第44話 守りたいもの
本格的な冬がやってきた。
冷気が足元から熱を奪っていく。
暖炉に火を入れないと、氷の部屋の様に寒かった。
魔力を纏うことで寒さに強くなった俺は、特に凍えることもなく陽が昇る前から薪を足して、火魔術で暖炉に火を入れる。
この作業が起き抜けの朝の仕事に追加された。
イランに剣を取られてひと月が経っていた。
腹は立っているが、そこまで気に病んではいなかった。
魔剣相手でも特に後れを取らないことはわかったし、それよりも魔族の店に立ち寄ったことの方が気になっていた。
あれから何度か街に足を運んだが、どの露店だったか思い出せない。
キリスクの町を虱潰しに探したのに、そんな店はどこにもなかった。
まるで狐に抓まれたよう。
そんな気分だった。
俺はどちらかと言うと、使うより集めて眺めたいタイプの人間だから、魔剣を見つけたら随時購入して、コレクションにしようと思う。
どうせ剣なんて振り回せない。
セラママ、ごめん。
俺、パパジャン側っぽいよ。
せめてリエラには剣を教えたいな。
でも教える先生いないしな……。
魔術でなんとかなってしまうから武器なんていらない。
ただ外見で威圧するために、剣を佩いた方がいいこともあるだろう。
それももっと背が伸びてからだ。
魔剣ラウドは、いまはジャイ〇ンに持たせておこう。
いつか回収すればいいだけの話だしな。
「おはよう。この土地の冬は王都と比べても冷え込みがきついな」
エド神官は朝の祈りを終えたところだった。
手や顔が真っ白に冷え切っている。
部屋は、火を入れたばかりでまだ暖まっていない。
俺が火魔術で暖めてもいいのだが、そういうのはあまり多用すべきじゃないとエド神官に窘められた。
人と同じ目線で行動することが大事な時もあると、金言をいただいたわけだ。
「他人と同じ痛みを感じられなくなったら、思いやることもできない」と言われた。
確かにその通りだと思った。
「大霊峰が近いから、王都より南寄りでも寒いと思います」
「アル、おまえ地図まで分かるのか?」
「そりゃ、自分がどこの国のどこに住んでるのかくらい気になるじゃないですか」
エド神官は感心したように俺を見ていた。
この世界の地図は高価なので、自分では持っていない。
行商から手書きのものを見せてもらったことがあるだけだ。
五歳の頃に王都を抜けて逃げてきた足跡くらいは辿ることができた。
「ムリ、ダメ、寒くて死んじゃう……」
青白い顔をしたファビエンヌが、白衣の上に毛皮の上着を着込んで、料理中のリエラに後ろから抱き付いていた。
寒い寒いと文句を垂れている神官父娘は、それでも祈りのときには薄手の聖衣しか着ないので俺は感心していた。
まだ暖炉の火が部屋を暖めていないのに、底冷えする床に膝をついて一身に祈りを捧げているのだ。
俺にはできない真似だろう。
「ひぁぁぁ! 冷たいよ! ちょっとエンヌちゃん、抱き付かれたら料理できないよ~」
「リエラは暖かいから大好き。それとおはよう」
「おはよう。お願いだからもうちょっとだけ我慢して~」
少女たちがきゃっきゃうふふする様子は、男たちを大いに和ませた。
俺以外の三人は屋内でも、もこもこした毛皮に身を包んで、身体を縮込ませている。
リエラは比較的寒さに強かった。
小さな手を冷たい水で真っ赤にしながら、朝食の支度を文句も言わずにやり遂げる。
これでも楽になった方で、冬場の水汲みは跳ねた水が体にかかると、それだけで死ぬほどきつかった。
この村の冬場は、あまり仕事がない。
男は山で狩りをして毛皮を集め、女は日がな一日毛皮をなめしたり裁縫をしたりの内職で、春に訪れる行商に売れるものをストックしておくのだ。
リエラとファビエンヌは近所の村人から生地を貰い受け、ちまちまと裁縫をしている。
自分が着る冬物は自分で縫うつもりなのだろう。
正直、俺が縫ったほうが魔力を通しているので温かく、頑丈に作れるのだが、少女たちの交友に水を差す必要もない。
エド神官が日中にやることと言ったら、年老いた村人の元を回って診察することくらいだ。
怪我人や病人も落ち着き、往診を終えると昼に時間が取れるようになったので、リエラとファビエンヌに治癒魔術を教える時間に当てているようだ。
旅をしていない今、三月に一度は町の神殿に顔を出す必要があるらしく、冬が本格的になる前に一週間ほど出掛けていた。
ファビエンヌは父の旅の同行を拒否。
家でリエラと一緒にいるほうがいいとのこと。
エド神官はそれこそ血涙を流して旅立っていった。
そのときの俺に向ける異常なまでの殺気が忘れられない。
「ウチの愛娘に手を出したら、ただじゃおかねえからな?」と神官のくせに射殺さんばかりに睨んできた。
もちろんですよ、お義父さま。
はい、ごめんなさい。
三人で一緒にお風呂に入りました。
背中の流しっこもしました。
肌をもう、心行くまでぺたぺた触りました。
だって手ぬぐいなんて使ってないんだもの。
「アリィの手つき、ちょっとエッチ」「くすぐったいけど、でもやじゃないからね!」と、ファビエンヌは言う。
彼女は俺をどうしてしまいたいのか。
三人で一緒の布団に潜り込みました。
寝るときファビエンヌは抱き付いてくる癖があることがわかりました。
耳元で悩ましげな寝息が「はふぅん」と聞こえてきて、ぼくののうはだめなかんじにとろけました。
でもまだ俺八歳。
ファビエンヌはいま十歳。
そう思っていた時期が僕にもありました。
八歳児でも股間は充血するんですね? 初めて知りました。
小さくも雄々しい自分がちょっとだけ好きになりました。
石鹸で綺麗にした後のいい匂いのファビエンヌもいいが、身体を拭うだけの日のファビエンヌも汗の臭いがたまらなかった。
眠るファビエンヌの鎖骨をぺろりと舐めた。
しょっぱさの中に得も言われぬエッセンスが入っていた。
ファビエンヌは寝息を漏らした。はふぅん。
ぼくはナルシェにうわきしそうです。
でももちろん手は出してません。
それは妹に誓ってもいい。
何を持って手を出していないと判断するか。
それは人様によって判断基準が曖昧だ。
それは責められないだろう。
エド神官がこれまでの行いに対し、有罪を下すのは目に見えている。
ちょっと手が伸びて、十歳になったファビエンヌの成長を確認しただけだ。
まだ成長は感じられない。
俺はロリコンではない。
将来に思いを馳せる紳士なだけだ。
戻ってきたエド神官は、真っ先に少女ふたりの目の届かないところで俺をヘッドロックして引きずって行って、洗いざらい喋らそうとしてきた。
俺は暴力に屈しなかった。
そしてエド神官の息は臭かった。
俺は自身が汗フェチかもしれないという可能性について熱く語った。
ちょうどファビエンヌがやってきて、エド神官は自分のいない間の出来事を尋ねた。
「一緒にお風呂に入ったわ! アリィがちょっとエッチだったわ! 一緒にベッドに入ったの。アリィがふざけて耳をはむはむししてきたのよ!」
顔を赤くしてそんなことをのたまうファビエンヌさん。
はむはむもしましたね、そういえば。
人の口には門戸を立てられないことがわかっただけであった。
そしてにこやかな神官にアイアンクローをされた。
俺は紳士として、その制裁を大人しく受けた。
彼が俺と同じようなシチュエーションを潜り抜けた後、幼女と汗フェチの相互互助性について熱く語ってきたら、そのどてっぱらに最大威力の土槍を叩きこむのもやぶさかではなかった。
それゆえの受刑であった。
紳士協定は断罪と理解を繰り返しながら保たれていく。
なんてな。
俺はスケベだ。
それは否定しようがない。
近くに可愛い子がいると食指が動いてしまう。
八歳児という至純なる身の程を最大限に活かしている。
家族団欒。
俺のスケベ心とは対岸にあると思っていたが、そうでもなかった。
エド神官と今は亡き奥さんがすけべえしてファビエンヌが生まれたのである。
家族団欒にはエロも包括している。
目から鱗であった。
いつまで続くかわからない夢のような時間。
俺は手放したくないと思っている。
リエラのためだけじゃない。
俺自身が必要としていることに最近気づいた。
そんな感じで四人の生活を楽しく送っていた。




