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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第14話 下の下策

 敵大将、重鎮と思しきおっさんを合わせて六人、拉致することに成功した。

 さらに退却の際、隷属系の装備品を外して回った熊さんたちの活躍によって、こちらの戦力が五十強に増強されている。


 敵将を拉致し戦力増強したこちらの要求ははっきりしていた。

 戦闘奴隷の獣人全ての解放だ。

 まず、陣営にいた三百近い奴隷の奴隷紋及び、隷属具の放棄を徹底させる。

 ついでに解放された獣人たちが元飼い主を殺さないという条件は徹底させておこう。

 隷属具から解放された獣人の中には、見るに堪えない酷い有様の者もいた。

 治癒魔術で治せるならいいが、欠損は今の俺では治せないのだ。


「そんな条件をすぐに飲めると思っているのか!」

「こちらは穏便に済ますためにこの条件を出しているんです」

「なぜ従わなければならんのだ! 死にたくなければ今すぐ解放しろ!」

「我が国は奴隷を多く抱えてこそ貴族としての箔が付くのだぞ!」


 拉致して拘束した将軍たちを前に、俺は上記のような説明をした。

 そしてこの反発である。

 拉致してから夜通しかけて半日ほど移動し、いまは太陽が真上に昇っている。

 平原に拘束された彼らはなんとか立っており、俺もまた対面で彼らを見上げていた。


「そうなんですか? じゃあ奴隷と同じ目に遭わせてやりましょうか? 少しは下の身分っていうものを味わったらいかがです? 彼みたいに」


 俺は、貴族の道楽から片腕を失くした獣人の男を隣に呼び寄せた。

 獣人の彼の瞳には憎悪が宿っており、前もって止めておかなければ彼らをミンチにしそうな迫力があった。

 獣人の目を見て、白鬚を蓄えた彼らの勢いは一瞬で萎んだ。


「それをお望みなら、条件の変更を致しましょうか。こっちは貴方たちを拉致したように、彼らの主人を拉致して無理やり解放させる準備がある。現に五十名足らずの獣人をすでに解放している様を見ていただければ、こちらにそれが可能であることはお判りでしょう? あくまでこちらが今後を考えて、『頼んで』いるんですよ?」

「だったら我々を拘束した時点で終わっている」


 先ほどまで一言も喋らなかった将軍が、重々しく口を開く。


「違いますね。この事実は貴方たちが口を塞ぐことでどうとでもなります。拉致と言っても、貴方がたの陣営には見られてはいないのですから」


 要は体面の問題で、一方的に従うだけでは彼らが軍に戻った時に要職を失いかねない。

 俺や獣人たちにとってはどうでもいいが、武力だけではない交渉も必要だと考えていた。

 間接的に、解放されていない獣人たちの今後の扱いにも関わってくるからだ。


「貴方がたが奴隷と呼んでいる彼らに屈服するか、交渉という対等な立場でことを終えるかの違いですよ」


 脅しはするけどね。

 最悪なケースをちらつかせて、それよりマシだと思うケースを提示すれば、そちらに飛びついてしまう心理である。


「残念だが、交渉もできない。我々がここで命果てようとも、代わりの者が軍にはいるのでな」


 将軍はさすがに一筋縄ではいかなかった。

 このだらしない腹をした連中の中で、唯一引き締まっているように感じる。


 惜しむらくは、彼の部下たる五人が同様に覚悟を固められていないというところか。

 顔面蒼白になって、死にたくないと目が口ほどにものを言っている。


 俺は隷属の首輪をマリノアたちに持ってこさせる。

 しかも丁寧に、リードまで付いている。

 首輪をした彼らの手綱を握るのが、獣人という皮肉である。

 実際は魔封石で隷属の魔術は死んでいるので、ただの首輪だ。

 しかし実物を見せると、より実感が伴うものだ。


「待て、わかった。その条件でいい」

「おい、おまえたち――」


 将軍以外の五人がすぐに白旗を振った。

 潔いほどの保身っぷりである。


「将軍、交渉にかけてみるべきかと」

「それでも軍人か、馬鹿どもめ……」


 奴隷には重圧をかける癖に、いざ自分の身に回ってきたらあっさりと屈する堪え性の無さだ。

 将軍以外は容易く懐柔できそうだ。


「将軍、貴方だけは反対のようですが、それでは交渉はできませんよ?」


 彼は自分の幕僚に目をやるが、すぐに諦めたように目を閉じた。


「こちらも、対等な交渉を所望する」


 まあ、腐ってくれているおかげで、こちらとしても容赦なく決断を下すことができる。

 これで変に騎士道精神に殉じるような将軍みたいな奴らばかりだったら、寝覚めが悪いからな。

 手荒な真似をしないよう獣人に言付けて、彼らを連れて行ってもらう。


 そのあと俺は、熊さんや獣人の主だった者たちを呼び集めた。

 通訳にマリノアを置いている。

 ちなみに猫ちゃんは、牛系獣人のミル姉さんに面倒を任せている。

 俺の視界の範囲にいて、猫ちゃんは膝の上に抱えられながら、一緒に歌を歌っているようだ。

 おっぱいとおっぱいの間に、猫ちゃんの頭が挟み込まれている。

 う、うらやましい……。


「さて、メッセンジャーはどうしようか。彼らのひとりに裸になってもらって、本陣まで全力走をしてもらおうか」

「アル様、すごい方法を考えられますね……」

「そうかな? まあそうだよね」


 この案だと、解放されて恥辱を受けたそいつが軍を率いて、人質の生死を無視して攻撃してくる恐れがある。

 恥をかかせるということは、それ相応の恨みを買うと言うことでもある。

 人って恨みを晴らすためなら何をしでかすかわからないからなあ……。


「恩人……おれ、やる……」


 悩んでいると、熊さんが前に出てきた。


「危険だよ? 使者って大概殺されるものだし」

「危険、わかる。おれ、役、立つ」


 膨れ上がった獣人部隊。

 これをまとめるリーダー役に熊さんは自然と収まっていた。

 彼が抜けるということは、獣人部隊に少し懸念が残るが……。


「うーん……」


 俺は逡巡の後、頷いていた。

 熊さんの顔が明るくなる。

 役に立ちたいという使命感を彼は人一倍持っているようだし、それを押さえつけるのも勿体ない。


 俺は書状を持たせることにした。

 熊さんではメッセンジャーとして言語に不安があるしな。

 それに、熊さんがあっさり死ぬとも思わなかった。

 獣人の中で、いちばんに身体強化術をマスターしているのだ。

 並みの攻撃では熊さんを傷つけられないだろう。

 拭えない懸念として、熊さんの首の奴隷紋が物語っているが、いまはそれに目をつむろう。


「大丈夫ですかね? うまくいくでしょうか?」

「どうだろうな……」

「アル様にもわからないのですか?」

「わかるけど、こうなってほしいと思ってることと現実は、大抵はそぐわないものだからね」


 何かが動けと願いつつ、使者として丘を越える熊さんの背を見送った。

 こうして熊さんを筆頭に、獣人受け渡しの大任を受けて数人が使者として発った。


 四日後、その返事は実にわかりやすい形で返ってきた。

 手に手に武器を持って、使者に立った熊さんを含めた獣人部隊二百人以上の戦士が、一斉に丘を駆け下りてくる。

 狙うのは俺の首だろう。


 ミイラ取りがミイラになったみたいな? このケースはちょっと違うか。

 多分、隷属系を解除した獣人が使者に立っていたら殺されていただろう。

 奴隷紋の効果を失っていない熊さんたちを使者に立てたから、いまこうして命令によって俺に武器を向けている。

 こうなることを、ある意味で誘導したと言っていい。

 俺は背後に陸大亀を休ませ、丘の上で彼らを迎え撃つことにした。


 丘と丘の谷間から一気に駆け上がってくる獣人の中に、熊さんがいた。

 彼は涙で顔を濡らしながら吼えていた。

 命令に束縛され、自由にならない体を呪っているのだ。

 俺に迫るかという丘の途中で、熊さんの足が止まった。


「恩人……すまない……」


 熊さんが、なんと自分の両足に爪を立てていた。

 身体強化した爪で、生身の足を貫いたのだ。

 血が噴き出し、その場に膝を突いた。

 熊さんは涙を流して首を垂れる。


 ああ、そういう自分を虐める行為やめてー。

 気分が悪くなる。

 俺はここまで計算して誘導したのだ。

 良心に訴えかけられると心が痛んでしまう。


 言いたくはないが、熊さんの行為は無駄に終わる。

 熊さんを追い越して、何十と言う獣人が先鋒として突っ込んでくるからだ。


「損な役回りをさせちゃったなあ……はぁ」


 その光景に俺は……少なからず腹を立てていた。

 どこかで俺は、人はマシな種族だと思いたかったのかもしれない。

 熊さんたち獣人の使者を迎え入れ、獣人を全員解放するような気前の良さを期待したのだ。

 でも結果はこれだ。

 自分の手を汚すことを嫌い、誰かの手を汚させることに何の罪悪感も持たない連中が、獣人たちの後ろにはいる。


 人は道具を得て進化したと言うが、人は同時に便利さにかまけて大事なものを忘れてしまったようだ。

 心底、人族は腐った生き物だなと思った。


 貴族連中が向こうの丘の上に集まっていた。

 そして口々に命令を飛ばしてくる。

 使者に立っていないこちらの獣人まで、命令に縛られ従い始めた。

 隷属具から解放されていない者たちだ。

 マリノアもまた、貴族の命令によって敵対した。


「だめ、だめです……いや!」


 マリノアは魔封石を取り出し、奴隷紋に当てようとするが、手が震えて取り落としてしまう。

 マリノアは、己の意思に反して爪を剥き出しにした。

 指先を強化して、爪を伸ばすのが獣人の特技だ。

 地を蹴って接近してくる。

 俺とマリノアの間に、素早く猫ちゃんが飛び込んできた。

 猫ちゃんは拳を強化し、マリノアの攻撃を受けた。

 素早くいなし、急所に拳を突き込むが、マリノアもそれを防いだ。

 瞬きさえ惜しまれる格闘を繰り広げ、お互いに間合いを取る。


 マリノアと睨み合う猫ちゃんは、手数が少ないのか何発か体に受け、腕から血を流していた。

 訓練とは違う、本気の傷つけ合い。

 一呼吸。

 すぐにぶつかり合う。

 体格差で優っているはずのマリノアは本気になれないようだが、猫ちゃんのほうは敵意をもって攻撃されているのを感じて、毛を逆立てて本気で応戦している。


 きっと猫ちゃんは状況がわかっていないだろう。

 さっきまで仲が良かったけど、犬のお姉さんが攻撃してきた。

 だから戦う。

 猫ちゃんの頭はシンプルそうだ。


 マリノアの相手は、猫ちゃんがいれば大丈夫だろう。

 マリノアも戦闘態勢は解けないとはいえ、急所を狙うような攻撃はしないはずだ。

 俺は一種の確信を持って、状況を俯瞰している。

 この現状を予期しなかったわけではない。

 むしろ十中八九、この結果になると思っていた。

 外れてくれればいいなと薄い望みに賭けたが、結果叶わなかっただけだ。


「本当に、腐っていてくれてて感謝だけどさ、俺に失望させないでくれよな……」


 もっとエド神官みたいな人間が多くいればいいと思う。

 能無しの奴らが選んだ選択が、下の下策であることをわからせてやろう。

 いや、それよりもひどい。下下下の下策である。

 俺は静観を解いて、本気で相手にすることにした。

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