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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 二章 大森林のエルフ
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第38話 不信感

 美少女のような外見だが、実は男。

 この事実は俺の心をぐちゃぐちゃにかき乱していた。

 ニニアンとの旅は、いいところと悪いところの半々といった感じだ。


 最初に、撒こうという気は失せた。

 常に隙のない様子だし、こちらが気配を消すと敏感に目を向けてくるのだ。

 猫ちゃんがいる以上、逃げ切るのは至難の業だ。

 逆に開き直って同行を認めてしまえば、わからないことを聞くチャンスでもあるし、俺にしてもプラスになるはずだった。

 しかし、何にしても自分からはあまり喋らない。

 口を開いても師匠のことについて詰問してくるばかりだ。

 ついでに顔の筋肉がないのかと思うほど無表情だった。

 師匠の件では相当お冠なようだし、爆発させないように細心の注意を払う必要があった。

 誰か爆弾解体処理班を呼んできてー。

 正直、このエルフは俺の手に余る。

 手に余らないエルフなんていないと思うな。


 それとは別に、ニニアンと一緒にいると、ドキッとさせられることが多かった。

 髪を掻き上げる仕草とか、髪をいじる仕草、その何気ないひとつひとつが艶かしさを伴っていた。

 細く鋭い目つきをするときもあるが、目を伏せて憂い顔にもなる。

 美人が思いに耽る姿は、万国共通色気が漂っていた。

 だが男だ。

 胸のない女性にしか見えない。

 だが男である。

 正直ドキドキするのだ。

 だが、くどいようだが、男なのだ。

 そばにいると、なんかいい匂いするし。

 なんで男なのだと神を呪ってしまいそうだ。


 そんな彼は、意外にも世話好きだった。

 料理はテキパキとこなし、暇さえあれば猫ちゃんの髪を梳いている。

 猫ちゃんは二日と経たず懐柔されていた。

 最初の警戒心はどこへやらだ。

 猫ちゃんは自分に向けられる敵愾心には敏感だが、悪意を持たない相手にはとことんまで甘えるところがある。

 あるときなど、一休みした森の中で切株に腰掛けて、猫ちゃんを膝の上に乗せていた。

 猫ちゃんは頭を撫でられて喉を鳴らしていた。

 うう、寝取られた……。


 ニニアンの存在によって少なからず居心地の悪さを感じているが、当の本人はこちらの複雑な事情など意に介した様子もない。

 確かに師匠もそんな感じだったが、種族特性なのだろうか。

 心の機微にはとても鈍い。

 猫ちゃんが飽きて嫌がっても、気づかず撫で続けてるし。

 止めどきを誤っているのでうざったがられ、猫ちゃんの好感度はちょうど良いあたりに保たれている。

 ニニアンは基本、無口だ。

 感情の揺れとかも、あるのかどうかわからない。

 師匠は人間臭い一面があり、ある意味でとっつきやすかった。

 ニニアンは、喋らなければ神秘的の一言に尽きる。

 弓をいじくっているだけでも絵になる。

 だからか、こちらから声をかけづらく、用があるときくらいにしか話しかけられなかった。


 一路西へ向かっていた。

 雪をかぶった山を越え、雪の積もった谷を越えると、目の前に運河が立ち塞がっていた。

 河渡ししている男に金を払って氷のように冷たい河を渡った。

 途中、キリスク町の近くを通ったが、物々しい感じがして長居はしなかった。

 昔は町に活気が溢れていたが、いまは淀んだ雰囲気が漂っていた。

 街の顔ぶれも随分と変わり、商人の交易所というよりも冒険者の前線基地のようになっていた。

 そこで集まった情報も、他の村と大して変わらない。

 どこまで攻略が進んだとか、そんな話だ。

 迷宮までの道を切り開くことすら困難を極めているらしい。

 この村での補給が最後になるかもしれないと、俺は防寒具や必要な荷物を二日かけて街で揃えた。


 町では猫ちゃんはフードをすっぽりとかぶった。

 ニニアンも、長耳を悟られないために同じようにフードをかぶってもらった。

 雪がちらついていたことも幸いして、あまり人目を引くことはなかった。

 最初にエド神官とファビエンヌに出会った町である。

 ふとした瞬間に、人波を目で追っている自分に気づく。

 いるはずのない人間を探していることに気づき、苦笑するしかなかった。


 町を早々に出て、足跡のない雪の道を進み丘陵地帯へ入った。

 丘陵地帯へ踏み込んだと同時に、魔物の気配が強くなった。

 猫ちゃんが自然に戦闘態勢に入る。

 ニニアンは、普段通りだ。

 気負った様子もない。

 実力的に危険なのは、猫ちゃんだけだった。

 早く高身体強化術を覚えさせるべきだが、まだ身体強化術を完璧に習得できていないのだ。


 猫ちゃんはまだ九歳だ。

 焦ることはない。

 むしろマリノアも猫ちゃんも、年齢的には十分すぎるほどに強い。

 致命傷を負わないように気をつけていれば、成長とともに高身体強化術も習得できるだろう。

 現れたのはビッグホーン。

 雪道の脇から雪を巻き上げて、百を超える角の捻じれた牛の魔物が現れる。


「ンモ――――ッ!」


 吼え猛りながら地響きとともに蹂躙せんと襲ってきた。

 雪が煙り、雪道全体が動いているように見えた。


「エルフの魔力に惹かれてやってきたんじゃないですか?」

「魔物は生ある者を襲うだけ。エルフだとか人間だとかに意味はない」


 ニニアンは背に担いだ矢筒から三矢抜き放ち、三矢とも弓に番えた。

 猫ちゃんはいつでも飛びかからんと腰を落として構えている。

 尻尾を一度、ゆらりと振った。

 ニニアンが三矢、同時に放った。

 先頭の三頭の眉間を打ち抜き、貫通し、背後の数頭まで貫いて矢は森のどこかへと飛んでいった。


「行くにゃー!」

「俺も行く」


 猫ちゃんとほぼ同時に飛び出し、怒り狂うビッグホーンに正面から迎え討った。

 猫ちゃんは先頭の牛の角をひらりと躱すと、頭上から拳を落とす。

 ビッグホーンの背を踏み台にして、更に別のビッグホーンの頭蓋を叩き潰した。

 俺はあんな曲芸はできないので、ギリギリまで迫って、ひらりひらりと牛の隙間を縫って掌を当てていく。


 ニニアンがさらに矢を放つ。

 俺たちの討ち漏らしを始末してくれているのかと思ったら、違った。

 横に体を動かそうとしたが、寸前で立ち止まった。

 俺の鼻先を、風が渦巻くように矢が通り過ぎていく。

 触れるものすべてを切り裂くような風が、ビッグホーンを切り刻んで貫いた。


「おい! 俺まで殺す気か!」

「死ぬ方が悪い」

「なにそのワガママ!」


 さらに矢を番えて射撃体勢に入ったので、俺は手を広げて制止を呼び掛けた。

 猫ちゃんは飛び跳ねて、身軽に無双している。

 彼女に当たってしまっては元も子もない。


「何? 手を広げて、的になりたいの?」

「おまえマジふざけんなっ!」

「意味不明の言語」

「敵と味方の区別もつかないのかっ!」

「……私にいつ味方ができたの?」

「――ッ!」


 殴りかかりたい衝動に襲われた。

 こいつはダメだ。

 一緒にやっていけるわけがない。

 師匠は長い年月を人の世で過ごし協調性を学んだのだろうが、ここにいるエルフは他種族を仲間だと認めていない。

 そんな相手と初めから足並みなんて揃うはずもなかったのだ。

 種族を超えた協力ができないとは思わないが、頭から認めていない彼とは信頼関係が築けるとも思えない。


「猫ちゃん、来い!」

「みゃっ!」


 ビッグホーンの中心部まで進んでいた猫ちゃんは、踝を返して跳んで戻ってきた。

 腕を広げると、猫ちゃんがそこに飛び込んでくる。

 猫ちゃんの体当たりを全身で受け止めながら、ビッグホーンへ手をかざす。


「“轟雷”」


 稲妻が手から迸る。

 ビッグホーンの群れすべてに稲妻が走り、個体から個体へと電撃が駆け巡る。

 周辺に漂う、肉の焼けるような臭気が鼻を突く。

 ビッグホーンは次々に横倒しになり、起き上がる牛はいなかった。


「ふむ。全体攻撃。合理的」


 エルフがそんなことをのたまっているが、アホか。


「おまえが俺たちを無差別に攻撃するからだろうがっ!」

「そんなこと知らない」

「知らないわけないだろうが!」

「つーん」


 エルフはそっぽを向いた。

 そんな姿も絵になるのが悔しい。

 だが男だ!


「なんだそれ! おいコラ! しばくぞああん?」

「ふむ」


 エルフは静かに矢を番えた。

 矢じりは俺の眉間に定まって動かない。


「うん、話し合おうよ。ぼくたちにはお口が付いてるんだから。暴力はいけないと思うよ」


 俺は大人しく引き下がった。

 エルフに勝てる気がしないし。

 さっきの貫通矢を見ていたら真っ向から戦うなんて愚の骨頂である。

 このエルフと共闘することはできないだろうな。

 金色の髪を手で流し、額にかかった前髪を払う仕草さえ絵になるから腹が立つ。


 俺はその後、むっすりとして一言もニニアンと口を利かなかった。

 ニニアンが猫ちゃんを抱きかかえて夕飯を一緒に取っていようが、俺はぶすっとして無視した。

 猫ちゃんは不思議そうに、俺とニニアンの顔を交互に見ていた。

 ビッグホーンの丸焼きは大味すぎて口に合わなかったが、それ以上にニニアンの存在が気に食わなかったのかもしれない。


 突然、猫ちゃんがニニアンの膝の上から抜け出してきて、俺に体当たりしてきた。

 出会った頃より肉もつき、少し背の伸びた猫ちゃんを両腕で受け止めるが、勢い余って倒木の向こう側へと一緒に倒れ込んだ。


「いきなりなに……」


 猫ちゃんはクリクリの瞳をじっと俺に向けてきた。


「アル、怒ってる?」


 さすがの猫ちゃんも俺の不機嫌さに気付いたらしい。

 猫ちゃんですら気づくのに、エルフは気づけないのだ。

 ばーかばーか。


「猫ちゃんのせいじゃないよ」


 暗にエルフのせいだと言っているのだが、気づきはしないだろう。

 猫ちゃんを奪われたニニアンはどこ吹く風で、枝を研いで矢を作り始めていた。

 魔力を込めながら作業しているので、凶悪な威力を持つ矢に化けるのだろう。


「いつ怒らにゃくなる?」

「猫ちゃんには怒ってないから大丈夫だよ」


 くしゃっとした猫っ毛に指を通し、頭を撫でた。

 頬に手を添えると、自分から擦り付けてくる。

 ニニアンに対する不満を、猫ちゃんを甘やかすことで発散しようと思った。

 猫ちゃんが特に弱い耳の後ろをカリカリと掻いてやると、うっとりしたように目を細める。

 これをやると、芯が抜けたようにふにゃふにゃになって、しなだれかかってくる。

 マタタビを与えられた猫のようにふにゃふにゃ甘えてくる。

 猫ちゃん殺しである。

 これをニニアンに見せつけるようにやって、自尊心の回復を図る。

 小さい男である。

 器の小ささとか、そんなものは前世から小さいのだ。

 知るか。


「仲がいい」


 ポツリとニニアンが言った。


「羨ましい」

「……」


 なら協調性を学べと言いたい。

 人間関係は思いやりの積み重ねだっつの。

 敵味方関係なく射撃してたら誰も近寄らなくなるっつの。

 ニニアンの物欲しそうな視線はしばらく続いたが、俺は意地を張って猫ちゃんを手放さなかった。

 猫ちゃんを抱えたまま、ニニアンに少しの優越感を抱きつつ眠りについた。


 翌朝、起きて食事をして、日課となっている浄化を自分と猫ちゃんにかけてから荷物を背負って出発する。

 道中は、というより昨日からだが、ニニアンとの会話はなかった。

 魔物は人気のない道を進んでいると、一時間に一度は遭遇した。

 向こうだって腹を減らしている。

 こっちだって食われるわけにはいかない。

 自然と出合い頭に仕留めるようになっている。


 小さい群れなら猫ちゃんが飛び出していくのに任せた。

 ニニアンが下手に参戦しないように見張るのが俺の役目でもあった。

 ときたま道を外れる猫ちゃんの気ままな行動に付き合うくらいで、ニニアンはいないものとして振る舞った。

 向こうも大した関心はないようで、ぎすぎすした空気は一向に良くならない。

 俺が悪いのかとも思うが、誤って猫ちゃんを射抜いてから目の前をうろちょろするのが悪いと言われたら、俺は自制できる自信がない。

 そうならないように、見張っているのだ。

 もしここにマリノアがいたら、おろおろして、ストレスで顔が青ざめていたかもしれない。

 興味のないことにはあまり注意を払わない猫ちゃんだからこそなんとかなっているのだ。

 間違っても、猫ちゃんが空気の読めない子だとは言うまい。


 村が見えてきたので、寄ってみた。

 ただ、村人が迎えてくれることはなさそうだ。

 迎え出たのは、五十体ほどのバトルラビットの集団だった。

 この村はとうに魔物の勢力に飲まれているのだ。

 白い雪原に、もふもふっとした雪色のラビットが続々と現れる。

 大霊峰の麓にある村に突然迷宮が現れたことによって、周囲の村は押し寄せる魔物の波から逃げ出していた。

 つまり、魔物に占領された村があるということは、迷宮までそう遠くないことを示している。


「にゃにゃ!」


 狩人の本能か、何を言わずとも猫ちゃんが率先して突っ込んでいく。

 見る間に雪原が赤く染まっていった。

 猫ちゃんの手こずる相手ではないと思っていたが、村の奥から一回り大きなラビットリーダーが現れた。

 こいつは身体強化も使ってくるし、ラビットたちをうまく操って戦う。

 猫ちゃんの意識を雑魚ラビットに向けさせた瞬間、リーダーが横合いから手にした戦斧を振り抜くのだ。

 うまく踏み込めず、猫ちゃんが嫌そうにしている。

 ニニアンが弓を手に、ラビットリーダーを撃とうとしている。


「ちょっと待って!」

「なんで止める?」

「猫ちゃんに当てたら困るから言ってるんだよ!」

「当てるのはラビットにだけど?」

「そう言って昨日は俺に当てようとしただろ!」

「当てようとしてない。当たっても構わなかっただけ」

「っ! このっ! 一緒に行動するなら互いを傷つけないようにするのが当たり前なんだよ! その当たり前ができないおまえと一緒に戦いたくないって俺は言ってるの!」


 ニニアンは弓を下ろし、顎に指を当て、考える仕草をする。


「ふむ……まあ、そうなのだろうな。傷つきたくない。その理由はわかる」

「エルフにわかってもらえて光栄だね」

「当てなければいいんだろう。猫に」

「おいちょっと!」


 止める間もなく、ニニアンは素早く三矢放った。

 猫ちゃんを避けるようにして、傍にいたラビットの脳天を貫き、更には数体のラビットを巻き添えにした。

 猫ちゃんとラビットリーダーの間に、遮るものがなくなった。

 好機とばかりに猫ちゃんが跳びかかる。

 戦斧を軽々避け、猫パンチを続けざまに五発。

 ラビットリーダーが怯んだところに飛びかかって、喉首に爪を立てた。

 雪原に血の斑点を残し、ラビットリーダーは呻きながら絶命した。

 血の雨を頭から浴びた猫ちゃんは、全身が真っ赤になっていた。

 振り向いてにかっと笑ったが、その笑顔にちょっと引いた。

 すぐさま浄化で綺麗にする。


「パーティで戦う以上、お互いがやりやすいように配慮するの。わかる? それを連携って言うんだよ」

「連携か……そうか」


 納得いったように、ニニアンは頷いた。

 どこかずれていると思うのは、俺の気のせいだろうか。


「私は連携したことない」

「エルフは協力プレイは好みませんか」

「他のエルフは知らない。私が連携したことないだけ。でも、弱い猫がやられないように手伝うことを、私はいまやった。これが連携か……ふむ」


 ひとつひとつ確かめながら頷いている。

 もしかしたら、根は素直なのかもしれない。

 価値観の擦り合わせができたら、頼れるパーティになれるのかもしれない。

 それでもニニアンを信頼するには、長い時間がかかりそうだと俺は思った。

登場人物紹介コーナー??回(回数忘れた)


 名前 / ニニアン=ニシェス

 種族 / 森人族

 性別 / 男性

 年齢 / 五十七歳(アル九歳時)

 職業 / 魔導士、狙撃手、薬草学士、調合師、細工師、付与魔術師

 技能 / 属性魔術、超身体強化術、付与魔術、造形術、神眼


 アルの師匠、ニシェル=ニシェスの下位互換的な?

 見た目美少女。でも男。

 心は女。でも体は男。

 ニシェルに対して執着を見せている様子。

 常識知らずなエルフだが、頭が固いわけではない?

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