●追い込まれた彼女の暴走の巻 その1
『別れてくれないなら、彼を一生あたしのものにする』
(別れるもなにも、知り合いですらないんですけど)
狂気じみた手紙に突っ込んでみたところでどうにもならないのは分かっている。
けれど、この手紙がなんだか非常にまずいようなものであることは、薄々感じられた。
(どうしよう。わたし、忠告すら出来ないんですけど)
そう思って、ふと思い出したのはジムに行ってるという彼の言葉だった。
(! そうだ、ジムに行けば会えるかも!)
思い立ったら吉日。
彼女が行動を起こすのがいつかわからない以上、少しでも現れる確率の高い場所で彼を待っていた方がいい。
どうせ会おうがどうしようが、ストーカーの彼女は勘違いをしたままなのだ。わたしが会わないようにしていたところで、状況は変わらない。むしろ、別れ話でもしているように見せかけた方が得策なのじゃないかとも考える。
「あれ?」
声をかけてくれたのが、彼の方からで良かったと思う。
シュークリームの列に隠れるようにして、今回は言葉通り「待ち伏せ」をしていたわたしは、彼の手に届いた手紙の束を差し出した。
「? ラブレター?」
どこまで自信家なのだと思いながら、こういうシチュエーションは、彼にとってそういう場合でしかないのかもしれないと思う。
「期待外れで申し訳ないけれど、違います。……放っておけば、どうにかなるかと思ったんだけど」
「? ……!」
手紙の中身を見た彼の顔が青ざめる。
瞬時にわたしの顔を見て、また手紙に視線を戻して、ぐしゃりと手にした手紙を握りつぶす。
「……警察、行きます?」
前回の様子からして、彼はそれほどストーカーの彼女を怖がっている風には見えなかった。
もしかしたら、そういう嫌がらせじみた好意を受けることも、彼にとってはよくある出来事なのかもしれない。
けれど、今回のこの手紙は、明らかに『悪意』を感じる。
「悪いけど、一緒に行ってもらってもいいですか? なんだかんだで、あんたにも迷惑かけそうだし」
手紙が届いたということは、わたしの住所もばっちり相手側が把握しているということだろう。
個人情報なんてどこでばれたのかわからないけれど、人間いろんな意味でやろうと思って出来ないことはないらしい。
了承の意を示して、歩き出そうとした、その時だった。
「別れてって、言ったのに!!」
シュークリームを買うために並んでいた女の子たちのざわめきが一瞬止む。
周囲の人の視線を追えば、道路を挟んだ向こう側で、こちらを睨んでいる少女の姿が見えた。
「いつもいつもいつもいつも!! どうして、あなたが彼の側にいるの?!」
(あー、この子もなんだか勘違いしている)
彼がわたしを疑っていたように、彼女は彼女で、何か勘違いをしていたのだろう。
「彼もあなたのことを気にしていた! どうしてどうして! わたしの方が、ずっとあなたを見てるのに!!」