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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第13話 トンネルミッション

 俺は正面から進んでいた。

 兵士たちは混乱しており、子供や獣人奴隷なんかにいちいち構っていられないようだ。

 よく見れば、小間使いらしき子供や、従軍婦の女性が天幕から顔を出しているのを見かけた。


 さすがに本営に近づくと警備が厳重で、柵が何重にも張り巡らされて、兵士ひとりが通るにも許可を受けねばならないようだった。

 俺たちは天幕の陰にしゃがみ込み、額を突き合わせて作戦会議を練る。


 猫ちゃんは同じことをするのが楽しいのか、ニコニコしていた。

 飽きてふらふらしないとも限らないので、猫ちゃんとはがっちり手を繋いでいる。


「ここからどうするんですか? これ以上は入れないようですが」

「マリノアならどうする?」

「わたし、ですか? わたしの代案ではアル様の望むものには及ばないと思うのですが」

「わからないよー。さすがに猫ちゃんに聞く気にはなれないけど、マリノアは合理的だから期待してる」

「そ、そうですか? でしたらわたしの考えですが」


 嬉しいのか、尻尾がパタッと振られた。

 猫ちゃんがマリノアの尻尾を捕まえようと無造作に手を伸ばすが、ぎりぎりで押し留めた。

 遊んでいる暇はないのだ。

 尻尾を掴んでマリノアが奇声を上げたら、それこそ最悪な展開である。


「出会う兵士を端から倒していく。これは見つかる危険が高いのでお勧めできませんね。穴を掘って本営のそばに出る。見つからないという点において最良だと思いますが、時間がかかりすぎます。なにかを囮にして意識を逸らして侵入する。これも現実的ではないですね。すでに陸大亀がいますし。あるいはわたしたちの誰かを犠牲にすれば可能ですが。わたしの考えはこれくらいですが、どうでしょうか?」

「うん。作戦が固まったよ」

「まだ決まってなかったのですか?」

「いくつか頭にあったんだけど、マリノアのおかげでひとつに絞れったってこと」

「それは……お役に立てたなら光栄です。それで、どうするのですか?」


 俺は地面を指差す。


「地下に道を作ろう」


 ちなみに俺の考えは、空から行くか、真正面から行くか、地下から行くかの三パターンしかなかったりする。

 言わないけどね。


 土魔術を駆使すれば、地下道を作ることなど容易かった。

 土を固めて作っていくので、落盤の心配もない。

 気を付けるとすれば、地上に魔力感知のできる人間がいるとアウトということか。

 でもまあ、俺が魔力感知を行ったところでは、そこそこの魔力を持つ人間しかいなかった。

 魔術師はおらず、ほとんど武人ということだ。

 イランと同じような魔力をほとんど身体強化につぎ込むような連中で、いわゆる脳筋だ。

 魔力を操る事に長ける繊細な魔術師は少ないようだ。


「じゃあ行こうか」

「あ、は、はい」

「んにゃ!」


 足元に螺旋階段上に穴を開けて、俺が先頭で降りていく。

 面喰うマリノアと、冒険心を掻き立てている猫ちゃんが後に続く。

 三メートルほどの深さまで螺旋階段を降り切ると、そこから横穴を開けた。


 ボコボコと、掘削機のように歩調と同じスピードで掘り進めていく。

 頭上に火魔術を灯し、空気穴を時々思い出したように上に開け、本営へ向けて進んだ。


 本営の位置は、魔力探知で目星をつけてある。

 地下に潜ってもあまり魔力の気配が薄れないので、そこに向けて進めばいいだけだ。

 魔力感知さえあれば地上の様子も手に取るようにわかるので、土中を住処にする土竜の気持ちがわかるというものだ。

 土竜は蛇のような形をしており、足が退化してしまっているドラゴンで、同じドラゴンでもアースドラゴンは地上を這い回る翼の退化したドラゴンだ。

 ここ重要ね。


 俺が歩く傍からボコボコと土を道に変えるのが面白いのか、猫ちゃんはふんふん鼻歌を歌いながら先頭を歩いていた。

 道を作るのにすごく邪魔なんだけど、そうとは言えないよねー。

 土からたまに涌き出てくる虫を捕まえて、好奇心の赴くままに楽しんでいる感じだ。

 幅が俺たちの背丈よりも太い巨大なミミズの魔物を掘り当てたときはどうしようかと思ったが、火を見るなりぬるっと土の中に消えていった。

 猫ちゃんが飛び出そうとするのを間一髪で押さえられた自分を褒めてやりたい。


 対してマリノアは、尻尾がしゅんと下がっている。

 狭いところが苦手なようだ。

 それに、ミミズが現れた瞬間に、悲鳴を上げそうになっていた。

 穴の中がダメならなんで提案するかな……。

 まさか本当に採用するとは思っていなかったんだろうな。


 五分も掘り進めていくと、真上の地上がちょうど本営の天幕の位置に辿り着いた。


「じゃあ、ちょっと離れててね」


 マリノアと猫ちゃんを一歩下がらせる。

 俺は天幕の大きさを考えて、ちょっと大きめの空間を作った。

 そして、上部を脆くする。

 ボゴンと音を立てて、天井が落ちてきた。


 真上の机、椅子の配置通りに落ちてきて、まるで床が抜けて落ちてくるコントのようだと思った。

 六人のおっさんが椅子から同時にひっくり返る姿は、笑いを堪える必要があった。


「――ッ!」


 何か叫ばれる前に、窒息の魔術を使って全員気を失わせる。

 おっさんたちがバタバタと倒れた。

 見張りの兵士が気づく前に通路におっさんたちを引っ張り込み、落盤した部分を土魔術で押し上げて、できるだけ継ぎ目を直して元に戻す。

 上の連中からしたら、本部のお偉方が一瞬で消失したような錯覚を受けるだろう。

 そして誰もいなくなるのだ。ふふふ。


 俺はひとりひとりと言わず、同時に全員を消す大盤振る舞いである。

 あたかもメアリー・セレスト号の乗客全員が消失した事件のようではないか。

 違うか。 


 拉致した六人の手足を土の拘束具で固定したので、帰りはひと工夫することにした。

 土魔術で頑丈な船を作り、それに拉致した六人を合わせて全員乗り込む。

 水魔術を船の下に発生させて、地下道をウォータースライダーの様にした。

 本当はトロッコが良かった。

 地下通路にはトロッコと決まっているが、レールがなかった。

 盲点だった。

 おサルの二匹がトロッコに乗り込み、ひたすらに突き進むゲームは昔やり込んだものだ。

 いまからレールを用意すべきか。

 そこまで悩んだが、結局拉致した連中が起きても面倒なだけなので、泣く泣く諦めることになった。


 あとは侵入した証拠を消すために、背後の地下道は片っ端から崩して埋めていけばいい。

 水魔術と土魔術の同時展開だ。

 ちょっと疲れるが、これも訓練と思えば何のその。

 帰りは超特急だった。


「あははははははっ!!!!」


 猫ちゃんは真っ暗な中で、ジェットコースターのように突き進む船の先頭に立って、真っ向から風を浴びていた。

 この子には恐怖心がないのだろうか。

 でも高いところは怖がるからな。

 スピードのあるものが好きなのだろう。

 明かりの届かない暗闇にひたすら落ちていく感覚は、恐怖以外の何物でもないと思うのだが。


「いやいやいやいやぁぁぁぁぁぁぁ! かえるうぅぅぅぅ! わたしかえるうぅぅぅぅぅ! こわいこわいこわいこわいいいいぃぃぃぃぃ!」


 マリノアは恐怖で目をぎゅっと閉じ、震えながら叫んでいた。

 最初は猫ちゃんに抱き付いていたが、猫ちゃんがいちばん怖い先頭に立とうとするので、我慢できずに後ろに逃げてきた。

 しかし気を失っているおっさんに掴まるわけにもいかず、俺にひしと抱き付いて悲鳴を上げていた。


 揺れと猫ちゃんの笑い声とマリノアの悲鳴で目覚めた何人かも、暗闇に落ちていくような恐怖に早々と気を失っていた。

 マリノアの頭をよしよしと撫で、ついでに犬耳をいじりつつ、俺は正面にも土魔術で地下道を掘っていった。

 もうこのまま陸大亀の足元まで行ってしまおうという算段である。


 安全面の保障が全くないジェットコースターだったが、無事あっという間の旅を終えた。

 船を止めて、後ろに生み出した水も、土に混ぜて消してしまう。


 猫ちゃんが興奮して飛び跳ねていた。

 笑顔で俺に何かを言ってくる。

 「もっともっと!」とかそのあたりだろう。


「もうやだ! もう乗らない! こんな怖い思い、二度としないから!」


 対するマリノアは、船を下りるなり腰を抜かしてへたり込んでしまった。

 尻尾がすっかり内側に丸まってしまっている。

 背中も丸まり、しくしく泣いていた。 

 途中お漏らしをして、その処理に追われたのはマリノアの名誉のために内緒だ。


 天井に向かって、また螺旋階段を作る。

 先頭はもちろん俺だ。

 地上でどんな危険があるかもわからない。


 拉致した将軍たちを六人まとめて引きずって地上に出る。

 どうやら陸大亀の横合いに出たようだ。

 陸大亀の正面では、侵攻を止めようと駆け回る歩兵部隊が睨み合っている。

 俺たちはとりあえず、新鮮な空気を吸い込んだ。


 将軍たちを両腕に抱え、猫ちゃんを背中に乗せてから、陸大亀の上へ飛んだ。

 おっさん六人を運ぶのに三度往復し、その間に涙の跡が乾かないマリノアも上へ運ぶ。


 何千という兵士に囲まれていたというのに、陸大亀はほぼ無傷だった。

 どれだけ矢を射られようが、まったくものともしていない。

 魔力を纏わない矢では、傷ひとつ付かないのだ。


 陸大亀に魔力を流し、元来た道を戻るよう指示を出す。

 陸大亀はゆっくりと進路を変え、来た道を引き返した。

 行く手を塞いでくる兵士たちは、踏み潰さないよう風魔術で塵のように吹き飛ばした。

 それくらいでは死なないだろうが、力加減が難しい。


 本陣を抜け出すと、兵士はそれ以上追ってこなかった。

 防衛線を立て直すのでやっとだろう。

 追ってくるのは獣人奴隷だけだ。


 何もかもうまくいっているようだと、俺は思った。

 陸大亀に追いつけないとわかったのか、途中で獣人たちは切り上げて帰っていく。

 しかし、二百ほどの部隊から、五十人近くの獣人が抜け出し、なおも陸大亀に追い縋ってくる。

 その先頭には、熊さんがいた。


 彼に魔封石を持たせて一計案じたが、うまいこと嵌ったようだ。

 最初は十数人だったのに、こちらの勢力が五十人近くまで膨れ上がっている。

 ついてきているのは、隷属系の装備品から解放された獣人たちだった。

 俺は着々と戦力を手に入れている。

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