい「敵」の存在に、俺の「男」も萎える寸前5秒前である。
それにしても、今日は長い一日であった。
朝、キャンプ地を出発し、昼前には【大森林】を抜け、滝の上にあるお城を見ながらの昼食タイム。
その後、王都に入る街門で仮住民の申請をし、滝の中に飛び込んで秘密基地に入る。そうしたら、今度は正式な軍人になる為の手続きをして、『鑑定LV9』のスキルを入手。
ほくほくで戻ってみたら、マロンにざまぁ! とか言われて、突然王様と貴族に出会い、一緒に食卓を囲む羽目になってしまった。
その中で俺自身の立場に結構ヤバい肩書が付いていた事実を知ってしまう。王や連隊長相手にチキンレースしながらの夕餉って?
まぁ、おかげでガオジーたちの遺品を王様が責任持って返還してくれる事になったから、結果オーライだし。
だが、それらの事象が前座でしかなかったと思わせるだけの難題がよりにもよって一日の最後にやって来た。
何しろ俺の人生の中で、今までで最大の敵との戦いである。
一歩間違えたら俺なんか一撃で殺られてしまうのである。
何と言っても、国一番の武器商人。自身貴族でありながら、その影響力は貴族社会だけに留まらず軍、財界、王族にまで及ぶ一代の英傑である。うっかりすると、俺などこの世界で寄る辺を無くしてしまう。そして、それを躊躇う理由も彼には無い。あ、あれ? 軽く詰んでない?
ともかく、彼の歓心を買えれば生涯安泰な代わりに、もしも不興を買えば俺は身一つでこの国を逃げ出さねばならない。そも、逃げられればの話であるが。
その難敵の名は、ジョバンニ=ド=ワントナック侯爵。メロン、マロンの父親である。
「今夜一晩よろしくね。ノーラくん。男同士、色々と語り合おうじゃないか。そう。色々とね」
言外にうひひ、と付いていそうな凶悪な笑みを浮かべて侯爵は俺の腕をロックして個室に連れ込んだ。
いやーん! おーたーすーけー!
◇◆◇◆
「メロンの事、本当にありがとう。君という存在がいなければ、彼女はあの【大森林】の中で、今度こそ本当に壊れていたかも知れない。知っているかな? 彼女は一年前あの森の西果ての村で、それこそ『英雄』と呼ばれる程の大活躍をした。しかし、それは逆を返せば余りにも多くの『死』を見てしまったという事でもあるんだ」
思いの外あっさりとベッドの中に入ってしまった侯爵は、楽になった姿勢で漸く俺に向かって話しかけてきた。
「少しだけ聞きました。あの村でメロンは多くの骸を見て、泣いていました」
「あの日、母親と二人、私の用事を成す為にたまたまあの村を訪れていた彼女は、そこで運悪くオーク軍の大軍と遭遇してしまったのだよ。そこに居たのは、今のように『英雄』と呼ばれる存在ではなく、その時までは只の15歳の少女でしかなかった女の子だ。当然戦場に出た事も無い少女がいきなり10倍の数の敵に囲まれてしまったのだよ。その恐怖たるや我々の想像の及ぶ所ではないよ」
あのガオジーみたいなのが2000人、俺でも逃げの一手しか考えられねーな。
「ワントナックの家というのは思いの外厳しい家柄でね。不利を承知とはいえ、民を見捨てて自らの命を永らえる事を潔しとしない。彼女の母親は、良くも悪くも『ワントナック』の女だったんだよ。兵士200を率いてオークの軍勢を引き受け、メロンには民間人800人を率いて隣村まで避難させようとしていた」
だが、と話を繋げようとして彼は言葉を詰まらせてしまった。彼にとっても辛い出来事であろう事は想像がついてしまう。
「だが、多勢に無勢。悪い事に先手まで取られてしまっては、逆転の目は最初から無かったのだよ。力押しに来た2000の軍勢に押し切られ、あっという間に飲み込まれたわが軍は壊滅。おまけに人質となった妻は、メロンの目の前で奴らに無残にも殺された。残った民間人達は、恐怖と絶望にもはや抵抗の意思も持てなかったのだ。だが、その瞬間にメロンの秘めていたナチュラルスキルが開花したのだよ」
その後の話はこの時の生き残りがメロンを含めて数十人しか居なかった上、当事者のメロンの記憶が曖昧である為、多分に推測が含まれてしまい断定的な話が出来ないと前置きをされたのだが、俺は、覚悟を決めて話を促した。
「彼女のスキルは、過去の英霊の魂を顕現させ、その力を使役する、この世でも最も強大な力だった。だが、この時ばかりは、只英霊の魂を召喚しただけであり、その力は無分別に荒れ狂うだけの只の『災害』であったのだよ。無理もない。いずれにしても、敵も味方も無く、荒れ狂った英霊の魂は、等しく死を、そこに居る全ての生きている者が活動出来なくなるまで無理矢理に与え続けたという。そして、我等援軍が西果ての村に到着した頃には、ほんの一握りの生き残りと共に生気を失ったまま一週間の間座り続けていたメロンが居たのだ」
あの惨状は偶然の産物だったのか。なんとも、やるせない話だな。メロンが自分を死神扱いしたくなる気持ちも判ろうというものだ。
「そして、この時一緒に居られなかったマロンも、この一年、ずっと自分を攻め責め続けていた。あの子は元々お姉ちゃん子だったが、あの時以来どこに行くにも一緒に付いて回り、それ以外でも何とかメロンの力を制御して共にあろうと痛々しい程の努力をしていた。
おかげで『マグダラン』という姿形のある英霊を召喚して彼女のスキルは安定したのだ。そして、安全を確認した頃から、ほぼ実験動物扱いで軍は彼女の力に目を付け始めたのだ。幸いにして、旧友のブルーノや国王陛下の威光で二人を守ってこられたが、今回の一件で、もっと近くで二人を守ってくれる人間が必要だと痛感したのだよ」
俺が思っていた以上に辛く悲しい問題だったんだな。あのマロンの態度もこれを知れば無理もないかと考え直しそうになってしまった。
「そこで、頼みがあるんだが、二人を守ってやってくれないか? メロンは完全に君に懐いているし、マロンの方もああいう態度だが、他の人間だったら、三日も待たずに既に血を見て追い出されている筈だ。むしろ、君に興味を持ち始めている。君さえ良ければ二人纏めて貰ってくれてもいい。あ、入り婿は決定だからね。どうだね? 異世界で姉妹丼、目指してみないか?」
なんつー話を持ちかけるんだ! このおっさん!!
そう言ったかと思うと侯爵はそれまでの語り口とは別人のようにラブリーな寝姿で寝入ってしまった。




