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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第21話 快進撃

 翌朝から進撃を開始した。

 協力体制を敷くことを(がえ)んじ、東国軍から獣人を解放すると告げた時のボンボン公爵は、それはもう、巨体を揺すって喜んでいた。

 彼もまた、ひとりの獣人偏愛者なのだろう。

 気持ちはわからなくもない。


 ボンボンの話では、東国軍は数万の規模が六大隊ほど、合わせて十万に近い軍が個別に動いている。

 平原は広大なため、ひとところにまとまって攻めるよりは、戦上手な将軍が各個に進軍した方が敵軍との遭遇率も高い。

 大軍を組織したのも、一気に押し込んで、平原の利権を奪おうと考えているからのだ。


 西もこれに合わせて十万近い軍を出した。

 ボンボンの公爵軍は五千しかいないが、それは各貴族が領民から徴募して兵を率いているせいだ。

 東軍よりもよほど細分化しているので、ここでぶつかると押し負けかねない。


 貴族たちは連携して東軍に当たるように指示を受けていたが、各々のペースや褒賞欲しさに味方を出し抜こうと考えるせいで、足並みがほとんど揃っていない。

 敵将を討った貴族に褒賞が出るので、なんとしても東軍を打ち破りたい。

 しかし、個々の軍ではぶつかっても敗走する。

 だから自国の軍を囮に使い、自分の軍に犠牲を出さずに功だけ得ようと考えるのだ。

 踏み台となった貴族が馬鹿を見るせいで、連携などできようはずもない。


 それぞれがそれぞれのやり方で東軍を相手取るしかなかったが、まともにぶつかれば負けるのだ。

 ゆえに、戦況は東軍有利で進んでいた。

 しかも平原の北から、西軍を襲う形で北方王国が進出してきたので、西側はさらに不利になった。


 戦端が開いてからすでにふた月。

 俺はどうやら、西軍を徹底的に打ち負かした東軍の追撃途中に落ちたらしい。

 北国は雪と大地と鉄の国と呼ばれ、ドワーフが軍として参加しているという。

 落ちる場所を間違えれば、俺はドワーフと一緒に東西軍を打ち破る側に回っていたかもしれない。


 ボンボンが言うには、武具と鋼の北国軍、機動力の東国軍と呼び、西国軍にはこれといった特徴がないのだそうだ。

 それなら敗走してもしょうがない。

 一枚岩ではない上に、兵力で誇るものがないとは……。


「基本的な方針としては、公爵以外の西国軍には協力しません。北方王国軍も、今回は関係ないみたいですし、ノータッチで。遭遇したらうまく撤退しましょう」

「我輩も、それで問題ないのである!」

「東国軍は見つけ次第、攻略。犠牲の多いやり方はしません。獣人の解放が目的ですので」

「それが命題でありますな!」

「獣人の中でも奴隷であることを望む子もいるので、個々の希望に沿って解放します」

「みんな解放を望んでいるといいのである」

「強要したら東国の人間と一緒です」

「その線引きが難しいところでありますな! 解放を望んでいないように言わされている可能性も、無きにしも非ずですぞ!」

「本当のことを言っているかは獣人の誰かに見てもらえばはっきりします」

「発汗量や声の調子で心の状態を知るのが得意な子でありますな!」


 まさに嘘発見器。

 マリノアもそういうのが得意なんだそうだ。

 臭いで相手の調子がわかると言っていた。


「じゃあ、打ち合わせはこのあたりにして、行きますか。ここから三時間ほど南に行ったところに、東国軍が野営中です」

「漲ってくるのでありますぞ!」


 ボンボン公爵と協力体制を取って、東国軍を片っ端から襲っていく方針になった。

 獣人を潜り込ませたり、地下から本陣を攻めたりして、東国軍の首脳部を押さえることで、獣人解放を強要していけるだろう。


 前回と違うのは、今回からボンボン貴族の五千の軍という、見える威圧力ができたことだ。

 将軍を拉致され、その上武力で威圧することで、戦わずして利益を得ることができるはずだ。

 数も力。

 力を見せることで、無駄な争いをなくすこともある。


 こちらは獣人奴隷を解放してもらえればそれでいい。

 向こうはまだ何かあるのではと勘繰るだろうが、人質を解放して獣人を交換すると、彼らに用はないのだ。

 呆ける彼らを置いて、次の軍を探し平原を進むことになる。

 当面の作戦の変更もなく、平原を縦横無尽に駆け回り、あっという間にひと月が過ぎようとしていた。


 最初は三百だった獣人たちは、ひとつの拠点を攻めるたびに増え、五百、七百、千と一大勢力になっていった。

 平原を南下して東国軍を喰らっていく。

 途中、交戦中の軍もあったが、地面を潜って敵将を拉致。

 将軍が消えて震撼する東国軍に、矛を収めさせて交渉に持っていく。

 ボンボン公爵は、交戦中の西国軍説得に動く。


 獣人解放の後、大した要求もせずに解放。

 しかし食糧だけは半分ほどいただいていく。

 戦闘を続けられなくなった彼らは、撤退を余儀なくされる。

 西国軍は追撃をしたそうな構えだが、うまくボンボン公爵が抑えてくれた。


 このまま俺は平原の覇者を目指していくのだろうか。

 獣人王国の建国は間近か?

 はて、俺の目的ってそういえばなんだっけ? と忘れそうになる時もある。


 赤魔導士アルの名も、順調に広まっていく。

 赤魔導士アルは小人族、とかそんな噂も流れている。

 獣人の救世主なんて呼ばれているが、それは噂が独り歩きしすぎた結果だった。





 最北侵攻部隊、東国軍ノコン・ビルバルド将軍の最近の楽しみは、奴隷を的にしてナイフ投げを行うことだった。

 ヒュン、と刃物の音が鳴る。


「あああぁぁぁぁあっ!」


 続けて悲鳴が上がった。

 彼の放ったナイフは、八メートルほど距離を置いて、十字の杭に手足と首を縛り付けられた獣人の手の甲に深々と刺さる。


「ひゅう、狙い通りね」


 額にかかった髪を丁寧に撫で上げ、ノコン将軍はうっとりとする。

 獣人にはすでに、左右の二の腕、左右の大腿部にナイフが刺さり、血をだらだらと流していた。

 中央に近く、当てやすい箇所はいわば準備運動。

 次に狙うのは手と足の甲。

 さらに三投放ち、手の甲と足の甲を、寸分違わず貫いていた。


「うふふ♡」


 ノコン将軍の頭の中では、獲物の両手両足を射抜いて身動きを奪った上で、最後に額にトドメ、というイメージがはっきりと浮かんでいる。

 いままでに的にしてきた獣人も、額狙いですべて命を奪っている。


「南部を担当していたレゲロ将軍、ドネル将軍、ハーセット将軍の三軍が撤退を始めているとの報告が入っております。どのように対処いたしましょう」


 くねくねと腰を振るノコン将軍の脇には、実直そうな顔つきの副官が立っている。

 本営周辺の平原には、ノコン将軍が率いる一万五千の部隊が野営していた。

 三日前に西国軍を蹴散らしたことで、彼らには余裕が漂っていた。


「どうもこうも予定に変更はないわよ。補給線だって潰されたわけじゃなしに、なんで撤退するのか意味がわからないわね」


 ノコン将軍は腿のホルスターから手早く投げナイフを抜く。

 きらりと銀色に輝くナイフに、ノコン将軍はちゅっと口づけをする。

 ちょび髭のおっさんがくねくね、お姉言葉を使っている上にこれである。

 副官は嫌悪感を押し殺すのに必死そうな顔だった。


「これが最後の一投。どこに当たるかしらね? 心臓? 喉? それとも、うふ、額かしら?」


 獣人は怯える目で、首を振り回した。

 しかし首が荒縄で固定されているので、ほとんど動かない。


「動く的もいいものだわ。仕留め甲斐があるもの」


 ナイフの照準を合わせている。


「彼らの部隊から聞き出した手の者の話によりますと、赤魔導士アルと名乗る小人族が、獣人を解放させるためだけに我らの軍を襲っている、とのことです」

「そうなの? わざわざ獣人のために頑張るなんてご立派ね。でも残念。ここに一匹の犬っころが救われずに死んでしまうのよ」


 ナイフはノコンの手を離れた。

 獣人は目を見開き、死を覚悟した。

 しかし、そのナイフが突如として空中で消えた。


「あら?」


 声に出したのはノコン将軍である。


「あたしのナイフはどこいったの?」


 ノコン将軍はキョロキョロするが、大事なナイフはどこにも転がっていない。


「ちょっとどこやったのよ、あたしのナイフ!」

「わかりません。空中で一瞬にして消えたように見えましたが」

「なんなの? あんたなの? あんたがやったのかって聞いてるのよぉぉぉお!」


 半狂乱になって獣人に近づく。

 そのノコンが、突然消えた。

 副官が目を見開く。

 その副官も、一瞬にして消えた。

 足元の穴に。


「さてと」


 ノコンの消えた落とし穴から、赤髪の子供が這い出てきた。

 彼は驚く獣人と目を合わせるなり、にこりとほほ笑んだ。


『助けに来たよ、君たち獣人を』

『我らを? 誰だ、おまえは?』

『ちまたで噂の赤魔導士です。どうぞよろしく』

『は、はあ?』


 獣人は混乱した。

 子供は獣人語を、たどたどしいながら使いこなしている。

 獣人は半信半疑ながらも、子供から立ち上る実力を感じ取って、恐れ入った。


『別に怖がらなくても大丈夫だよ』


 少年は空気を柔らかくするためか、にこりと笑う。

 縛られた獣人に近づき、少年はナイフをおもむろに抜いていった。

 一瞬痛みが走るが、すぐになくなる。

 わけもわからず、獣人は傷口を見てみる。

 手の甲のナイフは抜かれ、体毛の合間からどくどくと流れ出ていた血も、傷もきれいさっぱりなくなっていた。


『傷を治してるから』

『なんと……』


 穴からもうひとり、小柄な少女が這い出てきた。

 獣人はすんと鼻をひくつかせる。

 どうやら猫系の獣人の少女だ。


『猫ちゃんは下で待っててって言ったじゃないの』

『や! ついてく!』

『……うーん』


 少年は頬をぽりぽりと掻いて困った様子だ。

 しかし放っておくことにしたようで、縛られた獣人の縄を火魔術で焼き切っていく。

 手足が自由になった獣人は、少年の前に傅いた。

 先ほどまで死を覚悟していたところを助けられ、その勇敢さに敬意を表したのだ。


『……我らの救世主』


 そう言われた少年は、微妙そうな顔をしていた。

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