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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第一部 幼年時代
45/204

第45話 不穏

 いつものトレーニング前の運動。

 大霊峰二合目の崖から景色を見渡す。


 今日は少し違和感があった。

 それが何かじっと見つめていると、大森林の向こうからいくつもの魔力の粒が大森林に向かって移動してきているのを発見する。


「魔物の大移動? 聞いたことないけど……いや、プロウ村が壊滅したのも魔物の移動上に村があったんだっけか」


 大森林の魔力に惹かれてどこからかやってきたのか。

 どこかの森で縄張り争いに負けて流れてきたのだろうか。

 魔物の真意など分かるわけがない。

 いままで知性を持った魔物に出会ったことがない。

 ウガルルムは頭を使って翻弄してきたが、知性と呼ぶには獣寄りに過ぎる。


 知性はともかく、止めを刺すとき、涙を流していたり、子供を守ろうと必死になる姿を見たりすると、寝覚めが悪くなりそうだ。

 モンスター娘とかいたりするのだろうか。

 そして人語は理解できるだろうか。

 そこら辺はご都合主義だったりはしないのか。


 疑問は数あれ、俺には人外に性的欲求を感じる感性がないのでどうでもいいことではあるが。

 でも猫耳、犬耳亜人族なら歓迎である。

 不思議なもので、俺のスケベ心にも見えない境界線があるのだ。

 線引がなかったら男にも欲情するのだろうか。


 師匠。

 イケメン。

 そんな単語と裸姿が脳裏をよぎった。


「…………」


 俺はホモじゃない!

 恐ろしい想像をしてしまったので、それ以上は考えるのをやめた。


 いまは森に近づいてくる魔物である。

 距離はまだ遠く、大森林までの道なりに村があるということもない。

 裏山に急ぎ、師匠を探し出しても十分に余裕がある。

 というか師匠の魔力が、大移動する魔物を迎え撃てる大森林の入り口付近にあった。

 早々に気づいていたのだろう。

 俺はすぐさま日課をこなして師匠のもとへ行く。


「待っておったぞ。ちょうど混成の群れが近づいてきておる。率いているのはワービーストじゃな。あれをすべて近接攻撃のみで倒すのじゃ」

「毎回面倒な縛りをくれますよね、まったく」

「そうしないとつまらんじゃろ。おまえ、何も言わないと遠距離攻撃ばっかり使うじゃろ」

「だって楽なんですもん。あーめんどい」


 あと生き物を屠る感触がなくていい、ということもある。

 転生前の世界だと、犬猫を殺すのは〇チガイの所業だ。

 この世界で狩りを経験し、魔物の皮とか素材を剥ぐのがうまくなっているが、虐殺は意味が違う。

 なるべく自分の手を汚したくないと思うのは当然だろう。


「おまえ、最近やさぐれてるぞ。口が悪い」

「そうですか? そうかもですね。すみませんねー」


 おざなりに謝っても、師匠は納得した様子はなかった。

 けれど、許してほしい。

 この間ジャイランに大事な魔剣を巻き上げられてしまい、ニシェえもんに「取り返してきてよぉ」と冗談で頼んだが、「そんなもの自分でいけい」と相手にされなかった。

 師匠に対する好感度が目に見えて急落した。

 それと尊敬値は別なので構わないのだが。


 そうこうしているうちに団体さんが到着した。

 師匠の魔力を感じてか、平原の少し向こうで止まった。

 ざっと百体以上。

 こんな魔物の群れが通ったら、商隊はひとたまりもないだろう。

 実際、前衛の魔物は返り血を受けているものが多かったし。

 きっと何かを襲った後だ。


 大半は魔獣だった。

 犬みたいなやつに馬、山羊、熊をさらに凶悪にしたようなの。

 他にはこの間狩り尽した二足歩行のウサギに、ブタの二足歩行。

 オークと言うやつか。

 群れの中心に、ゆうに三メートルはありそうな巨体の熊がいた。

 小山に見えた。

 ハイベアと名付けよう。


「グルァァァァァァァッ!!」


 ハイベアさんが吼えた。

 それを合図に、群れが一斉に動き出す。


「おまえも吼えて気を高ぶらせてもいいんだぞ」

「そんな恥ずかしい真似しませんよ」

「ま、頑張れい」


 師匠の後押しを受けて、俺も突っ込んだ。

 接近戦。

 武器はないから、殴る蹴るで倒すわけだ。

 魔剣……まあどうせ、振り回されるだけで使いこなせなかっただろうけど。

 ならば、あれが使える。

 

 まず群を抜いて疾駆してきたのは犬の魔獣。

 目が狂ったように凶悪だった。

 あんまり動物を殴るのは好きではない。

 なので、触れるだけにした。

 飛びかかってきた犬の牙を避け、首にトンと手を当てる。

 それだけで白目を剥いて、犬は死んだ。


 治癒魔術が手を当てて治すものなら、反対に壊すことも可能だ。

 むしろ壊すことの方が何倍も容易い。

 なにせ、魔力を流し込んでかき回すだけだ。

 精細な技術は要らない。

 ぶつけるだけでいい簡単なお仕事だ。


 辺りは一面漏れなく獣臭い。

 先鋒の犬を二十匹ほど始末すると、続けて武装したラビット兵とオーク兵。

 どこかで殺して奪ったものだろう。

 剣や槍に血糊がくっついたままだ。

 それらを避けながら、できるだけ胴体に手を当てていく。

 さっき犬の頭に手を置いて魔力を流したら、目や鼻や口から体液がどばどば噴き出したので、ちょっとグロッキーなのだ。


 武装兵が糸の切れたマリオネットの様に崩れ落ちるのをかき分け、次に来るワービーストの波に果敢にぶつかっていった。

 牙や爪、威圧するように吼えてくる。

 特に難しい敵はいない。

 魔力を纏っているのはワーウルフくらいだ。


 魔力を纏えるということはつまり、身体強化ができるということ。

 身体強化のされていない雑魚など、プリンと同じだ。

 サクサク倒していける。


 ワーウルフ。

 魔力を纏ったその爪で切られたら、さすがにノーダメージとはいかないだろう。

 気を引き締めて相対する。

 ワーウルフを視界に入れつつ、突撃してくる魔物を無駄なく捌いていく。

 ワーウルフが動いた。

 ゆっくりと腕を胸元まで引き寄せていく。


「な……!」


 俺は目を瞠った。


「ボクシングスタイル!?」


 ワーウルフは軽快にその場でステップを踏みながら、シュシュッとジャブを決める。

 鋭利な爪をあえて握り込んで、武器を殺す意味がわからない。

 少し離れたところから、拳を最速で突き出した。

 拳から何か飛んできた。


「ソニックパンチ!?」


 拳から生まれた魔力の真空破が俺目がけて飛んでくる。

 ちょっとヤバそうだなと思って手近にいたオークを引き寄せて盾にしたら、オークはぐちゃっと潰れたトマトになってしまった。


 俺が少し移動すると、ワーウルフとの間に障害物はなくなった。

 それがゴングの合図。

 ワーウルフが自慢の脚力を使って前に出る。

 俺もまた、ブーストの使える魔物を叩き潰すため、接近した。


 ワーウルフの左のジャブが飛んでくる。

 それを見切って叩き落とす。

 触れた瞬間に魔力を流して、拳を壊しておくのも忘れない。


 ワーウルフが己の壊れた左拳を見た。

 骨がバキバキで使い物にならないのを見て、わずかに耳と尻尾が下がったようだ。

 ちょっと可愛い仕草だった。


 顔を上げたワーウルフは左腕を構えるだけに留め、右拳だけで戦う決意を瞳に宿していた。

 その不屈の精神にちょっと胸が熱くなった。

 ワーウルフは直線的な攻めを止め、足で翻弄してきた。

 右、左、右、左……。

 体勢を低くして、チャンスを待っている。


 その間にも他の魔物は俺に襲い掛かってくる。

 同時に左右から刺突を放ってきたラビット兵を、仰け反ってかわしつつ掌底を当てる。

 それだけで兵二体は殉職だ。


 そのわずかな隙。

 両手が塞がった一瞬を見逃さず、ワーウルフは地を這うように懐に飛び込んできた。

 顎先を狙ったアッパーカットかと思いきや、しなやかな体躯から放たれる回し蹴り!


「ボクシングスタイルじゃないのかよ!?」


 紙一重で避けつつ、俺は思わず叫んだ。

 すっかり先入観に毒されてしまった。

 回し蹴りの後に渾身のストレートを放ってくる。

 ぺいと拳を叩き落とし、ついでに顔面に掌底を打ち込んだ。

 ワーウルフはひっくり返って、二度と立ち上がることはなかった。


 恐ろしい敵だった。

 先入観は時として虚を突かれることになりかねない。

 どうでもいい形で学んだ瞬間だった。


 あとは一方的な虐殺だ。

 残った魔物を綺麗に片づけていく。

 俺にぶつかることを避けて森へ一直線の取りこぼしは、すべて師匠が矢を放って仕留めていた。

 百体もいた魔物は、動かぬ骸と化した。

 逃げたのは数体だろう。

 弱い魔物ほど逃げるのがうまい。


「素材を剥ぎ取りたかったらいまのうちにな。骸は残さず燃やし尽くすからの」

「わかりました。何が使えそうかご助言お願いします」

「うむ」


 戦闘に関して何も言わないので、師匠から見て及第点だったのだろう。

 特に文句がない時は本当に文句も褒めることもしない。

 エルフ特有の無頓着によるものだろうか。


 素材として有用なものを師匠から教わり、ワーウルフの爪や毛皮を手に入れた。

 あのボクシングスタイルはどこで学んだのだろうか。

 最後の回し蹴りがいちばん堂に入っていたというのはどういうことか。

 疑問は尽きない。

 師匠が最大火力で魔物たちを燃やした。


「うわぁぁ!」


 間の抜けた声がどこかから聞こえた。

 声のする方へ目を向けると、村人がふたり腰を抜かしていた。

 冬の時期になると山に入る、狩人の男ふたりだ。

 俺も面識があり、山で採れる薬草について教えてもらったこともある気の良い人たちだ。


「え、エルフが魔物を燃やしてやがらぁ!」

「おれたちも燃やされっちまうぞ!」


 腰を抜かしながら慌てて逃げていく。

 それを俺と師匠は呆然と見送った。


「なんで師匠が魔物を燃やしてたら自分たちも燃やされることになるんですか? もしかしてエルフって、人を取って食べる種族なんですか?」

「その通りなら今頃おまえはわしの腹の中じゃ」

「いや、まるまる太らしてから食べる算段かもしれないじゃないですか」

「……おまえはわしの種族を野蛮なものに貶めたいのじゃな?」

「冗談です。そんなに怒らないでくださいよ」

「怒っとらんわ」


 拗ねてしまったのか額を軽く小突かれ、俺たちは後処理に戻る。


「師匠から見て、この魔物の大移動は自然的なものなんですか?」

「ありえんのう。多種が固まって群れを作るなど聞いたこともない。おそらく作為的に呼び集められたのじゃろうの。プロウ村で何やら実験を繰り返す魔術師によっての」

「師匠なら割と簡単に倒しそうですけど。いつまで様子見をしているんですか?」

「対エルフ用の装置が施されているのじゃ」

「対エルフ用ねえ」


 胡散臭い。

 結界でも張っているのだろうか。


「前にも言ったじゃろ? 人族は万能だと。亜人族に対抗するための知恵を絞ってくる。わしにしてみたら鬼人族や竜人族の力など比べるべくもない、人族が考え出すものの方が数百倍は恐ろしいの」

「その対エルフ用は、ぼくにも効果があるんですかね?」

「エルフは魔力の強さに一目置かれるからの。魔術を得意とするおまえは苦手な相手じゃろ。人間の子供が行き来しているが、装置に反応している様子がないことから、魔術師ではないのじゃろ。魔剣と思われるものを持っていたしの」


 その子供はきっとイランだろうな、と思った。

 魔剣は俺から巻き上げたやつだ。

 あれかっこよくて気に入っていたのになあ。


「そいつ、見かけたらぶっ飛ばしておいてください。魔剣、俺からパクった最低な奴ですから」

「おまえ、そんなに魔剣に興味があるのか?」

「自分のお金を出して買ったんですよ。わざわざ鑑定の力を使って掘り出し物を探し出して。その苦労を思えばこそです」

「……やはり人族は恐ろしいのう。使い方をひとつ教えれば十の工夫をしてみせる」


 師匠は苦笑いした。


「ともかく、師匠なら簡単に突破しそうですけどね。方法を考えておいてくださいよ。俺も考えておくので」

「そうじゃの。ともあれ中身がはっきりせんので攻めあぐねているのは事実じゃ」


 方法はいろいろあると思う。

 装置の方を壊すとか。お得意の矢で遠距離攻撃とか。

 それでも師匠が攻めあぐねているのなら、相当の対策をもって警戒されているということだろう。

 人が恐ろしいというのは俺も思っていることだ。

 集団心理ははかり知れない。


「魔術師が何をしようとしているのか、わしにはわからん。ただひとつ言えるのは、とんでもない魔力の塊が魔術師とともに存在することくらいだのう。それを解放すればどんなことになるのか、わしには想像もつかん」


 だから監視を行っているのだと、師匠は続けた。


「それでは後手に回るばかりではないですか?」

「何も起こさんのならそれに越したことはない。ただ、ことが起こった時になるべく被害を抑えて状況を収束させるのが、わしの仕事なのじゃ」

「気の長い仕事ですねえ。警察みたい」

「けいさつ? ……ともあれ長寿のわしにぴったりの仕事じゃろ?」

「間違いないです」


 冗談めかす師匠と笑い合った。

 何も起こらなければいい。

 師匠はそういうが、あの好戦的で有名なイランが慕っている魔術師が、温厚で理解のある人柄だとはこれっぽっちも思えなかった。


 状況は少しずつ動き始めているようだ。

 ほんと、何もなければいいんだが。

登場人物紹介第3弾


 名前 / リエラシカ・ラインゴールド

 種族 / 人間族

 性別 / 女

 年齢 / 八歳

 職業 / 奴隷、裁縫師見習い、治癒師見習い


 アルの双子の妹。

 人見知りな性格。

 アルのことは双子の兄というより年上のお兄さんとして見ているふしがある。

 大切なものはアルからもらった金獅子の人形。お守りのように肌身離さず持っている。

 大切な友達はファビエンヌ。姉のように慕っている。

 一番大切な人はもちろんお兄ちゃん♡

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