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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第一部 幼年時代
7/204

第7話 パーティのお嬢

2017/6/4 新規挿入話。

ラインゴールド家にちょっと踏み込んだお話。

「そろそろ剣を振ってみる?」

「まだ早いんじゃないか?」

「でも私が五歳の頃はもう木剣を振って兄のヴァリーと遊んでたけど?」

「……義兄さんが君を恐れるわけだよ」


 両親のそのような会話の流れで、俺たち双子は木剣を渡され中庭で訓練を行うことになった。

 訓練と言っても遊びでしかない。

 痛いものに慣れることがその目的である。

 叩かれたら痛い。叩いたら相手が痛い。

 そういう当たり前のことを幼いうちから教えようというのである。


 ラインゴールド家は軍人の家系であり、パパジャンの兄弟ふたりは軍人として少なくない戦歴を築いているようだ。

 厳格で引き締まった祖父の体付きをみれば納得だし、いつも飄々とした態度のパパジャンだって昔取った杵柄というやつで、逞しい体つきをしているのだ。

 パパジャンとは異母兄弟らしく、他ふたりは祖父の正妻の子で、貴族の出世街道に乗った軍人だった。

 生まれたての頃、目つきが鋭く鷹の目のようなキリッとした男を「パパの兄さんだよ」と紹介されたことがあるが、笑うことなくとても素っ気ない様子だったのを覚えている。

 いまならその理由もなんとなくわかる。


 ママセラの家系は一般的な下級貴族で、ラインゴールド家の派閥と近しい関係のようだ。

 セラ自身が好戦的な性格をしていることもあって、淑女のたしなみを覚えるより剣を振っているほうが多く、堅苦しいのが嫌で若いうちから家を飛び出し冒険者になってしまったらしい。

 七人兄妹の六番目で三女だったこともあり、無理に嫁がされることがなかった。

 奔放な育ち方をして行動力だけは人一倍あった。

 そういった理由が重なって、貴族らしくない自由が母には与えられた、いや、自ら掴み取った。


 母の剣捌きはかっこよかった。

 剣筋の鋭さ、踏み込み、身体の滑らかさのひとつひとつに惚れ惚れするような上品さがある。

 前世では竹刀ですら一度も振る機会のなかった俺だが、母の剣術が素人目に見ても人を魅了する洗練されたものだとわかった。

 汗を流して剣を振る母を見て、リエラは嬉しそうに手を叩いた。


「パパはな、ママの剣を振る姿に惚れたんだ」

「お父様は剣を振らないのですか?」

「たしなみ程度には使えるさ。性に合ってないだけだな」


 謙遜をするパパジャンだが、こいつも曲者だった。

 剣が苦手と言いながら俺たち双子の前で披露したのは、属性魔術で強化した剣だ。

 ママセラと目を瞠る打ち合いをしながらも、決して劣ってはいないのだ。

 けれど最後の最後で押し負けると、「降参!」と両手を上げるのだった。

 なんというか、パパジャンには粘りが足りない。


 上級貴族の妾腹の子と下級貴族の三女の結婚は周囲の反対をあまり受けなかったという。

 お互いに惹かれ合って結ばれたので、貴族にとっては珍しい例だろう。

 片方貴族じゃないっぽいし。

 本来なら貴族の結婚は政略的な色が強く、ロマンスの入り込む余地はない。

 ラインゴールド家はすでに長兄が盤石なものにしていたし、母の実家のレッドローズ家も上級貴族と縁を持てるなら願ったり叶ったりだろう。

 冒険者として出会ったふたりは、互いの家が結び付きに利点を持ったために祝福されて結婚した。


 それから二日に一度は剣術の時間が設けられた。

 リエラは木剣に振り回されてコケることも多く、膝をすりむいたりしてその度に泣いた。

 俺は痛いのは嫌いなのでこんなときばかりはアルシエルに託し、リエラの剣を捌けず腕に当てられ、痛みで泣いた。

 それでもふたりは剣術を投げ出さなかった。

 娯楽がほとんどないので訓練以外にやることがなかったのもあるが、単純に両親の立ち合いが目をキラキラさせて見つめるほど格好良くて、自分もカッコいい剣士になりたい!と強く思わせたのだ。

 泣いたり打たれたりしながら、生傷を作ってふたりは稽古に励んだ。

 両親はとても楽しそうにふたりを見守った。





 仕立て人がやってきて、俺とリエラの寸法を手慣れた様子で測っていく。

 リエラはじっとしているのが不満なのかむすっとしており、ママセラやメイドたちはそれをニコニコと眺めていた。


「ママぁ、お外行っちゃダメなのぉ」

「ドレスを作らなきゃいけないの。それまで我慢して」

「なんでぇ?」

「お爺さまの誕生日におうちにたくさんのひとをお招きするからよ」

「いっぱいくるの?」

「そう。たくさんのひとがくるから、アリィとリエラは恥ずかしくない格好をしなくちゃいけないの。だからそのためにドレスを用意するのよ」


 暗かったリエラの目が少しキラキラし始めた。

 女の子らしくドレスや着飾ることが好きなのだ。

 それが丈を測られることに結びつかなくて不機嫌だったが、いまやひとに見て喜ばれるとなれば尚更テンションが上がっていた。

 おかげで動き回って採寸がかなり大変そうだが、そこはプロの仕立て屋。

 動くリエラに何を言うでもなく、測れるところから測ってメモを増やしていく。


「でも次のお爺さまの誕生日ってもっと先だよね? 参加するの初めてだよね?」

「それはねアリィ、正装を一着を仕立てるのに三か月かかるからなのよ。三か月後にはふたりはまた成長しているだろうから、こまめに測り直す必要があるわ。あと初参加なのはあなたたちがおっきくなったから」


 俺はうんざりした顔をしたのかもしれない。

 ママセラは苦笑して頭を撫でてくれた。


 それから数カ月が過ぎた。

 リエラとアルシエルのチャンバラごっこも、当たっては泣き、泣いてはやり返すという日々が続いている。

 リエラの方が筋は良いらしく、アルシエルは度々打ち負かされて泣かされることが多くなった。

 一方で、魔術の勉強の方はメキメキと上達し、つい先日、混成魔術の雷撃を生み出すことに成功した。

 と言ってもまだまだ静電気レベルだ。

 敵を麻痺させるくらいにまで威力を高めるのに更なる練習が必要になるが、手探りでも上達している実感はモチベーションを上げてくれる。


「あらー、綺麗におめかしできたわね。ふたりとも可愛いわよ」

「ママ、きれい? きれいに見える?」

「うん、リエラすっごい美人よ」

「うふふ!」


 リエラは明るい赤髪が引き立つ黄色のドレスを着ており、七五三の西洋バージョンといったところだ。

 彫りの深い目鼻立ちなのでシンデレラの方がたとえやすいか。

 お姫様にでもなったようなリエラの興奮は最高潮である。

 対する俺はぶすっとした顔である。

 計五回に及ぶ綿密な計測によって仕立てられた正装は、残念ながらちょっときつい。

 首元を何とか緩めようと指を突っ込んで引っ張るという努力を繰り返していた。


「アリィ、脱いじゃ駄目よ」

「我慢するよ……」


 髪も油で撫でつけてあるのでテカっている。

 今日が晴れ舞台なのだ。

 実を言えば、正装をしたのがこれが初めて。

 アルシエルに任せたら急に脱ぎ出すかもしれないので、今回は俺がすべて面倒をみることにした。

 だからリエラのはしゃぎようは尋常ではない。

 何度も「かわいい? かわいい?」と尋ねては、明るい反応にご機嫌である。

 俺も聞かれたので、率直に「似合ってる」とだけ返した。

 我が家の赤毛姫はそれだけでご満悦だ。


「アリィ、あなたも可愛いわよ」

「ありがと」


 ママセラは心から思って笑顔でそう言っているのだろうが、俺の晴れない心は言葉を額面通り受け取れない。

 可愛いじゃなくてかっこいいと言ってほしい、とかではない、断じて。

 いや、姿見で見た自分の姿は蝶ネクタイの似合ういいところのお坊ちゃんという感じで微笑ましいとは思うけどさ。

 面倒だな、というのが正直な感想だ。

 パパジャンの立場上、表舞台で賓客たちにお披露目するとは思えないし。

 かといってドレスを着させた以上、なにがしかの役割を持たされるわけで。


 祖父の誕生日は昼から始まり、少しずつひとが屋敷を訪れる気配が伝わってくる。

 パパジャンは祖父の護衛で朝から姿が見えず、ママセラも俺たちの着替えを見た後、慌ただしくどこかへ行ってしまった。

 ナルシェともうひとりメイドが傍にいたが、子ども部屋からは出してくれない。

 と思っていたが、突然メイドが訪ねてきた。

 ノックももどかしそうに矢継ぎ早に応対に立ったメイドへ用件を告げる。

 俺はリエラと積み木で遊びながらも耳を澄まして会話を聞いた。

 すぐ横でぺたんと女の子座りをして見守るナルシェには聞き取れていないだろう細やかな声だ。


『……旦那様のお子様たちが見えました。ここにはお嬢様が……』

『……会わせていいのかしら? 何も聞いていないのだけれど……』

『……大旦那様からはお許しが出ていて、これを機に会わせるようにと……』

『……ではこちらから……』

『……それがご自身の足で向かわれていまして、わたしはその先触れに急いで参りまして……』

『……頭の痛い話ね……』


 なにやら歓迎されていない人物が来るらしい。

 旦那様とは呼び分けの違いで、祖父の長兄に当たる伯父を指す。

 そのお嬢様ということは、俺たちの従姉であることは間違いない。


 積み木の尖城が完成ところで、突然扉が開いた。

 バンッと音が響いた衝撃に積み木の城は脆くも崩れたが、それよりも突然の来訪者は何者だと、全員の目が入り口に向く。

 そこには腰に手を当て、への字に口を引き結んだ釣り目の少女が仁王立ちしていた。

 薄桃色のマーメイドドレスを着ており、腰から下はふんわりと膨らんでいる。

 ブラウンの髪を結い上げてまとめているが、ラインゴールド家らしいウェーブした柔らかそうな髪質が前髪からこぼれている。


「あなたたちが双子の兄妹ね! わたしに付いてきなさい!」


 舌っ足らずな言葉遣いの中に、横柄さが垣間見える。

 付いていきたくねー、と内心思ったが、さっきのメイドのひそひそ話を聞く限り、あまり怒らせるのは賢いことではない気がする。

 俺は動けない周りの中でいち早く立ち上がり、トテトテと居丈高な少女の前までやってきた。

 そして慇懃に膝を折り、貴人に対する礼を恭しくこなした。

 頭をフルに回転させて彼女の名前を思い出す。

 一度パパジャンとママセラの会話で一族の名前が挙がったのだ。

 祖父はオーウェン、伯父はダズリンというように、ダズリンの三人の子どものうち、女の子はひとりだけで記憶の引っ掛かりがあったはず。

 伯父のダズリンは軍人でいくつかの勲章を授かっており、個人で爵位も持っている。

 だからか祖父の屋敷とは別に屋敷を構えていて、俺たち双子とは年に一度も顔を合わせることはない。

 俺も生まれたばかりに一度会いに来たときに一度顔を見たくらいで、リエラなど面識がないはずだ。

 その子どもたちともなると初対面であるのだが……ええと、たしか。


「お初にお目にかかります……ミラベルお嬢様。アルシエルです」

「ふん、しつけがなってるじゃない。ほら、行くわよ!」


 顔を上げると、ツンとした態度だったが、口端にご満悦の感情が見え隠れしていた。

 八歳くらいだろうか。

 ふっ、ちょろいぜ。


「あたしも行くー」


 トコトコと俺の後にリエラも付いてきて、ナルシェの付き添いもあってぞろぞろと廊下を移動する。

 ミラベルにはふたりの付き人が付いていた。

 ひとりはメイド、ひとりは執事。

 どちらも背が高く冷たい印象を受けたが、ミラベルは空気のように気にも留めていない。

 そのまま会場までまっすぐに連れて行かれ、大人たちの談笑する空間へミラベルは気負いもなく入っていった。

 メイドたちはそこまでで、ナルシェは足を止めて、頭を下げた。


「うわあ……」


 後ろよりも前に木を取られているリエラは、感嘆を漏らす。

 驚くのも無理はない。

 俺たち双子は屋敷の奥でひっそりと育てられた所為で十人以上の大人に囲まれたことがない。

 ホールに集まった着飾った大人たちの社交場は、これまでの生活から切り離されたようにキラキラと眩しく別世界だった。

 隅で演奏する楽団たちは華やかな空間に音色を添えているし、給仕たちの背筋はピンと伸びて淀みなく動き回っている。

 祖父の祝いに参列する顔ぶれは年齢的にはとても高いもので、鼻くそを礼服につけようものならどうなるか恐ろしくて想像もできない。


 ミラベルは入り口でドレスの端をちょこんとつまみ、膝を折った。

 その姿に近くにいた老紳士が柔らかい笑みを浮かべて胸に手を当てる。

 俺とリエラも習ったことをぎこちなく実践するが、やはり動きが固いのか見ている紳士淑女は微笑ましそうにしている。


「いくわよ、おチビちゃんたち」


 ミラベルは優雅に歩いていく。

 特に気負っているわけでもないのに、ツンと澄ましたミラベルは目立っていた。

 誰も遮ることなく、勝手に道を開けてミラベルの道ができている。

 大人の社交場に慣れた背筋の伸びた姿勢が、彼女の自信そのものを表している気がした。

 蝶よ花よと育てられたんだろうなあと思う。

 彼女を口々に絶賛する大人たちに囲まれ、それが当たり前のように振る舞う。

 むしろ褒め言葉は聞き飽きてつまらないとばかりに目を細めるくらいだ。

 調子づいたワガママお嬢様なのが見ていてよくわかった。

 そして、隅にいた貴族の子弟たちがミラベルに気づくなり足早に寄ってくる。

 中にはミラベルよりも明らかに年上の背の高いのもいたが、一同は主を前にした犬のように傅いた。

 ああ、逆ハーですね、わかります。


「お嬢様、今日もとてもお綺麗です」

「佇んでいるだけでこのパーティの主役になってしまいますね」

「おや、後ろの子たちは誰なんです?」


 そんな彼らの俺たち双子を見る目は厳しい。

 特に俺に対しては、笑顔を崩さないが、まったく逆の敵意をひしひしと感じた。

 出自の良いミラベルに何とか取り入ろうとする少年たちの浅ましさが透けて見えるようだ。


「従弟の双子ちゃんよ。お人形さんみたいで可愛いでしょう?」

「ええ、とっても」

「小さな従者ですね。ミラベル様を守れるのか僕には疑問ですが」

「それ、どういう意味かしら。誰が守られてるって言うの?」


 ピリッとした空気が流れたと思う。

 主にお嬢様の方から。

 失言をしてしまったと気づくも、もはや手遅れ。


「――それともなに? わたしがこんなに小さな子たちに守られないといけないように見えるのかしら? どうやらあなたはわたしの騎士にはなってくださらないみたいね」

「いえ、そんなことは……僕が命を懸けても……」

「結構よ。あなたのちっぽけな命に守られるのを想像するだけで不愉快。安心感がまったくないもの」

「あの……僕はただ、そんなチビたちよりも僕の方が……」

「さて、行きましょうか」


 何事もなく歩き出すミラベル。

 従者のように付き従う少年ふたり。

 三人目はその場に釘付けになったかのように動けない。

 ミラベルに見切られて脱落したのだ。

 いったい何のレースが開催されているのか知らないが、理不尽が横行し、誰もそれを止められないのはわかった。

 俺たちもいつの間にかそのミラベルのご機嫌取りドキドキチキンレースに出馬してしまっている。

 少年たちが何を背負ってミラベルに取り入ろうとしていたのかは知らないし知ろうとも思わないが、ご愁傷さまとしか言えない。

 そしてミラベルに付いていかなければならない己の不運にもご愁傷さまだ。


 そっと後ろを見る。

 くりくりの瞳の美形少年を言葉で圧殺してしまったお嬢の姿にどうやらリエラはビビってしまったようだ。

 そりゃさっきまでツンとお澄まししているだけの令嬢だったのに、突然般若に変貌を遂げ怒気を全身から放っていれば意味もわからず怖がるのも無理はない。

 可愛い双子の妹にしてみれば、「あのひとなんで怒ってるの? え、やだなに怖い怖い」といった心境だろう。

 そっと手を繋ぐと、リエラは俺の後ろに隠れ、安心を得るためか二の腕に掴まってきた。


「リエラ、あのお嬢様に嫌われたら僕らのお先は真っ暗かもよ」

「お部屋に戻りたいよ、お兄ちゃん」

「僕も戻りたくなってきた」


 檻のような小さな子ども部屋から早く出たいと思っていた。

 しかしいまは、メイドがいて、両親が世話を焼いてくれるあのゆりかごのような空間が無性に恋しい。


「あなたたち、来なさい」

「はい、お嬢様」


 どうやら俺ら双子はミラベルに気に入られている様子。

 彼女はお人形好きなのだろう。

 小さくて可愛らしいものが好きだから、妖精のように愛らしい俺たち双子(※メイド談)を傍に置いておきたいのかもしれない。


 会場のひときわ賑わいを見せている場所がある。

 ミラベルはまっすぐにそこを目指していた。

 近づくにつれ、父親の姿を発見した。

 今回の主役、祖父の一歩後ろに、護衛のようにマントを着て立っている。

 顔つきは逞しく、いつものへらへらした父親とはどこか違う仕事のできる男の顔つきだ。

 割と見栄えのする礼服に、精悍な顔立ち、後ろに髪を撫でつけたワイルドさが似合っている。

 彼の目が鋭くミラベルを見つけた。

 そしてその後ろの取り巻きから、俺たち双子を見つける。

 途端ににへっと笑う。

 何が面白いのか含み笑いだった。

 クソ親父めと思わなくもない。


 ミラベルはまっすぐに祖父の前に向かう。

 まるで仕込みでもあったかのように祖父の前から客人が消え、ミラベルの到着とともに流れるような挨拶に入る。


「お爺様、お誕生日おめでとうございます」

「ミラベルか。ますます美しくなるな」

「ありがとうございます。お爺様におかれましてはますますのご健勝、大慶至極に存じます」


 ドレスの端を掴んで礼を尽くす仕草も堂に入っている。

 その後ろの取り巻きは、ラインゴールドの当主を前に目を落として掌を胸に当てる貴族流の挨拶をするのが精いっぱいの様子で、お声がかかるまで動けないようだ。


「ふむ、後ろのふたりは……」

「双子のお人形さんですわ」


 お声がかかったのかと期待に顔を上げかけた少年ふたりが不憫でならない。

 祖父とミラベルは少年を通り越して俺とリエラの話を始めてしまったため、上げかけた頭を下げる羽目になっている。

 そのまま祖父とミラベルは談笑を始めてしまい、手持無沙汰になった。

 パパジャンが同じ護衛と思しき強面の男と二、三言葉を交わすと、笑顔でこっちにきた。


「リエラ、ドレス綺麗だぞ」

「うん、ありがとう……」

「こんなにたくさんのひとがいて怖くないか?」

「うん……ちょっとこわい、かも」

「そうか、お兄ちゃんに守ってもらえよ。パパもお爺様を守ってるからリエラを守ってやれないんだ。だから、リエラのことは全部お兄ちゃんに任せてるからな」

「うん」


 頭を撫でられ、リエラは嬉しそうだ。

 そして俺の頭もぐしぐしと撫でてくる。

 パパジャンの手には整髪油がべったりついたことだろう。

 手を見てちょっと顔をしかめたのを見逃さなかった。

 油べったりな手を高価そうなマントで拭うな、父よ。

 そんなパパジャンが膝を折り、俺と視線を合わせると、手を添えて誰にも聞こえないように小声で話しかけてきた。


「あの生意気なお嬢はオレの兄の娘なんだ。アリィたちの従姉に当たる子だよ」

「うん、そうだと思ったよ」

「アリィ、賢いおまえにはひとつの選択肢が用意されているんだ。あのワガママ娘ミラベルの側近になるか、というものだ。取り巻きのひとりになってミラベルと仲良くなれば、将来従姉のお姉さんに見初められて結婚できるかもしれんぞ。まぁ、ミラベルのいちばんを狙う男は多いがな」

「お父様、ちょっと」

「なんだ、息子よ」

「対抗馬には脅威を感じませんよ。ただ目的地に一番乗りしたくないんです」

「ははは、アリィは難しい言葉を知ってるな、感心感心」


 ポンポンと肩を叩いてくる。

 わかっていてスルーしやがったな、このクソ親父。


「ようするに、ぼくにはむりそうです」

「うんうん、まずはやってから言え」


 パパジャンよ、選択肢のひとつではなく、選択肢がひとつしかないのでは?

 俺も開き直って冒険者になろうかな。

 乙女ゲームじゃないんだから、並み居るイケメンを出し抜いてミラベルと添い遂げるなんて面倒極まりない。

 だって顔は可愛らしいが、釣り目が性格の悪さを物語っているもの。

 リエラを従えて肩で風を切って進むさまは悪役令嬢そのものである。

 悪役令嬢のイメージらしく金髪で縦ロールが王道だろうに、ブラウンのウェーブなのも中途半端だ。


 祖父は別の賓客と挨拶を始めると、ミラベルが戻ってきた。

 我らの女王様は次にどこへ舵を切るのかとみんな内心冷や冷やである。


「お菓子を食べるわ。国中から集めたお菓子が並んでいるのよ」


 唯一リエラだけが嬉しそうに目を輝かせた。

 男子諸君はどちらかといえば肉にありつきたいお年頃だ。

 しかしそんな不満をおくびにも出さず、「それはいいですね」「取り分けますよ」「何がおいしいのか食べ比べをしましょう」と俺を含む三人で女王様をヨイショする。

 ミラベルはリエラを横に並ばせ、強気に出ることのない少年たちを従えて料理の並ぶ一角へ歩いていった。


「……あれ、あの赤い髪の双子。片方は旦那の子でしょうけど、もう片方はどこの馬の骨の子どもかしら」


 そんな声が聞こえてきた。

 ぷすりと針で刺すような視線。

 貴婦人が扇で隠した会話の中に、自分が登場しているようだ。


「……伯爵様の次男は平民の母親だから、結局は貴族ではないのでしょう? やっぱり貴族でないとおかしな遊びに走るんじゃないかしら」

「……おかしな遊びって何よ、ふふふ」


 耳に入ってくる会話は決して気持ちの良いものではない。

 端々に嫌味が滲んでいるのがわかるのだ。


「あなたの両親のことよ」


 耳元に息を感じた。

 そちらを見れば口元を歪める心も歪んだ従姉の顔。

 近い。


「あなたの父親は貴族ではないの。妾腹……ってわかるかしら」

「……はい、一応は」

「そう、えらいのね」


 祖父の息子には変わりないが、母親が違った。

 異母兄弟というやつだ。

 ということは俺、貴族じゃないの?

 それはともかく。


「おかしな遊びというのは……?」

「双子が生まれてくるとね、母親は何人かの男から種をもらったから腹にふたりの子が宿ったんだって言われるの。そう信じられているの。双子の片方はそこにいる父親だけど、もうひとりはどんな父親なのかしらね。みんな興味あるのよ。だから、女の夜遊びってことよ。うふふ、意味わかるかしらね。今度母親に聞いてみたらいいんじゃないかしら」


 ミラベルは耳年増なのだろう。

 大人の汚い話をこの年でよく知っているとむしろ感心する。

 そして俺に優しく教えているわけではないのは、面白おかしいといった厭らしい笑みを見れば容易にわかる。

 反応を見て楽しんでいるのだろう。

 若い身空で高尚な趣味をお持ちのようだ。

 将来ろくな大人にならないのが約束されているような性根の腐り具合だった。


「言われっぱなしでいいのかしら? あのブタみたいな女の尻でも蹴飛ばしてきたら胸がすっとするんじゃなくて?」

「そう、かもしれませんね」


 それにしても、パパジャンをディスられるならまだしも、ママセラを侮辱されるのはちょっとムカつく。

 双子が生まれてくると片方は愛人の種でできている、なんて迷信が当たり前に信じられているのが驚きだ。

 俺からすると失笑ものだった。

 あのふたりの仲睦まじさを知らないくせに、根も葉もない嘘をまるで見てきたように囁き合う姿はカチンときた。

 興が乗っているのか愉快気におしゃべりを續けるマダムたちの尻に、静電気レベルの雷撃を飛ばす。


「まぁ!」

「ひゃん!」


 ブタの尻を飛び上がらせて、「何!? 何なの!?」とキョロキョロと辺りを見渡している。

 仕返しとしては十分だろう。


「あなた、魔術が使えるのね」


 ミラベルの目は、おもちゃを手に入れた子どものように無垢で、パチパチと瞬きを繰り返した。

 そして愉快そうに笑うのだ。

 正直おぞましかった。

 俺はおまえのおもちゃじゃない。

 しかし親愛なるクソパパの立場を危うくするのもしのびない。


「もっとすごい魔術を使えますよ」

「へえ、見せてくれるかしら?」

「いいですけど、ここではあれくらいで十分です。お爺様のパーティを台無しにできませんから」

「そうね、今度ね」


 ミラベルが愛おしそうに俺の頬を撫でていく。

 八歳児にして妖艶さが垣間見えるってどうなの。

 ゾクゾクと鳥肌が立ったのは内緒だ。

 どうやらこのチキンレース、俺が一歩リードしたみたいだよ。

 リエラはというと、もぐもぐと無心に口を動かしている。

 皿に取り分けたケーキを至福といった表情で食べているのがせめてもの救いだった。

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