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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第1話 猫ちゃん拾いました

よくわかる解説~

 主人公は転生者で、成長して魔術師になった。

 悪い魔術師と戦ってどこかに飛ばされた。

 魔術の師匠のエルフと双子の妹リエラとは離れ離れになった。

 ここどこ?←いまここ

 目覚めると同時に、腐った死体が目の前にあった。


 体は転移の影響か、荒野に転がって指一本動かせない。

 しかも鼻を突くような異臭が漂っている。

 くちゃい。勘弁してほしい。


 プロウ村で師匠に妹を託し、俺ひとりが別のどこかに飛ばされたようだ。

 同じように、魔術師ジェイドとイランもどこかに飛んだのだろうか。


 目を閉じる。

 風が冷えていた。

 雨期のようなプロウ村からは随分と気候が違った。


 考え事をしていると、ふいにごそごそと体をまさぐられる感触があった。

 試しに首を動かしてみると、引き攣る痛みがあるが、少し動く。


 顔を上げると、猫耳の幼女と目が合った。

 俺が動いた拍子に頭の耳がぴくっと動いたから、体の一部なのだ。

 これがいわゆる獣人か。

 俺は衝撃に打たれていた。


「…………」

「…………」

「……なにしてんの」

「!」


 ボロを着た猫耳の幼女は驚いて、慌てて背を見せて逃げて行く。

 猫耳幼女の尻尾が揺れ、目を引かれているうちに、その背中に矢が立った。


「……は?」


 獣人幼女はそのままぱたりと倒れ、起き上がらない。


「え? え? ウソでしょ?」


 何が何だかわからないまま、軋む体を起こして、ふらふらと獣人の幼女に駆け寄る。

 ひゅんと風を切って、矢が雨のように降ってきた。

 それを凌ぐために、土魔術で半円のドームを作る。

 魔力を使おうとすると、神経にピリッと痛みが走る。

 だが、耐えられないほどではない。


 獣人幼女の手当てを治癒魔術で施すが、矢には毒が塗ってあるらしく、傷口から入った毒が体内の魔力を乱していた。

 苦手な解毒を使わねばならない。


 矢は絶えず降り続けている。

 四方八方から、呻くような声がする。

 獣人幼女のほかにも、生きてうろついているものはいたらしい。

 射撃しているのは、草がまばらに生えただけの丘の上にいる集団だった。

 武装しているが、統一感はない。

 野盗の類だろう。

 このままだと俺まで襲われかねない。


 半円だったドームを、二人がすっぽり入るように改造した。

 矢が土の厚みを貫通できないほどに分厚くし、攻撃されてもびくともしないような頑強さにしておく。


 さて、オペを始めようか。

 猫耳さんの体を横にする。

 片手を傷口に、もう片方を血液の流れを感じられるように獣人幼女の体に触れて、心臓に向けて動かしていく。

 磁石と砂鉄を想像してもらえばいい。


 俺の手はいわば磁力を持った磁石。

 血液中に広がりつつある毒素を一か所に引き寄せ、的確に傷口に誘導して体外に排出させる。

 体内の魔力を乱す毒だけを分けて集めるのは、かなり集中力を要した。

 本調子ではないから尚更である。


 ゆっくりと、しかし確実に、肌の上を滑らせていく。

 やがて胸の上に辿り着く。

 膨らみはないが柔らかな感触。

 俺はロリコンではないが、先見の明を持つ紳士である。

 たわわに実るだろう十年後を期待して揉むのだ。

 いや、揉んでばかりもいられない。


 心臓に達した手を、来た道返すように進んでいく。

 取りこぼしのひとつもないように、神経を研ぎ澄ます。

 やがて傷口から、濁って黒ずんだ血が、たらりと垂れる鼻水のように流れ出てきた。

 量は大したことない。

 しかし人間を殺すのなら十分だ。


 獣人の体の作りが人と比べて頑丈なのかは知らないが、放っておけばまぁ無難に死んでただろう。

 念のため幼女の至る所に触れたが、エロ目的ではない。

 命がかかっているのだ!

 傷口もついでに癒して塞ぎ、触診を終える。


 大事にならないことを確認すると、俺は深いため息をついた。

 飛ばされた土地で、人が呆気なく死ぬのを見せられるとか、勘弁してほしい。

 それが、夢にまで見た獣人なら、尚のことである。

 それにしても、ここはどこだろう?

 帰り道はどっちだ?

 とりあえずこの幼女が目覚めたら聞いてみればいいか。


 俺は獣人幼女を観察してみた。

 灰色に青みがかった綺麗な色に、パーマのかかった髪をしている。

 いわゆる猫っ毛というやつだ。

 三角にツンと尖った耳と、ゆらりと動くしなやかな尻尾が、少女がネコ科の獣人だということを物語っている。


 おミミ、やぁらかそうだなぁ。

 はむはむしたいなぁ。

 ペロペロはまだダメだ。

 くんかくんかならいいだろうか?

 うん、それくらいならいいよね。

 ではいただきます。

 くんく……、うっ――


「うおぉええぇぇぇ…………」


 ゲロゲロと地面に吐いた。

 臭かった。

 女の子のかぐわしい匂いを想像していた。

 手近なところで神官少女さんとかの匂いだ。

 ちょっと汗臭くても許容範囲だった。

 予想に反して屋根なし段ボール生活を送る人の臭いがした。

 そこに男女差はないようだ。

 こうばしくも酸っぱくて、ツンと鼻の奥を刺激する臭いだ。


「おぅ、無常……」


 あまりに予想に反していたので、胃がひっくり返った。

 猫耳ペロペロは幻だったのだ。

 神は死んだ。


「世知辛い……」


 立ち直るまでに一分ほど費やし、その場に膝をついていた。

 起き上がるついでに、自分の吐いた物を土魔術で地面に埋めた。

 問答無用で眠っている猫を洗濯した。

 水魔術のシャワーと火魔術の乾燥機を同時併用だ。

 服はボロだが、水魔術の手にかかれば余裕だ。

 汚れ落としによって清潔感を取り戻すことには成功した。

 裸足だが、獣人は靴いらずなのだろうか。

 それとも靴が買えないほど貧乏なのだろうか。


 しかし、くんかくんかする気分ではなくなった。

 トラウマである。

 この心の傷は何かの拍子に癒されない限り一生残り続けるだろう。

 甘く眠りに落ちる寸前でジャーマンスープレックスを喰らい、訳もわからず眠気が吹っ飛んだ心境である。


 寝耳に水だ。

 心に手痛い傷を負った。

 女の子は無条件でいい匂いがするなんて幻想だったのだ。

 うんちもするし、げっぷやおならだってぷっぷーとするのだ。

 俺は現実を知り、また一歩大人に近づいた。


 猫ちゃんはすぐに目を開いた。

 パッチリと瞬きをすると、ふぎゅっと体を伸ばした。

 仕草は申し分なく可愛いじゃないか。


 トラウマは一瞬で洗われ、撫で繰り回したい発作に襲われた。

 襲われた瞬間に猫ちゃんを襲っていた。

 ふぎゃっと鳴き、爪を立てて暴れた。

 おーよしよし、と宥めてやる。


「○×ッ! △○□△ッ!!」


 猫ちゃんは喋ったが、言語がわからなかった……。


「あれ? 俺の言葉わかる?」


 声を掛けるが尚も暴れ回る。

 俺が赤ちゃんの時覚えた言語が通じない。

 もしや共通言語ではないのか?

 言うなれば王国語をマスターしたに過ぎないのだろうか。


 いまも猫ちゃんは喚いている。

 離せこのやろー、といったところか。

 暴れるので、ふわっと柔軟剤を使ったような猫耳が頬をくすぐりこそばゆい。

 もっとぎゅーっとしたくなった。

 というかもう、すでにしてた。


 暴れる猫ちゃんをがっちりホールド。

 いくら爪を立てようが、ハイ・ブーストで強化された肌に傷ひとつ付きはしない。

 後ろから羽交い締めにして股の間にすっぽりと収めているので、猫ちゃんの心臓が背中を通じてバクバクバクバクッともの凄いビートを刻んでいるのが伝わってくる。


 しばらくすると、猫ちゃんがくたりと動かなくなった。

 さっきまでぎゃーぎゃー聞き慣れない言語で喚いていたが、ついにその反抗心を挫くことに成功したようだ。

 いや、狙ってやってるわけじゃなかったけどね。


 上下する肩も、荒い呼吸もダイレクトに伝わってくる。

 ビクビクと動く猫耳をかぷっと噛むと、またぎゃーぎゃー暴れ出した。

 弄繰り回すのが楽しくて、俺は猫ちゃんを撫で回し、ときにはむはむし、くんくんし、ペロペロした。


「……はっ!」


 俺は正気に返った。

 どれくらい猫ちゃんを弄んでいただろうか。

 降参のつもりかにゃーにゃーと弱々しく鳴き、無抵抗でされるがままとなったあたりまでは記憶にあるのだが……。

 見下ろすと、さめざめと泣いている子猫ちゃんの耳の穴を舐めようとしているところで我に返ったようだ。


「おーよしよし」


 今更ながら頭を撫でる。

 優しく包むようなハグ。

 猫ちゃんをたっぷり満喫したので、俺の肌はすべすべだ。

 逆に猫ちゃんの毛は逆立ち、撫で繰り回したので髪の毛もボサボサだ。

 ストレスで十円ハゲができたらどうしよう。


 でもな、何かを試そうってときにはどうしたって危険が伴うんだぜ。

 獣人の良さを俺が知るために、猫ちゃんは犠牲になったのだ。

 獣人とはかくありき。


 せめてストレスにならないように撫でて毛づくろいしてやろう。

 それから小一時間、丁寧に猫ちゃんを転がした。

 優しく喉を撫でているのが気持ちよかったのか、はたまた暴れ回って体力が底を尽きたのか、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。


 ようやく落ち着き、思考をする頭が戻ってきた。

 猫耳幼女とのコミュニケーションは麻薬だな。

 見れば八歳の俺より幼いかもしれない猫耳幼女である。

 体は細くガリガリで、ろくなものを食べてなさそうだ。


 そういえば、ドーム型の外の様子も気になる。

 ここはどうやら、つい数日前まで戦争の真っ只中であったようだし。

 進行形で戦争をやってるところに落ちなくてよかったとつくづく思う。

 双方が引き下がったか、どちらか片方が押し込んで戦場が別の場所に移ったのかもしれない。


 猫ちゃんは戦場で金品を漁る火事場泥棒ってやつだ。

 猫ちゃんの首には、ぐるりと一周して首輪のように奴隷紋が浮かんでいる。


 ステータスを見ると、やはりというか、なんというか。

 奴隷の文字。

 盗賊も付いているが、火事場泥棒だからだろうか。


 奴隷ということは主人がいるというわけで、猫ちゃんの首に刻まれた奴隷紋を通じて、主人に命じられて金品漁りをさせられている感が強い。

 獣人は身体能力に優れていると師匠は言っていたが、猫ちゃんは幼すぎるので戦闘にはまだ早い。

 出してもあっさり死んでしまうだろう。

 だから火事場泥棒をさせていたか。

 戦闘系の職業は見習いすらついていないしな。


 まさか流れ矢が飛んでくるとは思わなかった。

 集団で死体を漁る集団がいるのだろう。

 そういった連中は、息がある者に止めを刺して回っているに違いない。


 矢が当たるとは運のない猫ちゃんだな。

 危機感もなく車道をぽてぽてと歩いていて、車に轢かれた子猫くらいの哀れさだ。

 治癒魔術を覚えておいてよかった。


 その猫ちゃんからは言葉が通じない以上、いまの状況を聞けそうにないし、どうしたものか。

 兵士の生き残りでも探すか。

 しかしさっきの連中が通った後で、生き残りを探すのは難しそうだ。


 静かなものだが、時々獣の遠吠えや悲鳴が聞こえてくる。

 子供がひとりで出歩くには過酷な土地だろう。


 こんなボロを着て戦場を歩き回ることの意味がわからないわけではない。

 猫ちゃんは奴隷で、こういった何が起こるかもわからない死地に送られるほど命の価値が低いということだ。

 死人の装備品を剥いで集め、主人に渡すことが仕事なんて、ひどい話だ。

 自分も小間使いという名の奴隷でバイオレンスの道を通ってきたからか、親近感を覚える。


 奴隷に暴力を振るう主人も最低だが、死んでも構わないような使い方をする主人にも腹が立つ。

 こんな可愛い子猫ちゃんを死なせるなんてトチ狂っているとしか思えない。


 俺が主人なら、常に膝の上に乗せていつでも撫で回せるようにしておく。

 まるでお人形さんだ。

 でもちゃんと心の通った状態でなければ意味がない。

 時々主人である俺の頬をペロペロ舐めてきたり、胸に頭を擦り付けてきたり、可愛い仕草をしてこその猫ちゃんである。


 どうしよう。

 この猫ちゃんに愛着が湧いてしまった。

 なんだか放っておくとすぐに死んでしまいそうだし。

 流れ矢の傷以外にも無数に怪我をしていたのだ。

 歩き回るだけで相当辛かったに違いない。


 可愛いおへそを見ようとルンルン気分で服をぺろんと捲ってみたら、脇腹に紫色に腫れる内出血痕を見て一気に頭が冷えたのだ。

 肋骨が折れて内臓を傷つけているような悲惨な色だった。


 このまま放っておいたとしよう。

 さっきみたいに戦場をウロウロして流れ矢に当たって命を落としかねない。

 あるいは内臓の怪我が悪化して、あっさり死んでしまったかもしれない。


 いまは大人しく俺の腕の中でくぅくぅ丸まって眠っているが、起き出したら素直に俺の言うことを聞くとも思えない。

 そもそも首に奴隷紋があるので、行動を制限されているだろう。

 一緒に逃げることはできない。

 じゃあどうするか。

 猫ちゃんの主人を殺っちゃうか。

 安易だが手っ取り早い。


 しかし、寄り道している時間はあまりなさそうだ。

 リエラや師匠と合流しなければ。

 一番の目的はそれだと思える。

 自分と同じように何処かに飛ばされているなら、魔力を追って地道に探すしかない。


 しかしここはどこだ。

 明らかに気候が違う。

 空気が乾いている。

 陽が陰ってくると寒くなりそうだ。

 村の方は雨期で、日本の梅雨ほどではないがジメジメしていた。

 そうなるとここは東京から北海道くらいの距離は離れているということか?


 もっと近くが良かった。

 近くといって大霊峰山頂付近に落とされたら、一瞬でゲームオーバーだ。

 それは困る。

 生きてるだけでもマシだったのか?

 命あっての物種か。


 考えに耽っていると、鼻先を甘い匂いが掠めた。

 猫ちゃんを抱き締めていたから、ちょっと汗ばんできたのかもしれない。

 猫ちゃんの体臭は悪くない。

 さっきのような吐き気を催すようなことはなかった。

 ちょっと獣っぽい野生的な匂いが混じりつつも、ちゃんと女の子の匂いがした。


 俺はもしかしたら匂いフェチかもしれない……。

 いや、匂いフェチならどんな匂いもバッチこいなのか?

 さっきのアレもか?

 いや、無理です。

 フェチ道の入り口に立ったに過ぎませんでした、すみません。


 しかしこの歳(精神年齢三十代)になって、自分の性癖に気づくなんて驚愕である。

 人は日々探究し続けるのだ。

 そう思うことにしよう。


 猫ちゃんの頭に顔を埋める。

 興奮というよりは、心安らぐ匂いだ。

 いま何時だろう。

 村にいた時は雨雲に隠れて日の高さはわからなかったが、だいたい夕方だった。

 それからしばらく経っているから、そろそろ夜かもしれない。


 腹が空いたが、夜に歩き回る気はない。

 水魔術で喉を潤し、猫ちゃんを抱き枕に眠ることにした。

 リエラが側にいないことで、パニックにならなくてよかった。

 こっちに飛ばされた直後、目覚めたばかりで猫ちゃんが死にかけるから、そちらに意識を取られたのだ。

 俺は冷静だ。

 大丈夫、リエラに会える。


 猫ちゃんを抱きながら眠りについた。

 ちなみに鑑定でステータスを見たところ、猫ちゃんの名前はミィナという名前らしい。


 獣人のメス。八歳、奴隷である。

 これからミィナと呼ぼうか。

 俺はすぅすぅ眠る猫ちゃんを眺めた。

 やっぱり名前より猫ちゃんと呼ぶほうがしっくりくるな。

第2部登場人物紹介第1弾


 名前 / ミィナ・クーガー

 種族 / 獣人族

 性別 / 女

 年齢 / 八歳

 職業 / 奴隷、盗賊

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