●勘違いで追い込まれるの巻 その1
自分の行動範囲内で、頻繁に遭遇するイケメンがいたら、多少意識するのが女性として正しい反応じゃないだろうか。
だけど、それはあくまで「わたしの行動範囲内」だけでの出来事だ。
ただ、見つけるとなんだかラッキーな気分でウキウキするだけだ。
だから。
決して、目の前のイケメンが言うように、迷惑メールを送りつけたり(第一、わたしは彼のアドレスを知らない)無言電話を繰り返したり(電話番号は、家電はもちろん携帯だって知らない)気味の悪い手紙を送りつけたり(住んでいるところだって、知ってるわけない)そんなこと、全く身に覚えがないのに。
「警察に、訴えてもいいんだけど。一度、どういうつもりなのか話くらいは聞いてやろうかと思って」
言葉だけは優しいような気がするけれど、そんな「警察に任せたら、自分で制裁が加えられないのが我慢できない」って顔して言われても、こちらとしても困ってしまう。
「あの。どうしてわたしだと?」
思わず口にした台詞に言葉が足りなかったのは、わたしが悪い。
わたしとしては「どうしてわたしだと思ったのか」と訊きたかったのに、相手にしてみれば「どうしてわたしだと分かったのか」と訊かれていると思ったのだろう。
だけど、明らかに怒っている相手(しかも、イケメン)に睨まれて、冷静な対応なんてできるわけがない。
(怖いっ。怖い怖い怖いよー!!)
涙目になったところで可愛くない歳だという自覚はある。
でも、怖いんだから仕方がない。
唸るような彼の声に、逃げ場を失ったわたしはへたへたと地面に座り込んだ。
「認めるんだな」
「え?」
「俺の行く先々で現れやがって。ある範囲内でしか見かけないなら、多少行動範囲が被ってんのかくらいにしか思わねーけど、さすがに出張先でまで見かけたら、おかしいと思うだろ」
「……出張先?」
その言葉に、首を傾げる。
おかしい。わたしが彼を見かけるのは、主に会社の最寄駅の一帯だけだ。
それに、最近外出らしい外出もしていないはずなんだけど。
「あの……ちなみに、どこにご出張されたんですか?」
彼からすれば、白々しい質問だったのだろう。思いっきり見下されていると分かる目で睨まれながら、「広島」と、一言。
(……た、確かにそんなに遠いところで見かけたんじゃ、そう思われてもしかたがないけど。だけど!)
「そ、それ! わたしじゃないです!!」
「はぁ?! 白を切る気か?!」
「わたし、ここ数ヶ月関東から出てません!」
「じゃぁ、広島で俺が見かけたお前はなんだよ!」
「妹です!」
(たぶん。っていうか、絶対)
わたしたち姉妹は、よく見れば別人だとわかっても、遠目からだったり、一瞬すれ違うだけだったりすると、知り合いでも間違うくらい背格好や雰囲気が似ているらしい。その妹は、先日広島旅行から帰ってきたばかりで、宮島で買ったしゃもじがお土産として送られて来ていた。それも、かなり満喫してきたらしく、厳島神社最高! という写真付きで。
「妹?! ……よく、そんな嘘がつけるな!」
でも、そんなこと知らない相手からしてみたら、納得がいかなくて当然だろう。
ヒートアップし始めた彼につられて、わたしの声も大きくなる。
「嘘じゃないです! わ、わたしだって、行動範囲が被ってるなとは思ってたけど、あなたのことを調べるなんて面倒くさいこと、しません!」
「………………面倒くさい?」
言い合いが、全く噛み合わないことに焦りながらも本音が飛び出すと、相手はその中の一言に反応を示した。
(よし! 今だ!)
相手がようやく耳を傾けてくれた機会を逃すまいと、わたしは一気にまくし立てる。
「わたし、恋愛みたいに面倒くさいこと苦手なんです! 相手がどこでどうしてるか気にしたり、逆に気にされたりするなんてまっぴらごめんです!」
言い切ると、相手はようやくわたしの顔をまじまじと見て、静かに口を開いた。