第49話 分水嶺
エド神官たちと別れて三か月が過ぎた。
俺たちはムダニの家に戻り、また奴隷生活だ。
ただし、以前ほどつらくはなかった。
イランが家を出て、プロウ村の元宮廷魔術師のもとに入り浸っているらしいということと、三日に一度は現れる魔物の群れを迎撃するために豪農のムダニがひっきりなしに出て行くからだ。
普段は腰の重いムダニだが、さすがに村の警備網を突破されれば自分の命も危うい。
苛立ちながらも、村の重鎮たちと毎日のように話し合いをしている。
魔物の大量発生は、どうやら一獲千金の噂らしく、どこからか情報を聞きつけた冒険者がすでに十六人、行商の馬車に乗り合わせてやってきている。
耳聡い商人も、三人ほど村に拠点を構えるつもりのようだ。
その受け入れや給仕も含めて、村全体が慌ただしい。
冒険者は素材稼ぎのために魔物を倒し、行商がそれを買い上げる。
村では彼らが泊まる宿を提供し、衣食住のすべてで金を吸い上げるため、いつの間にか金銭のサイクルができていた。
だが冒険者はおろか、村人も知らないだろう。
村の近辺に出没するのは数匹で固まった魔物だが、村に近づくずっと前、それが二十、三十と群れを成しているところに俺と師匠が飛び込んでいって、そこそこ強い魔物をすべて狩っていることを。
村に現れる魔物は全部、逃げ惑った弱い魔物なのだ。
さすがに弱い魔物まで狩り尽くすほど、俺と師匠はお人好しではなかった。
「ねえ師匠、エルフが経験値稼ぎのために魔物を集めているという噂を覚悟で、村の近くで魔物を倒しましょうよ。見る人が見れば師匠が魔物を引き寄せる原因じゃないことぐらいすぐに見抜きますよ」
「いやじゃ!」
「いやじゃて……そんな子供みたいな」
「何と言われてもわしはいまのやり方を変える気はないぞ。人に見られていると思うと、普段の半分も力が出せんからの。これは何かの呪いかもしれぬ」
「それただの人見知り……」
こんな感じで師匠は俺の提案を受け入れてくれない。
師匠の苦手意識の所為で、村人からあらぬ疑いが深まるとか、弟子としては放っておけない。
「放っておいてくれ!」
「村の危機を救ってくれたじゃないですか」
「あれはもうやらんわ。思い出させるな、キラーボアを一撃で仕留められない自分が恥ずかしいんじゃ」
確かに、師匠ならキラーボアくらい瞬殺だろう。
大森林の大抵の魔物は瞬殺する。
ただし、人目があるとその限りではないとか、どんだけ……。
「俺がいても大丈夫なんですか?」
「慣れた相手なら平気じゃ」
「じゃあ慣れればいいんですよ、村人に」
「嫌じゃと言っておる!」
何がそこまで師匠を頑なにするのか。
勘弁してほしい。
八歳の体で、胃に穴が開きそうだ。
「師匠はなんでそこまで人前が嫌なんですか」
「最初はわしだって普通じゃった。里を出たときはなんの疑問も感じておらんかった。あいつらはそんなわしにつけこんできたんじゃ。笑顔で酒を振る舞ったかと思えば、薬でわしを眠らせ、気づいたら素っ裸で見世物小屋じゃよ」
師匠が珍しく、小刻みに震えはじめた。
相当屈辱だったのだろう。
それでも憎み切れず、陰ながら困っている人を助けてしまうあたり、お人好しな師匠が好きだった。
村は雨期に入っていた。
村周辺には相変わらず魔物が出没しているので、村内でも子供の外出は控えさせられるようになっていた。
エド神官が抜けて、村から治療できるものが減った。
リエラが代わりとなって、エド神官直伝の治癒魔術を使って治療を行っていた。
治療を受ける者の中には、片腕を失くしていたり、心を病んでしまったりで、明らかにリエラの手に負えない患者もいた。
治療が追い付かず、村で動ける者は明らかに減りつつあった。
村人からの信頼は厚くなったが、ムダニにいつ目を付けられるか時間の問題だろう。
ムダニから何かをされる前に、村を出なければならない。
俺はまだ、両親との約束を守っていたかった。
待ち合わせたスピカ村から遠くない村でずっと待っていれば、必ず迎えに来ると信じていたかったのだ。
それに、神官父娘も戻ってくる約束をしてくれた。
「リエラ、治療疲れたか?」
「ううん、全然大丈夫だよ。まだ平気」
顔を青くしながらも気丈に振る舞う妹を見ていると、無性に落ち着かなくなる。
「なんで神官様はこんな小娘だけに治癒魔術を教えていったのか」
「もっと村の者に魔術を広めて出て行けばよかったものを」
こういう心無い村人の声を聞いたりすると、やるせなくなる。
なんのために頑張っているのか、わからなくなるからだ。
かといって、このまま放り出して逃げるのもよくないと思っていた。
一度逃げてしまえば、逃げ癖がついてしまう気がするのだ。
大事な場面ですべてを放り出して逃げるような男になりたくはなかった。
魔物が最近、大森林の外の林に巣を作り始めた。
師匠に言わせると、巣と言うのは普通、魔力のできるだけ濃い場所で作るようだ。
連日魔物を間引いているので、大森林の外でも魔力が濃くなりつつあるのだそうだ。
それらは俺や師匠が優先的に潰して回ることで、被害を未然に防いでいるが、仮に魔物が増え始めると、もはや村に未来はない。
目に見える異常は魔物だけではなかった。
畑で穫れる作物に奇形が増え、天候が安定しなくなっている。
雨期に入ったとはいえ、朝から晩まで、一週間以上雨が続いているのはおかしい。
夏場だと言うのに寒気を感じたり、雲ひとつない日に雨が降ってきたりという有様だ。
原因のすべてが森に居座るエルフの所為だとして、ムダニは討伐隊を結成することを声高に叫んでいる。
だから師匠には村人の前に出てきて、一発芸でもすれば万事解決だと口を酸っぱくして言っているのに、
「人前は恥ずかしいじゃろ! そんな真似をしたら頭が真っ白になって何をしでかすかわからないじゃろ!」
と怒り心頭であった。
いいよ、存分に恥を晒せよと思うのだが、エルフのプライドが芸人に甘んじることを許さないらしい。
いくら美形でも取っ付き憎かったら人気出ないんだぞ。
イケメンの醜態ほどウケの良いものはないのに……。
一方で、ムダニは領主に村の防衛に兵を派遣することを願い出ていたらしいが、ことごとく無視されたようだ。
エド神官を召喚して治癒師を減らし、嘆願を無視して派兵をしないのは、この村が消えてもいいのかと邪推しないわけにはいかなかった。
大丘陵の穀倉地帯には大小十の村が存在するが、その中から村が二つ消えることが、領主にとって有益なはずがない。
ムダニの治めるフィート村はプロウ村と同じく、大森林に近いことで魔物の被害が特に大きいのだ。
他の村も、師匠が寸前で人知れず守っているので、この村みたいな被害はない。
せいぜい、
「最近ちょっと魔物増えてきたわねー」
「隣の旦那さん、この間魔物に怪我をさせられたらしいわよ」
「あらやだ、気を付けなくちゃねー」くらいなものだ。
こことの温度差がひどい。
「師匠、やっぱり魔術師を潰すべきだと思うんですよ。元を断てば面倒なこともすべて解決できますよ?」
「そうは言うがのう、あの村に魔力消失の魔方陣が張ってあっての、ちと厳しいのじゃ」
「何を弱気な」
「人族はそう感じんかもしれんが、森人族は特に魔力に優れた種族だからのう、魚に水なしで生きろと言うようなものなのじゃ」
「魔力のないイケメンエルフはただのイケメンってことですか。それなんの自慢ですか?」
「真面目な問題なのじゃがのう……」
「ああもう、師匠が女々しいよ!」
普段よりも歯切れが悪くなるほどに、プロウ村は対エルフの鉄壁な防衛を敷いているらしい。
ちょっと偵察にいったところ、何の変哲もない廃村だった。
しかし確かに魔力の一切が感じられず、そこだけハサミで切り抜いたような空白地帯だった。
プロウ村の攻略は地道に行くしかない。
元宮廷魔術師は、ほとんどプロウ村の外に出ないから、倒す方法もないのだ。
小間使いのように働くイランを見たときは誰だ別人かと思ったが、彼がプライドを捨てて師事を仰ぐ人物なのだろうと、やはり警戒を深めることになった。
ちなみにイランのステータスを覗こうとしたが、少し離れていてうまく見えなかった。
魔力消失地帯にいると、鑑定が利かないのだろう。
そんなことをしている間にも、日ごとに顔を凶悪にさせて、ムダニが討伐隊結成を叫んでいた。
大森林に遠征してエルフを生捕る。
それですべてが終わると。
ムダニの演説に心を動かす者もいた。
エド神官のさりげないアピールが利いたのか、日和見する人間も多かった。
だが、村長の命令には逆らえない。
積極的であるか、流動的であるかの違いだ。
村を守る戦力のほとんどを討伐隊につぎ込むのは、反対が少なからずあった。
三十五人の戦力を三十人も割いて討伐隊にしたのだ。
村人らの間に不安が漂った。
自分たちがいままで避けてきた大森林に入ることの無謀もそうだが、討伐に出ている間の留守中に村が魔物に襲われては討伐隊の存在自体が本末転倒になる。
しかし憂慮を打破すべく、ムダニは足りない頭を使って冒険者に募集をかける手を思いついた。
数週間もすると、行商に合わせて冒険者がやってきた。
彼らは名を上げることを夢見て、エルフ生け捕りにも参加する意思があるようだった。
はた迷惑この上ない。
冒険者は二十人を超え、そのうちの十四人が討伐隊に組み込まれ、討伐隊は四十四人となった。
残りは村に残って回復や後方支援に回るようだ。
大森林は冒険者の間では魔物の巣窟と呼ばれている。
その危険性と、そこで得られるだろう素材を天秤にかけても、参加を表明したのだろう。
俺は鑑定スキルで冒険者を見てみたが、強そうな人間はひとりもいなかった。
これでは死にに行くようなものである。
魔力もチェックしてみたが、意識的に纏っている冒険者はいない。
身体強化を使う人間は大抵それを隠そうとするために魔力を不自然にならないように覆う。
元宮廷魔術師もそうだった。
鑑定で魔術師の素養があるのに一般人と変わらない姿を見ると、その自然さが逆に魔術的な力を持っていることの証明になるのだが、そこまでの人間はいないようだ。
剣士や槍士、狩人ばかりだった。
仮にも魔物と戦う冒険者にこうも魔術素養がないと、師匠が「人族は魔力操作が下手」と言った意味もわかろうというものだ。
俺は着々と進んでいく討伐計画を、何とかして解体したかった。
冒険者を闇討ちする手も考えたが、そういう手は最後まで使いたくない。
かつて暗殺者をその手で殺めた経験から、人に殺意や害意を向けることに極端な恐怖があったのだ。
「ソウスケは不思議だの。まったく人を信頼しないくせに、どこかで信じておる」
「……どういう意味ですか?」
「言った通りのことよ。矛盾しておるんじゃ」
心当たりはあった。
ムダニや村人、冒険者などの他人を信頼できるはずもない。
しかし、最後の一線は守ってくれるだろうという安易な思い込みはあった。
ムダニにしても、暴力は振るうが、決して殺すまではやらないだろうと何の根拠もなく思っているのだ。
それを指して、師匠は矛盾と言った。
ただ甘いだけだろう。
平和ボケした俺は、容易く人が人を殺すはずがないと思っている。
もう何度となく、裏切られているのに。
それでも愚直に行くしかない。言葉で説得できるはずだと、やはり根拠もなく思っている。
俺はその日から、冒険者が溜まる宿(村唯一の酒場兼宿場)に出入りし、冒険者に大森林の危険性を説いて回った。
まあ聞いてもらえるはずもなく。
「ははっ、心配してくれてるのか、ボウズ。安心しな、槍の腕には自信があるぜ」
「大森林なんて口ほどにもないさ。何年冒険者やってきてると思ってんだ。まあ、任せろよ、がはは!」
逆に大森林に対して甘い考えを抱かせる結果になった。
それどころか、冒険者を止めようとしていることがムダニにも伝わってしまう。
どこかで警戒はしてくれるだろうと思っていた。
やっぱり危険だと思わせることができれば、そこを取っ掛かりに討伐隊は解散するのではないかと。
悪手だった。
見通しが甘すぎた。
しかし焦っていたのだ。
師匠を何としても守りたいその一心で、いつもの冷静さを欠いてしまう結果になった。
きっと討伐隊が大森林に入ってきたら、師匠は出て行ってしまうから。
もう二度と会えないかもしれないから。
師匠がくれた腕輪は、いつでもさよならすることを告げていた。
ああ、きっとファビエンヌもこういう気持ちで別れたくなかったんだなと、不意に思った。
偉そうなことを言って説得したが、すべて納得したわけではあるまい。
俺の方がわがままだ。
一緒にいたいからという理由で、ひとり駄々をこねているだけなのだから。
土砂降りの中、宿場からムダニの家に戻ると、水気を切る間もなくムダニに張り倒された。
見ると怒れるムダニがいた。
登場人物紹介第5弾
名前 / ナルシェ
種族 / 人間族
性別 / 女
年齢 / 十五歳(アル八歳時)
職業 / メイド
人族だか、肌の色は褐色。褐色肌の人種は国内では少数だったこともあり、人種差別を受けていた。
アルとは七歳差。
アルの一番のお気に入りだった。
本人もアルを弟のように可愛がり、専属になって給料が上がり喜んでいた。
環境がそうさせたのか、けっこう打算的である。




