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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 二章 大森林のエルフ
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第39話 彼方からの手紙

 村人のいない打ち捨てられた村に、その日は野営した。

 家は荒らされ、家財は散乱している。

 魔物に襲われた後、村に戻ってくることもできなかったのだろう。

 食糧は期待できなかった。

 魔物がすべて食い荒らしていたからだ。

 でもまあ、活きの良いウサギ肉が手に入ったし、真っ白な雪毛の毛皮はそこそこの値段で売れるだろう。

 特にラビットリーダーの毛皮は雑魚に比べて毛並みもよかった。


 夕飯を終えると、猫ちゃんをニニアンから守るように抱えて眠った。

 風が冷たいので、周囲に冷気遮断の魔術を張っている。

 夜半、不意に気配がして俺は起き上がった。

 ニニアンは立ったまま、蝶番が外れて開け放したままになっている戸外を見つめている。


「寝ていてもいい。私がやる」

「そうもいかないでしょ」


 猫ちゃんを見たが耳をぴくぴくさせただけで、毛布にくるまりすやすやと眠っている。

 嫁の安眠を守るのも夫の務めである。

 ちゅっと頬に口づけると、猫ちゃんはくすぐったいのか耳をぴくぴく動かしむにゃむにゃと寝言をこぼしていた。


「そんなに数はない。ちょっと面倒なのがいるだけ」

「ひとりよりふたり。面倒事は半分こするのが俺のモットーなの」

「もっとーってなに?」

「いいから行くよ」


 屋外に出ると、村の付近に魔力を感じる。

 夜行性なのか、昼には遭遇しなかったような猫ちゃんではちょっとやばい相手が近づいてきている。


「君にずっと聞きたいと思っていた」

「……いきなりなにさ? こんなときに」

「ニシェル=ニシェスは、君になにを教えたのか」

「師匠が何を手ほどきしてくれたって? 漠然としすぎ」

「どんな魔術を習った? 人間族でも使えるような森人族の秘魔術か?」

「いまなんでそれを聞くのかわからないけど、大したことは教えてもらってない」

「どんなことだ?」


 言わなければダメだろうか。

 なんだか魔物よりもこっちに意識が向いている感じだし。


「うーん……俺が師匠から教わったのは、鑑定と高身体強化術くらいなものだから。教わったというより、千尋の谷に突き落とされて身体で覚えるように仕向けられたとしか言えないし」


 師匠の教え方は、スパルタの部類に入るだろう。

 大霊峰から飛び降りて複雑骨折した記憶はまだ色褪せない。

 いまでこそ師匠との絆を感じてはいるが、最初は厄介払いされていたように思う。

 いきなり大森林の魔物と戦わされたし。

 かと思えば広大な大森林から師匠を見つけるまで何も教えてくれないというし。

 まるで自分から学ぶのではなく、環境や状況から学べと言われていたようだ。

 手とり足とり教えてくれたのは、鑑定と精霊語のマスターくらいである。

 それも原理までで、後は自分で発展させていくように仕向けられていたし。


 往々にして、師匠と弟子の関係なんてそんなものかもしれない。

 師匠は師匠であって、教師ではなかった。

 師匠の力を盗み見て自分のものにするのが弟子だろう。


「弱い俺を叩き上げてくれたのが、師匠にとっての教えみたいなものだな」

「人間族は大変だな」


 それで話は終わってしまった。

 何が聞きたかったのか、さっぱり見当が付かない。

 近づいてくる魔物にニニアンはゆっくりと弓を引いた。

 俺は猫ちゃんの寝ている家屋に音や臭いが漏れないよう、魔術を掛ける。

 これで外の様子は猫ちゃんに伝わらず、朝までぐっすりだろう。


「おまえ、面倒なことばかり選んでする」

「何事も合理的に考える必要はないさ。無駄が多いのが人生だもの」


 前世は無駄の塊みたいな生き方をしていたからな。

 こっちに来てからは、得るものひとつをとっても何ひとつ無駄なことはないと思っていた。

 部屋の中で停滞している人生など、一生味わいたくない。

 人間は流れた時間で成長するのではない。

 積み重ねた経験で成長するのだ。

 しかしまあ、このエルフには絶対に伝わらないだろう。

 薫陶垂れる気もないし。


 視界に魔物が入ってくる。

 現れた魔物は一種類だ。

 それが十体以上いる。

 全体的に、二メートルほどの高さがある。

 植物の下半身に人間の上半身がついていた。

 女性形もいるが、半分以上が男性形だ。

 蔦が無数に蠢き、雪原を虫のように這って移動している。


「マンドラゴラ」


 ぽつりとニニアンが言った。

 少し遅れて、俺に言ってくれたのだとわかった。

 鑑定を使ってみると、うようよマンドラゴラと出てくる。


「マンドラゴラって言うと、薬になるやつ?」


 魔物の生態とかに特に詳しくはないのでうろ覚えだ。

 俺の前世の知識がまったく違ったときもある。


「秘薬の材料になる。でも、好戦的な魔物ではない」

「うん、でも団体さん、こちらを狩る気満々ですが?」

「魔物を狂わせている何かが、この先にある」


 十中八九、元宮廷魔術師にして転移の魔術師ジェイドの遺した魔道具だろう。

 マンドラゴラは秘薬の材料になるだけあって、濃密な魔力を纏っている。

 猫ちゃんが何も考えず突っ込んでいったら、大変な目に遭っていただろう。

 あの無数の蔦が絡まって、辱めを受けてしまったに違いない。


「マンドラゴラに火魔術は?」

「弱点」

「じゃあそれでいこうか」


 弓に番えた矢じりが炎を帯びた。

 属性魔術も付与できるのだ。

 羨ましい。

 俺は火球を放つくらいか、狙ったところに火柱を上げて牽制に留めた。

 猫ちゃんの眠りを守ることが最優先なので、屋根に飛び乗りニニアンの支援に回ることにした。


 数十分もせず、苦戦することもなく撃退してしまった。

 マンドラゴラの移動速度が大したことなかったのが勝利の要因だろう。

 近づく前に弓矢か火魔術で追い払うことができた。

 それでも完全に燃やせたのは数体だけだった。

 遠距離攻撃なので、どうしても魔力障壁を突破できない。

 最後の矢など、手をかざしたマンドラゴラに止められていたし。

 その個体を鑑定で見てみると、唯一名前がアルラウネと出てきた。

 女性形で一際妖艶な姿をしていた。

 おそらく群れのリーダーだろう。

 この個体が手をかざした途端、他のマンドラゴラはゆっくりと下がっていったのだ。

 アルラウネとは一戦も交えていない。


 ニニアンの弓矢は何度かマンドラゴラの魔力障壁を抜いていたが、師匠に比べると火力不足なのがわかった。

 彼は支援系なのかもしれない。

 弓矢が主力みたいだし。

 連携したことのない支援系とか、いる意味あるの? って感じだ。

 孤高の弓兵とか格好いいけどさ。


 翌朝、猫ちゃんは気持ちよさそうに目覚めた。

 何も知らない猫ちゃんはくわっと欠伸をして、ごしごしと頭を擦り付けてきた。

 今日も元気なようでお兄さんは嬉しいです。

 朝食を摂り準備を整えると、意気揚々の猫ちゃんを先頭に出発した。

 このあたりには土地勘があるので、迷宮のある元プロウ村は夕方までには到着する距離だ。

 魔物は四六時中現れた。

 植物から獣、鳥、不定形の石のようなわけのわからない魔物までいた。

 ある程度実力を備えてきた猫ちゃんには格好の狩場になる。

 しかし昨夜現れたような危険な魔物も混ざっており、そのときは俺かニニアンが摘み取っていった。


 半日もすると、ニニアンの戦闘にも安心感を持つことができた。

 猫ちゃんや俺を巻き込まないことを了承した後は、本当に危うげもなく戦ってくれている。

 背中を預けるほどの信頼はまだ難しいが、並んで戦えるくらいの信用はできそうだった。

 雪が降り始め、次第に強くなってきた。

 風がないので吹雪にはならないが、積もるだろうというのはわかった。


 猫ちゃんがぶるっと震えたので、猫ちゃんが着ているもこもこの防寒着をしっかり首元まで閉じた。

 全身着膨れした猫ちゃんはとても愛らしかった。

 だが確実に動きは鈍るだろう。

 迷宮に近づくにつれ、人の気配が強くなった。

 これまでにも冒険者の気配を感じてなるべく避けて移動してきたが、近くに感じる気配は物の数ではない。

 千人近くの人間がいる。

 猫ちゃんも敏感に察してか、耳を小刻みに動かしている。

 魔力の気配から、丘を五つほど超えた先に布陣しているはずだ。


「アルー、にゃんか人がいっぱいいるー」

「軍が動いてるんだろうね。噂に聞いた軍隊で間違いないと思う」

「噂?」


 ニニアンが眉をひそめた。


「迷宮攻略の王国戦力だろうね」

「迷宮?」

「ここから西にある迷宮。俺たちの目的地。魔物が凶暴化してる原因の迷宮を攻略することだったでしょ?」

「んー、そーだったかもー」


 小首を傾げながらとりあえず頷いておけみたいな反応をする猫ちゃん。

 もっと知的になろうぜ。


「ふむ……」


 ニニアンの方は何やら考え込んでいる様子だ。

 このエルフはなんでついてきたんだろう。

 テオジアではなく、迷宮へ向かうと俺言ったよね?


「軍隊にはあんまり関わりたくないから避けて通ろう」

「なぜだ?」

「人族至上主義だから」


 軍隊が獣人とエルフを目の前にした日には、どうなることか。

 話も聞かずに兵を差し向けられるに違いない。

 ニニアンはどうなろうが構わないが、猫ちゃんに何かあってはならない。

 最悪、ニニアンを盾に逃げることも頭にはある。


「主義があるからどうなると言う」


 ニニアンがじっと軍隊がいる森の方に目を凝らしながら言った。


「主義に反するものを排斥するのさ」

「排斥してどうする」

「追い出して自分たちだけの王国にするんだよ。耳と尻尾が生えているだけで、目の色を変えて襲い掛かってくるんだから」

「理解できない」

「……考えてこなかった、の間違いじゃないの?」


 俺は自分でもなかなかに辛辣なことを言ったと思う。

 しかしニニアンは、毒舌に気づいていないのか、「ふむ……」と考え込む素振りを見せるだけに留めていた。

 エルフなんて他種族を排斥する筆頭だと思っている。

 誰も近づけないように聖域なんてものを作っているし。

 機密性を守るためなのか、あるいは外からの毒を内に入れないためなのか、外界に出たエルフは二度と戻れないというし。


「とりあえず軍隊には接触しない。このまま迷宮を目指す」

「どっちでもいい」

「えー……にゃんでー?」


 猫ちゃんが不満そうだ。


「あ、穴ネズミがいるよ」


 雪の合間から、ひょっこり顔を出していた。

 掌くらいの小さなネズミだ。


「にゃー!」


 猫ちゃんはネズミ目がけて、雪を蹴散らしながら駆けていった。

 その後をなぜかニニアンが無言で追っていく。

 猫ちゃんの行動基準は、楽しそうかどうかだ。

 ならばなるべく面倒事から気を逸らす方向で行こう。

 軍隊なんて百害あって一利なしだ。

 猫ちゃんはネズミを追っていたはずが、戻ってきたときにはヤツメオオカミこと二匹のフルラルウルフを引きずってきた。


「アルー! 獲ったー!」


 満面の笑みで収獲を共有してもらおうと見せに来るので、俺も一応喜んでおいた。


「よしよしよし」


 ローブの上から頭を撫でると、猫ちゃんは誇らしげに、そして嬉しそうに笑う。


「獲った」


 なぜかニニアンも数匹引きずってくる。

 俺の前に差し出すが、なぜ差し出しているのかいまいちわかっていない様子だ。


「あ、そう」

「…………」


 何もしないでいると、ニニアンは心持ち寂しげに背を向けて離れていった。

 頭を撫でてほしかったんだろうか。

 いや、無理だから。

 身長差とか諸々無理だから。

 そんな関係じゃないし。


 俺たちはその後、軍隊とは接触しないように距離を開けて移動した。

 とはいっても、お隣さんの行動は気になるもの。

 ときどき斥候らしき人影が近づいてくるので、わざわざ身を潜めなければならなかった。

 半日も進むと、軍隊の大規模な戦闘が行われているのを感じた。

 遠くで特大の火柱が上がっていた。

 猫ちゃんが「おー」と口を開けて眺めていた。


 森の向こうから立ち上る火柱を見て、あれはひとりの魔術師が生み出したものではないだろうと思った。

 様々な魔力が混ざり合っているのを感じるからだ。

 俺は魔力を色で見分けることができるから、なんとなくわかるのである。

 魔術師同士が力を合わせることで、魔術の威力を底上げすることができるらしいということは知っている。

 俺は魔術師の知り合いは師匠くらいしか知らないので、合体魔術をやったことがない。

 決してぼっちではない。決してだ。


 俺たちは戦闘に巻き込まれないように迂回する。

 遭遇した魔物は猫ちゃんかニニアンが一瞬で屠り、大雑把な猫ちゃんがこぼした魔物を的確に俺が仕留めていった。

 軍隊を迂回するように進んだら、ウィート村に行き当たってしまった。

 すでに廃村となっており、俺とリエラが苦慮していた頃の面影は打ち捨てられた廃屋や荒れ果てた景色を残すのみとなっている。


 この村に大した感慨はない。

 一年前まで暮らしていたところだとしても、妹のリエラがいないのでは何の感慨もない。

 それに、村自体は嫌な思い出でしかなかった。

 リエラと一緒に過ごした温かい夜のこと、大森林で師匠とともに過ごした時間、マリーズ家の神官父娘と談笑した団欒風景などなど、少ない思い出は確かに存在している。

 あれ? 意外と良い思い出もある?


 ちょっと寄り道をして、俺とリエラが住んでいた納屋に向かった。

 打ち壊された外壁から中に入ると、雪の積もった中に半壊した納屋が目についた。

 俺がまっすぐそこを目指すと、猫ちゃんも興味を惹かれて納屋に駆けていく。

 納屋の中は荒れ果てていたが、床に積もった雪を除けると存外床板はしっかり残っていた。

 跳ね板を持ち上げて、地下へと続く階段を下りていく。


「なんだ? ここに住んでいたのか?」

「一年前まではね」

「ミィニャもおりるー」


 猫ちゃんは嬉々として地下に降りてきた。

 ニニアンは外で待機するようだ。

 あまり広くないので、そうしてもらえると助かる。

 火魔術をぽっと灯すと、冷気の漂う小さな部屋に光が当たった。

 溜めていたものが凍ったように一年前のままそこにあった。

 しかし見回すと、記憶にある内装より幾分物が減っている。

 リエラと師匠、神官父娘がここに足を運んだと思われる証拠が柱に打ち付けてあった。

 それは四つ折りにされた一枚の手紙だった。


『“アルへ”』


 手紙の表に、綺麗な字で添え書きされていた。

 エド神官の文字だろう。

 猫ちゃんが好奇心から地下室を荒らして回る横で、柱から手紙を外し、広げて読んだ。


『“この手紙をアルが読むことを私は信じている。

 私たち親子はリエラを保護した。それまで彼女の面倒を見てくれたエルフの旦那とも、うまくやっている。リエラの方は心配しなくていい。アルがいなくなって心労がたたって寝込むこともあるが、時間を置けば必ず良くなるだろう。ここでアルの戻るのを待っていたかったが、娘たちにはこの場は危険すぎる。エルフの旦那がなんとかしてくれているが、もしもなにか起こっては君に顔向けできないからな。なので、私たちは少し遠いが北のテオジアという都市に向かうことにした。そこには私の信頼の置ける人間がいて、どこよりも安全だと思ったからだ。旦那は君と合流するまで妹さんから離れないというので、四人で移動する。アルも遅れずについてきてくれることを願う。

 エドガール・マリーズ”』


 この手紙はおそらく半年以上も前に書かれたもので、エド神官はテオジアに到着するなり、ひとり離れて各地を探し回っているのだろう。

 こうして手紙を受け取ることで、やはり自分にとって彼らは大事な身内なのだと実感する。

 エド神官の文字の下に、丸っこい字で何行か書かれている。


『“早く会いに来なさいよ。さびしいじゃない。

 ファビエンヌ・マリーズ”』


 ファビエンヌからの言葉が、まるで直接目の前で言われているかのように染み込んでくる。


『“お兄ちゃんへ。

 ごめんなさい。ちゃんと謝りたいです。

 リエラ”』


 愛しい妹からの短い文章を、何度も読み返した。

 涙をこぼしながら綴ったのか、文字の一部が滲んでいた。

 自分が兄の足手まといになったと思っているのなら、早くその誤解を解いてやりたかった。


『“為すべきことを為したのちに、しかるべくときに我々は再会するだろう

 精霊の加護があらんことを

 ニシェル=ニシェス”』


 きっと俺以外には読めないだろう精霊文字で、師匠からのありがたいお言葉もいただいた。

 その言葉自体に強い魔力が宿っているような気がする。

 為すべきこと……おそらく、迷宮を攻略してから来いと、そういうことか。

 深読みしすぎだろうか。

 しかし、大平原で獣人奴隷を解放して村を興し、さらに転移の魔術師が残した置き土産を潰すことでようやく再会が果たされるなんて、かなり迂遠している気がしないでもない。

 ともあれ、元気づけられたのは事実だった。


 俺は大事に手紙をしまい込み、地下室に残された使えそうなものを全部持っていくことにした。

 俺が戻ることを確信して手紙と保存食を残してくれたのだ。

 もうここには戻ってこない。

 猫ちゃんを見ると、座り込んで絵本のページをめくっていた。

 尻尾が楽しげにのたうっている。


「猫ちゃん、それも全部持って行くから、運び出すのを手伝って」

「んにゃ~」


 生返事を返しながら猫ちゃんは絵本から顔を上げなかった。


「あとで読んであげるから」

「やったぁー!」


 猫ちゃんは弾かれるように顔を上げて、ぱぁっと喜んだ。

 保存食のチーズや硬いパン、食器にスプーンやフォークといった銀器、絵本や毛布などの雑貨まで荷物に詰め込んで、俺たちは迷宮を目指す。

 間を置きつつ現れる魔物を処分していきながら、元プロウ村を目指した。

 手紙効果で、俺の気力は漲っていた。


「……あれ?」


 俺は呆気にとられていた。

 記憶にないものが目の前に口を広げている。

 確かにそこはプロウ村だった場所だ。

 しかし、いまあるのは捻じくれた岩が絡み合って隆起し、魔窟のように巨大な口を開けている光景だ。

 こんなもの見たことがない。


「ふむ……異質な迷宮だな。人族はこんな迷宮を作るのか」

「こんなものがいろんなところにあったら人族は滅んでるよ」


 漂う魔力が尋常ではない。

 猫ちゃんより少し強い魔物が辺り一帯に無数にいるようだし、口を広げている迷宮の奥は、ウガルルムやマンティコラに匹敵する魔物がうようよしているのだとわかってしまった。

 これでは領軍が全滅するのも頷ける。

 彼らは入り口にまで達することができなかったらしいが、身体強化を習得しているだけでは到底この奥へは進めないだろう。

 入ったものを二度と逃がさないと言わんばかりに魔宮が口を広がっている。

 ニニアンが尻込みしている俺の横を抜け、迷宮へと踏み込んでいった。

 途中で、ニニアンが振り返った。

 怪訝な顔をして俺を見つめてくる。


「何をしてる? 行くんだろう?」

「行きますよ。行きますとも。猫ちゃん、俺の傍から離れたらダメだからね」

「ういうい」


 猫ちゃんは猫ちゃんで、場の空気を敏感に察しながらもあまり怯えた様子はない。

 むしろ迷宮探検にウキウキしていた。


「とりあえず入ろうか」


 迷宮へトライするための準備など何も行っていないが、何とかなるか。

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