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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第27話 新設の村

「ここを差別のない村にしたいのですぞ」


 そう言って両手を広げたボンボンの先には、何もない林と原っぱが広がっている。


 ひらひら飛んでいた虫を追って猫ちゃんが駆け出すと、幼い獣人たちが二十人をほど、わらわらとついていく。

 彼らが遠くへ行かないように、ミル姉さんや保護者の女性獣人も後を追った。


 そこはベドナ火山の麓だった。

 ベドナ火山から感じられる魔力の濃さは、大霊峰には劣るが、大森林に勝るとも劣らない源泉であることがわかる。

 当然魔物も、強力な奴が山に棲み付いているはずだ。

 火山の上の方は、剥き出しの黒い岩でひしめいているので、黒山と呼ぶこともできそうだ。


 平原での大宴会の後、百人に満たない獣人が離れ、自力で故郷を目指していった。

 その中に、猫ちゃんやマリノア、熊さんやミル姉さんの名前はない。

 猫ちゃんとマリノアは俺についてくる様子だし、特に望郷の思いはないらしく、熊さんとミル姉さんも村に定住することになりそうだ。


「村と言っても何もない原っぱだけど?」

「しかり。これから開拓して行くのですぞ!」


 木材が積まれているなら、ああこれからここに村ができるんだなと、期待しただろう。

 しかしそこは、本当に何もない草木の生い茂る場所なのだ。


「何年越しになるのか……」

「何年かかっても作り上げますぞ!」


 熱意を感じた。

 無駄に広い林と草原。

 近くには川が流れ、立地としては悪くない。

 地図を見たが、ここは平原と街道の真ん中に位置するベドナ火山の麓だ。火山を避けるために、街道は迂回に一日近くかかってしまっている。


 ボンボンの構想には、この村を中継地点にして、山を切り開く考えもあるのだろう。

 平原を跨いだ向こう、ライアンの領地からボンボンの領地までを結んだ時に、唯一障害になるのがこの火山だ。

 もし平原と火山を獣人たちが押さえ込むことができれば、一挙に交易路が拓けることになる。

 そこまで考えての獣人村の開拓なら大したものだと思った。


「いや、そこまで考えてなかったのですぞ! ここらは魔物が強い上、あまり人が近づかないので、獣人たちの村を作るのに悪くないと考えただけでありますぞ!」


 ああそう……。

 ボンボンの政治的手腕に期待して損した。


 果たして火山に手が加えられるのか。

 やって見なければわからない。

 それに、死火山でなく、活火山だというベドナ火山。

 噴火は怖いが、魔術が使える者がひとりでもいれば問題はないだろう。


 それよりもまず、あれを期待してもいいのだろうか。

 火山のそばにはあれがあるだろう。

 日本の心とも呼ぶべきあれ。

 そう、温泉。

 いっそ村を温泉村の観光地として発展させるのもありだ。

 夢は広がるね。


「うん、悪くないね」

「左様ですか!」


 やるなら本格的がいい。

 長居するわけではないけど、ここに俺の家を建ててもらおう。

 別荘である。

 温泉に入るためにたまに訪れる感じがちょうどいい。

 来るたびに発展した村を見られるとか、ドラ◯ンクエストか。


「しかし我輩、心配なのであります。本来なら獣人たち全員を我が屋敷の傍に家を作って住まわせたかったのですぞ。いや、いっそ我が屋敷に住まわせたいのでありますぞ」

「無理でしょうね」


 というかすでに愛人三人も囲って、何人もハーフの子供作ってる大人の言葉ではないよね。


「風当たりが強いのであります。何ゆえに彼らを嫌うのか、我輩にはわからないのでありますぞ……」


 古い慣習と、無知であることの恐怖心、それから異種族であると言う忌避感……。

 挙げればきりがない。

 師匠のときもそうだった。

 何も知らないくせに、エルフと言うだけで畏れ、武器を取ったのだ。

 他者を受け入れない者が狭量なのではない。

 なぜなら自分が狭量だということも、彼らは気づいていない。

 人は理解の一歩手前に立ち塞がる恐れから、容易に抜け出せないことを俺は知っている。

 発展していこうという者たちが、異なるものら受け入れ、親しんでいこうとしているのではないかと思う。

 向上心のない者には、新しいものを受け入れる心の許容スペースがないのだ。


 そんな風に、俺は考える。

 だから、それを胸に刻んでおこう。

 立ち止まっていてはダメだ。

 常に進むことが大事なのだと。


「まあ、あれですよ、独立するってことは身ひとつでなんとかして、他に依りかからないで立つことを言いますから。打たれ強い彼らなら援助がなくても立派に村を作って見せますよ。俺も手を加えますし」


 温泉地として立派にしなくてはならない。

 ここをテルマエ・ロマエにするのだ。

 ベドナ火山の大衆浴場。

 男女混浴……。


 なんてことだ。

 俺はまさか、天国を作り出そうとしているのではないか?

 獣人の村。

 そこに広がるパラダイス。

 ミル姉さんのばいんばいんなけしからん胸を、公然のもとに晒す日がこようとは。

 神に感謝。


 ボンボンは毒が涌きだす泉と言っていたが、それは間違いだ。

 硫黄の濃さによっては、確かに人体に悪いところもあるかもしれない。

 それでも泉質によっては、十分に入浴が可能な場所が絶対にある。

 間違いなくある。


「ただ、言い忘れていたことがありましてな」

「……なに?」

「この火山には特有の魔物が多種棲み付いていましてな、よく襲われるのでありますぞ」

「それについては大丈夫。ここは魔力が薄いから、滅多に降りてくることはないよ」


 道祖神代わりに魔封石でも祀っておこうか。

 残りの魔封石から三つくらい割いて、火山から魔物が流れてくることを押し留められるかもしれない。


「そうなのでありますか? 吾輩にはわかりませんが、アル殿が言われるのならそうなのでしょうな!」

「時間があれば一狩り行ってきてもいいし」

「頼もしいようで何よりですぞ。アル殿が教えられた獣人はみな強いのであります。できれば我輩の兵士たちにも訓練をお願いしたいのですぞ」

「えー……食指が動かないであります」

「ならば仕方がありませんな! 食指が動かんものは無理にやってもよくないのですぞ!」


 嫁のことがあるからか、トーンは気持ち高めに、ボンボンはあっさり引き下がった。

 俺が直接指導した獣人は、ブーストを習得し始めている。

 猫ちゃんやミル姉さん、マリノアも完全習得間近だ。

 熊さんに関しては、魔力槽を底上げして、ハイ・ブーストを覚えてもらう段階に来ていた。


 とりあえずボンボンは兵士を領地に戻す必要があり、俺たち獣人を残して引き上げていった。

 去り際に、


「しかし今思い出しても途轍もない落雷でありましたな。天地を操る魔導士は一騎当千と言いますが、アル殿はまさしく逸材でありますな! 我輩のお抱え魔術師になりませんか!」


 というようなことを言われたが、丁重にお断りした。

 だって面倒なんだもん。

 ボンボンも粘るつもりはないらしく、あっさり引き下がって兵を率いていった。

 しかし最後に向けた猫ちゃんとマリノアを見る物欲しそうな目はやめてほしい。

 だいたいおまえ、すでに愛人四人もいんだろ。

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