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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第22話 三国戦争

 東国軍侵攻部隊指揮官、ノコン将軍とその副官を捕えた夜――

 俺はボンボンをバックに、奴隷獣人解放の交渉を行っていた。

 熊さんによって、ふたりの人質を運んでくるが、片方はとにかくうるさかった。


「なんなのよもう! こんなことしてタダで済むと思わないでよ! こんな拘束が外れたらいっぱいいっぱい吸い取ってやるんだから!」


 ノコン将軍が縛られた状態のままくねくね叫んでいる。

 なにを? とは深く聞きたくなかった。


「やめましょう。我々は負けたのですから」

「潔すぎよあんた! 女はね、粘った方が勝つのよ!」

「……将軍、男でしょう?」

「心は乙女なんだから、もう! そんなこと言ってるとあんたから吸い取っちゃうから!」

「勘弁してくださいよ……」


 副官はげっそりしていた。

 彼の心労が思いやられる。

 ノコン将軍のいなくなった軍は大人しく、返還を待つという従順な姿勢を見せていた。

 全体を動かす指揮官が、将軍をおいて他にいないのだろう。

 上がいなくなっても問題なくこちらに攻撃態勢を向けられる軍は、優秀な指揮官がいるということだ。

 ひどいと内部分裂を起こし、まとまりなく中から崩れていく軍もあった。


 そういった意味では、ノコンの軍はまとまって落ち着いている。

 礼儀正しいと見るか、ノコン将軍に毒気を抜かれた従順な手足と見るか、難しいところだ。

 いくつもの東国軍を見てきたが、いつの間にか軍の性格のようなものまで見えるようになった。


 バックにボンボンの軍があることも大きい。

 戦闘態勢を崩さずぶつかったり、崩れて逃げ惑ったりとあったが、あっという間にボンボンの軍が制圧してしまう様子を目の当たりにしている。

 上にいるのがおデブな公爵だが、錬度は低くないのだ。


 軍と軍がぶつかれば少しは犠牲が出るが、俺の配下となった獣人は戦わせず、ボンボンの軍のみが戦闘に入った。

 それをボンボンも了承済みだ。

 まずノコン・ビルバルド将軍の副官を解放し、向こうの指揮系統を掌握する。

 次に奴隷となった獣人たちの解放が速やかに行われ、さあこちらも最後にノコン将軍を解放するだけだとなったところで、事態は急変した。


「敵襲! 北より未確認の部隊が接近中!」


 警備に配置していた獣人から注進が入った。

 俺はノコン将軍を見た。

 ノコン将軍はブンブンと首を横に振った。


「あたしの軍はあれで全部よ。自慢じゃないけどあたしの軍に勝手するやつはいないわよ。あたしがオシオキしてたら誰も逆らわなくなったからね」

「オシオキの内容は聞かないでおきます」

「あらそう? 時間があるなら手とり足とり教えてあげるわよ?」

「東軍の将軍はこんなのばっかかよ!」


 冗談を言ってられる余裕もあまりなかった。

 北から現れた謎の軍。

 一度最南端まで進み、返す刀で南部から最北部へ上がってきた俺たちにしてみれば、まだ接触したことのない軍であるはずだ。


「先頭にはドワーフ部隊! 北方国軍です!」


 まさかの三国三つ巴である。

 東国軍は、将軍の身柄を預かっており、北への戦闘態勢をほとんど取っていないこともあって、北軍への対応が遅れた。

 副官が頑張っているが、すぐに戦闘態勢を促すのは難しいだろう。

 ボンボンは自分の軍にいて抑止力となるために戦闘態勢を取っているので、すぐに動くことができた。

 だが向こうは、破壊力に長けたドワーフを先頭に置いていることから、こちらを打ち破る気満々である。


 戦闘は避けられないが、犠牲は少なくしたい。

 ならやるべきことはひとつか。

 俺は周囲を見渡した。

 猫ちゃんとマリノアはすぐ近くにいる。

 熊さんもミル姉さんもいる。


「獣人部隊に連絡。俺の合図で一気に制圧する。戦闘準備!」

「うぉぉぉぉ!」


 熊さんが吼えた。

 それだけで獣人たちの奮起を促すには十分だった。


「なんだか大変ねえ」


 熊さんに抱えられながら、簀巻きにされたノコン将軍が他人事みたいに言う。

 いや、これって国家レベルの問題じゃない? いいのかな、俺が舵取りして。

 まあいいか。なるようになるか。

 雷を落として戦意を喪失させた後に、前後の軍を壁で隔てて、獣人たちの力を借りて生け捕りにすればいい。

 よし、その手順で行こう。


 俺が前線に出て、迫る北軍を見やる。

 騎馬隊が攻めてきた時と同じような地響き。

 闇の中から聞こえてくる鉄の擦れる音。

 不気味さはこちらの方が上だ。


 鑑定を行うと、闇の中のそこら中にドワーフの名前が。

 戦士が多い。

 重戦士や破壊士なんてのもある。

 歴戦の武装集団なのがわかる。

 ちょっと脅かしたくらいで足は止まるだろうか。

 不安はあったが、殺戮するほど俺の覚悟は固まってない。

 中途半端だなとは思う。

 どうしようもないけど。


「ふぅ……はぁ……」


 深呼吸。

 近づいてくる敵の吐息すら感じられそうだ。


「“落雷”」


 夜空に手をかざす。

 ゴロゴロと音が聞こえ、指を振り下ろした瞬間に稲妻が走った。

 一瞬照らされる全貌。

 地を埋め尽くすかのようなドワーフの数。

 百や千ではすまない数だ。

 落としたところにちょうどドワーフがいた。

 打たれて悲鳴を上げて、たぶん死んだ。


「あ……やっちゃった……」


 殺人を犯してしまったことよりも、ドワーフが少しも怯んでいないところに驚いた。

 とりあえず防壁を作ろう。


「“土壁”」


 地面が揺れる。

 五メートルほどの壁を作り、ドワーフ対策……。

 すぐに土壁と接触した。

 ズシーン、ズシーン……。

 土壁を殴られている。

 あ、やばい。

 ズシーン、ズシーン……。

 壊れる。

 ドワーフの怪力舐めてたわ。


「“土壁”補強バージョン!」


 だが甘い! 俺の魔力槽はまだまだ余裕がある!


「“轟雷”」


 雷を十、二十とそこら中に落とす。

 悲鳴がそこら中で聞こえ、阿鼻叫喚だ。

 同時に土壁を何重にも作り、破壊されても押し寄せてくるドワーフを水際で押し留めていた。

 そして、足の止まった満員電車状態の頭上に、落雷を落とす。

 被害は爆発的だろう。


 もうあれだよね、ひとりもふたりも一緒だよね。

 どうせ殺した感覚はないし、いまさらだし。

 いや、そりゃあとで後悔するんだけど、いまドワーフの侵攻を止めなければ、俺の両側にいる女の子たちにも被害が出てしまう。

 手を伸ばして、猫ちゃんとマリノアの手を探した。

 触れると、ぎゅっと握り返してくれた。


 ちょっと前まではリエラ、あとファビエンヌだったその手。

 俺が守りたいものは増えていく。

 そして、そのためなら手段は選ばない。

 この世界で力を手に入れたのは、そうした大事な人を守るためだから。


「“雷王鎚”」


 とっておきの魔術だ。

 師匠のレベルには遠く及ばないが、魔力をごっそり使って生み出す、いまできる最大魔術。

 膨大な魔力を持っていかれて、師匠からもらった魔力を貯める腕輪からも、何割か吸われている。

 ゴロゴロゴロと、いままでにない規模で空が不穏になっていく。

 獣人たちがざわざわし始める。

 臭いか何かでこの魔術が危険なのを感じ取っている。


 安心してほしい。

 君たちの頭上には落とさないから。

 敵にならないかぎり。


 ピカッ、ピシャン――ッ!

 ズドンッ!


 轟雷以上の巨大な雷が落とされる。

 光に照らされて、地面にクレーターができた。

 巻き込まれた何十人ものドワーフは一瞬にして消し炭になってしまい、悲鳴を上げる間もなく死亡している。

 それが何十か所で起こっている。


 まさに虐殺。

 天の怒りとも思える。

 虐殺王アルの誕生である。

 この歴史とともに赤魔導士の名が広まるのは、ちょっと勘弁してほしい。

 北方の敵軍も動揺を隠せないようだ。

 慌てたように太鼓が打たれ、ドワーフたちが撤退していく。


 あれ? 獣人たちに合図出してなくね?

 というか土壁を作ってしまったので追撃できなくね?

 作戦ミスと見るか、こちらの犠牲なしで完勝と見るか。

 とりあえず獣人たちに合図を出して、生きている敵兵の捕獲に動いてもらった。


「西の国にはとんでもない子がいるものねえ。お手付きにしたら殺されるかしら……」


 ノコン将軍は、相変わらず熊さんの小脇に抱えられながら、感心したように呟いている。

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