第15話 赤鎧の男
近づいてきた獣人は片っ端から意識を刈り取る。
獣人部隊を制圧するのは骨が折れた。
彼らは気配を消して、殺しにくるのだ。
俺と面識のない獣人は、俺を殺すことに躊躇いがない。
たとえ面識があっても熊さんのように、自分を傷つけてまで自分を止めようとはしない。
俺は片っ端から窒息させて無力化していった。
そして最後に、決着のつかないまま肩で息をしているふたりのもとに向かった。
猫ちゃんは全身血だらけだ。
マリノアも似たようなものだった。
やはりというべきか、猫ちゃんの全力ではマリノアに敵わないらしい。
犬と猫の対決は、体格と年齢に分がある犬が優勢だ。
猫ちゃんには今後、戦闘訓練を施す予定なので、そこそこ戦えるのがわかってひと安心だ。
最初は盗人というステータスだけだったが、いまは格闘家も付いている。
しかしステータスから盗賊は消せないものかね。
どうにかならんもんか……。
「すみません、アル様。わたしが不甲斐ないばかりに……」
マリノアは涙を流していた。
安心してほしい。
俺は獣人が命令に縛られるのを見越した上でこの作戦を立てたのだから。
マリノアの意識を刈り取ると同時に、その体を抱き留める。
「ありがとう。いまはしっかり休んで」
「……は、い」
目を閉じ、マリノアは意識を失った。
「ぶーぶー」
猫ちゃんがご不満らしい。
口を膨らませていた。
「おーよしよし。猫ちゃんもおいで」
とりあえずマリノアを地面に寝かせ、笑って両手を広げると、血だらけの猫ちゃんが飛び込んできた。
受け止めながら傷の治癒をささっと行う。
猫ちゃんの頭をよしよしよしとムツゴ〇ウさん並に撫でまくり、頬にたくさんのキスを降らせた。
猫ちゃんがもういいよと押し退けてくるまで、俺は溺愛していた。
あたりは死屍累々となっている。
ひとりも死んでいないが。
獣人部隊を制圧したところで、本隊のお出ましである。
千を超すだろう人族のみで統制された騎馬部隊。
鎧も槍も、すべて統一された軍の姿。
万を超す東国軍にしては少数だが、命令で縛った獣人と少数精鋭でこちらを鎮圧できると思っていたのだろう。
そのつもりなら、残念ながら見通しが甘すぎる。
こちらは全軍で来られたって、迎え撃つ自信がある。
そもそも陸大亀の上に乗ってしまえば向こうに攻撃の余地はないし。
攻城兵器の大弓でもあれば別だろうが、白兵戦で持ち込める物でもない。
騎馬隊だけなのは、短期決戦を狙ってのことだろう。
指揮官の性格が出る。
それらが一挙に押し寄せてくる。
大地が馬蹄で揺らいでいた。
陸大亀の上にいれば安全とはいえ、平地で向き合うとその数は圧巻だった。
人の小さな命など容易く刈り取ってしまうだろう。
さながらブレーキも踏まずに突っ込んできた数百台のトラックと、それになすすべもなく踏み潰される虫と言ったところか。
俺には対抗する力を持っているにしろ、少しの不安まではどうしようもなかった。
腹の底に響いてくる馬蹄の音はテレビの中だけのものと思っていただけあって、実物を前にしてちょっとビビった。
騎兵ひとりひとりの顔が見えるところまで来ると、俺は雲を集め雷撃を四方八方に落とした。
その様は黒い空が怒り狂っているようにも見えた。
雷に驚いた馬は足を止めて混乱し、騎兵は谷の部分であっという間に勢いを止めた。
それでも物ともせず、単騎で駆けてくる優秀な騎馬もないわけではなかった。ざっと五十騎。
その中でも一際目立つ男がいた。
全身が血のような赤だった。
真っ赤な鎧は日を浴びて輝き、兜には赤く長い尾を引く飾りが着いている。
手にまで赤い槍を持った偉丈夫だ。
彼の何がそこまで赤に拘らせるのだろう。
パラパラと駆けてくるだけだった騎馬は彼を中心にまとまりだし、一個の巨大な塊と化した。
猫ちゃんがビビって俺の後ろに隠れた。
こちらとしては、まとまってくれるならありがたい。
土魔術を駆使して五メートルはあろうかという土壁を作り出し、彼らをすっぽりとドーム上に包み込んでしまう。
向こうからしてみれば、型破りな戦法だ。
さぞ度肝を抜かれたことだろう。
何せ、自分たちの戦ができないまま終わってしまうのだから。
ドームの中に窒息の魔術をかければ、無力化はすぐだった。
ドームの中から、物音ひとつ聞こえなくなった。
俺はドームの一部を壊し、真っ暗な中から魔力が一番みなぎっている赤い槍の男を探し出した。
そいつを捕らえて連れて行こうとしたら、ヒュンと風切り音が聞こえて、咄嗟に体を引いた。
腕にちりっとした痛みが走る。
どうやら何かが腕を掠めたらしい。
だが、驚くところはそれだけではない。
ハイブーストの魔力の防御を僅かながらに突破しているのだ。
赤槍の男にはまだ意識があるようだった。
やけにしぶとい……。
「にゃっ!」
「ぐふっ!」
後ろに隠れていた猫ちゃんがすかさず飛び出して行き、赤槍の男に一発見舞ったようだ。
反撃はその後にはこなかった。
猫ちゃんは倒れた兵士から追い剥ぎを始めようとしたので止め、赤槍の偉丈夫を引きずり出して連れて行くことにした。
外に出ると、丘の向こうでも決着がついていた。
隷属から外れた獣人たちが、伏兵として貴族たちの背後から襲い掛かったのだ。
無類の強さを誇っていた騎馬隊を完封し、動揺していたところの急襲である。
他にも、雷撃で怯んだところを立て直した残り九百五十騎の騎馬隊だったが、赤槍の男が俺と猫ちゃんに足を持たれて引きずられている様を見て、対した抵抗もなく武器を捨てた。
逃げるのかと思いきや、大将が捕まっているのに自分たちだけ逃げるわけにはいかないと、一千騎はそのまま降伏したのだ。
貴族の護衛をしていた連中はあっさり尻尾を巻いて逃げようとしたのに比べると、好感が持てる。
牛系獣人のミル姉さんを筆頭にして、拘束された貴族たちが連れてこられた。
貴族がぎゃーぎゃー騒いでいる。
扱いが不当だとか、獣人に体を触らせるな汚れるとか。
うるさいので彼らの足元を沼にして、腰くらいまで浸かったところで土を固めた。
獣人たちは特に驚かなかったが、捕虜となった連中は唖然としていた。
それきり騒がなかったので効果はあったようだ。
「まず怪我人は俺のもとに連れてくるように。もちろん獣人のほうね。人族は泥でも塗り込んでおいて。それと、手の空いた無事なひとは奴隷紋の解放に回って」
「? どろ、持ってくル?」
「違うって。怪我人。ここ。他の人、奴隷紋の解放」
「???」
傍にいた犬系の獣人がきょとんとしている。
マリノアを気絶させてしまっているので、獣人たちに指示を飛ばすのに骨が折れた。
こっちの意図を伝えるのに、むしろ戦闘よりも手間取ったかもしれない。
捕虜にした貴族には、説得して奴隷紋の解放をさせた。
奴隷獣人が解放した途端襲ってくることを恐れていたが、どんなに喚いても最後には従うしかないのだ。
いまは半身が土に埋まってるしな。
一日放って置いたら、平原の魔物の餌になることは見えている。
赤槍の男を目の前に放り投げたら、あっさりと奴隷紋を解放した貴族が多かった。
それほどまでにこの男の武功が頼りになっていたのだろう。
騎馬隊の信頼も厚いので、有能な指揮官だったのだろうな。
ステータスを見てみると、確かに他の兵士とは一線を画している。
聖騎士とか称号を初めてみたよ。
まあ、矛を交える前に終わってしまったが。
こうして獣人たちのほとんどが解放され、最初に拉致したおっさん六人を合わせて、千数百に及ぶ捕虜を捕えたことになる。
さて、これから彼らの本陣へと向かうわけだが、獣人二百人足らずでは千人以上の捕虜を管理しようがなかった。
大半の兵士を素っ裸にして野に放つ方法も真剣に検討した。
たぶん陣地に辿り着く前に、何十人かは平原の魔物に襲われて死ぬだろう。
土に埋めて放っておけば、やはり魔物の餌になる。
あえて捕虜から恨みを買う必要もない。
将軍と指揮官、貴族を選び抜き、人質として手元に置いておくとして、その他の雑兵は解放することにした。
武器も持たせて、だ。
獣人たちと捕虜、俺たちは陸大亀に乗り込み、陣地を目指す。
さすがに二百人オーバーは窮屈だ。
それを呆然として見送る騎馬隊と貴族の護衛たち。
港を離れる船を呆然と見送るみたいになっている。
まとまって背後を襲ってくる気かもしれないと、野生児の熊さんなんかは警戒したが、指揮官がいない状態で戦闘を続けられるとは思えなかった。
それに始終陸大亀に乗って移動するので、攻め込まれようがない。
付いてきたところで襲撃のしようがないのだ。
夜襲を警戒すべきだという案もあったが、獣人族より優れた夜の戦闘員はいない。
そこらへんは楽観視しても問題なかった。
日も翳ってきたことだし、最終交渉は明日だな。
明日の昼には、敵陣地に到着だ。
あれ? 甘々はどこへ行った?




