第40話 鑑定スキル
「詠唱って必要ですか?」
「必要不必要ではない。大抵の者は詠唱せねば魔術が発動せん」
とある昼下がり、師匠への質問タイムである。
大森林の開けた場所で、俺は木陰で大の字になって転がっている。
先ほどまでハイ・ブーストの状態で剣の打ち合いをしていたので、指一本動かすのすら億劫だった。
師匠も木の根に腰を下ろしているが、たびたび立ち上がりそうになったので俺は話題を振った。
すると師匠の腰は木の根にゆっくりと落ち着いた。
話しかければそちらを優先してくれるようなので、少しでも話を伸ばして体力の回復に努める手段に出たのだ。
魔力全開での組手は、容赦がなかった。
いや、手加減してくれていなければ、俺なんて微塵も残らず消し飛んでいるだろう。
受けるのはまずいなと思って避けた斬撃が、俺の後ろにあった巨木をあっさり切り倒していた。
ハイ・ブーストで守られているのでそんな風にはならないと思っていても、背筋が寒くなるものだ。
師匠は俺が出せる限界の、それよりちょっと上くらいをずっとキープして仕掛けてくる。
あいかわらずたちが悪い。
「でも師匠は詠唱してませんが」
「魔術にもっとも造詣の深い種族じゃからな」
「さいですか」
身内自慢入りましたー!
「人族の身で無詠唱はなかなかおらん。人族は大ざっぱじゃからの。魔力の操作を獣人の次に不得意にしているのじゃ。じゃから、おまえが才能ないのも無理ないことかもしれんの」
あれ? 俺どころか種族丸ごとディスられてません?
「むっ、それも個人差があると思いますが」
「専門であるか片手間であるかの違いよ。狩猟を基本にしている者と、農耕の合間に狩猟をおこなう者が同じ力量なはずもない。才能もなくはないとは思うがの」
「ぼくら人族は片手間ということですか?」
「そういうことじゃ。この世界の最大人口を誇る種族だけに、発展の代償は身体能力と魔力適正の低さということじゃ。逆に魔力が低いから発展することに頭を使ったのじゃろうな」
「広く浅くって感じですね」
「そうじゃの。万能じゃが、特化した分野はないといったところかの」
うまく相槌を打てば、師匠はさらに話しを広げてくれる。
決してちょろいなんて思ってないよ? ほんとだよ?
「肉体的な強さは鬼人族や竜人族の足元にも及ばぬ。身体機能は獣人族に劣り、魔術方面では森人族に敵わぬ。加工技術にしろ岩人族の品質を再現するのは不可能」
鬼人族、竜人族。
いま初めて聞いた。
なんでもどちらの種族も鋼のような頑強な肌を持ち、平均身長はゆうに二メートルを超えるという。
竜の鱗とかついてそう。
竜の様に火を吹けるのが竜人族。
竜人の炎でも耐え切ってしまう強固な肉体を持つのが鬼人族らしい。
そして獣人族。
身体能力、特に敏捷能力は他の追随を許さないとか。
おまけに五感が鋭く彼らに奇襲することは不可能に近いという。
岩人族。
これはいわゆるドワーフ。
剣や鎧を作らせれば右に出る者はいない。
ミスリルとかオリハルコンとか、ファンタジーな剣を作ってそう。
「人間いいとこなしですね」
「万能型だと言ったじゃろ。鬼人族、竜人族は個々で戦うことを好むが、人は集団の力でこれを圧倒できる。嗅覚や聴覚に優れる獣人族には、望遠鏡や煙幕といった道具でカバーする。魔術方面ではイマイチだがの、岩人族の最高品質には届かないまでも、彼らにはできない大量生産が可能。商売を始めたのは人族だからの、貨幣や法律といった新しい分野を生み出すのが得意なのじゃ」
「ま、人はひとりで生きていけませんからね」
この世界は亜人の種類も多いようだ。
人族の国がたくさんあるのは調べて知っているが、亜人種だけの国や土地があり、魔族と呼ばれる魔物を使役するような危険な大陸があることもわかっている。
俺が生きているうちには、そういう人類の存亡をかけた世界大戦的なことは行わないでほしい。
そんなことよりチートでハーレムのような生活が送れればいいのです。
まず嫁第一候補はナルシェね。
姉さん女房。憧れるね。
俺の好みは年上系である。
しかしナルシェには恐れられているというマイナス要素がある。
もしもう一度出会えたらなら、どうやってその問題をひっくり返すかである。
第二候補は……まあ明確にするのもやめておこうか。
いまから意識してうまく話せなくなってもつまらないし。
「おまえがいまから剣士を極めようと思っても難しいじゃろうな。すでに魔術師としての体になっておる。極める必要もないしの。魔術師として広く浅く覚えるか、ひとつの武術に深く狭く傾倒していくかの違いじゃ。人族は寿命が短いから、そうせざるを得ないのじゃよ」
本業か、副業か、そんな話を師匠としているんだったか。
頭の中で話が完全に逸れてしまっていた。
頭を切り替えよう。
狭く深くか、広く浅くか。
なんとなくわかる。
俺が今からイランに勝てるほどの剣術を覚えるとなると、何年かかるか。
下手したら剣だけに打ち込んで何十年とかかるかもしれない。
その間魔術の訓練をする暇もないだろう。
いや、お互いに助け合う部分は確かにある。
身体強化は剣術と一緒に伸ばしていけるはずだ。
でもまあそれはつまるところ、剣士向きの魔力操作に秀でることに他ならない。
魔法をドッカンドッカン打ちながら、接近した相手には剣でズバッと、なんて完璧超人を目指すことになりそうだ。
きっとそんな俺は、剣を極めた剣士には接近されるだけで致命的だろう。
純粋な魔術師と魔術の攻防をしたら、きっと押し負けるに違いない。
器用貧乏。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
人間族の体現者、それが俺か。
いいとこなしだな。
「これから覚えてもらう中で最優先にしたいのが、鑑定能力じゃな」
「鑑定能力?」
ここにきてRPG要素が出てきたな。
ちょっと心が躍る。
「鑑定能力と言っても、詠唱と同じようなものよ。形式じゃ。詠唱が必要ないのと同じように、鑑定なんて言葉がなくとも、ただ目に魔力を集めてものの本質を精霊語で読むだけと言ってしまえばそれだけじゃ」
「ぶっちゃけますね。いわゆる名称ってことですよね」
この能力にはこんな効果がありますよ~、この詠唱にはこんな魔術が発動しますよ~、とそんな感じか。
「この世のすべてには魔力が宿っており、同時に精霊語で情報が書き込まれておる。例えば人族が良く使うヒーリング。
“天上の父なる御方の慈愛、大地の母なる御方の抱擁をこの者に与えん”
これは精霊語を人語に読み直したのじゃな。その分本来の威力に遠く及ばんが、人族は自分たちの種族なら誰でも使えるように工夫したのじゃ」
「なるほど」
目から鱗だった。
人族は万能薬を作れるが、万能だけあってひとつひとつの症状には効き目が弱い。
無詠唱や精霊語を扱うエルフは特効薬を使えるが、適した処方を毎度する必要がある。
医者にかかるよりコンビニで市販薬買って対処する人が少なくないもんな。
そういうものか?
「話を戻すのじゃ。目に魔力を集めてわしを視てみい」
言われたとおりにしてみた。
師匠からは立ち上る覇気にも似た魔力が見えた。
あれだ。
スーパーやさい人の金色オーラみたいな。
ただ、師匠のそれはいままで出会ったどんな人物よりも魔力が桁外れだ。
残念ながらパパジャンは足元にも及ばない。
乙。
「全体を把握し、魔力を読み取ろうとしてみい。わしの魔力をひとつのものとして視るのじゃ。慣れれば自然とできるようになろう」
じっと目を凝らしてみる。
全体を見るように。
ニシェル=ニシェスというひとつの魔力を視るように。
数分後。
「なにも視えません。というか男をじっと見て何が楽しいんだ! 女の子がいいよ! モチベーションが上がらないよ!」
「本当にぶっちゃけたの。坊主のくせに女たらしか」
「言われてほいほいできたら修行の意味がないでしょ」
「おまえならこれまで鍛えてきた分、すぐに覚えると思ったがの」
あらやだ。期待されてるみたい。
ちょっと持ち上げられると弱いな。
気分が良くなってしまう。
俺は褒められて伸びる子だ。
才能がないだの、人間族は魔力適正が低いだのボロクソ言われている分、嬉しくなってしまう。
その日一日中、俺は見たくもない男をじっと見つめた。
あらやだ、ニシェルさん男から見てもハンサムじゃない。
それに彼のナニも欧米だし……。
と、ふざけているうちに、ようやくその日の終わりには魔力を文字として読むことができるようになっていた。
ごちゃごちゃと見たこともない字がうっすらとだが見える。
それは言われてみるまで気づけないくらいのミミズがのたくったような文字だ。
文字か。
そう、文字だ。
「一個も読めないよ!」
「精霊の文字じゃからの」
「どうしろと……」
この日から精霊語の勉強も始まる。
さらにひと月が過ぎて冬の到来を迎えた頃、師匠からの精霊語の指導もあり、俺はようやく読めるようになった。




