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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第33話 凶報

 最初にボンボンと会食してから十日後――

 ようやくというか、やっとボンボンとの二回目の会食がセッティングされた。


 妹が待っているかもしれない村に帰る気ないなおまえと、後ろ指差されても仕方がない。

 俺だってそう思う。


 この十日の間に、身なりはよくなっていた。

 すべてボンボン公爵が用意したものだ。

 猫ちゃんや熊さんは窮屈そうにしていたが、マリノアとミル姉さんは嬉しそうだった。

 下着をつけるようになったマリノアとミル姉さんは、正直破壊力が増したと思う。


 マリノアは成長期だ。

 最初に出会った頃はまだ胸は平たいままだった。

 しかし、この十ヵ月の間に、胸は徐々に膨らんできた。

 まだ手で覆えてしまうくらいの膨らみだが、近い将来が楽しみである。


 他に笑えたのが、靴を履かされた猫ちゃんである。

 靴を履いた猫ちゃん。

 さらにごてごてのドレスを着せられ、ぶすっとしていた。

 メイドさんたちにはとても好評だったが、三分と経たない間にぺいっと部屋の隅に靴を投げ捨て、ドレスも脱ぎ散らかし、素っ裸になっていた。

 熊さんと猫ちゃんは裸足が好きなようだ。

 嫌なら嫌で強制する気もないしな。


 マリノアとミル姉さんは、あまり抵抗なく靴を履きこなしていた。

 そのうちヒールを履く日も近いかもしれない。

 綺麗系のふたりは、さぞ似合うことだろう。


 食事が開始された。

 猫ちゃんはこの十日の間にフォークの使い方を覚えた。

 刺して、食らうだけだが、手で食べていた頃よりも改善されている。

 ナイフは、面倒くさがって触ろうともしない。

 熊さんも同様。

 ミル姉さんは前と変わらず葉物にフォークを刺してむしゃむしゃ。

 唯一マリノアだけがテーブルマナーを努力して覚え、ナイフを不器用ながら使って、肉を一口大に切り分け、ぎこちなく口に運んでいる。

 マリノアは努力の子なのだ。


「神殿には伝言を残してもらえました?」

「もちろん! 最優先で発布しておきましたぞ!」

「ありがとうございます。逆に何か俺宛てに伝言が届いているようなことはありましたか?」

「残念ながら我輩の耳には入っていないのでありますぞ」

「そうですか。わざわざありがとうございました、公爵」

「アル殿のためとあらば骨を折ることも苦とは思いませんぞ!」


 なんでここまでしてくれるのかね?

 同志には無償なのかね?

 いままでの食料を融通してくれたこととかの恩義を返すなら別だが、俺がボンボンのために無償で何かする気はないんだけど。


「じゃあ、お願いしていた西の情報はどうですか?」

「調べましたぞ! 魔物の異常発生による近隣村の壊滅ですな! 大霊峰の麓にある大森林、その傍の村に途轍もなく凶悪な迷宮が生まれたらしいですぞ」

「……そう、ですか」


 きっと元宮廷魔術師ジェイドの残した魔核の壺と、彼が作った迷宮が合わさって村を飲み込み、恐ろしいまでの難易度の迷宮が出来あがってしまったのだろう。

 迷宮がどうやってできるかとか、そういった知識はないが、壊滅したプロウ村にジェイドが迷宮を作っていたことは知っている。

 俺と同じ転生者だったイランが自慢げに何度もクリアしたと大口叩いていたから、きっと訓練用の迷宮だったのだろう。


「領主は迷宮に騎士団を派遣したらしいですが、入り口に到着することもできずに壊滅したらしいのですぞ。どうやら村自体がすでに大森林の一部になっていたらしく」

「身体強化のできない人間だと厳しいだろうね」

「アル殿は壊滅した村の出身なのですか?」

「縁があってね」


 言葉を濁しておく。

 別にその村にいたからといって、俺がラインゴールド家の血筋だと暴かれようもないが、ちょっとミステリアスな自分かっこいいと思ってしまったんだからしょうがない。

 しかし、縁があるというのも確かだ。

 攻略困難な迷宮ができる過程を知っていた以上、腐れ縁だろうな。

 作った本人が他にいるとはいえ、入り口を塞いだだけで放って置いたのも事実だ。

 責任など一切感じないが、しこりとして残っているのは間違いない。

 いつか落ち着いたら攻略してみようか。

 そのときは猫ちゃんとマリノア、他に優秀なパーティを揃えてもいい。


「食後、少ししたら出発の準備をお願いしますぞ」

「わかりました」


 ようやく重い腰が上がるようだ。


「それと、アル殿、この後しばしお時間をいただけますかな?」


 席を立とうとしたところで、ボンボンからそのような申し出。


「ええ、構いません」


 猫ちゃんが渋るのをマリノアとミル姉さんに預けて、俺はボンボンに案内されるままに彼の書斎に足を運んだ。


「呼び出してすみませんな。先ほどの話の続きなのですが、あの場では不適切と思い、いまこの場を用意したのですぞ」

「それは……なんですか?」


 嫌な予感がする。

 ボンボンの顔からも、決していい話ではないことは物語っている。


「ええ、先ほどの騎士団の壊滅の後の話なのですが、どうやら周辺の村々まで魔物が出没する事態になっているようでして」

「それは、だいたいどのくらいまで?」

「なんとかという町まで、でしたかな?」

「キリスク?」

「ええ、ええ! それですぞ、その町で間違いないのですぞ!」

「…………」


 事態は思ったよりも深刻かもしれない。

 キリスクの町というと、プロウ村を基点にした半径からいっても、十以上の村が被害に遭っていることになる。

 リエラや師匠、もしくはウィート村が壊滅したことを知って村に足を運ぶであろう神官父娘たちの安否も心配になってくる。


「心配、という顔をされておりますぞ」

「ええまったく」

「行かれるのでありますか?」

「……そうですね、ちょっと遊び過ぎたのかもしれません」


 考えてみれば、すでに十か月が経っている。

 大森林周辺がどんなに酷い有様になっていてもおかしくない時間が過ぎている。

 歳もひとつ取り、九歳になっていた。

 後悔は……あまりしたくない。

 手遅れだった可能性について、いまは考えたくない。

 最初からここで仕事を片付けてから向かおうと決めていた。

 それを後悔にはしたくない。


「ひとりでありますか?」

「……急いで戻ろうと思います」

「それなら馬車を出すでありますぞ」

「いえ、大丈夫です。何とかなりますから」

「いったいどのように行くのでありますか?」

「そこらへんで大型の鳥でもテイムして飛んでいきますよ」

「……アル殿ならやってのけそうでありますな」


 ボンボンはちょっと引いた笑いを浮かべていた。

 まあ、陸大亀の一件もあるしな。

 俺がテイムした陸大亀、あれアスレチックのように改造したままだった。

 あいつ平原でちゃんと過ごせてるかな。

 見る人が見たらびっくりするだろうな。


 そんなことはいい。

 俺は一時も早く、村に戻って確認を取る必要がある。

 村に近づけば、嫌でも師匠の魔力を感じられるだろう。

 師匠と約束したのだ。リエラを任せると。

 だから師匠のいるところ、リエラもいる。

 これは間違いのないことだ。

 あの律義で人見知りなエルフなら、付かず離れず、しっかりとリエラを守ってくれるはずだ。

 性格もリエラと似たところがあるので、馬が合うかもしれない。

 ふたりとも初対面だとぎこちないが、気を許せる相手にはとことんまで尽くすからな。


 顔を思い浮かべると、会って声を聴きたくなった。

 俺の心は、西へ向いている。

 東に獣人たちを残して、行ってしまいそうだ。


「行ってしまうなら、別れをしなければなりませんな」

「いや、本当にすぐに戻ってきます。ひと月、いや、半月で」

「……片道ひと月半の距離ですぞ?」


 不審に思われてもしょうがないだろう。

 時速五キロ程度の馬車と、時速百キロを軽く凌駕するフル・ブーストと比べてもらっては困る。

 二十倍の速度に加え、地形の障害を受けない空の旅である。

 六分の一どころか十分の一の日数で帰ってこられるだろう。

 すべては魔力槽次第だが、何とかなる、と思いたい。


「これから獣人の村に行くんでしょう? 俺はそれに付き添うことはできそうにありません。一度西の村に行って様子を見なければなりませんので」

「そういう気配が致しましたぞ」

「猫ちゃん……ミィナはかなりごねると思いますが、すぐに戻ってくるとお伝えください。後のことはマリノアたちが何とかすると思いますので」

「我輩、全身全霊でもって任されましたぞ!」

「はい、よろしくお願いします」

「もう発ってしまうのでありますかな」

「ええ、こうして話している時間も惜しく感じています。それでは、後をよろしくお願いします」

「ええ、任されましたぞ!」


 俺は駈けだした。

 城の三階から飛び降り、こともなげに着地。

 そのまま中庭を突っ切って、城壁を飛び越えて、城下町を進んでいった。


 意識は西に向いていた。

 だから気づかなかった。

 ボンボンが一際いやらしい表情を浮かべたことに。

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