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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第一部 幼年時代
31/204

第31話 初めての修行

 リエラとファビエンヌの顔合わせは実にスムーズに済まされた。


「……」

「……」

「リエラ」

「ファビエンヌよ」

「……こんにちは」

「あなたがアルの妹よね。髪の色を見ればわかるわ。きれいな赤色ね。とってもかわいいと思うわ」

「……ありがとう」


 妹はもじもじしていた。

 多少人見知りなところがあるのだ。

 俺の後ろで人と接することが多かったから、いつしか初対面には俺の後ろに隠れる癖がついてしまった。


 それと対称的に、ファビエンヌはずかずかと内側に入ってくる。

 父とともに旅をして、人と接する機会が多かったからか、臆することを知らない。

 俺のときと態度が違うのは、俺が魔術師だと知って警戒していたからだ。

 妹は魔術が使えないことを、すでにファビエンヌには言ってある。


 ムダニとエド神官が家の中に入ってから、俺はファビエンヌを連れて妹を探した。

 妹はお使いに出ていて、近所の鍛冶屋のところにいた。

 ムダニとイランの新しい木靴を受け取りにいっていたようだ。

 ちなみに俺と妹の靴は、布を重ねただけの簡素なものだ。

 包帯を足に巻いているのと変わりない。

 リエラのお使いを済ませ、自己紹介となった。


「リエラはお花好き?」

「好き」

「じゃあお花を摘みに行きましょ!」

「えっと……」


 リエラは俺に目を向けてくる。

 この後の仕事をどうすればいいのかわからないのだ。


「大丈夫、俺がやっとくから。仲良くなるついでにファビーと遊んできな」

「うん」


 妹はちょっと不安そうだった。

 ムダニの暴力によって、相手の顔色を窺うという癖が無意識についている。

 俺もまたそうだ。

 相手の気に障ることはしないように心掛けるようになった。


「大丈夫」


 もう一度強く言うと、妹はこくりと頷いた。

 内気な妹はあっさりファビエンヌの侵入を許し、手を引かれて連れていかれた。

 ファビエンヌからマシンガンのような質問攻撃を受けているが、すぐに仲良くなるだろう。

 ファビエンヌは裏表のない良い子だし、リエラも最初の人見知りを乗り越えれば、分け隔てなく優しくできる俺の自慢の妹だ。


 ひとりになった俺は、さてどうしようかと考えを巡らせる。

 ふと無意識に裏山のほうに目を向けた。

 聳えたつ緑の山から漂う魔力を、俺は肌で感じた。

 何かが近づいてくる。


「待たせたの。魔力は溜まりきったかの」


 そう言って山の方から、耳の長い美青年エルフ、ニシェル=ニシェスが現れた。

 数日間顔を合わせなかったというのに、ニシェルは気にした様子はない。

 エルフは時間の感覚が少しずれているのだろう。

 そう思うことにした。


「しばらく離れておったようだの。戻ってきたり出かけたりを繰り返していたようじゃが」


 ストーキングされていたらしい。

 全然気づかなかった。

 頭が上がらないね。

 だから師匠なんだけどね。


「師匠、すみませんでした。用事で町まで使いに行っていましたので」

「構わんよ。わしはその間に大森林のほぼ全域を把握したからの」

「さすがは師匠。人間の魔術師だってなかなかできませんよ」

「そうか? 褒めるな褒めるな」


 機嫌が良さそうである。

 褒め殺しに弱いのかもしれない。

 何かあったらとにかく持ち上げるようにしよう。


「早速じゃが時間はあるかの?」

「あまり時間は取れませんが」

「構わん。今日はおまえがどれほど力があるかの確認をするからの」

「わかりました。よろしくお願いします!」


 俺は甘く見ていた。

 このエルフ、自分規格で物事を判断するようで。

 ついてこれて当然とばかりに、鬼ごっこの再来。

 大森林の頭上すれすれを風魔術で飛ぶ訓練。


 森を横断すると休む間もなく大霊峰を登りだした。

 今度は飛ぶことを禁止され、足や腕に魔力を纏わせて身体能力を向上させての登山、いや、崖登りである。

 足場の悪い急斜面を、師匠はひょいひょいと身軽に、羽を生やしたように跳ねて登っていく。


 俺は足場の岩を逐次確認しつつ、飛び上がって登る。たまに足を滑らせたり、足場が崩れたりして死ぬかと思った。

 息が上がり、疲労がじわじわと体を蝕んできた頃、大霊峰の二合目あたりで師匠は登山をやめた。


「圧倒的に魔力が少ないの。それでは大霊峰を登れんぞ?」

「いや、山を登るとか予定になかったんですけど。オリエンテーリングどおりに進めてくださいよ。時間、やばいんですからね」

「何を言っとる。魔力を使い切るギリギリを見定めなければ確認にならんじゃろ」


 あ、言葉が通じないな、と思ったのも後の祭り。


「じゃあこっから飛び降りて大森林を抜け、小さな山のてっぺんまで行くぞ」

「師匠、俺に死ねと?」

「これで死ぬようじゃ弟子とも呼べんな」

「ぬぐぐ……」


 俺は唇を噛んだ。

 だが、師事を乞う以上、師匠の出した課題をクリアできずに弟子とは名乗れない。


「わかり、ました……」

「うむ。では先に行って待ってるぞ」


 師匠は切り立った崖から身を翻した。

 紐なしバンジーである。


「うおっ」


 驚いて淵に駆け寄ると、師匠は岩場を蹴りスピードを殺すことなく斜めに下っている。

 山の急な斜面、鋸のような切り立った岩場、そして落下速度をものともしない。

 俺もいつかあんな風になれるのかな。

 たぶんそのときは人間やめてるんだろうな。うん。


 めちゃめちゃ怖い。

 怖いけどやるしかない。

 この世界は魔力さえあればなんとかなるでたらめ世界だ。

 大丈夫。

 死なない死なない。

 スキーの要領だ。

 落下速度を岩場を蹴りつけることで押さえ、同時に前に進む力に変える。

 何度も息を整え、頭でイメージを作る。

 ここは雪山、斜面を滑るように……。


 俺は意を決し、崖から飛び降りた。

 そして数秒後、右足が変な方向に曲がって、平たい岩場に仰向けに倒れていた。

 どっと冷や汗が噴出している。

 涙が勝手に滲んできた。


「リエラ、お兄ちゃん死にそうです。いまだかつてないほど死に直面してるとです」


 三歩目の足場が不安定で体のバランスを崩した。

 尖った岩に叩きつけられる寸前で、なんとか体を捻って串刺しを免れたと思ったが、次の足場で魔力をうまく集めることができず右足が犠牲になってしまった。


「あああ、痛い痛い痛い……痛いの痛いの飛んで行けぇ! できたらイランのほうにでも飛んで行けぇ!」


 痛みが遅れて襲ってきたので、慌てて治癒魔術をかけた。

 我が師匠はハードだぜ。

 スパルタンだ。容赦がない。

 確かに命がなくなるくらいの危機的状況なら、無理やりでも魔術操作レベルを上げるしかない。


 甘え=死。

 油断=死。

 未熟=死。

 おおう。


 意図はバカな俺にもわかる。

 でも、理解できたのと実践するのは違うと思うんだ。

 生傷どころの話じゃないよ。

 千尋の谷から飛び降りて見せ、おまえもやれとか……。

 傷を治して立ち上がり、眼下を望む。


 ヒュオオオオオオ……


 身を切るような風が吹いている。

 この世界は弱者に優しくないとです。

 お兄ちゃん、元の世界が恋しくなってきたとです。

 部屋に引きこもってポテチつまんで、毎日パソコンの前でダラダラと安全に暮らしたいとです。


「ふぅ……行くか」


 現実逃避終了のお知らせ。

 痛みでビビって、豚一家と二年間も付き合えるか。

 おまえ元の世界帰れるよと神様に突然言われても、リエラを置いて帰るつもりはないからな。

 妹LOVEなんで、あっし。

 俺は屈伸をし、痛みがないことを確認すると、再度崖を飛び降りる。


 今度は大きな怪我をすることもなく、大森林まで下ることができた。

 楽な道のりではなかった。

 何度も立ち止まった。

 師匠に比べたらカメの鈍足さで下山した。

 途中の岩場に魔物の死骸が無数に転がっていたのを見て、師匠が優先的に始末してくれたのが分かった。

 それでも体中に夥しい数の痣と擦り傷を作った。


「大森林は~……上を飛んでくほどの体力は残ってない……」


 魔力は底を尽きかけている。

 七歳児にしては多い方だろうに、師匠にばっさり切って捨てられた。

 さすがエルフ。

 何百年も生きているらしいし、生まれて数年の子供の気持ちなんてわからないのだろうな。


「なら走っていくしかないじゃない?」


 跳んでいくよりも走るほうが魔力の消費を抑えられる。

 最小の魔力で最大の効果を。

 俺の目指す魔力操作術である。

 ないならないなりに節約すべきである。

 人間、最大の節約術は自然に還ることである。

 銛を手にとったどーと叫ぶ人も、節約のためにお金が無くなると海で暮らしていたではないか。


 それはともかく。

 魔力は足全体に纏うのではなく、足の裏側、靴と地面の接地面だけ。

 それだけでも足にかかる魔力消費を三〇%はカットできる。


「でもこれ、咄嗟に魔物に襲われると弱いんだよなあ」


 突然の襲撃がないように祈りたい。

 部分的に魔力を当てるには集中力がいる。

 大雑把に足に魔力を集めるだけなら、コストはかかるが片手間にできるのだ。

 俺はまだ一か所にしか集められない。

 それくらい魔力操作というものは難しい。

 肌に触れてくる空気の流れを感じ、風を自力で動かすようなものだ。


 足に魔力を集めて脚力強化、高速移動をしつつ、拳に魔力を集めて必殺パンチ。

 せめてこれくらいはやってのけたいと思っている。

 道を塞ぐ大きな岩を、跳び箱の要領で飛び越える。

 正面に迫りくる巨木の枝は、ひらりと背面飛びでかわす。

 渦を巻いた忍者漫画の森の移動シーンを思い出した。

 チャクラと魔力ってなんか似てるってばよ。


 魔力を体に馴染ませることが何より大事。

 ごく普通に呼吸するように、ごく普通に魔力を操れるようになるのが課題。

 それさえわかっていれば師匠の意図はわかる。

 今度から魔力を込めたランニングも日課の練習に入れようかな。

 自分の足りない部分や補足しなければいけない部分を、ギリギリのところに追いやられることで見つけることができる。

 そこまで考えて俺を追い込んでいるのなら、さすがは師匠だ。


「……いや? ついてこれないなら弟子入りの話をなしにしようかと思ってのお。人族の子供がどれほど叩いていいのかわしは知らんからの」


 特に深い意味はなかった!

 裏山のてっぺんに生えた一際大きな木。

 その太い枝に寝転び、師匠はそんなふうにのたまった。

 俺は力が抜けるのを感じ、ぐったりと仰向けに倒れた。


「ちと遅かったが、わしの指導に耐えられる魔力はあるようじゃから合格じゃ」

「や、やったぁ……」

「明日からいまのコースを終えて、わしの元までやってこい」

「……え?」


 俺は耳を疑った。


「言った通りじゃ。わしは魔力を抑えんから、ここから見える大森林のどこかにいるかわかるじゃろ」

「わかりませんが?」

「そこは自分で考えろ。わしを見つけられたら、その日は教えてやろう」


 さすがはスパルタン。

 どこにも甘さはなかった。

 魔力感知は魔力を五感で探ることだ。

 視覚に頼ることが大きいが、その他の感覚でも探すことは可能だと師匠は言う。


「わしはわしの目的で動いておる。そのついでに教えるつもりじゃ。わしを見つけ出せたらいつだって教えてやろう」

「恐縮です」

「せんでいい。小さいなりにしては見所があるからの。ともかくわしを見つけてみよ」


 美形のエルフが笑うと、とても眩しかった。

 心も体もブサメンの俺は隣にいるのも大変である。


「最近魔物たちが活性化しているようでの、異常に増えておる。大森林の魔物が現れたら必ず仕留めることじゃ。今回は目につく魔物はわしが狩ったからの。次は自分で間引くように」

「間引けって、随分簡単に言ってくれますけど」

「それと死骸は必ず土に埋めるか、焼くことじゃ。放っておけば他の魔物や死霊系が涌くからな。素材や肉が欲しければ、埋める前にいくらでも取って構わん。これも修行じゃ」

「それが師匠の目的ですか?」

「その根っこをなんとかするのが目的と言えるの」

「魔物を活性化する何かがあるんですか?」

「この土地に問題があると思ったんだがの。確かに大森林と大霊峰はこのあたりでは特に魔力素が濃い地域じゃからの。だが、地脈には何も問題はなかった。何か他にこのあたりに魔力の塊のようなものが現れたのじゃ」

「魔力の塊?」

「魔族に匹敵するほどの魔力量を持つなにかじゃ」

「魔族?」

「まあ、おいおいその話はしていくかの。それよりいいのか? あまり時間がないと話しておったが」

「あ、そうでした。では師匠、またお願いします!」

「ああ、気をつけて帰るがいい」


 ピシッと斜め45度に頭を下げて、俺は裏山を駆け下りた。

 大森林を抜けるより苦も無く下山する。

 裏山は庭みたいなものだ。

 魔術を使わずに走りながら、泥だらけの体に水魔術をかける。

 汚れを落とし、服を火魔術と風魔術の混合魔術で乾燥させる。

 移動術と併用して属性魔術を使うには、集中力も操作技術も足りない。

 だから普通に駆けながらだ。


 だが、まだ七歳だ。

 十年後でもまだ十七歳。

 アルシエルの体は、まだ成長期を抜け出ない。

 その間に修得できれば問題ない。


 今の年齢で魔術のエキスパートとも呼べる師匠に出会えたのは、幸運と言っていい。

 このエルフはどうやら、属性魔術や小手先の魔術より、魔力槽の拡張や魔力操作を格段に上げるための修行に主眼を置いているようで、未熟な自分という壁にぶつかっている俺に、必要なことが何かをすべて見通して指導してくれる。

 見つけなければ指導はしないというが、見つけるまでがすでに修行だった。


 俺はいまからワクワクしていた。

 ひとりでは限界があったが、その限界を突き破ってくれる信頼の置ける人物に巡り合えたのだ。

再びエルフ出せました……。

でもまだ力量は未知数ですね。

アル君もこれから成長することでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「甘え=死。 油断=死。未熟=死。 おおう。  意図はバカな俺にもわかる」 しっかり、敵を殺せるように心を鍛えられるのかな。
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