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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第28話 ベドナ火山

 村作り初日は、木を切り倒し、原っぱの草を抜いて土を均すところから始められた。

 千人弱いる獣人たちの手によって、数日後には林と草原は拓けた土地になるだろう。


 土木作業中、俺は温泉にちょうどいい場所を見つけに山に入った。

 俺についてきたは、いつもどおり猫ちゃんとマリノアである。

 それと身軽な獣人が十人ほど。

 身軽な皆さんは魔物が出てきたときの護衛と言っているが、魔物がいるかどうかは猫ちゃんとマリノアがいれば察知することができたし、俺だって魔力を探れば問題ない。

 戦闘にしたって、俺には落雷のような遠距離、触れて魔力を暴れさせて殺す近距離手段があるから、意外と死角はない。


 大森林で師匠と修行してきたのだ。

 ベドナ火山の魔物が大霊峰五合目くらいの脅威でないのだから、むしろ彼らを護衛する必要がある。

 でもまあ、彼らの経験値のために任せるのもいいだろう。

 戦闘中の身体強化のダメ出しもしてあげよう。

 弱い魔物なら、マリノアや猫ちゃんを鍛えることにも繋がる。

 獣人たちを何とかしようと決めてから、妹に会いに行くのは遠ざかるばかりだ。


「さんぽ、さんぽー♪ みんなでさんぽー♪」


 猫ちゃんがニコニコと嬉しそうに前を歩いている。

 ふりふりと尻尾も振ってご機嫌である。


「最近、アル様がお忙しいから、ミィナは一緒にお出かけできて嬉しいんですよ」

「ボンボンと打ち合わせることが多かったからね。でも夜はいつも一緒だったじゃない?」

「それと遊んでもらえることは別物なんですよ」


 マリノアが微笑んでいる。

 マリノアも尻尾を振っているので、彼女も嬉しいのかもしれない。

 なんで? 俺が一緒にいるから?

 それはちょっと自意識過剰かな。


 猫ちゃんが振り返って駆け寄ってくる。

 かと思いきや、飛びついてきて、あっという間に俺の上に登って肩車してしまった。


「アールーアールー♪ にゃんにゃんアールー♪」


 俺の頭をぐしゃぐしゃと掻き回すのに耐えつつ、マリノアを見た。


「確かに嬉しそうだけどさ」

「でしょう?」


 マリノアと苦笑を浮かべながら、機嫌のいい猫ちゃんのやりたいようにさせることにした。

 平原からベドナ火山までの間に、ずっとボンボンと開拓村のことや、獣人を故郷へ送り出す算段について、擦り合わせを行っていた。

 遊ぶ時間が減っていたのは確かだろう。

 猫ちゃんたちには陸大亀を改造して滑り台を与えていたが、それでは満足いかなかったようだ。


 火山の麓の気候は、やはり乾燥している。

 ちょっと北寄りなのか、最近は底冷えする肌寒い日が続いていた。

 時期的にもそろそろ冬が来るのだろう。

 いつも一緒に寝る猫ちゃんも、近頃寝るとき特に密着してくる。

 それ自体は歓迎なので俺も抱き返す。


 マリノアがひとり、身体を丸めて寝ているのは忍びなかった。

 そう思って俺はよくマリノアに抱き付くのだが、くっつかれることに慣れていないのか「ひゃうん!」とよく奇声を発する。

 可愛いものである。

 逃げようとするマリノアを余計に構いたくなってしまうのだ。

 ふさふさの尻尾とか触り心地がいいし。


 最近は両腕が猫ちゃんとマリノアの枕になっていて、いわゆる両手に花(蕾?)である。

 はべらしているのである。

 心も体もほかほかであった。


「魔物がいたぞ!」


 先頭を歩いていた犬系獣人が教えてくれる。

 俺たちを囲むように護衛していた獣人が一斉に武器を構え、前に出る。

 俺からしてみれば、彼らが気づく少し前から魔力反応でわかっていた。

 リザードマンやヘクサポッドスロースと同じ、中級レベルの魔物だ。


「ミノタウロスです」


 マリノアが冷静に言う。

 ミノタウロスは二足歩行だ。

 筋骨隆々といった人型の上半身に、筋肉がパンパンに詰まってそうな毛に覆われた下半身を持つ、半人半牛の魔物である。

 首から上には猛牛と呼ぶにふさわしい厳つい牛頭が乗っている。

 一体ではない。

 岩陰から続々と現れる。

 集団で狩りをする連中なのだろう。


「ぶるるぅぅぅぅぅ……」


 二十か三十はいる。

 岩を荒削りしたようなハンマーや、丸太を棍棒のように持ち、威嚇のつもりか低く唸っている。

 互いに連携している素振りはなさそうだから、知能は低そうだ。


「火山地帯に棲息する魔物です。群れを作るので、手強い相手です」


 マリノアが横合いから説明を入れてくれる。

 ミノタウロスは人族よりも体格に恵まれている。

 いかにも殴り合いが好きそうな魔物だ。

 正面からぶつかると手強いのだろう。


「ミノタウロスから取れる牛肉はとてもおいしいんだそうです」

「食べるんだよね、やっぱり」

「? 獲ったものを食べるのは当たり前ではないのですか?」


 四足歩行の野牛なら食べることに抵抗はないが、二足歩行の人型だと、躊躇はある。

 でもそれは俺だけのようで、「お肉……」じゅるりといまから涎を拭っている猫ちゃんがここに一匹。


「狩るぞ。ひとり三体だ」


 獣人たちは最初からヤル気だ。

 精々観察させてもらおう。

 己の爪であったり、剣を手にしていたり、獣人は戦い方が様々だ。

 特に肉食系獣人は爪、草食系獣人は武器といった感じか。

 体に魔力を纏うのに、ちょっとだけ準備がいる。

 気合を込めるのに似ている。

 その間に接近されないよう、俺が警戒してやる。


 五秒ほどだろうか。

 五人が防御態勢を取り、その後ろで五人が身体強化を行う。

 身体強化した五人が前に出て突撃し、その間に防御態勢の五人が身体強化を行う。

 ちゃんと教えた通りの戦術を実践できている。


 ミノタウロスたちは身体強化を行っていないものが大半。

 一番後ろにいる、一際体が大きく、赤黒い肌色のミノタウロスだけが身体強化を用いている。

 要するにこの群れのボスだろう。

 ボスの手には、冒険者から奪ったと思われる、傷だらけの大斧が握られている。


「マリノア、猫ちゃん、ふたりであいつをやってみようか」

「どれですか?」

「奥にいてふんぞり返ってる赤黒い奴」

「ああ、あれですか。いいのですか? みなさんの獲物を奪ってしまって」

「ふたりの腕を上げるために必要だからね」

「っしゃー!」


 猫ちゃんはふんふんっと鼻息荒くやる気である。

 猫パンチでシャドーボクシングしている。


「ミィナ、アル様に期待されて嬉しいみたいです」

「にゃっ!」


 拳を突き上げる猫ちゃん。

 最近とみに体育会系に傾きつつある猫ちゃん。

 俺は知的に成長してほしいんだけどなあ……。


「じゃあまずは身体強化から」

「はい!」

「んにゃっ!」


 ふたりして身体強化のために魔力を練る。

 時間にして十秒ほど。

 身体強化の継続時間は、ざっと三十秒。

 彼女らの魔力槽はまだ小さい。


 というか、獣人の魔力槽は平均してあまり大きくない。

 魔力的な一切を行わない弊害だろう。

 熊さんのような歴戦の戦士は、自然と魔力を引き出して強化の術を身に着けているが、経験の浅い獣人たちは自然に魔力を引き出すことができない。

 だから俺が訓練がてら、身体強化を教えてきた。

 今回はその実践と実戦の経験である。


 十秒は長いが、全身に魔力が行き渡っているので、及第点だろう。

 緊張や焦りから、うまく行き渡らないことも多々ある。


 猫ちゃんは気負いとは無縁だ。

 時間はかかるが無駄のない魔力である。

 逆にマリノアは見られていることがわかっているのか、ガチガチである。

 不器用なのだろうな。

 それでも猫ちゃんよりは、魔力量が多い。


「じゃあ、行こうか」

「はい!」

「にゃにゃ!」


 俺が先頭を歩いていく。

 獣人十人がほとんどのミノタウロスの足を止めているが、漏らしてこちらに殺意を向けてくるもミノもいる。

 前を塞ぐように、三体のミノが出てきた。


「ひとり一体ずつ相手にすること。猫ちゃんは拳に魔力を集めて。マリノアは爪に」

「わかりました!」

「にゃー!」


 猫ちゃんは爪と言うより、殴打タイプだ。

 爪も使うが、まだ一点集中の魔力操作ができていないので、拳全体に魔力を集めている。

 マリノアは魔力操作が優秀なので、爪で切り裂くことができる。

 ちなみに俺は、触れるだけで倒せるので、問題ない。


 歩調は変えなかった。

 ミノは知性を感じさせない凶悪な顔つきだ。

 目が真っ赤で、野性味溢れる魔物って感じだ。

 襲い掛かってくるミノに、横合いから猫ちゃんとマリノアが飛び出して相手取る。

 俺は正面、振り下ろしてきた棍棒をよく見て、半歩動いて躱す。

 そしてそのまま歩いていき、ミノの心臓部を掌で打つ。


 白目を剥いて倒れ込んできた巨体を避けて、先へ進む。

 猫ちゃんとマリノアもすぐに戻ってきた。

 猫ちゃんは拳を真っ赤に染めて、ぴっぴっと払っている。

 マリノアは襤褸切れで、爪を拭っていた。

 勇ましい義姉妹たちである。


「まず俺が一撃見舞うから、そのあとはふたりで仕留めて」

「了解です!」

「らじゃー」


 ミノの親玉が吼えた。

 他の個体より体は傷だらけで、角が片方、根元から折れている。

 そのくせ弱そうには見えない。

 暴力を体内で凝縮させているような、不気味感はある。


 正面から歩いてくる俺たちに向かって、親玉は駆け出してきた。

 大斧を滅茶苦茶に振り回す所為で、近くの木や岩が吹っ飛んでいる。

 人間の体だったら、ぐちゃぐちゃにされているだろう。

 俺は体勢を低くして、直進した。


 近づくとその大きさがわかる。

 俺の身長の三倍もある。

 頭上から覆い被さるような親玉と、一瞬ですれ違う。

 ボスミノの腕がだらりと下がり、大きな音を立てて大斧が地面に落ちた。

 右腕を右肩から破壊したのだ。

 攻撃力は、がくっと下がっただろう。


「猫ちゃん、マリノア、攻撃!」


 合図を送ると、両側からふたりが飛び出した。

 そこからはもう、岩を削るような戦いだった。

 防戦一方で、ときどき腕を振り回すミノ親玉に対し、余裕を持って回避行動を取りつつ、しっかりと拳や爪で弱らせていく。

 五分もすると、ミノ親玉が膝を突いた。

 ここがチャンスとふたりして襲い掛かる。

 しかし、ミノ親玉は落ちていた大斧を、動く左手で掴みふたりに向かって振り回した。

 腕を交差させて防御するが、吹き飛ばされる。


「んにゃ!」

「あう!」


 空中でふたりを受け止め、すぐに治療を施した。


「すみません、油断しました……」

「いたいよぉ……」

「観察力がまだまだだよ、ふたりとも。手負いの獣ほど油断しちゃダメだ」


 反撃を込みで様子を見ていたので、吹き飛ばされるふたりをキャッチすることができた。

 ふたりの傷を治したところで、反撃開始だとふたりを送り出そうとしたが、そのまま腰を抱き寄せて引き留める。

 ふたりして不審な顔を向けてくるが、構いはしない。

 猛スピードで近づいてくる凶悪な魔力に気づいてしまったのだ。


 ぴくっと猫ちゃんの耳が動く。

 マリノアもひと嗅ぎして何かを察した。

 よろよろと立ち上がったミノタウロスを、頭上から引き倒し、その首をいとも容易く食い千切った魔物。

 猿のような顔をした獅子。

 その尻尾はサソリのような棘がある。

 俺の腕の中で、ふたりは身を固くした。

 そりゃそうだろう。

 目の前に現れた魔物は、ハイ・ブーストを使っている。

 猫ちゃんやここにいる獣人では敵わない強力な魔物だ。


「あれは、マンティコラ! まずいです、危険な魔物です!」

「うぅ、ばけもの……」


 マリノアは慌て、猫ちゃんは耳を伏せながら威嚇していた。

 こういう時のために俺がいる。

 ステータスを覗いてみた。

 ハイ・ブーストを使える魔物には、やはり王の因子というスキルを持っている。

 王になる素質があるということなんだろうか?

 なら可哀想に。

 俺がここで狩ってしまうので、王にはなれないだろう。


「あれはふたりじゃ勝てないから、俺がやるよ」

「わたしたちに何かできることは……」

「熊さんがいま覚えてる途中のハイ・ブーストを使えるようになったら、手伝ってくれればいいから」


 下ろしたふたりの頭をくしゃっと撫でる。

 相変わらず獣耳の手触りは最高である。

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