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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第35話 猫ちゃんといっしょ2

 猫ちゃんとべレノア領を出て五日。

 移動は空。

 旅客機並みのスピードで空を飛ぶ俺に、猫ちゃんが頑張って縋り付く。

 周囲の風を和らげるための魔術を移動と同時に展開するので、そこそこ疲れる。

 しかし俺には、師匠からもらった魔力を貯められる腕輪がある。

 自分でも暇を見つけてはちょこちょこと貯蓄していたので、今では全魔力分×5くらいは引き出すことができる。

 昼夜飛んで、たまに寝てのサイクルなら、今頃行程の半分は消化していただろう。

 十日もあればプロウ村に到着したはずだ。


 ただ猫ちゃんがいた。

 最初は景色や見えるもの全てが新鮮だったようで、しきりにはしゃいでいたが、二日目になってくると、何もしないでいることが苦痛なのか、俺の背中から動き回るようになった。

 おかげで、すでに三回は転げ落ちている。

 落下途中で拾えたが、心臓に良くないのは間違いない。

 当の本人は紐なしダイブをしたというのにケラケラと笑ってるし。


「もっかいー」

「ダメ、絶対!」


 命の価値について説教した方がいいのか……。

 空の移動も限界なのかもしれない。

 それなら猫ちゃんが寝てる間に担いで移動距離を稼げばいいか。

 翌朝から歩いて移動することにした。

 たくさん歩いて疲れてもらおう。

 どうせ歩いて移動しても大した距離にはならない。

 脇道に逸れたって構わない。


 時間が経って冷静になってくると、どれほど急いだところであまり変わらないのだと思うことができた。

 すでに手遅れであることがわかるだけか、何も起こっていないかのどちらかだ。

 危機的状況が起こっているところに颯爽と現れて、ヒーロー的活躍をする、というのは安直だ。

 考えるだけ毒だ。

 あり得ない。


 猫ちゃんと街道を進む。

 歩きながら、猫ちゃんに魔力を纏う練習をさせている。

 気が抜けて魔力が解けたら、その都度指摘して魔力を纏わせる。

 魔力槽の少ない獣人族だが、訓練で少しは広がるのだ。

 それに、魔力を纏って維持することは、全身運動を長時間行うのと同じくらい疲労感が溜まるので、日が落ちるとともに猫ちゃんは眠ってしまい、こちらとしても好都合だった。


 夜は空を移動して、距離を稼いだ。

 昼は猫ちゃんといっしょに散歩をしているようなものだ。

 両側に森だったり、片側に川だったり、時々石造りの家屋が見えてきたりと、景色には富んでいる。

 猫ちゃんがあっちに意識を引っぱられ、こっちに興味を引かれとフラフラしているので、手綱を握る必要があった。


「にゃんか簡単ににゃった」


 と、猫ちゃんが林から子どもオークを引きずりながら現れたりする。

 にゃった、と猫っぽい喋り方は、猫ちゃんが舌ったらずなだけだが、俺のツボにどストライクだ。

 可愛さが増した。

 身体強化を覚えて、狩が楽になったのだろう。

 オークの子供とか、可哀想に思う気持ちもあるが、俺はすでにミノタウロスだって捌いていただいている。

 人型魔物に対する慈悲はなかった。

 猫ちゃんにトドメを刺されていた仔オークを、俺は無心になってナイフで捌き、夜のご飯にした。 


 最初に会ったときは、猫ちゃんと俺の体格はほとんど変わらなかったが、最近は猫ちゃんの背がちょっと伸びてきたように思う。

 しかし精神的、経験的、それから実力的にも俺が上なので、猫ちゃんは言うことを聞いてくれる。

 獣人族は本能的に上下を付けるところがあるから、こちらとしてはありがたい。


 仔オーク一匹を一食で食べきれなかったので、肉を分けて塩漬けにしておく。

 風魔術と火魔術を使って、あっという間に燻製肉の出来上がりである。

 残った部位はすべて燃やした。

 狩った獲物の残骸は残さないのがマナーだとマリノアが言っていたからだ。

 これがただの獣ならそこらへんに捨て、小型の獣や虫の餌になってもらうところだが、少なからず魔力を持った魔物の死骸をその辺に放って置くと、死霊系の魔物を呼び寄せてしまうのだ。

 倒すのに苦はないが、精神系の攻撃を多く持っているので、出遭わないならそれに越したことはない。


 山を越える必要があるのか、道はだんだんと細くなっていく。

 近場の村からは離れてしまって、魔物がぽつぽつと出没するが猫ちゃんの敵ではなかった。


「むむ! 臭いにおい!」


 山道の途中、突然猫ちゃんが眉をしかめた。

 両手で鼻を押さえている。

 強い魔物の気配はない。

 ただ、人らしき気配はある。


「山賊かな」

「うう! くさいのやだ! アルー!」


 猫ちゃんは俺の後ろに隠れてしまった。

 頭をリュックサックに押し付けてくる。

 やめなさいよ。

 袋に入れた肉が飛び出しちゃうじゃない。


 近づいてきたのは薄汚い山賊が四人。

 道を塞ぐように、そして見せびらかすように山刀を腰に帯びている。


「ガキふたりで旅とは物騒じゃねえか」

「お使いかなぁ~えらいなぁ~、へへへ」


 下卑た笑いを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。

 猫ちゃんには念のためフードをかぶせ、尻尾をローブで隠しているので、すぐに獣人だと気づかれないだろう。


「ん? こいつ、片方は獣人か?」


 あっさり見破られましたよ。

 と思ったら、山賊の中に耳と鼻が飛び出た獣人の男がいた。

 ステータスを見てみると、やはり獣人族の若者だ。

 山賊に混じっているなんて珍しい。

 いや、この国では忌避されているから、山賊くらいしか就ける仕事がないのかもしれない。

 山賊を職業というにはちょっと抵抗があるけどな。

 小麦色の耳が尖がっており、目つきも細いから、狐の獣人かもしれない。

 他の山賊と比べて細身だが、悪人面なのは変わりなかった。


 近づいてくる男たちに、猫ちゃんがじりっと下がった。

 リュックサックを掴んでいるので、俺も引きずられる形だ。


「おうおう、怖がっちまってるぜ。かわいそうになあ」


 怖がっているわけではない。臭いのだ。

 本人たちは慣れ過ぎて気づいていないのかもしれないが。

 風魔術をわからないように発動し、臭いをシャットアウトした。


「ん?」


 狐獣人が変化に気づいたようだが、何をしたのかは具体的にわかってないだろう。

 猫ちゃんが鼻をひくひくさせた。


「臭くにゃいよ?」

「うん。臭くないようにしたからね」

「おい、おまえら何話してやがる」


 獣人語なので、山賊一同にはわからないようだ。


「獣人語だよ。どっちも獣人か? いや、ひとり分しか獣人の臭いはしないはずだが」


 狐獣人が首を傾げている。

 そうこうしているうちにゆっくり山賊が近づいてきた。

 人族の三人が囲むようにして立っている。


「とりあえずおとなしくしときな」


 刃腹が広めの山刀を抜き、こちらに向けてくる。

 猫ちゃんが袖を引っ張ってくる。


「うん。問題ないよ」

「わかった!」


 猫ちゃんがにへっと笑う。

 この可愛らしい笑顔に騙されてはいけない。

 この笑顔で狩りをするのだ。


 猫ちゃんが飛び出す。

 山賊は誰もついていけない。それくらいの差。


「ぱんち!」


 猫ちゃんの猫パンチが山賊のお腹に炸裂する。


「ぐぼっ!」

「ぐえっ!」

「がはっ!」


 三人が三様に吹っ飛んでいき、街道を外れた林の中に落ちていった。

 起きて街道に現れることはなさそうだ。

 殴られた瞬間に口から中身が飛び出さなかっただけマシだろう。


 狐獣人は、気づけば逃げていた。

 獣人の直感が働いたのだろうか。

 仲間を放って逃げ出すとは、さすが山賊である。


 山賊に出遭った以外は、特に問題は起きなかった。

 すれ違う行商も、物珍しそうに目を向けてくるが、話しかけることなくすれ違っていたし。


「いい匂いがする!」


 と言って行商の馬車を追っかけようとする猫ちゃんを引き留めるのには苦労したけど。

 猫ちゃんの口に燻製肉の欠片を押し込み、旅は進む。

 歩いて進みながら適当に狩りをし、日が暮れる頃に夕飯を食べる。

 猫ちゃんと手を繋ぎ、身体に流れる魔力を知覚し操作する訓練を行って、猫ちゃんが疲れて寝付いたら抱えて、夜空を飛んで移動する。

 夜半を過ぎた頃に適当な森に降りて、ドーム状の頑丈なかまくらもどきを作り、空気穴を開けて眠りにつく。

 朝方、抱き枕にしている猫ちゃんがもぞもぞと動き出すのに合わせて起き出し、顔を水魔術で洗い、ついでに体の汚れも猫ちゃんと合わせて浄化し、朝ごはんを摂って出発する。


 猫ちゃんは夜に移動していることを知ってから知らずか、聞いてきたことはない。

 道の途中に村があれば、必要と思われる物資を、狩りをして得た素材と交換で手に入れた。

 子供相手だからとかなり足元を見られているが、こちらの必要分さえもらえれば文句は言わない。

 ただ、それすらも聞き入れてもらえない場合は、赤魔導士アルの名を出し、ちょっと雷ボールを作って見せるだけでスムーズに事が運んだ。


 あとは西端の村についての噂も集めた。

 しかしどこで訪ねても、ボンボン公爵から教わった迷宮の被害以外は、目新しい情報はなかった。

 彼の情報網はそこそこ信頼に足るようだ。

 王国の端から端だというのに、最新の情報なのだ。


 ついでに神殿ないし神官がいれば、エド神官宛てに伝言を残しつつ、ついでに伝言がないかを尋ねた。

 エド神官からの伝言はなくても肩を落としたりはない。

 むしろなくて当たり前なのだ。

 できれば西の領主の住む町で、ファビエンヌとリエラと師匠の四人で、何事もなく平和に過ごしていてほしい。


 他には慈善事業もやった。

 村でいま問題になっていることを聞いて、危険な魔物がいると聞けば寄り道して倒し、山賊が暴れていると聞けばちょっと足を延ばして全員縄で縛り上げて村の前に放り出した。

 その際に赤魔導士アルの名を出すのを忘れない。

 噂はいつかエド神官たちの耳にまで届くかもしれないのだ。


 村はいいが、大きな町だと、猫ちゃんは獣人ということで出入りを禁止された。

 追い返されるだけならいいが、二度三度、衛兵に捕まりそうになった。

 そういうことがあって、俺はやり方を変えた。


 町に入る前に、町の近くで爆発を起こす。

 爆発の原理は簡単で、濃度の高い水蒸気を作って、そのど真ん中に高熱の炎を生み出せば、一瞬にして水蒸気爆発を起こす。

 衛兵たちの目を爆発箇所に引き付けている間に、猫ちゃんを抱えて城壁を軽々飛び越えて中に入るのだ。


 町でやることは変わらない。

 魔物の素材を売って必要物資を得る、あるいは金銭に替える。

 神殿か神官と接触し、エド神官宛てに言伝を残し、自分に言伝がないか確認する。

 西端の地域の噂について集める。

 この三つだ。


 魔物の素材を売る際に、冒険者ギルドで売れば高く買い取ってくれると聞いたが、生憎と冒険者になる必要があり、必要条件の中の年齢制限十歳以上をクリアできないため断念した。

 十歳まであと一年だが、それを待つ時間はない。


 西への道中は人通りが多少あるところを通ったので、強い魔物は出てこない。

 猫ちゃんが一撃で屠れるほどの雑魚ばかりだ。

 強い魔物がいる強い魔力を発生させる地域を人は避けるから、自然と街道沿いは雑魚しか出てこなくなる。

 しかし俺たちは西を目指しているのだ。

 途中で大きく南に迂回して三日もロスするくらいなら、まっすぐ魔物の巣窟を抜けていく。

 さすがに大霊峰やベドナ火山山頂部のような危険区域はそれほど多くない。王国内に十か所もないだろう。


 かつて古戦場で十万の人間の大虐殺が行われたという曰くつきの叫びの森が道を塞いでおり、そこを突っ切ろうと挑んだときは後悔した。

 出てくる魔物はほとんど死霊系。

 おまけに森全体が、土地の魔力が生み出した霧に包まれ、昼でも夜のように暗い有様。


 ゾンビやスケルトンは当たり前。

 死肉漁りのグールに、金切り声を上げて近寄ってくるバンシー、首なし騎士のデュラハン、高位の死人魔術師リッチや、一度などヴァンパイアらしき蒼白な美女を見かけた。

 ヴァンパイアは、常に鑑定状態で進んでいたら、一瞬だけ木々の向こうに見えたのだ。

 死霊系の、特に霊体は、鑑定を使っていないといつの間にか接近しているので、注意が必要だった。

 入って早々、猫ちゃんが尻尾を丸めて怯えてしまい、すぐに抜けることになったが、ここは俺でも苦戦するだろう。

 何せ死霊系は魔力の塊だ。

 雑魚のゾンビやスケルトンでも、そこそこのブーストを使えるのだ。

 ヴァンパイアやリッチなど、ハイ・ブーストを使えるような連中がうようよいる。


 叫びの森ですっかり怯えてしまった猫ちゃんをとことんまで撫で回した。

 それはもう、猫っ可愛がりというやつである。

 猫ちゃんがようやく本調子に戻ったのは、叫びの森を抜けて半日した頃だ。

 寝る前に、うとうとしつつも俺に寄りかかってきて、頬にグリグリと頭を押し付けてくるくらい甘えん坊になってしまった。

 前と変わらないか。


 可愛がった分だけ懐いてくれるので、俺の方が猫ちゃん依存症になってしまいそうだ。

 できれば二度と近寄りたくない森だが、猫ちゃんの密着度が上がるので、考えものである。


「あの森にまた行ってみようか」

「や!」


 全身の毛を膨らませて威嚇してきた。

 猫ちゃん的には心底嫌な場所みたいだ。

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