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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第12話 ライアン・レゲロ

 陸大亀の上に戻ると、心配そうな顔をしたマリノアに迎えられた。


「時間、とってもかかってました。そんなに苦戦したんですか?」

「うん、えっとね、たまたま猫ちゃんの飼い主とハチ合わせしてね、無理やり解放させてきた」

「え?」

「ほら、首のところの紋が消えてるでしょ?」


 マリノアに抱き上げた猫ちゃんの首をずいと見せる。

 夜目が利かないマリノアは、目を細めて、ぐっと近づいた。


 俺の腕の中で、猫ちゃんは大人しくしている。

 いいように転がっているなあ。

 奴隷紋を解除してからずっと大人しい。

 可愛いからいいんだけど。


「本当です……アル様は本気でわたしたちの解放を考えていらしたんですね……」

「疑ってたの? なんのためにこうして進軍してるのさ」

「わたしたちに少しでも希望を残そうとしているのだとばかり……」


 悲観的で泣けてくるなー。


「俺は口にしたことは守るさ。だから先に行っておくけど、獣人奴隷は全員解放するからね」

「……はい」


 痛みに耐えるような顔を、マリノアはした。

 それが何を思っての顔なのか、俺には手に取るようにわかった。


 東の国の強大な力を、獣人たちは信じて疑っていない。

 戦いに敗れ、奴隷となった者たちが多いのだ。

 こちらの主戦力となる熊さんも、戦って負け、奴隷になったのだから。

 希望を失っているのだ。

 俺がその希望となるか、まだ信じきれないところがあるのだろう。

 だから、俺に夢を見せてもらっているだけ、と思っている。


「見えてきたよ」


 篝火に照らされて、万の軍が布陣している様子が見えた。

 中央に守られている天幕に、この軍の将がいる。


 さすがに陸大亀の歩みは止まっていた。

 進攻を阻害するために獣人を当てられていたが、特にダメージはなかった。

 踏み潰さないように気を遣うせいで、足が止まったのだ。

 陸大亀には、無差別に襲わないように強く命令してあった。


「さて、俺はこっそり行って拉致してくるけど、猫ちゃんとマリノアはお留守番しててくれる?」


 マリノアは猫ちゃんに通訳。

 猫ちゃんはふるふると首を振った。

 猫ちゃんの方は、たとえどんな目に遭うことになろうと、ついていく姿勢は崩さないようだ。


 とてとてと近寄ってきて、背中にしがみついてくる。

 そこがまるで自分の指定席であるかのように、ムフーッと主張する。

 八歳児が八歳児を抱えるのって大変なんだけどなあ。

 体格的な意味で。


「わたしも行きたいです。ここはやることがありませんから」

「ついてきたところで飼い主がいたら終わりなんだけどね」

「それでもです。高みの見物は性に合いません」

「ご立派。忠犬の鑑」


 じゃあとばかりに、俺は荷物から慎重に、とある石を取り出した。

 肌で触れると俺自身に多大な影響があるので、布に包んである。


「これを持ってて」

「なんですか?」

「危険なお守り石」

「そうは見えませんが?」


 魔力を感じ取れないとそういうことらしい。

 俺にはいつ爆発するともしれない爆弾に見えるけどね。

 それを荷物として持っているのも疲れる。

 魔術師の鬼門、魔封石だ。

 体に刻み込まれた奴隷紋は消せないが、これから魔力を通じて下されるであろう命令を、一度か二度は遮断できるかもしれない。

 願掛けくらいの効果しかないけどね。


 それでも魔封石は貴重だ。

 元宮廷魔術師のジェイドが、自身のテリトリーを魔力無効化するために惜しみなく使っていたが、それは彼の財力がものを言っていたからだろう。

 こんなものがそこらの道端に落ちているはずもないし。


「拒絶しきれない命令を感じたら、これを奴隷紋に当てるといい。強制力が弱まったらいいなってだけだけど」


 検証はしていないので本当にお守りである。

 猫ちゃんが袖を引っ張ってきた。

 振り向くと、何か言っている。

 袖を引っ張るのを止めない。


「自分にも何かないの? と言ってます」


 マリノアのすかさずの通訳。


「……え?」


 この展開……知っている!

 デジャヴというほどでもない。

 ファビエンヌにウサギの人形をあげたら、リエラにも熱い眼差しを向けられたことを思い出す。


「んーと……」


 俺がごそごそと荷物を漁り、適当なものが見当たらなかった。

 魔封石を猫ちゃんに持たしても、猫に小判だ。

 とりあえず干し肉を猫ちゃんの口に押し込んでおいた。

 噛み噛みもぐもぐしているが、目は不満げだ。

 良い物があったら後でプレゼントしておこう。


「よし、行こうか」


 猫ちゃんがしっかり首に掴まっているのを確認し、マリノアに両手を広げてみせる。


「?」

「……?」


 マリノアが頭にはてなマークを浮かべている。

 俺はなんでマリノアが動かないのか、はてなマークを浮かべる。


「なんですか?」

「いや、下りるんだからマリノアを抱えないと」


 マリノアは、もごもごとまごついた。


「悪いですし、重いですし、迷惑ですし……」

「じゃあ置いてくね。留守番よろしく」

「あああ、行きます、行きますから!」


 マリノアは顔を赤くして近づいてきた。

 十一歳の獣人少女の体を、俺はあっさりとお姫様抱っこする。

 艶のあるもふっとした尻尾が掌をくすぐり、超気持ちいい。

 お尻の感触も程よく柔らかいし。

 役得だね。


「ひゃう!」

「あ、ごめん」


 あまり触られることに慣れていないのだろう。

 敏感に反応して体が浮き上がり、マリノアが素頓狂な声を出す。

 尻尾がパタパタ振れているから、嫌ではなさそうだ。


「ほら、首に掴まってくれないと落ちちゃうよ」


 マリノアは陸大亀から闇の広がる下界を見下ろし、ぶるっと震えた。

 そしておずおずと、首に腕を回してきた。

 猫ちゃんとは違った優しい匂いが鼻を掠め、ちょっと興奮した。


「ぶーぶー!」


 干し肉を咥えた猫ちゃんが文句を言うが、ぽんぽんと頭を撫でてやり、大人しくさせる。


「さて、いっちょ骨を折りますか」


 俺は陸大亀の上から闇の中へとダイブした。


「あー! 怖い! 怖いです!」


 マリノアの悲鳴が尾を引いていたが、気にしたら負けだ。






 本陣の重鎮たちは一様に戸惑っていた。

 それもそのはずだ。攻めてきたのは大陸種の大亀が一体。

 それだけなら討伐の扱いだが、陣営の至る所から火が上がっている。

 大陸種の大亀には何者かの意思が関与していた。


 大亀は夜行性ではない。

 万に届こうかという人族の軍団に直進してくるなんて、通常ではありえない。

 それに加え、捕食もしないし踏み潰しもしないのだ。


 襲撃だとすると、わけのわからないことが多すぎる。

 こちらを殺す意思が感じられない。

 そしてその上で、何かしらの目的があって大亀を突っ込ませてきたのだ。


「ネテル騎士爵とその取り巻きが小人族にやられたらしい。獣人を解放することを条件に命拾いしたようだが……」

「獣人?」


 ライアン=レゲロ。

 赤槍を携えた栗毛で髭面の男が眉をひそめた。

 彼はこの本陣の大将、レゲロ侯爵の息子だ。

 若くして武功を上げ、爵位を下賜されるほどの実力の持ち主であり、父ラグズ=レゲロの懐刀としても有名であった。

 無骨な武人気質で、戦場を好む変わり者としても有名だ。

 三十に届こうかという歳で、鋭気に満ち溢れている。

 先ほどまで腕を組んでいたライアンは、卓上を叩いて重鎮らに目を向けた。


「獣人奴隷はいま全部で何人いる?」

「ライアン、いまそれが軍議に持ち込むほど大事か?」


 五十歳を超える重鎮のひとりが、ライアンに厳めしい目を向ける。

 子供の戯言だと思って取り合おうとしないのだ。

 ライアンは舌打ちした。


「オレがいま、夕食の内容でも聞いたか?」

「いや……」

「いいから獣人奴隷の正確な数を調べさせろ。そいつらが一斉に蜂起したときのことを考えて動くべきだ」

「なんだ? 何を言っている?」


 父であり、大将のラグズでさえ顔をしかめた。

 情報が少ない中で、これほどまでに断言するライアンを受け入れ難いのだ。


「今回の一件の首謀者は、その小人族で間違いない」

「ライアン、情報が不足しているのに断定を――」


 ライアンは手で制し、続きを語りだす。


「先の一戦でオレたちは西の屑共を蹴散らした。その追撃に出たオレの一隊が、這う這うの体で逃げ帰ってきた。途中アースドラゴンに遭遇して応戦、突如として雷が降ってきてドラゴンを焼き殺したが、こちらにも雷が降ってきたので、武器を放り投げて丸裸で逃走したという」

「その隊の責任者は打ち首だな」


 ライアンが頷く。


「オレが始末を付けておいた。だが問題はそこじゃない。問題は獣人奴隷がひとりも戻ってきていないことだ。獣人奴隷がドラゴンの餌になったと思うより、ドラゴンを雷で殺した何者かが獣人をすべて従えたと見るべきだろう」

「ドラゴンを殺す相手が存在するとして、その者が獣人を従え、解放のためにいま攻めてきていると」

「そうだ。その可能性があるなら、忘れるべきじゃない。今回は獣人奴隷を先頭で戦わせないほうがいいな。すべて持っていかれるぞ」


 ライアンの語る仮説に、将軍ラグズや重鎮は沈黙した。

 将軍ラグズが、不意に口を開く。

 髭面は息子のライアン以上だ。


「……ライアン、おまえは外に出ていろ」

「なんだと?」


 その言葉は、すなわちおまえの言ってることは突拍子もないから誰も従わないよと言うことだ。


「夜に襲撃をかけてきたのがその何よりの証拠だろうが。獣人たちは夜目が利くが、我々は明かりがなければ何もできない――」

「ライアン君、ひとつ失念していることがあるよ」

「……なんだ?」

「夜襲は夜にやるものだよ」


 会議の場にどっと笑いが漏れた。

 夜襲は夜襲。

 それ以上でもそれ以下でもないと、ライアン以外は考えることを止めている。

 見るに堪えないほどの阿呆どもだなと、ライアンは思った。


 将軍ラグズは目を閉じて、外を指差す。

 ライアンは腹が立ったが、その拳をゆっくりと下ろした。

 これは父ラグズの幕僚である。

 ライアンの部下はここにひとりもいない。

 それを踏まえて、父は冷静になれと言外に言っているのだ。


 ライアンは大人しく作戦会議の場から退場した。

 痛い目を見ればいいという、投げやりな気持ちがそうさせた。

 彼はこの後、引き下がらなかったことを悔やむことになる。

後半の髭面のおっさんはたぶんキーパーソン。



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