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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第一部 幼年時代
57/204

第57話 師匠VS先生

 世の中には特殊な鉱石がある。

 魔力を溜めこむ性質のある魔法銀、逆に魔力を一切遮断する魔封石。

 今回は後者の魔封石を加工してプロウ村をすっぽり包むように魔力を消失させた可能性が高いと、ニシェルは踏んでいた。


 エルフのニシェル=ニシェスは知らないが、こうした魔石はかなり高額で取引されている。

 産出量が絶対的に少なく、物によっては拳大の石ころひとつで立派な一軒家が立つほどの価格になることもある。

 そういった経緯もあり、長い年月を生きてきたニシェルにしても、魔封石の効果を見るのは二度目だった。


 一度目は金持ちの貴族がニシェルを騙して捕らえようとした時で、親切心に騙されて危うく奴隷に落ちるところだった。

 魔封石でできた腕輪を嵌められて、一生意に沿わない生活を送るかもしれなかったのだ。

 油断があったニシェルにも落ち度はあったが、それを笑い話にできるほどまだ開き直れていない。

 もう六十年も前の話だと言うのに……。

 それ以来、人族を苦手としているニシェルだが、弟子のアルだけは信頼できた。


 エルフは元来疑うことを知らないのんびりとした性格である。

 聖地を護るためとあらば修羅にもなるが、通常運転では人の良い田舎者という認識で間違いない。

 それに加え、身内意識は高い。

 一族の掟で、外からの交流を一切断っている。

 そのせいか、閉鎖的で余所者を受け入れないタイプと思われがちだが、世知辛い世間を知ったニシェルから言わせれば、赤子の純朴さも同然だった。


 聖地から出たエルフは世を知り、反動か拒絶的になったりもする。

 そんな自分が弟子のために、身内のために行動している。

 

 人は変わるもの。

 エルフが変わるのには長い年月を必要としそうだが。

 プロウ村のどこかに魔封石が設置されているのは、アルと話していて予想がついた。

 それを探すためにニシェルは動くつもりだった。


「さて、どうしたものかの……」


 エルフは発想力に乏しい種族だ。

 あるものをあるがままに受け入れ、この世のありとあらゆる知識を溜めこんでいるが、その有用活用ができない。

 アルはそんなエルフ族を指して図書館だと言った。

 図書館がどういうものかを聞いて、ニシェルは妙に納得したものだ。


 村の外側から魔力が遮断されている断面沿いに歩いてみる。

 角になっている部分に何か埋まってるかもよとアルが言っていたのを思い出す。

 断面に接してみると、魔力が途切れ、力がなくなる感覚に襲われた。

 エルフ全般には苦手な感覚だ。

 両腕両足を拘束されるに等しい。

 断面に触れないように魔術を使って地面を掘ってみた。

 ニシェルの腰まで埋まるくらいまで掘ると、無機質の石が発掘された。


 魔術が石に触れた瞬間、魔力を吸い取られるのを感じた。

 これを素手で触ることはできそうにない。

 火に入れられた石を素手で持てと言っているようなものだ。

 さて、どうする。

 汚れるのは嫌だが弓を使おう。

 弓の先端をうまく使って、持ち上げる。

 それを空中に放り投げ、素早く一矢放つ。

 石は粉々に砕け、あたりに散らばった。


 障壁として存在した角の部分が消えて、消失部分のみ削られた。

 おそらく石を基点として魔力消失地帯が形成されており、六角形が五角形になるように基点を潰していくことで、効果範囲を狭めることができるのだろう。


「地道にやるしかないのかのう……」

「それには及ばないよ~」


 ニシェルが途方に暮れていたときに、どこかから声がかかった。


「やあ」


 魔力のないあちら側から笑いかけてくるのは、痩身で青白い顔をした青年だった。

 きっと魔術師なのだろう。

 遮断されているので魔力を感じないが、フードや目の冷たさからそう判断できる。


「僕の名前はジェイド。しがない魔術師だよ」

「これは失礼。わしはニシェル=ニシェスと申す」

「僕のお庭に何か用かな?」

「わしからは直接的な用はないな。わしの弟子がおまえさんに並々ならぬ怒りを覚えているのでのう」

「そうなんだ。村ひとつ潰してしまったことかな? それは申し訳ないことをしてしまったね」

「謝っているみたいだが、謝罪の念が露ほども感じられないのう」

「そうかもね。村人がいくら死のうがどうでもいいからね」

「人にしては歪んでいるのう。だから人から恨みを買うのじゃな」

「そういうエルフさんは弟子の恨みに付き合って僕を殺すのが目的かな?」

「自覚があるのは殊勝じゃな。開き直っておるのが減点じゃ」

「来るなら来ればいいよ。僕の得意魔術は転移。僕の魔術の前では、エルフがいくら魔術に優れていても関係ないからね」


 青年は挑発的ににやりと嗤う。

 エルフがこの空間を苦手にしていると見て、余裕があるのだろう。


「では、気兼ねなく参ろうぞ」


 弓に矢を番えて、ニシェルは素早く三矢放った。


「おほうっ!」


 青年はくねくねっと気持ち悪い動きをした。

 刺さったと思ったが、身体が映像の様にぶれ、右手三メートルほど移動して立っていた。

 飛び退いたわけではない。

 一瞬で移動したのだ。

 魔術かと思ったが、魔力は感じなかった。


 ふざけた避け方だが、反応速度はそれなりに高いようだ。

 それか、無意識でも発動する類の魔術か。

 矢に纏った風魔術は魔力消失の壁を通り抜けるときに削ぎ落ちるようで、一瞬だけ止まったような錯覚を受けた。

 それに速度が遅くなったように感じる。

 それで反応する余裕を与えてしまったのかもしれない。


 魔力が通じなくとも武力だってそれなりにあるつもりだが、目の前の魔術師はそれで勝てるかわからないくらいには、強い。

 魔力消失地帯にいるはずなのに、回避行動に転移を使っているし。

 それもそうかと思い直す。

 魔力を遮断しておいて自分がそれに足元を掬われるような阿呆なら、アルだけで倒せる。

 目の前にいるのは、もっと面倒くさくて癖のある人物に違いなかった。


「いきなり弓矢とはひどいね!」

「参ると前置きしたじゃろ」

「そうだっけ? “押し潰す万力の巨塊よ。大地より出でし頑強なる腕よ”」


 詠唱は早かった。

 どこからともなく岩が飛んできた。

 両腕を広げてもまだ幅のある巨岩だ。

 ニシェルは慌ててその場を飛び退いた。

 飛び退いた先に風が渦巻いていた。

 刃のような氷が煌めいている。

 ニシェルは咄嗟に豪火を生み出して蹴散らす。

 魔術合戦が唐突に開始された。


 息もつかせぬ一方的な攻撃をニシェルは防ぐので精いっぱいだった。

 ニシェル側からは魔術をいくら放とうが、壁があって通じない。

 しかし、ジェイドの方はどうやっているのか、こちら側に魔術を行使することはできるらしい。

 折を見て矢で反撃するが、そのことごとくは避けられてしまう。

 自ら回避することもあれば、当たったと思っても転移で避けられていたりしている。


 長引けば長引くほど、地形が変わっていった。

 炎の沼、氷の針山、底の見えない落とし穴、暴風吹き荒れる台風。

 林がことごとく消え去っていた。


「さすがエルフ。魔術で相手すると勝てる気がしないねえ」

「こちらはわしの攻撃が通る気がせんのう」

「エルフさんがちょこっと立ちっぱなしでいてくれれば決着がつくんだけどね」

「わしの方が狩りに来たのじゃがのう」


 なんというか、肩の力を抜いてくれる相手だ。

 アルの様に飄々としている。

 ニシェルは動き回りつつ、魔封石を探した。

 角の土中にあるのだから、そこに向けて強力な矢を打ち込めばいい。

 何か所か目測で見つけ、素早く四矢ほど打ち込んだ。

 魔力無効化地帯が大幅に減退し、ジェイドの立っている場所が地帯から抜け出ていた。


「覚悟せい、ひよっこ」

「うお、やば!」


 あちら側に戻ろうとしたジェイドの足元を、噴火に似た火力で吹き飛ばした。


「ぎゃー!」


 悲鳴を上げつつも、ほとんどダメージになっていない。

 自分を水の防壁で守っているのだ。

 落下してきたところに、更に噴火を打ち込むが、マントで自分をくるりと覆うと、溶岩はマントの横を流れるように通り過ぎ、壁に当たって消失した。


 ジェイドはいつまでも空中で的になってはいなかった。

 一瞬で存在が消える。

 気づけば魔力消失地帯に立っていた。


「やっぱり自分の得意場所に誘い込まないと辛いなあ」


 余裕綽々でそんなことを漏らすジェイドに、ニシェルは驚きを隠せなかった。

 骨すら残さないつもりで放った魔術だったのだ。

 おかげで地形はマグマの様にぐつぐつである。


「じゃ、遊びはここまでにしますか」


 ジェイドが指を鳴らす。

 その瞬間、近くにあったすべての魔術の残滓が消えた。

 マグマは冷えて土に戻り、暴風は掻き消え氷も穴もなくなってしまった。


「くっ!」


 ニシェルは膝をつく。

 腕一本持ち上げるにも倦怠感が襲ってくる。

 自分の立っていた場所が、いつの間にか魔力消失の影響下になっている。

 おそらく指を鳴らすとともに、魔封石の効果範囲を拡大させたのだ。

 魔封石を最初から仕込んであって、発動させたものと思われる。


「続けてこいつらもだ」


 さらに指を鳴らすと、どこかから生き物の気配がニシェルの肌に触れてくる。

 ゆっくりとだが、周囲を囲うように近づいてくる。


「いったいどうやって魔術を発動しているのかのう」

「詠唱ばかりに頼ってるエルフくんには想像もつかないかな? 発動条件なんていくらでも変えられるのさ」

「やはり、人族は思いもよらぬよな。どんな種族より恐ろしい」


 ニシェルは自嘲するように笑う。

 魔物の群れが現れ、ニシェルに向かって輪を縮めていた。


「僕からのプレゼントだよ。美味しくいただいてよ。あ、いただかれるのはエルフさんの方かな?」


 魔力の使えないニシェルに対し、数で押し潰そうと言うのだ。

 視界に入るだけでも、数多の魔獣が百体を超えて迫っていた。


「やってくれるのう」

「切り札はここぞというときに切らないとね。僕の得意魔術は転移だって言ったよね? 自分の近くに魔術を発動させることができる。転移で魔物たちを呼び出すこともできる。おっと、これは召喚かな?」


 ジェイドが両手を広げた。

 それに合わせて、魔獣たちが一斉に襲い掛かってきた。


 やはり人族は嫌いだ。

 陥れることに関しては数多の亜人族を凌駕する。

 ニシェルは心の中でアルに詫びた。

 相性が悪すぎる、と。

登場人物紹介第10弾


 名前 / ジェイド・テラディン

 種族 / 人族

 性別 / 男

 年齢 / 二十五歳

 職業 / 魔導士、召喚士、魔獣使い、錬金術師


 元宮廷魔術師。知人の紹介でなった。

 地位や名誉はどうでもよく、ただ自分が楽しみたいために実験を繰り返す。

 魔核の壺という魔力を溜めこむ装置を作り出してからは、魔力を貯める方法について考え続けている。

 魔核の壺に魔力を溜め、召喚したい魔物がいるらしい。

 あまり人との関わりをしないが、イランは見ていると面白いので目をかけている。

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