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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第一部 幼年時代
46/204

第46話 師弟の腕輪

 金獅子ウガルルム。

 金色の魔力を纏い、高身体強化(ハイ・ブースト)を通常運転で使い続ける大森林の双璧。

 ただの魔力を伴った攻撃では、傷ひとつつけられなかったエリアボス。


 土魔術を避ける傾向にある。

 弱点なのだろう。

 泥をつけられるのが嫌なのだろうか。

 見るからに黄金の毛並みだからな。

 潔癖症なのかもしれない。


 昔の俺なら、動物園のライオンと向き合ってみて、勝てるなんて思いもしないだろう。

 この世界に来て確実に変わったことがある。

 ライオンもあんまし怖くないなぁと。


 人間の強さの上限が、転生前の世界よりずっと高いところにあるからだ。

 師匠に無理やり連れてこられて、まだリターンマッチには早いと渋ったが、やると決めたらすぐに頭は切り替わった。

 ウガルルムをどうやって倒すか、頭に浮かぶのは戦術ばかりだ。


「もし金獅子を仕留めたら、いいものをやろう」

「物で釣ろうったって騙されませんからね。むちゃくちゃだよ。もうくちゃくちゃだよ」

「意味がわからん」


 大森林も、連日降る雪で真っ白に染まっていた。

 サクサクと雪を踏み分け、ウガルルムと思しき魔力の方へ、師匠は進んでいく。


「いまのおまえなら十分に渡り合えるだろうて」

「渡り合えるのと仕留められるのは別物じゃないっすかねえ」

「ま、そうとも言えるのう」

「何の慰めにもなってないじゃないですか!」

「そろそろ見えてくるぞ。せいぜい気を引き締めるんじゃのう」

「鬼だ……悪魔だ……」


 師匠が足を止め、俺を前に押し出した。

 金獅子の魔力が、熱風のように打ち付けられる。

 向こうもどうやら、こちらに気づいたようだ。


「健闘を祈るぞ」

「祈って勝てるならいくらでも祈ってやりますよ」


 師匠はポンと肩を叩くと、木々の中に消えていった。

 呪詛を吐きつつも、俺の頭はすでに切り替わっていた。


 まず風魔術で、隠密性を上げる。

 具体的には臭いや足音を消し、察知されにくくする。

 この魔術は大森林の魔物相手にはとても有効だ。

 嗅覚や聴覚に頼る獣系に、ほぼ感知されないからだ。

 魔力を探る魔力探知系にはまったく無効なのが、玉にキズだが。

 俺は金獅子を迂回するように、歩を進めた。


 次に倒す方法だが、やはり前回の戦闘を活かさねばなるまい。

 土系統で攻めることは決まったが、あとはどういう順序を踏むか、だ。

 どうやら隠密はあまり効かないらしい。

 しっかりとこちらを捕捉されている。

 そうとわかると、俺は一目散に駆けだした。

 木々の合間を縫って、いまは追われる形だ。

 隆起した木の根をときに潜り、ときに飛び越えながらの移動。

 細かく振り返りながらウガルルムの位置をしっかりと把握して、踏み込むだろう地面に先行して土槍を仕掛ける。


(土槍!)


 追われながらの攻撃。

 特大の魔力を込めた。

 いかなウガルルムだろうとその肌を貫通するかと思われるほどにハイ・ブーストで練り上げた土槍だ。

 最初から様子見はしない。

 一撃必殺の殺人パンチを見舞ってやる。


 しかしウガルルムは、直前で魔力の奔流を敏感に察知して木の根を蹴り、突如として剣山のような土槍が無数に飛び出してきた着地地点から大きく飛び退く。

 距離が開いたところを見計らい、俺は更に移動した。

 触れれば突き刺さる死の剣山を迂回してウガルルムは追ってくる。


 距離を離したところで、金獅子の間に高さ十メートルほどの越えられない土壁を作り出す。

 右か左、どちらから迂回してきても、散弾銃のような土弾を見舞う。

 迎撃態勢は万全だった。


 気を張り詰めて、待つこと数秒。

 金獅子は予想を裏切って、真上に現れた。

 土壁の高さをものともせず、あるいは迂回するなど強者にとって不要! と言わんばかりに金色に輝いている。

 しかしその選択は俺にとってもっとも望むものだ。


「グガァ?」


 土壁に登ったウガルルムは、その足場が崩れたことに間の抜けた声を上げた。

 土粘土のようにぐちゃっと崩れていく。

 ウガルルムは足場を確保できず、飛び退くこともできずに落ちてくる。

 泥まみれになりながら。


「そして仕上げに泥の沼を作ってと」


 崩れ落ちてくるウガルルムを受け止めるのは、水と土を混ぜて作った体全体が沈み込む底なしの泥沼。

 俺は撒き散らされる泥から距離を置いて、その光景を眺めることにした。


「グガァァァァァァッ!」


 ――ドボン!


 最後のあがきか吼え猛りながらも、盛大に泥水を跳ね散らして泥沼に沈んだ。

 間髪置かずに、沼を覆い尽くすほどの巨大な岩を沼の頭上に作り出し、蓋をするように落とした。


 観察して得た、土系統に弱いかもしれないという憶測は果たして功を奏したのか。

 潰れているなら僥倖。

 最悪傷のひとつでも負っていればいいがと思ったが……そううまくはいかないらしい。

 岩にピキピキと亀裂が入っていく。

 ただ静観しているのはバカだ。

 岩をさらに作り出し、いくつも折り重なるようにして岩の上に落とす。


 圧死してくれと願いつつ、岩の小山ができた。

 周囲から土を掻き集めるように魔力を使い、岩の上から土をかぶせる。

 風呂場を作ったみたいに、強固に土を固めていく。

 家を建てるときに足場となる地面を固める作業を思い出す。

 セメントではないが、以前ウガルルムを閉じ込めたときと同じように頑強にする。

 今度は周囲の地面も固くして、同じ轍を踏まないように気を付けた。


 だが、それでもダメだったようだ。

 ボコッ、ボコッと固めたはずの岩が盛り上がる。

 魔力を流し続け、ウガルルムが盛り上げた岩山を固めて押さえつけていく。

 根競べだ。

 音を上げてウガルルムが窒息で息絶えるか、俺の魔力が足りなくて突破されるか。


 じりじりとした戦いが続く。

 ゴッ、ゴッと地面を揺るがす音が腹の底に響く。

 盛り上がりが大きくなる。

 次から次に岩を乗せていく。

 地面からの揺れに、ごろごろと岩が落ち始める。

 それでも上から押し込んでいく。

 無言の攻防。

 汗が顎を伝い落ちる。


 なんだか正面から正攻法で戦っていない気がするが、魔術師なんてそんなものだ。

 しばらくして、ようやく静かになった。

 地面からの揺れもない。

 もう大丈夫かな? 気を緩めたそのときだった。

 地面が爆発した。

 目を疑う光景だった。

 大量の岩が三十メートルほど空に打ち上がったのだ。小石ではない。俺の体のゆうに二倍はあろうかという高さの大岩が、野球ボールの様に青空にいくつも飛んでいく。


 数秒後、大森林の一部が悲惨なことになった。

 落ちてくる大岩に、地形が変わる。

 ウガルルムが近くにいる時点で、大抵の魔物は逃げるので巻き込まれて死ぬことはないだろう。

 しかし、木々が蹂躙されていく光景を見ると、やっちまったなという不安が涌く。

 しかしそれよりも気を配るべきは、沼があった場所だ。


 いまは赤黒く、ぐつぐつと煮え滾っている。

 それマグマですか?

 沼は涸れ果て、岩をも溶かしている。

 ボコボコと噴き出す液状に解けた岩。

 その中心から、マグマをどろりと纏って、燃え盛るウガルルムが現れた。


「えー、火属性かよ」


 最近覚えたばかりのステータスを開いてみるのを忘れていた。


 名前 / ウガルルム

 種族 / 火魔獣

 性別 / ♂

 年齢 / 百九十歳

 才能 / 火属性、黄金の魔力、王の因子


 レベルとか表示されれば相当だろうな。

 王の因子ってなんやねん。つまりキングクラスということだろうなー。

 きっとRPGなんかでは冒険の後半に出てくるクラスだ。

 それがなんで近所の森にいるかね。


 もはや金獅子と呼べぬ姿に成り果てた溶岩魔獣のウガルルムが、ゆっくりとマグマから抜け出てきた。

 金色のオーラはなく、体中が燃え盛っている。

 毛が燃えていても表皮を傷つけるほどではないようだ。

 火鼠の皮衣と偽ってかぐや姫のところに持っていけば結婚できるね。

 素材としては優秀すぎる。


 炎を纏われていては近接戦ができないと、雨を降らせた。

 しゅーしゅーと音を立てて、ウガルルムの体や溶けた地獄絵図の地面から煙が立ち上っていく。


 土系統、効いてないよなー。

 見立ては甘かったらしい。

 ただ汚れたくないとか、そんな理由だったりして。

 きっと潔癖症の方なのね。


 いまは火鼠から濡れ鼠になって、毛がべったりと体に張りついている。

 百獣の王の権力失墜な姿だった。

 ぶるぶると体を振って水を飛ばすところなど、獣感たっぷりだ。

 しかしその隙を狙わず眺めている余裕は端から俺にはなかった。

 木の枝を蹴って、まっすぐにウガルルムへ飛びかかる。

 近づくのは怖い。

 しかしハイ・ブースト状態のいま、致命傷を喰らわなければなんとかなる。

 そして無駄にムダニに殴られ続けていない。

 あれは痛みに耐えるいい訓練になった。

 ついでに急所を避けるのにも一役買ってくれている。


 俺の中で、防御で腕が折られることも計算に入っている。

 さすがに肘から先を吹き飛ばされると修復はできないが、骨折程度ならダメージの範疇だ。

 ブルンブルンと体を振って水を飛ばすウガルルムは、目を閉じている。

 致命的な油断だ。

 その油断した鼻面に、ハイ・ブーストを纏った拳を叩きつける。


 ウガルルムを包み込む膜のようなものを突き破る感覚があった。

 拳によって、ウガルルムの鼻面がひしゃげた。

 怯んだところに、前足にローキック。

 粉砕した手応えがあった。

 もう一個追撃がいけるかと思ったが、鼻面から血を振り撒きながら牙を剥きだしにして噛みついてきたので、距離を取った。


 深追いしないのも狩人の基本だ。

 窮鼠猫を噛むのだ。

 追い詰められた獣ほど細心の注意を払えとは、村の猟師の教訓である。


 ウガルルムはなりふり構わなかった。

 俺と距離を開けることを嫌って、迫ってきた。

 俺は方向を変え、片足を引きずるウガルルムの攻撃を避け続けた。

 勝敗は決している。確信した。

 ただ、油断すればひっくり返るくらい、ウガルルムはまだ攻撃力を残している。


 風の魔術で刃を作り、ウガルルムに斬りつける。

 大抵はウガルルムを覆う魔力に弾かれたが、折れた前足の周辺は魔力が弱まっているようで、肩に深々と傷を与えた。

 木々の合間をすり抜けながら、ウガルルムから距離を置こうとする。

 だが執念で奴は追ってくる。

 相討ちを狙っているのかもしれない。


「グガァ――ッ!」


 気砲が放たれ、俺の足元が吹き飛ばされた。


「うぉっ!」


 俺はつんのめって転ぶ。

 ウガルルムはあっという間に距離を詰めてきた。

 頭上から影が落とされる。

 牙を剥き出し襲い掛かってきた。

 爪と牙、その両方が迫りくる。

 仰向けになった俺はしかし、にやりと笑みを浮かべた。


 風魔術を俺とウガルルムの間に生み出し、巴投げの要領で勢いを殺さないように投げ飛ばしたのだ。

 腹を見せて宙を舞うウガルルム。

 そしてその先には、最初に用意した死の剣山が待っていた。

 ろくな回避行動も取れず、ウガルルムは見事に串刺しになった。


「グガァ、グガァァァァァアッッ!」


 もがいているが、少しずつ弱っていき、やがて事切れた。


「ふぅ……」


 俺は気が抜けて、その場に座り込んだ。

 鼻面に攻撃が決まった時点で、勝てる相手だとは思った。

 それでも油断ならない相手だったのは間違いない。

 属性魔術だと、ある程度魔力防御の高い相手には通りにくいこともわかった。

 直接攻撃で防御力を削りつつ、魔力障壁を破れるようになったら魔術で仕留めるのがベターかもしれない。

 魔剣いらないとか言ってられないじゃない。

 なんて思った、今日この頃。




「素材がボロボロだの。もっとうまい仕留め方もあったんじゃないのかのう」

「無茶言わないでくださいよ」


 素材を剥ぎ取りながら、俺は唇を尖らせた。

 余裕などなかった。

 全力で迎え撃って、全力で仕留めたのだ。

 燃えない毛皮の心配をして手心を加える余裕などあるはずもない。


 ウガルルムからは、爪や牙、毛皮が獲れた。

 肉も極上らしく、肉食動物にありがちな臭みはほとんどないらしい。

 それは師匠がうまく捌いてくれた。


 師匠は始めから付かず離れずの距離を取って視ていた。

 その気配はなんとなく察していたが、俺が危険に陥ろうと助けはしなかっただろう。

 全幅の信頼を寄せつつ、自己責任とか言い出しそうだ。


「おっほん。見事に課題を達成したの。そんな弟子に師匠からご褒美をやろうかの」


 咳払いをして、師匠は後ろに隠していたものを俺に差し出した。

 らしくない様子だったが、そもそも師匠から何かを受け取るということ自体が初めてだった。

 銀色に輝く腕輪が、師匠の白い手に乗っていた。


「これは師匠から弟子に送る一人前の証のようなものだの」


 師匠は自分の腕を持ち上げてみせてくれた。

 そこには傷もなく美しく輝く腕輪が嵌っている。


「わし自ら施した精霊の加護があるのじゃ。付けたものの意思に反して外すことができない」

「なにそれ、呪いですか?」

「失礼な奴じゃの。盗難防止じゃ。付けてみればその凄さがわかるというものじゃよ」


 手を差し出すように言われ、俺は恐る恐る師匠の腕輪が嵌っている右手と同じ右手を差し出した。

 師匠によって腕輪が装着される。

 魔力が宿っていた。

 付けた瞬間、その魔力が溢れ出してきた。


「その腕輪は魔力を溜めこむ性質を持っておる。いまはわしの魔力が詰まっているから、つぎ込まなくてもいいじゃろ」


 俺の魔力槽を千とするなら、三倍は魔力が籠っている。

 師匠の魔力は、俺の十倍以上はあるから、これくらいの量は大したことがないのかもしれない。

 しかし全魔力で魔術を撃って、三回もストックがあるというのは空恐ろしいことだ。


「でもこれ、自分の魔力に変換できないと意味ないんじゃ」

「馬鹿もんが。わしがそんな見落としをすると思うか。おまえの魔力の質はすでに把握済みじゃ。師匠としてそれくらいはできるわ」


 今日の師匠は感情的だ。

 エルフにしてはどこか浮き足立っている。

 もっとこう、超然としていた気がするのだけど?


「わしが弟子を取るとは思わなんだ。そういうことが許されるとも思っておらん。葛藤はあったが、いまはおまえ――いや、アルシエルを弟子にしてよかったと思っておる。それともソウスケと呼んだ方がいいかの」

「なんだっていいですよ、呼び方なんて。いつもどおりに呼んでくれればそれでいいです」

「いや、わしはもう、おまえとは呼ばんよ」


 師匠は優しく笑った。


「もう教えることは何もない。これからは教え、教わる間柄じゃよ」


 肩をポンと叩かれた。

 師匠の顔を見ると、柔らかな笑みを浮かべていた。

 たったそれだけのことなのに、不意に込み上げてくるものがあった。

 俺は目頭が熱くなるのを感じ、師匠に抱き付いていた。


「う、うぅぅ……!」

「わしとソウスケは生涯の友じゃ。わしの誇りにかけて誓おうぞ」

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺はしゃくりあげて、子どものように泣いた。

 俺がこの世界で心を晒して泣けるのは、きっと師匠の前だけだ。

 友人であり、師であり、理解者である。

 ぽんぽんと頭を撫でられる。


「うぅぅぅぅ……」


 俺は心の弱い男だ。

 誰かに認められたい。

 自分より強い誰かに寄りかかりたい。

 リエラやファビエンヌ、エド神官の前では強がっているだけだ。

 甘えたがりの中身おっさんの、どうしようもない男がひとり、ここにいるだけだ。


 涙が止まるまで、師匠は黙って頭を撫でてくれた。

 まるで父のように、その手は大きかった。




 村の人間はエルフを――師匠を誤解している。

 エルフは恐ろしい種族ではない。

 しかし、誰ひとり信じない。

 そんな不穏な空気の中、エド神官のもとに手紙が届いた。

 俺たちにとって、それは不吉の前兆だった。

アルの装備品紹介


 装備・腕 / 師弟の腕輪+30

 属性 / 無

 スキル / エルフの加護、魔力貯蓄


 魔力が溜められる腕輪。

 ニシェル=ニシェスが友と認め、アルに贈ったもの。

 アルの魔力槽の三倍ほどの魔力が溜まっている。

 常時引き出したり、溜めておくことが可能。

 他のエルフが見たときに、「あ、これニシェルのやつが作った腕輪じゃん」とわかるようになっている。

 でも当分エルフは出てこない……。

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