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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 二章 大森林のエルフ
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第40話 王国軍迷宮攻略部隊

別視点・おっさん視点です。

渋専。エロはない。


 ジェラード・ジオ。

 六十二歳。

 彼は王国で指折りの将軍だが、歴戦の彼を前にしても、西の迷宮までの道のりは困難を極めていた。

 領主が迷宮の存在を放置していたのが原因にしろ、近隣の魔物の凶暴化、迷宮付近で確認された危険種の存在など、一年足らずで爆発的に広がったこと自体が異常だった。

 自然に生まれた迷宮ならば、普通近隣を飲み込むまでに何十年と掛かるものだ。

 王国内にある六か所の迷宮は、すべて王国の管理下にあって、発見当初から拡大被害を抑えている。


 王都で魔物の研究をしていた男がいたが、すでに宮廷魔術師の座を下りて行方不明になっていた。

 元宮廷魔術師のその男が、迷宮付近にいたことは調べがついている。

 彼が迷宮発生に関与している可能性は高かった。

 むしろ王都では、非公開であるが迷宮は人工的に造られたものではないか、という意見が有力である。

 しかし、件の男は研究のために宮廷魔術師から退いたのであって、王国に仇為すためとはジオ将軍にはどうしても思えなかった。


「ジオ将軍、被害が五十を超えました」

「ああ、知っている。この目で観ているからのう……」


 白の混じった髭をしごきながら、ジオ将軍は唸る。

 迷宮までの道すがら、一千強で丘陵地帯を移動中に、魔物の群れを呼び寄せてしまい交戦中であった。

 数百はいる魔物を相手に戦術的に対処しているので、一応優位に進んでいるがこの先を考えると馬鹿にならない被害を出している。


「魔物の強さはいままでにないものです。王都南部の霧の森の魔物くらいの強さはあるのではないでしょうか。兵士十人でようやく一体を仕留める状況ですが、五体倒すのに二から三人の犠牲が出ています」


 王都南部の霧の森は、アンデッドの多い攻略の面倒な場所だ。

 特にヴァンパイアは、危険種として討伐S級の魔物だった。

 有名な冒険者が何人も返り討ちに遭っている。


「単純計算で四百体相手にする頃にはこちらは全滅だな」

「?? 四百? えっと、千人隊が五体倒すのにふたりから三人の犠牲で……??」


 若い兵が指折り数えている。

 一応従者として学はあるはずなのだが、頭の回転はあまりよろしくないらしい。


 手ずから育てた千人隊の精兵を連れてきたつもりだった。

 それに、二百の魔術師部隊も参加している。

 できれば王都の宮廷魔術師を引っ張ってきたかったのだが、五人いる五人とも所用で捕まらなかったのだ。

 宮廷魔術師がひとりでもいれば戦況は変わったかもしれない。

 少なくとも魔術方面に明るくないジオ将軍が合わせて指揮を執るよりは、魔術師部隊を有効に動かせただろう。

 宮廷魔術師がいなくとも、当てはあるにはあるのだが……。

 赤毛の女性がひょこひょこと視界に入ってくる。


「やれー、燃やせー!」


 女は魔術師隊の尖峰で、笑いながら詠唱し、周りより一回り巨大な火球を飛ばしていた。

 火球は数体の魔物を一瞬で燃え上がらせている。

 常に魔物を魔術で倒せるわけではない。

 中には槍を弾き、魔術を霧散させる魔物もいる。

 魔物の中でも上位の魔物にだけ得られる魔力の防御壁だと記憶していたが、目の前の状況は遭遇した三割の魔物が防御壁を持っているのである。

 よくある魔物の討伐でも一割は混じっていて、苦戦を強いられるというのに。

 記憶違いだろうか? 歳を取りすぎたなと、頭を振る。


 迷宮から生み出される魔力を吸って、魔物が強力になっているのだ。

 迷宮の外でこれだ。

 迷宮の中で、百体を相手にするような大規模戦闘になれば多大な犠牲を覚悟しなければならない。

 最悪、全滅という線もあり得るとジオ将軍は思っていた。


「士気を上げる。二十騎、わしに付いてこい」


 矛を手に、ジオ将軍は騎乗した。

 老いてもなお戦線には立ち続ける。

 それがジオ将軍の誇りであった。

 将軍が前線に出ることを止める者はない。

 老体だからと冷やかしを言うような部下はひとりもいない。

 馬を駆り、魔物とぶつかる歩兵の横合いから突っ込む。

 二十騎が遅れずについてくる。


「うるあああぁぁぁぁぁっ!」


 矛を振り上げ、振り下ろした。

 手応えとともに、障壁を打ち破って魔物を三体同時に斬り捨てていた。

 次に振り上げ、振り下ろしたときには、また別の三体。

 騎馬で駆け回り、自軍の戦意を上げていく。

 兵たちが鼓舞され怒号を上げて魔物に斬りかかる。

 隙間なく押し込み魔物たちを屠っていく。

 魔物たちの足は完全に止まっていた。

 ジオ将軍は手勢の騎馬を纏め、本陣に戻っていく。


「ジオ将軍! なんてことですか!」


 騎馬から降りたところで詰問気味に声を掛けられた。

 護衛二十人に守られた文官姿の女性が、不機嫌な顔を取り繕いもせずジオ将軍の前に現れる。

 王都から派遣されている査察官で、外見はかなり若い。

 迷宮攻略部隊の従軍者の中、たったふたりしかいない女性のうちのひとりだ。

 もうひとりは魔術師隊で笑いながら魔術を放っている赤毛の女で、彼女と歳は近いのかもしれない。


 ジオ将軍に詰め寄ってくる女性は、髪を詰めて鋭角な眼鏡をかけている。

 彼女の髪はカラスの濡れ羽色。

 艶のある闇色をしている。

 ヴィルタリア・クラウス嬢。

 高官の娘で、三十路を過ぎているはずだ。

 縁談はことあるごとに破談し、未婚のまま現在に至っていると風の噂で聞いたことがある。

 そんな行き遅れた箱入り娘でも、蝶よ花よと育てられた彼女の身に何かあれば、ジオ将軍は重い罰を負うだろう。

 王都での思惑が重なって、迷宮攻略とは別件でジオ将軍は彼女の子守りを命じられたのだ。


 難渋することが始めからわかっていた迷宮攻略。

 外れくじを引かされて、ついでに子守りを押し付けられても、ジオ将軍はただ従うだけだ。

 深いことは、知ったことではない。

 王都での権謀は苦手であった。

 将軍という仰ぎ見られる職に就くことができたのもごく最近だ。

 軍人らしくただ命じられた役割だけをこなそうと思ってきた結果だった。


「もし希少な魔物がいたらどうしてくれるんですか! 私の許可なく倒さないでくださいまし!」

「それは難しい相談ですな、クラウス嬢。そこらに転がっている死体でよければ好きになさってくださって結構」


 ヴィルタリアは生真面目に打ち捨てられた魔物の死体を覗き込み、あろうことか指を内臓に突っ込んでいる。

 勘弁してくれと、げんなりした気分でジオ将軍は思った。

 指をハンカチで拭いながら、眼鏡の奥の細く鋭い目をキッと向けてくる。


「つまらない魔物ばかりですね。見たことある個体ばかりです」

「そのつまらない魔物が百も寄れば、我々には脅威になるのですよ」

「それより予定より進軍速度が遅いですね。もっと上げてください。早く迷宮に行きましょう。迷宮にはきっと、見たこともない魔物がいるはずです」


 眼鏡の奥の瞳が、キラッと光った気がした。

 偏執的な魔物好きなのだ。

 一方的に言うだけ言って満足するのだから、付き合いきれない。


「無理は言わんで下さい。こちらの想定よりも魔物の数が多い上に、強いのです」

「歴戦の将軍の言葉とは思えませんね」

「老いぼれを引っ張り出してきたのはそちらだったと思いますが?」

「私は良く知りませんが、将軍の戦歴を鑑みればこそ選ばれたのだと思いますわ」


 ああいえばこういう。

 そう思ったが、これ以上話していても不毛だ。

 そもそもジオ将軍はこの若い女が嫌いだった。

 苦手でなく、嫌いなのだ。

 自分とは違う思考回路を持っており、理解できない生き物である。

 自分の思い描く戦場を女に邪魔されたくはない。

 それに、この迷宮問題を解決できるかで優位に立つ勢力と、不利になる勢力がある。

 彼女はその優位に立つ側の生き証人になるために送られてきたのだ。


 魔物が好きだと公言している割には、魔物の被害について心を痛めている様子はない。

 そのくせ希少な魔物がときどき混じっているらしく、まるで宝物を探す子どものように純粋な目をするのだ。

 付き合いきれない。

 魔物はどんなに希少であれ害悪だ。

 この世から消してしまいたくなる。


「ともかく、早く迷宮を目指してください。いつまでもこの雪の中で野宿なんてうんざりですわ」


 彼女はふんと鼻を鳴らし、息を吐いた。

 白いもやが立ち上り、あっさりと踝を返した。

 まったく鼻に付く態度であった。

 今回の迷宮攻略、ジオ将軍はほぼ不可能だと考えていた。

 なぜなら、迷宮攻略はもっと腰を据えて行うものだからだ。

 まず、迷宮までの周辺を制圧し、安全を確保してから迷宮の外に拠点を作る。

 そこから部隊を編成して、一階層ずつ踏破していくのだ。

 千人隊だけで迷宮を攻略しろと、無理難題を突き付けてくる上部がおかしいのだ。

 「統計的には~」だの「過去の例を見る限り~」だの、机の上で物事を考える連中は無責任だ。

 過去にない異常なスピードで迷宮が膨らんでいるのだから、統計も糞もないだろうに。

 迷宮の原因を取り除けという指令が下るとは、さすがのジオ将軍も思っていなかった。


「まさかこんなところで骨を埋めることになるとはな」


 たった一本の槍を担ぎ戦場を渡り抜いたかつての戦歴を鑑みると、ひどい幕切れではないか。

 自分に何かあってもあのいけ好かない女ことヴィルタリア・クラウス嬢だけは王都に送り届けなければならない。

 彼女の祖父とは知古にあり、直接頭を下げられてしまったのだ。

 思惑は錯綜し、孫娘を死地に送ることも大勢によって決められる。

 王都はある意味で、迷宮よりも攻略困難な魔窟だ。

 武人として生きて、それが最後に通す筋がそんなものかとも思う。


「ジオ将軍、殲滅、完了いたしました」

「うむ、怪我人の治療が最優先だ。治癒魔術師に急がせるように伝えろ。その他、動ける者は全体警戒態勢。二刻休憩を取る」

「はっ!」


 伝令が駆けていく。

 しばらくして、被害報告が届いた。

 七十六名の死亡、百名以上の怪我人を出していた。

登場人物紹介コーナー


 名前 / ジェラード・ジオ

 種族 / 人間族

 性別 / 男性

 年齢 / 六十二歳

 職業 / 将軍、指揮官、槍騎兵

 技能 / 馬術、槍術、剣術、戦術、身体強化術


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