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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第19話 獣人の歌

「友好のしるしにこれを」


 決闘を終えたいま、友好という言葉がすんなりと出てきた。

 ライアンはホモではない(たぶん)。

 最初の握手は俺をからかったのだ(と思いたい)。


 懸念を抜きに、今後の布石にライアンと親しくなっておくのは必要だった。

 東国のさらに東にあるという獣人の故郷に、解放された獣人たちが帰郷する際、誰かが国内で手引きをしないと危険だろう。

 ライアンにはその重要な役目を負ってもらえたらと思っている。


 荷物入れの中から、詰め込みっぱなしになっていた白狼の毛皮を取り出した。

 大霊峰に師匠を追いかけて五合目まで登ったときに狩った、思い出の品だ。

 あそこの魔物は本気でやばい。

 本気と書いてガチだ。


「こ、これは! スノウウルフの毛皮ではないか! こんな大層なものを受け取っていいのか?」

「俺の知り合いが東の国に行ったときに、ちょっと融通してくれるように、と思いまして」

「相変わらず強かな子供だよ、おまえは」


 ライアンは呆れつつも、恭しく毛皮を受け取る。

 確かに白狼ことスノウウルフは、ウガルルムと同じくらい強かった。

 毛並みは滑らかで、いままでにない質感である。

 カシミアを超える触り心地だ。

 氷耐性も持っている。

 俺には穴だらけだが、火にも強いウガルルムの毛皮と爪、牙がある。

 アースドラゴンの鱗や角も獣人たちから貰い受けている。

 素材のひとつやふたつ贈っても、惜しいとは思わなかった。


 猫ちゃんがウガルルムの爪を荷物からこっそりくすねて、陸大亀の背中の甲羅に壁画みたいな落書きを残していたが、高価な素材には事欠かないのだ。

 スノウウルフの毛皮はあと三匹分あるしな。


 というか猫ちゃんの手癖の悪さは、ちゃんと教育すれば消えるだろうか。

 ステータスに盗賊って入ってるんだけど、これっていつ消えるの? 不安だ……。


「大霊峰の四合目あたりの魔物の毛皮ですので、確かに貴重だとは思いますが。国と国が争っていても、個々が争う必要はないと俺は思うんです。その証にしてください」

「そうだな。遠く離れた異国の人間でも、愛を確かめ合うことはできるよな」

「ちょっと、マジでやめてくれませんか」

「冗談だ。オレがそんなことするわけないのは知っているだろう?」


 冗談だと言う割には目が怖いよ。

 そうだねと断言できるほど親しくなった覚えもないし。


「これでも妻子持ちだしな」

「お子さんいるんですか」

「ああ、愛する妻と、生意気な息子がひとりな」

「お父さんが桃になったと聞いたら、息子さんからの尊敬の眼差しはどうなりますかね」

「……言うな」


 ライアンはその後、陸大亀を追ってきた手勢の騎兵をまとめ、軍の中枢に返り咲いてあっという間に掌握してしまった。

 彼の軍は平原での遭遇戦を行うことなく撤退していった。

 後日、偵察に付けていた猫系獣人から、ライアンの軍はそのまま平原を抜け、東国領地に帰っていったと報告があった。




 奴隷獣人解放。やったー。

 しかし。

 しかしである。

 問題は解決した後にも浮上するらしい。

 数珠つなぎだ。


 獣人大好きな西国の貴族、ボンボン公爵から、他の東国軍も襲い獣人を解放しようと持ち掛けられている。

 ひとまず仲間と相談してみると言ってその場を切り抜けた俺は、マリノアや熊さんたちも交えて陸大亀の上で会議中だ。

 ここならボンボン公爵の目や耳は届かない。


「わたしは、難しいと思います。必ず成功するという保証もありませんし、折角解放されたみなさんに犠牲が出てしまいます」

「恩人、やる。おれ、やる。恩人やらない、おれも、やらない」


 マリノアは安全第一。

 熊さんは俺の意見次第。

 マリノアと熊さんの意見は割れている。

 状況を鑑みた慎重派と、頭脳労働はすべて指導者任せの肉体派だ。

 話にならない。


「この子と、同じくらい、働く、奴隷、たくさん、たくさんいる」


 ミル姉さんは、膝の上に猫ちゃんを抱えて、そんなことを言う。

 ちなみに猫ちゃんの頭の上には、重そうな二つの超乳が乗っかっている。

 俺がその位置に取って代わりたい。


「他にも猫ちゃんみたいに働かされている幼い獣人がいるのか……」


 というか解放した三百人の中に、猫ちゃんくらいの奴隷は三人いた。

 女性の獣人が面倒を見ているが、ひとりは心を閉ざして怯え切っていたし、ひとりは体中傷だらけだった。

 そしてもうひとりの子は、貴族の遊びか知らないが、目を……。

 これ以上は言いたくない。


 体の傷は治してやれるが、失ったものまでは取り戻せない。

 それに、心の傷も同様だ。

 怪我を治し、浄化してあげた際に、俺は抱き締めようとした。

 もう怖くないよと、伝えて上げたかった。

 しかし触れることさえ恐怖になっている子供に、何をしてあげられるというのか。


「奴隷の扱いって、どこも似たようなものなの?」

「……大して違いはないと思います。彼らは我々の命を大したものと思っていませんから」


 目を閉じる。悩む。

 いや、何もなければ即決であった。

 俺自身は彼らを助けるのはやぶさかではないのだ。

 放っておくなんて気持ちの良いものではない。


 子猫が道で車に轢かれているのを見ると、なんとも後味が悪いのに似ている。

 助けられたかもしれない命がそこにあるなら、俺は助けたい。

 そんな風に思ってしまったら、助けないという選択肢はない。

 しかしいまは、妹が待っている。


 簡単に考えよう。

 小さい獣人ってマジ天使。

 愛する小さな妹も天使。

 どっちも傍に置きたい。

 簡潔過ぎてちょっと不謹慎になったな。


 そんなことを考えていると、猫ちゃんと目が合う。

 ミル姉さんの膝の上から飛び出した猫ちゃんは、俺に向かってどーんとぶつかってきた。

 それを受け止めると、ひっくり返ってしまう。


 猫ちゃんは俺の頬をペロペロと舐めてくる。

 そんな猫ちゃんをぎゅっと抱きしめる。

 ああ、幸せだ。

 この幸せを守るために生きている気がする。


 リエラ、ごめんよ。お兄ちゃんは迷ってて、そっちに行けそうにないかもしれないよ。

 遠い地で待っている妹に思いを馳せて、欲望に惑わされる兄がいる。


 会議の結果、俺の決定に皆は従うということになった。

 あれ? 最初と変わってない?

 俺は頭を抱えた。


 その日の日暮れ、陸大亀から少し離れたところに野営するボンボン公爵から呼び出しがあった。

 全員で来てくれとのことだ。

 俺たちは陸大亀を下りて、ボンボンに会いに行く。


 夕暮れに彩られた平原には、ボンボンとその警護の騎士、解放した獣人たちが集まっていた。


「アル殿、今回の獣人解放の立役者となった貴殿を、彼らがお待ちかねでありますぞ」

「え?」


 ボンボン公爵が続けて、何か獣人語で声を張り上げた。

 俺は訳もわからずキョロキョロしていると、いきなり熊さんが後ろから俺を肩車した。


「うわぁ!」


 思わず声が出てしまった。恥ずかしい。


 視界が一気に広がり、獣人たちの目が俺に集まるのがわかった。

 三百人。

 途方もない人数が、一斉に目を向けてくる。

 その目は皆一様に輝いていた。


「恩人、ありがとう。みんな、助かった。みんな、ありがとう」


 俺の下にいる熊さんが片言でお礼を言った。

 もさもさした熊さんの頭と、丸い耳に触れながら、俺は平原を見渡した。

 獣人たちの一様に晴れやかな笑顔。

 拳を突き上げていたり、飛び上がったり、尻尾をぶんぶんと振っていたり、喜びを全身で表している。

 これは俺が彼らに与えたものなのか。


 猫ちゃんが熊さんの足元で飛び跳ねている。

 「あたしもあたしも!」というところか。

 虎獣人が猫ちゃんをひょいと持ち上げ、肩車した。


「ひゃはははは!」


 猫ちゃんが楽しげに笑う。


「え? わたしもですか? いや、別に……って、ひゃう!」


 横では馬系獣人にマリノアも肩車されていた。

 マリノアは俺と目が合うと、恥ずかしそうにはにかんだ。


 一様に浮かれていた。

 獣人のひとりが吼えた。

 それに合わせて、彼らは赤と紺の混じり合う夜空に向けて、一斉に吼えだした。

 あたりに包まれる獣人たちの合唱。

 俺は思わず、この光景に感動してしまった。


 猫ちゃんも可愛らしく「にゃぅぅにゃぅぅ」と鳴いていた。

 吼えていると言うより、鳴いている、というところがポイントだ。

 マリノアは恥ずかしがって、俺の目を気にして控えめに吼えている。

 熊さんが吼えたときが一番ビビった。

 大地が揺れたのかと思ったくらいだ。


「今宵は祝いましょうぞ! 獣人たちが解放された喜ばしいこの日を祝して!」


 ボンボンは、人間語と獣人語を交互に使い分けながら喋っている。

 器用なおデブだ。


 公爵軍から酒と食べ物が贈られた。

 東軍のライアンの方からも酒や食べ物が贈られていたらしく、次々に即席のテーブルに並べられる。

 どうやらすべてボンボン貴族が手配してくれたらしい。


 そのボンボン公爵は、熊さんと並んで酒をかっ食らっている。

 なんだか気安い間柄なようで、見ていて気持ちがいい。

 獣人たちが囃す中で、酒飲み大会が行われていた。

 ボンボン公爵と熊さんが並び立ち、甕の酒を同時に煽っている。

 いや、馴染みすぎだろ。


 誰かが笛を吹いた。草笛だった。馬獣人の男だった。

 その音に合わせて、猫系獣人の女性がしゅたっと篝火の前に出て、妖しく踊り出した。

 草笛の音色に合わせて、女性の羊系獣人が高く低く、声を震わせる。


 酒飲みに参加していない獣人たちは、彼女の歌声に耳を傾け、踊りに目を奪われた。

 俺もマリノアやミル姉さんと並んで、歌声を聴き、舞いを見つめていた。


 激しいのに、どこか哀しい歌だった。

 胸の奥に直接響いてくる。

 頭の中が真っ白になり、最初に浮かんできたのはリエラの顔だった。

 次に師匠と、神官父娘。

 パパジャンにセラママ。

 最後に、元の世界の両親。

 思い出さなくなって久しかったのに、不意に頭に浮かんできた。


 訳も分からず、込み上げてくるものがあった。

 朗々と平原に流れる歌声に、胸を衝かれ、心が震えた。

 どこかに行っていた猫ちゃんが戻ってきて、頬を舐めてきた。

 いつの間にか、頬が濡れていた。


 ぎゅっと、目の前に来た猫ちゃんを抱き締めた。

 会えない人間が増えた。

 そして、会いたい人間も増えた。

 その顔が浮かぶと、とても心が苦しくなった。


 人前で泣くなんて情けないが、どうしようもなかった。

 よしよしと、マリノアが頭を撫でてくれた。

 猫ちゃんが頭を擦りつけてくる。

 いまここにある温もり。

 いつの間にか、離れたくない人間まで増えた。

 彼らの歌は、大事なものを手放すなと言っているように、俺には聞こえた。

 朗々と、夜が深くなるまで、歌は続いた。

これまでのおさらい。


アル…変態野郎。鬼畜系主人公のルートにストップはかかるのか?

猫ちゃん…ことミィナ。猫をそのまま子供の姿にした感じ。自由気ままで直情主義。

マリノア…生真面目で自分をさらけ出すのが苦手。嬉しいと勝手に尻尾が振れる忠犬。おしっこをたびたび漏らす。

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