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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第4話 獣会話教室

 ドラゴンから素材が剥ぎ取れるということで、怪我を治した獣人たちは半分に分かれて素材剥ぎを行い、残りは拠点作りに動いた。


 俺は狼系少女が目覚めるのを待って、灌木を椅子代わりにし、ゆっくり休ませてもらおう。

 地面に敷いた毛布に寝かせている狼系少女の傍に陣取る。

 他にもふたり、気を失っている。

 放って置けばいまにも死にそうな怪我を負っていたので、目覚めるのに時間がかかりそうだ。


 俺と猫ちゃんを合わせて十七人になった。

 動ける十二人は不平も漏らさず働いていた。

 獣人は働き者だ。

 きびきびと動いて、狩りに出たらあっという間にイノシシに似た魔物を仕留めて引きずってきた。

 俺が火を熾してやると、おーっと驚かれた。


「われわれ、火、でない。魔力、ない」


 片言で喋れる獣人♂が言う。

 彼らにとっては、魔術とはそういう認識らしい。

 魔術師はそれだけで尊敬されるようだ。

 ちょっと気持ちがいい。

 大の大人が小学生から尊敬の念を集めるのに似ている気がする。

 外見が小学生の俺に尊敬の念を送る大人の構図になっていて逆なんだけどね。


「でもあなた方にも魔力はあるんですよー」

「? ない」

「いや、断言しなくても……」

「?」


 使い道の違いだろう。

 魔力を放出する魔術師タイプは、残念ながら獣人にはいない。

 獣人は属性魔術が不得意なのだと師匠から聞いた。

 代わりに身体強化を得意としており、爪や腕を、岩をも貫く槍に変えることができる。


 獣人本来の強さに身体強化を上乗せするので、本来なら鉄壁を誇るハイ・ブーストにも穴を開けかねない強さを持つはずだ。

 それを当人ばかりが気づかない。

 教えてあげるべきだろうか。

 彼らが弱くないことを証明できるだろう。


 日が暮れる頃には火を三つ熾して、彼らが捌いた肉を夕食に焼き、かぶりついた。

 塩を振っているだけなのに、朝食に食べた焼いただけの鳥肉とは比較にならないくらいうまかった。

 調味料の大切さを身を持って知ったね。

 うまいものは正義である。


 ただ、大変食べにくかった。

 片手をずっと猫ちゃんが離さなかったのだ。

 ドラゴンの素材剥ぎのときには物珍しかったのか、ずっとそっちに引っ付いていたのに。

 俺はその間、治癒に専念していたこともあったのだろう。

 肉を焼き始めてからはずっと俺の横に引っ付いている。

 懐かれたか?

 悪い気はしない。

 むしろ良い気しかしない。

 良い気ってなんだ……。


 それにしても焼いている肉が気になる。

 さっき仕留めたイノシシの肉は、最初に焼いたもので全部だったはずだ。

 今焼いている肉は何だろう。

 美味しい匂いは漂っているのだが……。


 肉の焼ける匂いに反応したのか、寝ていた獣人が起き出した。

 狼系少女も例に漏れず、鼻をひくひくさせてぱっちりと目を開けた。


「○×○△」


 少女が喋る。

 俺にはわからない獣人語だ。

 生き残りのリーダー的な獣人が、起き出した獣人と何やら話を始めた。

 狼系少女も黙って話を聞いているが、ちらちらと肉の方を気にしているのはご愛嬌というやつだろうか。

 黄色い瞳に肉のマークが浮かんでそうだ。


 リーダーが笑って、俺の方を見てきた。

 許可を仰いでいるのだろうか。

 俺はなんとなく頷いた。

 リーダーはそれを見て「ありがとう」と不器用に言うと、手を仰いだ。

 他の獣人が肉と水を持ってきた。


 起き上がった獣人は、肉を喰らいながら話を聞いた。

 肉でぱんぱんに口を膨らませて、必死にモグモグしている。

 食べることに集中していてちゃんと話を聞いているのだろうか?

 野蛮とは言うまい。ワイルドと言おう。

 いや、同じか。


 最後に食べた肉が極上にうまかった。

 熟成した肉のような旨味と、とろけるようなほろほろな舌触りが最高だった。

 でもあれ、アースドラゴンの肉だよな?

 ドラゴンの肉を食べちゃったよ。


 食事を終えた彼らは、口の周りを油でテカらせながら俺の前にやってくる。

 横に座る猫ちゃんがきゅっと握る手に力を込めた。

 いや、怖いことないし。

 両手で握ると油が、ああ……。

 ベタベタが……。


「ありがとう、ございます。ドラゴン、倒してくれました」


 代表して喋っているのが狼系少女だ。

 片言が抜け切らないが、意思の疎通ができそうだ。

 ありがたい。


「こちらこそ、喋れる人に会えてよかった」


 喋れる人なら兵士とかいたけど、嘘を言いそうだから知らない。

 いなかったことにしている。

 まあ、獣人が人間語全滅だったら聞くかな、くらいには思っていたが。


「体も、きれいです。なぜ、ですか? 魔術師がいますか?」

「水魔術でね」


 指を立てて、そこに水泡を浮かべてみせる。

 それだけですべて納得である。


「ありがとうございます。たくさんの命、助かりました」

「こっちもいろいろ聞きたいことがあったから、それで五分五分ね」

「聞きたいこと、何でも答えます。命の分、なんでもします」


 何でもという甘い言葉に、男心をくすぐられない男はどうかしている。

 俺は無意識に少女の体を見た。

 それはもう本当に無意識に。

 これは男に生まれた性だな。


 ピンと立った耳は狼系の獣人を思わせる。

 他にも犬系獣人がいたが、彼らよりも尖った耳をし、目つきが鋭いので、俺は狼系だと勝手にあたりを付けているが、あながち間違いではないだろう。

 それにどこか雰囲気も洗練されている気がする。

 勝手な思い込みかもしれないけど。


 肩まで伸びる黒と白と灰色を混ぜたような毛並み? 髪? は、洗浄後だからか、艶を出していた。

 決して白髪とかではない。

 プラチナブロンドと黒髪が混ざったような独特な髪色をしている。


 腰から垂れるふさっとした尻尾も目を引いた。髪と同じ黒と白が斑に混ざり合うマーブル模様は、見ていて綺麗である。


 顔立ちは、すっと切れ長の眉と、鋭く細い目が特徴的だ。

 ピンと張った背筋と相まって、生真面目そうな雰囲気を醸し出している。

 やはり栄養不足気味なのか、手足が枝のように細い。


 年の頃は十二歳くらい。

 小学校の最上級生のような風格がある。

 ステータスを見ると、十一歳だった。

 丁寧な話口調が年齢を上に思わせるのだろうか。


 名前 / マリノア・バウガー

 種族 / 獣人族

 性別 / 女

 年齢 / 十一歳

 職業 / 奴隷、戦士見習い


 年齢的に、ちょうど俺の記憶にあるナルシェと同じくらいだ。

 ナルシェ、ナルシェかあ……。


 専属メイドも遠い昔になったものだ。

 もう三年も前になるのか。

 褐色の肌に、灰色のショート髪。

 膨らみかけの胸。

 今頃どこにいるのだろうか。

 おっぱい、成長してるだろうなあ。


 と哀愁を漂わせつつ、発達途上の狼系少女の肢体を眺める。

 獣人は基本的に無駄な肉が付いていない。

 しなやかな体躯は、スポーツマンの理想形だ。

 少女も例に漏れず、成長途中の細く薄い肉付きからでもわかる確かな筋肉と、膨らみかけのおっぱいがあるのだった。


「わたし、マリノアと言います。なんでも聞いてください。わたし答えます」


 俺の下心満載の視線など意に介さず、使命感に燃えていらっしゃる狼系マリノアさん。


「じゃあとりあえず」


 俺はかねてからの疑問をひとつ解消することにした。


「この猫ちゃんの喋ってることをこれから通訳してもらっていい?」


 マリノアは笑顔で頷いた。

 そんなのお安いご用ですと言いたげな顔だ。

 猫ちゃんに対し、マリノアが獣人語で話し掛けている。

 マリノアがひとつ頷き、俺に顔を向ける。


「自分で言うと、言っています」


 何を? と思って、俺は猫ちゃんを見た。


「ミィニャ」

「ミィナと言います」


 いや、ミィニャって聞こえるんだけど。

 というか、ステータスで見ていたから、名前は知っていた。

 そうか、向こうは知らないと思っていてもおかしくない。


「ミィニャ」


 自分を指差し、猫ちゃんはひとつ覚えのようにミィニャミィニャと繰り返す。


「そうか、ミィニャか」


 可愛いからどっちでもいいな。

 ナ行のナがニャにニャっちゃうんだよね? ありだと思います。


「違います、ミィナです」

「ミィニャだもんねー」

「ミィニャ」


 にかっと猫ちゃんが笑う。

 生真面目そうなマリノアだけが不満げだったが、見ていないことにする。


「俺はアル」


 俺は自分を指差し、名乗った。


「アル」

「ミィニャ」


 俺を指差して名前を呼び、猫ちゃんを差して名前を呼んだ。


「アル」

「ミィニャ」


 猫ちゃん改め、ミィニャが俺の名を呼び、自分の名前も呼ぶ。

 猫ちゃんが顔を綻ばせた。

 俺もなんだかほっこりして笑い返した。


「アル、アル」


 尻尾を振りながら名前を呼ぶ。

 くすぐったいんだけど、まあいいか。

 俺はいつの間にかミィニャに懐かれていたようだ。

 これ以上嬉しいことはあるまい。


 日も暮れて夜になった。

 またドームを作ってそこに潜り込んでもいいのだが、見張りもいるし何より星空がきれいだった。

 風がいくらか冷たいが、毛布をかぶれば過ごしやすい気候だ。

 ちなみに毛布は、平原の途中に打ち捨てられた馬車の中から、比較的マシなのを回収して持っていた。

 草原に寝転がって眠るのは落ち着かないだろうが、広々とした星空に、思わず落ちていきそうになる錯覚は、新鮮で面白かった。

 毛布の中には、猫ちゃんも潜り込んできている。

 マリノアも誘ったら最初は固辞されたが、お願いすると断り切れなかったのか、「失礼します……」とおずおずと、猫ちゃんを挟むように毛布に入ってきた。

 猫ちゃんはなんだか嬉しそうだ。

 毛布にくるまって、三つ並んだおにぎりみたいになっている。


 俺たちは獣人に囲まれて、夜を明かすことになった。

 夜が更けて、焚火が熾火になるまで、自己紹介とこれまでの生い立ちについて話をした。


 俺が知りたい情報や、彼ら獣人たちがひどい扱いを受けていること、その他諸々を知ることができた。

 ちなみに放っておいたら死にそうな怪我をした兵士だけは、その部分だけ怪我を治しておいた。


 俺は獣人側に立ち、人と敵対している。

 勢力的に見れば、獣人たちはヒエラルキーの底辺にいる。

 そんな彼らに加担するメリットなんかない。

 だが、虐げられている彼らを、虐げて喜ぶ性癖は俺にはなかった。

 隣の猫ちゃんを見れば、理由なんて明らかだ。

 こんなに可愛い獣っ娘を愛さないわけがない。


 兵士の監視のために、見張りが二人立っている。

 それは、彼らがこちらに危害を加えないかどうかを監視するためで、夜のうちに彼らがどこに行こうが追わないつもりだ。

 残りは方々に焚かれた焚火を囲って、思い思いに休んでる。

 寝転がる者、地面に座る者、毛繕いを始める者。


 獣人によって、体毛の有無も違った。

 猫ちゃんやマリノアは比較的体毛が少ないほうだが、鼻が獣のように尖り、全身が毛に覆われた女性もいた。

 ちょっとそこまで来ると、俺の許容範囲からは外れてしまう。

 猫耳や尻尾が生えているくらいならアリだが(むしろご馳走だが)、全身が毛に覆われ、鼻が獣のように尖っていると、ちょっと食指が動かない。

 俺には真性のケモナーの資格はないようだ。


 話の中に上がった話題だが、俺が今いる場所は西国グランドーラ王国の東端に位置する大平原だということ。

 ちょうど大平原の領有権を争って、北や東の国も含め三国が出兵している紛争地域だということ。


 獣人である彼らは、東国のオリエンス王国に従属した獣人族だった。

 彼ら獣人族が住んでいた元の地域は、オリエンス王国の更に東側になるようだ。

 オリエンス王国の侵略戦争に負け、奴隷に身分を落とされたのだ。

 彼らの辿ってきた人生も大変だな。

 人族って侵略とか好きだよな、あいかわらず。

 それはどこの世界でも変わらないようだ。


 俺が妹のリエラと再会するために目指すウィート村は、なんと王国の西端である。

 グランドーラ王国はそこそこ広いようで、長い道のりを横断しなければならない。

 いや、大平原は北寄り、大霊峰は南寄りにあるから、左斜めに下っていくことになるのか。

 俺は王国を斜めに横断して、村に戻らなければならないのだ。

 二か月ちょっとで辿り着くだろうか。


 それを話したら彼らにとても同情された。

 彼らは突然紛争地域に転移してきたという俺を疑わないのかね?

 聞けば、「魔術師、すごいです。だから、わたしたち信じます。アル様は嘘言う目、違います」とのことだ。

 それならそれで余計な言葉を省けて楽だ。


 彼ら獣人は、人より直感が冴えているところがあるらしい。

 嘘発見器ではないが、会話の真偽を、そこに込められた感情から判断するのだ。

 言葉を多く必要としないのは楽だが、そのせいで種族全体が口下手になっていたら笑える。


 それにしてもアル様とは俺のことか。

 様づけか。殿様かと。

 それが彼らなりの礼のつもりらしかった。

 話は方々に渡り、眠くなったら、俺たちは焚火の周りに思い思いに眠った。


 猫ちゃんがうとうとして寄りかかってきたので、俺は腕枕をしてやり、頭を撫でながら一緒に眠った。

 猫ちゃんの向こう側で、恐縮し切っていたマリノアも目がとろんとしていた。

 良い匂いのする抱き枕があるって、幸せなことだなとしんみり思った。

 猫ちゃんの髪に顔を埋め、俺もゆっくりと意識を手放した。


 朝日が昇ると共に目覚め、俺は伸びをして起きる。

 早起きと思うかもしれないが、遮るもののないせいで、眩しくて寝ていられないのだ。

 隣では猫ちゃんが毛布から這い出て、「くぅあぁぁぁ」と大きな欠伸をしている。


 早朝、ひんやりした空気が漂っている。

 獣人たちは交代で見張りをしていたらしく、俺と猫ちゃんとマリノアは、どうやらゆっくり朝まで寝ていたらしい。


「おはよう、猫ちゃん。よく眠ったねえ」

「アル、○×▽□」


 アルと言ったのはわかったが、その後が聞き取れない。

 挨拶くらい仕込むべきか。

 お互いに単語を覚えていけば、いずれ話せるようになるだろう。


「おはようございます」


 マリノアも寝ぼけ眼をこすりながら、俺にわかる言葉と、猫ちゃんにわかる獣人語のふたつで挨拶した。

 それを真似て、俺も挨拶してみた。


『おはよう』


 猫ちゃんとマリノアはびっくりしていた。

 次の瞬間、顔を見合わせて笑われた。


「えっと、なにかおかしかった?」

「ええ、ちょっと、発音が」


 猫ちゃんは腹を抱えて転げ回っている。

 そんなにおかしかったのだろうか……。

 わからない。

 俺にはツボがわからないよ……。


 朝食も豪快なドラゴンステーキだった。

 胃もたれしそうだ。

 食べないという選択肢はないけどな。

 朝から獣のように食らいつく、というダイナミックさが必要とされた。

 パンが食べたい。

 パンにハム挟むニダ。


「猫ちゃん、ドラゴンの肉おいしい?」

『〇×□△』

「なんて言ってるの?」


 マリノアに確認する。


「もっと食べたい、だそうです」

「まだ食べてる途中じゃん。食いしん坊だな」

「そうですね」


 マリノアが猫ちゃんを見て微笑んだ。


「猫ちゃん、これはドラゴンの肉って言うんだよ。ドラゴン」

『○×□×』


 頼んでいないが、マリノアが通訳してくれる。


「どらごん」


 猫ちゃんが可愛らしく言った。


「食べたい」

「たべたい」


 俺の発音をなんとなく真似している。


「ドラゴン食べたい」

「どらごんたーたい」

「ドラゴン食べたい」

「どらごんたべたい」


 発音をうまく真似ている。


「聞いた、マリノア。猫ちゃんが末恐ろしいことを言ってるよ」

「アル様が言わせました」

「お腹が空いたらドラゴンを食べればいいじゃない」

「そんなこと、できるわけありません」


 マリノアが呆れたような顔をする。

 冗談が通じないタイプのようだ。

 猫ちゃんはしばらく「どらごんたべたい」と連呼していた。

 ちょっぴり和んだ。 

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