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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第一部 幼年時代
43/204

第43話 ジャイアニズム

このタイトルは大丈夫なのだろうか……

 家庭教師ジェイドの元で鍛えて始めて数か月が過ぎた。

 イランはその間、ほとんど家に戻っていない。

 鬱屈していた日々から、ようやく解放されたような気分だった。


 外気は肌寒くなってきて、曇りの日が増えた。

 日毎に寒さが厳しくなり、そのうち雪がちらつくだろう。

 雪が降ると、村は蓋をした鍋のように外から隔離される。

 イランは、そんな村が大嫌いだった。


 鍛錬を始めて、ようやく体に魔力が流れる感覚を理解してきたと思う。

 強さを実感できるのは、ただ楽しかった。

 自分の体が軽快に動くと、それだけで嬉しくなった。

 潜在的な力を魔力で引き出すことが自在にできるようになれば、確実に強くなれる。

 それを肌で実感できるのが強みだろう。


 魔力を纏っていると、身体が頑丈になり、その上寒さが薄らいでいった。

 毎日走り込みをして体力を上げ、素振りの中で魔力が体を巡る感覚に慣れさせた。

 師匠が用意した魔物と一対一の戦闘訓練を続けること数か月、ようやく常に魔力を体に纏っていられるようになった。


「ようやく下地ができてきたけどね、それじゃ全然足りないから」


 ジェイドはいちいち水を差すようなことを言う。

 努力や友情、勝利などといった言葉からは程遠い性格をしている。


「イラン君に何が足りないかって? 年齢じゃない? いま七歳でしょ? あ、八歳になったんだっけ? おめでとう」


 ジェイドは興味の涌かないことには適当だ。

 それでも誕生日プレゼントとして、篭手をもらった。

 サイズが大きすぎて使えないが。


「それ、魔力を阻害する機能があるから。お古だけどあげるよ」


 ジェイドはさすが元宮廷魔術師だけあって、高価な防具を持っている。

 財産はどのくらいか聞いたら、軽く城が建つほどだと言う。


「先生はなんで宮廷魔術師やめたんだ?」

「最初は知人の紹介で宮廷魔術師に推薦されてね、有事の際に働く以外は好きなことをしていいと言われてたから実験する毎日だったんだけどね。魔物と魔物を配合して強力な魔物を生み出したり、魔物を呼び集める道具を研究して魔核の壺を作り出したりしてたんだ。でもねー、お偉いさんから倫理だなんだとイチャモンつけられて鬱陶しくなってねー」

「どっかに城でも建てて研究に没頭すればよかったじゃん」

「ああ、そういう手もあったね」


 興味のないことには頭を使わない。

 ジェイドは頭がいいのにバカだ。


「でもここでもちょっと面倒があってね」

「なんかあるのか?」

「森にエルフがいるんだよね。そいつが意外と厄介なんだ。僕がしている実験の邪魔をしてくるから」

「まあ、先生の実験は普通に見てて悪人寄りだからな」

「否定はしないさ。僕は正義のために研究を続けているわけじゃないからね」

「じゃあなんのためだよ。魔物を呼び集める壺なんか作ってさ」

「その解釈は本質をついてないんだけど……まあいいか。僕はね、魔核の壺でとある魔物を呼び出したいんだ。そのためには莫大な魔力がいる」

「莫大なって、どれくらいだ?」

「大霊峰丸ごと一個分の魔力」


 嘘か真か、ジェイドはにやりと笑って答えた。

 大霊峰。

 最近までその凄さがわからなかった。

 だがいまは、わずかでも魔力を感じることができる。

 大森林はいわば、魔力の吹き溜まりだ。

 そこに魔物が巣食っている。

 大霊峰は、魔力の間欠泉。

 より強い魔物がその噴き出す魔力を独占し、力をつけている。


 途方もない魔力量だが、そんなに必要なのか、イランにはいまいち理解できない。

 要するに煙に巻かれている。

 そんな感じがして、イランはそれ以上の追及をやめた。

 ジェイドが答えをくれたとして、それが正解かどうかもわからない。

 優男のジェイドは、真顔をしてても平気で嘘を吐く。


「そんな桁外れの魔力で何を呼び出すんだよ」

「うーん……神獣と同じくらい、かな」

「神獣ってなんだ?」

「大霊峰の魔物をすべて一撃で殺してしまうような魔物」


 どれほど強いのか、イランの頭では測りきれなかった。

 そもそも大森林のボスクラスの魔物に、イランは敵わない。

 そして大霊峰の五合目より上の魔物は、間違いなく大森林のボスを瞬殺する。

 その大霊峰の最上級の魔物を屠る神獣とやらが、目の前の優男に従う光景が想像できなかった。


「さっきの話だけど、エルフが先生を狙ってるなら、なんでこの村にエルフがやってこないんだ?」

「そうは見えないかもしれないけど、実はこの村、要塞化してるから。もう何度もエルフを返り討ちにしてるんだよね。侵入者の魔力を半減する魔術や行動を制限する魔術式は僕の創作でね。くくく」


 ジェイドは興味のある分野では最高の成果を出す男だ。

 イランはちょっと引いた。


「エルフを追い出したいのか。どうせなら生け捕りにしたいよな」

「やめといた方がいいよ? 森人族って言うのは亜人族の中で特に魔力に優秀な連中だから。大森林にいる金獅子を欠伸交じりに倒しちゃう実力を持ってるし」

「じゃあ勝ち目ないじゃん」

「心外だなぁ~。僕の研究だって日々進歩してるって。そのうち魔力をすべて遮断する術式を組むつもりだし」


 ジェイドは頬を膨らませるが、いい歳した大人のすることではない。


「でもあのエルフは甘ちゃんだから、どうせ本格的には手出ししてこないよ」

「……甘ちゃんか。なら、オレに考えがある。要するに追い出せばいいんだろ?」

「ん? どんな考え?」

「それは見てからのお楽しみだな」


 イランは策謀を練る顔つきになって、にやりとした。


「僕が言うのもなんだけど、八歳児があんまり大人の汚い顔をするもんじゃないよ?」

「まさにおまえが言うなよ!」


 ジェイドとはコントができる間柄になっていた。


「話は変わるけど、冬に入ってから森の魔力が目に見えて少なくなってきたね。ちょうどいいから近隣の魔物を森に集めてみようか。ダンジョンを作ろう」

「先生そんなことができるのかよ?」


 イランは半信半疑だ。

 この前は思いつきから「浮遊要塞を作ろう」と言っていた。

 結局、「空を飛び続ける原理が思いつかない」と断念していたが。


「先生に不可能はないのだよ、イラン君。なんといってもこの僕が開発した魔核の壺は、魔物たちが根源的に求める魔力の塊。これをちょちょいと解放すれば、誘蛾灯に寄ってくる虫けらのごとく、大量の魔物がやってくるだろうね」


 今回の計画は割としっかりしていそうだ。

 半信半疑だが。


「ところで強い魔物がどうして森から出て村を襲わないか、疑問に思ったことはないかい? 村はこんな目と鼻の先だと言うのに」

「いや、森からやってきた魔物にこの村は壊滅させられたろ?」

「ブッブー。頭の悪い解答をありがとう。その魔物たちはね、外から森を目指して移動してきたんだ。できるだけ魔力の濃い土地を探させるために僕が放った魔物だからね」

「先生のせいでこの村は壊滅したのかよ……」


 イランは吐き捨てるように顔を歪めた。


「怒ったかい?」


 ジェイドは青白い顔に挑発的な笑みを浮かべた。


「おかげさまで全身打撲に骨折で数日間はベッドの上だったよ」

「あはは、意外にタフなんだねえ。数日で治すなんて」

「……町から神官を呼び寄せて治させたからな」


 イランは苦い顔をしていた。

 笑われたこともそうだが、ジェイドには人を思いやる気持ちが決定的に欠けている。


「む、神官か。治癒魔術を使えるわけだね。ちょっと邪魔かなあ」

「邪魔?」


 ジェイドはぶつぶつと、「遠ざけるべきかな……」「面倒だけど手紙を送って……」と独り言を呟いていた。


「その神官ってまだ村にいる?」

「いるぞ。居座り続けてる」

「神殿とこの地方の領主に伝手があるから、その神官も追い出しちゃおう。生き物って死んで体内の魔力を放出するからさ、誰かに回復されると魔力を潤滑に集められないんだよね」

「人間からも魔力を集める気かよ? まあいいけどさ」


 イランは過ぎた話だと流すことにした。

 先生がこのプロウ村にしたことと同じようなことを、ムダニの家があるウィート村にしようが別に構わないと思った。

 死ぬのなら、弱すぎるおのれが悪いのだ。

 強くなってみて、それを実感する。

 それに、この先生に怒ってみたところで、暖簾に腕押しだ。

 やると言ったことは誰に制止されてもやるだろう。


 魔物がウィート村を襲うとして、おそらくあいつが出張ってくるだろう。

 妹を守るとかぬかして、隠していた実力を出し惜しみしながら使うのだろう。

 魔物の突進に立ち向かって吹き飛ばされた頃の自分は、剣の振り方ひとつでさえ甘かった。

 だからあいつにだって後れを取るのだ。

 そう思ったらすべてはあいつが悪いんじゃないか、という理不尽な結果に落ち着いた。

 人はこれを責任転嫁と言う。


「話がかなり脱線しちゃったけど、さっきの話の正解はね、森の魔力が尋常じゃないからだ。魔物は土地から魔力を取り込んで力を得る。そのために魔力が枯渇した場所には行かないという習性があるんだ。魔力の濃い土地へと流れるのは、魔物にとっては魚が生きる水を求めるのと一緒だ」

「ふーん。だったら魔物はみんな大霊峰に行きそうだけどな。大森林より確実に魔力が高いだろ」

「大森林は大霊峰から流れ出た魔力の溜まり場だからね。おおもとの大霊峰は確かに魔力が濃い。だけどあそこは僕ですら頂上まで行けないよ。よくて五合目。それより上に行くとなると、魔物の強さが桁違いの域になってくるよ」

「そんなにやばいのか?」

「やばいなんてものじゃないよ。王系の魔物がわんさといるんだ。大霊峰と大森林は天と地の差だからね。きっと存在も感じられずに殺されちゃってるよ」

「上には上がいるもんだな」


 イランはしみじみと納得した。


「つまり、大霊峰で負けた魔物が大森林で幅を利かせてるんだよね」


 自分に魔道を教える先生がそれなりの腕だということは理解している。

 その先生をもってして無理と言わせるなら、その極みにはいったいどれほどの努力を必要とするのか。

 もしくは、人生を丸ごと投げ打ってみても届かないところにあるのか。


「ちなみにこの地下室は大森林の地下に作ってるんだよねー」

「……そうなん?」

「地下の長い通路を通ってこの部屋に来たことを考えればわかりそうなことだけど? 君ってバカだね、あいかわらず」

「む」


 この研究バカにバカと言われると釈然としない。

 多少、自分が考えなしなところは自覚しているが。


「大森林は魔力が集まりやすくていいね。土中を住処にする土竜にさえ気を付ければ、魔核の壺にどんどん魔力が溜まっていくよ」

「よくわからんけど、先生は大森林を気に入っているわけか。オレも早く大森林を攻略できるように頑張るぜ!」


 この世界は面白い。

 次々に攻略不可能な敵が現れる。

 そしてまだまだ、自分には成長の余地が残されている。


「ちょっと出かけてくる! なんか走りたくなってきた!」

「いってらっしゃーい」


 腹の底から抑えきれないほどの熱量が溢れ出してきて、イランは外に飛び出した。

 走ってこのワクワクした気持ちを鎮めねば。

 大森林を背にして大丘陵を駆け抜け、人のいない平原に出る。


 剣術を鍛えたいなら大森林に入って魔物と生死をかけて戦うほうが効率がいい。

 しかしただ走るだけなら、障害物のない大丘陵は風を受けて気持ちが良かった。

 たとえ身を切るような寒さでも、魔力を纏っていれば寒くない。


 一時間ほど走っていただろうか。

 平原の向こうから大きな魔力が近づいてくるのを感じた。

 イランに魔力感知ができるほどの技術はない。

 気配やそれに似た存在感のようなものを感じて足を止めた。

 平原をものすごいスピードでやってくる。

 しかし、地面を駆けているわけではなかった。

 空を飛んでいる。

 地面から十メートルくらいだろうか。

 高度を維持して、弾丸のように迫ってくる。


「あれって……あいつか?」


 飛んでくるのは、知った顔のやつだった。

 撃ち落してやろう。

 足元の小石を拾い、魔力を纏わせて投擲した。

 小石の弾丸が飛んでいく。

 飛んでいた人間を撃ち落すことはできなかったが、こちらに意識を向けることには成功した。


「降りて来いよ! てめえ!」


 空を飛んでいることにもびっくりだが、魔力の万能性を知るいい機会だ。

 地面に降り立つあいつを見て、イランは敵愾心を燃やしていく。

 なんでかわからないが、イランはあいつの一挙手一投足が気に入らなかった。


「てめえ、やっぱり実力隠してやがっただろ!」

「えーっと……あはは」

「笑ってごまかすんじゃねえ!」

「すみません……」


 あいつはしゅんと項垂れた。

 いつもと違って余裕がなさそうだが、そんなところも演技ではないかと勘繰って、やっぱり腹が立った。

 イランは厚手のローブを着たあいつが、背中に剣を背負っていることに目敏く気づいた。


「おい、それ、なんだよ?」


 しまったという顔を一瞬浮かべたが、あいつはすぐに笑みで塗り潰してしまう。

 そんなところも気に入らない。


「これは、お遣いで買ってきた剣です」

「見せろ」

「えっと、いま急いで――」

「見せろ」

「……はい」


 基本的にあいつは逆らわない。

 逆らわないように反抗するから腹が立つのだ。

 剣を恭しく差し出してきたので、イランはひったくるように受け取った。

 片手剣だった。

 柄は使い込まれていて、傷や汚れが目立った。

 鞘は大したことのないごく一般的なものだ。

 普通なら変哲もない剣に見えるが、イランはそうは思わなかった。


 魔力を感じ取れるようになってきて、普段の生活の中でなんだか違和感を感じるときがある。

 そんなときは大抵、魔力を発するものだったりする。

 この剣はまさしく、魔力を発している。

 力強い魔力だ。

 柄を握り、ゆっくりと鞘を払っていくと、押さえ込まれていた魔力が溢れ出してきた。


「なんだ、これ?」


 刀身は血が固まったような色で、ところどころで濃さが違う。

 全体的に黒い剣からは、並々ならぬ衝動のようなものが感じられた。

 血に飢えている、という表現だろうか。

 まるで虎徹だ。

 片手剣をイランは楽々握り、振ってみる。

 刀身が長いが、重さを特に感じない。

 不思議な剣だ。


 何度か素振りすると、魔力を流してみた。

 いままでの練習用に比べて、魔力の流れが格段にいい。

 イランが剣の具合を確かめている間、あいつは笑みを絶やさずに黙って眺めていた。

 なにかを恐れているようにも見える。


「うん。手に馴染む。この剣オレがもらう」

「そんな!」

「なんか文句でもあるのか? 剣が必要ならまた買ってくればいいだろ。飛んで」


 ことさら「飛んで」の部分を強調した。

 あいつの弱みを突く結果になった。


「それでも!」


 一歩前に踏み出してきた。

 それほどまでに渡したくないらしい。


「ここいらではっきりさせようか。逆らっちゃいけない相手が誰か」


 黒血剣を地面に投げ捨て、背中に負った小剣を抜いた。

 魔力を一秒と立たずに纏い、剣を構える。


「坊ちゃまと争う気は、ありません……」

「なら、わかるよな?」

「……かしこまりました」


 頭を下げるが、すごく悔しそうだった。

 我ながらジャイアニズム。

 構わない。

 良い剣は良い持ち主を選ぶものだ。

 そしてこの剣はまさしく自分に相応しい。

 小剣を背中の鞘にしまい、黒血剣を拾い上げた。


「……それでは」


 イランに頭を下げると、あいつはとぼとぼと村に向かって歩いていく。

 かなりショックだったらしい。

 知るか。

 その背中に斬りかかった。

 やはりというか、警戒していたらしく、飛び上がって避けた。


「いきなりなんですか?」

「俺と勝負しようぜ。この剣ならおまえに勝つ」

「道具に頼った強さってどうなんですか?」

「うるせえ!」


 魔剣に魔力を通さないと、ただのなまくら剣だ。

 剣は魔力を流した分だけ吸い取るので、二、三回振っただけで息が上がっている。


「お疲れのようなので帰りますよ?」

「オレがそれを許すと思ってるのかよ」

「剣に振り回されてる人に負ける気はないんで」

「言うじゃねえか!」


 タンッと地面を蹴る。

 鍛えたことが身になっていると思えるほどの出だしだった。

 しかし、まっすぐに振った剣を、あいつは容易く半身で躱す。


「ぼくの剣……」

「うっせ、もうオレの剣だ!」

「自分勝手……」

「だからどうした! 手に入れたいものは力で奪う! それがこの世界のあり方だろうが!」

「……それが慣れないんですが」


 あいつの動きは無駄のない流れるようなものだった。

 気に入らないのを抜きにすれば、参考にしたいくらいだ。

 イランはというと、残念ながら躍動する獣と言う感じだった。

 粗削りなのは自分でもわかっている。

 しかしその中でも洗練されてきていたのだ。

 魔剣を持ったことで、その動きが崩されてしまっている。


 数十分、イランは一方的に斬りかかった。

 以前は木剣だった。

 そのときは何度も当てた。

 しかし手加減されて、わざわざ木剣を受けていたのだと気づかされた。

 魔剣が一度も当たらない。

 一度だけでも当たれば、あいつを瀕死に追いやることができる。

 しかし当たらなければ、棒切れと変わらない。

 しかも魔力を使う棒切れだ。


 イランは魔剣に魔力を通すこともできなくなった。

 疲労が激しすぎる。

 荒い一振りを、あいつは余裕で躱した。

 いままで逃げるだけだったあいつが動いた。

 手首に手刀を叩きこまれて、俺は黒血剣を取り落とした。

 手首が痺れていた。

 開いたり閉じたりもしない。

 あいつは黒血剣を拾い上げ、鞘も拾って剣を納めた。

 その剣を、イランの足元に投げつけてきた。


「もういいですよね? じゃあ帰ります」


 結局、一度も当てられなかった。

 イランの中で、あいつに対する憎しみがさらに募る。

 帰ろうとしていたあいつは、途中で振り返った。


「その剣は坊ちゃまに差し上げますので、ぼくが飛べること、その他もろもろ、他言しないでくださいね?」

「おまえの言うことなんて聞くと思ってんのかよ」

「じゃあその剣、折りますよ?」

「……くそが」


 ここで何を言っても、口約束に過ぎない。

 イランは別に黙ってようとは思わなかった。

 しかし喧伝するのも面倒くさいのでする気もない。

 あいつに関わる時間のすべてが無駄なのだ。

 無駄は好まない。

 だからどうでもいい。


「おまえの大事なもの、また奪ってやるからな!」


 オレはあいつの背中に叫んでいた。

 なぜかはわからない。

 子供ながらの意地だろうか。

 なんだろう。

 あいつと話すといつもイライラさせられる。

 飄々としたあの顔を歪ませてやりたい。

 そう思ったら口を突いて出ていたのだ。


 あいつは振り返らず、飛んで村に帰って行った。

 魔力をうまく使えるようになれば、あんな風な使い方もできるのか。

 癪だが、参考になった。


「くそ!」


 腹立ちが収まらなかった。

 斬った感覚がほしくて、丘陵を抜けて林に入っていく。

 ちょうどよく二頭鷲が頭上から現れた。

 飛びかかってきたところを、黒血剣で撫で切りにした。

 プリンにナイフを入れるように、スパッと二頭鷲が真っ二つになった。

 相変わらず魔力を馬鹿食いするが、斬った瞬間の感覚は癖になる。

 斬って吸収した魔力が、イラン自身に還元されるのを感じた。

 剣に助けられている部分もあるが、自分の実力が底上げされていることを実感する。


「こりゃいい掘り出し物だぜ」


 その日、林の魔物は圧倒的に数を減らし、何体かはアンデッドになって街道を彷徨うという事件が発生したが、イランには興味のないことだった。

 ジェイドのいるプロウ村に戻ると、ジェイドは笑顔で迎えた。


「実験で作った迷宮百階層があるけど、遊んでみる?」

「まじか! 当たり前だ!」

「ちなみに百階層のボスは石化魔牛ね」

「オレ勝てないじゃん!」

「成長あるのみ」

「……その石化魔牛、先生が捕まえてきたんだろ?」

「魔獣士が副職だからね。それに大森林の魔物くらい簡単にあしらえなくて何が魔術師か」

「先生、オレ、剣士」

「言い訳無用」


 ウチの家庭教師はスパルタだ。

 ラスボスの名前を聞いて出鼻を挫かれたが、その後意気揚々とダンジョン攻略に飛び込んでいった。

 二十七階層の土竜で躓き、イランは撤退を余儀なくされた。


「そういえば先生はどのくらいこの村にいるんだ?」

「そうだね、魔核の壺にそこそこ魔力が溜まるのを待って、実験を終えてからだから……あと一年かな」

「ここから出て行くときはオレも連れてってくれよな。頼むよ」

「そこそこ使える腕になったら考えてあげる。最低でも大森林の魔物は全部倒せるようになるくらいかな。迷宮攻略は必須だね」

「む、むちゃくちゃだな……」


 一年。

 長いようで短い。

 大森林のボス、金獅子と石化魔牛。

 この二体を倒すことがイランの最大の壁だった。

人物紹介第2弾


 名前 / ニシェル=ニシェス

 種族 / 森人族

 性別 / 男性

 年齢 / 一〇二歳

 職業 / 賢者、薬草学士、調合師、魔獣学士、戦士、狩人、細工師、付与魔術師、聖域の番人


森に籠っているエルフが多い中、外界に飛び出した異端児。

エルフ社会の中でそれなりの立場にいたようで、威厳はそれなりにある。

職業のほとんどは外界に出たあと、自力で獲得したもの。

己の過去をあまり話したがらないが、かなり苦労をしてきた様子。

そのせいか、他人が苦手なところがある。

アル君を弟子にしたのは、その熱意に押し負けたというのが本音。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「うん。手に馴染む。この剣オレがもらう」「そんな!」 「なんか文句でもあるのか? 剣が必要ならまた買ってくればいいだろ。飛んで」 何と言うか、こんなんで妹を守れるのかな。それとも決着の時に…
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