第41話 ステータス
名前 / ニシェル=ニシェス
種族 / 森人族
性別 / 男性
年齢 / 一〇二歳
職業 / 賢者、薬草学士、調合師、魔獣学士、戦士、狩人、細工師、付与魔術師、聖域の番人
… … ……… … … …………
なんかいろいろと中二要素溢れるキャラ紹介が出てきて焦った。
というより年齢。
百二歳。
人間なら長寿でテレビに出演できる。
エルフはずるい。
百年以上生きてきて、見た目が青年って……。
「どこまで読めたかの?」
「名前、種族、性別、年齢、職業までです。それより下は、擦れています」
「ふむ。初めからそれくらい読めるなら問題なかろう」
「これ以上読むことができるんですか?」
「無論じゃよ。才能、技能、その人物の生い立ち、系譜、これからの運命まで読み解ける。精霊はすべてを知っておる。だから、精霊の導きのあらんことを、とよく言うじゃろ」
「生まれてこの方一度も使ったことありませんが?」
師匠は雷に打たれたような衝撃を受けていた。
いや知らんがな。
「なんと。人間族は信仰心が足らんな。魔力が使えるのもすべては精霊の加護だと言うのに」
そう言われましても。
俺に信仰心なんて皆無だ。
まだぐちぐち言っているので、俺は気になったことを聞いてみる。
「師匠の職業の覧に聖域の番人ってあるんですけど、これって何です?」
「森人族が他種族に秘匿する聖地があってじゃな、それを守護する者の名称じゃな」
「なんだかエルフっぽい話ですね」
「おい、わしはエルフじゃ」
漫才はご愛嬌。
「聖地はわしらにとっての心臓部と言っても過言ではない。森人族とは守り人の意味合いもあっての、聖地を守るための種族でもあるのじゃ。わしは若い頃の数十年間、番人を務めたことがある。以前は言わなかったが、首の紋様は番人の証というわけじゃ」
「賢者とその他の職業がありますがこれは?」
それぞれの職業について、師匠が説明してくれる。
賢者…魔導士の最上位クラス。威力・範囲ともに魔導士を上回る。魔力に補正がかかる。
薬草学士…千以上の薬草についての知識を持った者の称号。調合に補正がかかる。
調合師…素材を混ぜ合わせて薬を作り出す者の称号。薬の質の向上に補正がかかる。
魔獣学士…千以上の魔獣についての知識を持った者の称号。魔獣に特攻効果。
戦士…千以上の戦闘経験を持った者の称号。攻撃に補正がかかる。
狩人…森で弓を扱う者の称号。視力と空間把握力に補正がかかる。
細工師…鉱物を細工して装備品を生み出す者の称号。手先の器用さに補正がかかる。
付与魔術師…装備品に魔力を付与させる者の称号。魔力値に補正をかけたり、属性をかける。
「そういうおまえは魔術師と奴隷と殺人者の職業がついておるがの」
ドキッと心臓がはねた。
俺は極力顔に出さないように振る舞う。
「魔術師と奴隷はわかりますが、殺人者ですか? 職業っぽくないんですけど」
「自分と同種族を殺したことのあるものが得られる称号じゃな。効果は同族を殺すことへの罪悪感を減らしたりするのう。職と立場をひとくくりにしているが、まあ気にすることもあるまい。そもそもわしは才能の覧に殺人者があることもあって、最初おまえを警戒したのじゃ」
だから森を逃げ回っていたんですね。
見た目七歳だから森の魔物を行く先々で屠ってくれていたらしいけど。
「五歳のとき暗殺者を撃退した功績ってやつです。威力なんて考えず、部屋が半壊するほどに撃ち込みましたから」
「己の力がどれほど危険なものか、ゆめゆめ忘れるなよ? エルフにとっては大したことがなくとも、おまえの世界では異常じゃろう」
「もちろんですよ」
「なんというか、おまえの情報は読み難いの」
「どういうことですか?」
「文字が重なって見えるのじゃ。ほとんど二重になっているが、一部違う部分もある」
「それは……ぼくがふたりいるからだと」
「……やはりか」
話していいものなのか自信はない。
しかし誰かに聞いてもらいたかったし、この世界ではそれがどれほど不自然なことなのか教えてもらいたかった。
俺が思っているよりこういうことは異世界では一般的で、日常によくあることなら安心だし、忌み嫌われていることなら今後一切他言はしないよう努める方向でいけばいい。
師匠ならばなにか優良な答えを聞ける気がした。
最初に妹に話さない時点で、俺って相当の人間不信だなと悟る。
「人格がふたつあるということか」
「いえ、このアルシエルの体に、ぼくが転生したみたいなんです。ぼくは前世の記憶も持っていますし、最近はずっとアルシエルの体を間借りしている状態です」
「その魔術の腕も前世の記憶があればこそ、であるのかのう」
「信じるんですか?」
「信じないと否定するほど狭窄ではないぞ。また信ずるに足る証拠は、おまえのステータスを見ればわかる。おまえの情報は同じようでいて細部が微妙に違うからの」
「違う?」
「自分で見てみるといいのう」
言われて、自分の手に目を向ける。
そうすると文字が浮かんでくる。
こんな使い道もあったのか。
名前 / アルシエル・ラインゴールド(阿部聡介)
種族 / 人間族
性別 / 男
年齢 / 八歳(三十五歳)
職業 / 魔術師、戦士、殺人者(異界の住人)
「や、全然細部じゃないんですけど。万遍なく違うんですけど」
いつの間にか年齢がひとつ上がっている。まあそれはいい。
「名前が重複するのもたまにあることよ。親の名付け名と自ら名乗る名がかぶることもあるしの。年齢は、さすがにおかしいとわしも思ったがな」
「納得してもらえたのならよかったです」
異世界からの転生。
それについても、気になる職業がある。
職業?
「ところで異界の住人が気になるのですが?」
「わしも初めて見る」
「転生したぼくは、実は異世界からやってきたと言ったら信じますか?」
「……さすがのわしでもはいそうですかとは信じられんな。今まで聞いたこともない」
「ですよねー」
俺がエルフに抱くイメージは、まさしく賢者だ。
この世界の知識を内包している。
その賢者で師匠な彼が知らないことを認めた。
やはりこの世界での他言は控えたほうがいいな。
「転生はそう珍しいものではない。何十万人にひとりだが、そういうこともある。だいたいは魔力が強くこの世に未練を残したものが、その血筋の子孫になって蘇るのだ。あるいは生前の自分に近い体に宿るというふうにな。アンデッド系の特殊能力の分類として考えられておる。おまえの言う、イセカイ、という場所からの転生もないわけではないのだろうがのう」
「ざっくりですね」
「わからないことを断定はせぬよ」
「エルフの器は大きいようで」
もしも村人に話したら、気味悪がられること必至だ。
人って共通意識を大切にするよねー。
その中で明らかに俺は異端だろう。
「器が大きいものか。聖地のエルフは堅物よ。知らぬものを否定し、自らの知己だけを愛する変態どもじゃ。世を知り、世の大きさに圧倒されたからこそのわしの考えじゃな」
「師匠だから、ということでしょうか?」
「そりゃあ個人差はあるがの。わしは初めて街に出て、トイレの水洗浄式に感銘を受けたからの」
師匠が笑う。
そんなことでも自らの常識を覆されたと言っているのだ。
俺も笑う。
「聖地のエルフははっぱでお尻を拭くのですか?」
「おお、そうじゃ。よくわかったの。匂いがいいやつを使うんじゃ」
無駄な知識とは言うまい。
何が役に立つかわからないのだ。
「ともかく、この鑑定の力は意外と役に立つ。水場を探すのにも、森で食料を見つけるにも重宝するからの。知っておいて損はない」
チートスキルですね、わかります。
初対面の人間に使えばステータスを視ることができる。
ゲームの様にレベルやステータスの数値化はできないようだが、名前と年齢、職業がわかるだけでも、相手が嘘を吐くか見抜けるというものだ。
「鑑定というと商人のスキルのようなイメージがありますが、商人はみなさんこのスキルを備えているのでしょうか?」
「滅多にいないの。鑑定というものを理解している種族は少ない。エルフはそれほどの知識と技術を持つと言うことだ」
「エルフは天狗ですね」
「てんぐ?」
師匠は首を傾げた。
この世界に天狗はいないようだ。
「伸びた鼻っ柱をいつか叩き折ってあげます」
「よくわからんが挑発されておるようじゃの。いつでもかかってくるがよい」
俺と師匠の関係は、だいたいこんな感じだ。
一から十まで教えてくれるわけではないが、そんなの当たり前だ。
俺が知識を欲する。
それを師匠が己の匙加減で嘘か真かわからない答えを出す。
俺は疑いつつ、それが正しいことなのか自分で解を出していくのだ。
師匠は可愛くもない俺を平気で崖から突き落とすし、俺のことを弱い種族だとはっきりと言う。
師匠をいつか超えるつもりでいる。
そうすれば鼻を明かせるしな。
悔しそうな顔をする師匠に、いつか「ざまあ」と言うのが俺の夢だ。
批判は受け付けない。
事実、そのときはじめて、対等になれるのだと思う。
「物を視たときには実際どういう風に見えるのでしょうか?」
「試しに見てみるか?」
師匠は肩に背負っていた弓を手渡してくれた。
鑑定を使ってみる。
武器・弓 / エルブンボウ+62
属性 / 神風
スキル / 弾道補正・威力補正・魔術付与可・精霊の加護
ぱっと見ただけでものすごいものだと分かる。
しかし62って数字はなんだ。
標準的な弓の強さというものがわからないので、プラスされる数値の上昇値もさっぱりわからない。
しかし、付けられたスキルには脱帽する。
狙いを定めればだいたい迷わず飛んでいく、ということである。
ずるい。
チートだ。
「鍛えたからの」
満更でもない顔をして、師匠はにやりと笑った。
清廉な師匠にしては滅多に見せない意地の悪い笑みを浮かべた。
「鑑定ひとつで楽に暮らしていけるのじゃ。武器にする材料にも事欠かないからの」
「じゃ、じゃあ、たとえばですよ? この鑑定のスキルがあれば、超強い武器とかわかったりするんですか?」
「鑑定さえできれば掘り出し物も見つけられるじゃろ。基本、武器に付与されたスキルは目に見えないからの。使ってみて初めて効果を理解する場合もあるし、使い方を知らずに生涯一度も能力を引き出せないこともあるのじゃ」
これやばくね?
目の前には明るい未来しかないんですけど。
これがいわゆる商人チートってやつですかい?
俺は自分の頬が緩むのが分かった。
「ちょっと町へ繰り出してもいいですか? 市とかで掘り出し物見たいです!」
「いいじゃろ。ついでじゃから人目を避けるように風魔術で飛んで行け。文字通りな。到着まで一度も地面に足をつけないことが条件じゃ」
町までは馬車を使っても三日かかる。
しかし足場に風を作り出し高速で移動する風魔術ならば数時間ぐらいで到着できるはずだ。
これから向かう町は、神官父娘と出会ったキリスクの町だ。
前回は縁がなかったが、あそこには市が立ち、武器や防具が露店に数えきれないほど並んでいる。
いまは冬に差し掛かったところで、行商たちはこれから本格的な冬が来る前に商品を捌いて南に下ってしまうだろう。
善は急げである。
師匠に一礼してから、俺は森を飛んだ。
「人間とは忙しないの」
師匠が微笑ましそうに弟子である俺の背中を見送った。
たまに後書きに登場人物のステータスを乗せます。




