第139話 訓練開始
※空白期間あって忘れている方向け。
大洞窟で転生者とバトって勝利。いろいろスキル強奪。からの気絶。
大平原の大王亀のキャンプ地へ帰還したアル一行。
奪った〈全盛期〉のスキルで身体が青年になってしまっていた!←いまここ。
砂埃が風に吹かれる荒野に、ポツンと少女たちが横一列に立っていた。
乾燥した大地に生き物の気配はないが、一方で少女たちは生命力に満ち溢れているように見える。
彼女たちの前を、後ろ手に組んだ青年が軍曹のような厳しい顔つきで往復している。
「怪我が治った。歩けるようになった。諸君、それからするべきことはなんだ!」
「ふにゃあ、昼寝~」
「ややー!(お手伝いできます! お任せあれ!)」
「ニィニャ追いかけっこしたい」
「うぅ~あ~」
あどけない四人の少女たちは、並んで立ってはいるものの、日向ぼっこの途中に連れてこられたからか、あまり集中力はなさそうである。
猫耳ふたりは瓜二つでお互いの髪や尻尾をいじっていたし、モサモサの黒髪のガリガリの子はあっさり座り込んで、足元に落ちている石の破片を左右に選り分け始めた。
全員が並んで立っていられたのは、ものの十秒というところだった。
短い。
唯一姿勢を崩さずピシッと立っているのは、馬の下半身を持つ少女で、指先まで伸ばして直立している。
だがそれも、猫耳のふたりが後ろに回り、尻尾の毛を三つ編みにし始めるまでだった。
そんな気の抜けた少女たちにほだされ、一瞬項垂れた青年は、だがしかし赤いマントを翻して胸を張る。
「そう、特訓である。爛れた幼女全裸祭りもいいだろう。それはいずれご褒美に取っておくとしてだ。しかし俺は君たちが、君たちだけでも苦難を乗り越えられる力をつけて欲しいと常々思っている。ミィナが強敵と戦い、腕が千切れてまで勝利をもぎ取った話を聞いたときは正直生きた心地がしなかった。ミィナの腕をもいだボケを百回地獄に叩き落としても気が済まないくらいだ。けれども……死線すれすれで生き残ったのは、日頃の鍛錬によって生き繋いだ結果だと思う。俺の女は強く美しくあれ。美しくあるためならば、俺は喜んで力を貸すし、必要なら鬼にもなろう」
「ねえねえ、ニィニャとオルダ、アルのお嫁さんじゃにゃいよ?」
「ややー!(ゆくゆくは、ですね! 女たらしです!)」
「ニィニャはお嫁さんよくわかんにゃい」
「あぅあぅ」
「その辺の交渉はこれから個別に行うので突っ込まないように。というかいまは話を聞いて」
冷や汗がたらりと流れ落ちるが、それ以上追及するような現実的な女性はこの中にはいなかった。
真面目なチェルシーあたりが聞いたら目から火が吹いていただろう。
それは火を見るよりも明らかで、烈火の如くスケベ心をなじってくるだろう。
元修道女だけあって、彼女の貞操観念は誰よりもお堅いのだ。
彼女のトラウマもあるのだろう。
他に女を作った父親にあっさり捨てられた経験から、一途でない男は信用できないのだそうだ。
「とまあ現にここにいるミィナもすごいけれど、もっとすごいマリノア先輩は俺との戦闘訓練を経て、いまや獣人最強の呼び声が高い妊婦となった。妊婦にして獣人最強だ。羨ましくはないか!」
「それより狩りしたいにゃ。次はツノのやつ捕まえる~」
「やや!(マリノア先輩のお手伝い、頑張ります!)」
「ニィニャは虫取るのうまいの」
「あぅあぅ~」
力強く握った拳が力なく落ちていった。
先は長い。
ともあれ気まぐれなミィナをマリノアとふたりで強化した青年にとって、少女相手に訓練することは面倒ではない。
猫耳妹のニィナにも同じことをすればいいし、オルダはリハビリを兼ねて是非ともやっておかねばならない。
マルケッタに関しては魔物であり元々のスペックが高いので手解きの必要もないと思われるが、訓練されていない、いわば磨く前の原石なので、訓練を通してその戦闘力はより洗練されていくことだろう。
それに、能力開発にしても、掘り起こそうと思えばまだまだ金鉱は眠っていると思われる。
ミィナに弓の才能があったように。
「じゃあ、まずは一対一の戦闘訓練! ミィナ、前に!」
早速手本を見せるため、ミィナと向き合って組手に入る。
やる気のなかったミィナにいつの間にスイッチが入ったのか、目が獲物を狙う爛々としたものに変わっている。
そして合図をする前に、前傾姿勢から飛びかかってきたミィナの右爪の切り裂きをいなして、後ろに回る。
ちっぱいでも揉んでやろうかと下衆い下心を抱いた瞬間、悪意に敏感に反応したわけではないだろうが、振り向きざまの回し蹴りが飛んできた。
顎を狙った強烈なものだったが、わずかな動作で避けきり、逆に細い足首を掴んで片足だけのジャイアントスイング。
ミィナの体は木の葉のようにクルクルと空を舞ったが、シュタッと四つ足で危うげなく着地するのは三半規管に優れる獣人の特性か。
その後もミィナの攻撃に対して回避と防御とカウンターを行い、反対に俺から攻める場合は容赦なくミィナの意識散漫で甘いところを打ち据える。
何度か痛みを伴えば、本能によるものか自然と防御するようになり、弱点をひとつずつ消していけるというわけだ。
攻撃に意識が集まりすぎて隙だらけの出足を払い、コケたところに背中から押さえつけ、勝負は決まる。
パチパチとまばらな拍手。
マルケッタは目がキラキラしており、ニィナは目をまん丸にして口がぽかんと開きっぱなしで止まっている。
オルダは組手が怖かったのか、目を覆っていた。
「ややー!(どっちも強いです!さすがです!)」
「ミィニャはやっぱりすごいにゃあ」
「ぁぅ……」
無傷であることを確認し、ミィナの土埃を払いつつ尻や腰を必要以上にお触り。
それが終わると、観戦していた三人に向けてグッと顔を引き締める。
「半年で全員同じように動けるようにするから」
オルダがニィナの手を引っ張って逃げようとしていたが、そうはさせない。
「戦えるようになるというより、動きが良くなるようにするのが当面の目標だから、こらこら逃げないの」
「あぅぅ」
「怖くないってことを知ってもらうためにまずはオルダからかな」
怯えてぷるぷる震えているオルダの脇を抱えて持ち上げると、足をプラプラさせてまだ顔を覆っている。
弱い抵抗を見せるのを黙殺してあぐらをかいた膝の上に乗せた。
何をされるのか戦々恐々として縮こまっているオルダの枯れ枝のような細い手を取る。
準備はこれだけ。
それ以外に何もしないので、何か痛いことでも想像していたオルダは、分厚い前髪に隠された赤い目を不思議そうに丸くしていた。
「やることは簡単だよ。手を通して魔力を通すだけだからね。最初は魔力の流れを覚えることから始めるんだ」
この繰り返しが、魔力操作の肝である。
滞っていたり眠っている魔力を起こすことで、潜在する魔力値を上げることにも繋がるし、魔力操作が熟達すれば身体強化などの身を守るすべにも活きてくるので、強兵うんぬんはともかく、この世界の住人ならやっておいて損はない。
しかしこれがなかなか、魔力を通すのは集中力を要した。
誤って流しすぎると、内側からパンッと爆発四散しかねないからだ。
魔力の暴発は攻撃に使われることもあるし、実際に魔物相手にやって見事に吹き飛ばしたこともある。
身内に行うプレッシャーは、実はかなりある。
魔力を送りすぎて頭が吹き飛ぶ悪夢を何度も見たことがあるほどだ。
魔力操作には緻密さが要求されるため、相手がおっさんであったり、どこぞの落ち着きのない淑女であったりすると、集中が乱されて失敗する可能性が高まってしまう。
モチベがなによりも優先されるため、苦情は受け付けない。
『血塗れの悪鬼』なんて通り名が付いた俺だって、好き好んで手を繋いだ相手の頭を風船のように破裂させたくはない。
だから宝石のように大切で、壊れ物のように繊細に扱わねばならない子としかやりたくない。
その点、いま手を繋いでいるガリガリの幼女は将来有望である。
いまは栄養失調気味だが、もさっとした髪の毛に隠れた顔の作りは、実は悪くないのだ。
将来に伸びしろを感じるならば、いまから良い方向へ舵を切ってもなんら問題はない。
魔力さえうまく操作できれば、成長にまで影響を及ぼすことのできる世界である。
男根を日々少しずつ大きくなるように成長できるのだから、顔の作りを美形に、胸や尻へ成長を働きかけることも不可能ではない。
リアル少女育成である。時間がかかるのはご愛嬌だ。
魔力を隅々まで通して体が火照ってきたオルダが、仕切りに不思議がって見上げてくる。
白い肌だから頬に差した赤みが際立つ。
しっとりと汗ばんできており、少女の甘い香りが匂い立ってきた。
以前はこうして体に触れることも多かったのだが、それも大抵治療のときで、この幼女は発熱して朦朧としていたから仕方ないのだが。
オルダの魔力は滞りなく巡っている。
短命の呪い解呪後の回復は目覚ましく、ひとりで駆け出すこともできるようになった。
魔力は生命の補助動力のようなものだ。
生きている限り魔力を燃やして自己強化することができる。
魔力の巡りを良くしたことで、自分でも体内の魔力を知覚できるようになったオルダは、何も教えなくても体の不具合があるところに魔力を割いて補助できるようになっていた。
以前の死に体では考えられなかったことだが、生きたいという思いが自然といい方向へ舵を取っているのだ。
生まれてから起き上がることすら困難だった病弱幼女が、半年足らずで走れるようになったのは、魔力アシストの身体強化のおかげである。
一方、暇を持て余した猫耳姉妹はマルケッタの尻尾を三つ編みにすることに集中しており、尾を弄られる馬娘は困ったように動けないでいる。
オルダが終わるまでミィナとマルケッタは戦闘訓練でもすればいいのにと思ったが、あんまりガチガチに命令すると反発必至である。
女の子の不満は極力溜めないように計らうのが男の器量だと自負している次第である。
というわけで十分くらい手を繋いでいたが、なんならしばらくこうしていてもいいのだが、じんわり手汗も滲んできて、指先から足先までの全身に行き渡らせたところでとりあえず完了。
解放すると一目散にマルケッタの元へヨチヨチ歩きで逃げていったオルダを寂しく思いながら、次にニィナを呼ぶ。
ニィナは八重歯を見せてトコトコ寄ってきて、胡座をかく俺の懐へ、膝を揃えてすっぽりと収まった。
ミィナに輪をかけて警戒心がない子である。
拷問を受けた日々も、姉妹のミィナや友だちに囲まれて薄れたようだ。
ミィナに輪をかけて能天気なのだろう。
体つきもオルダほどではないが、病弱寄りの華奢さがあった。
少女の柔らかさより、細っこい首筋や折れそうな繊細な指の方が気にかかる。
ミィナと違って鍛えていないので、生活に必要な筋力すらまだ整っていないのだ。
獣人が持つしなやかさも陰っていて、体の欠損があったために治してからもどこか歩く姿すらぎこちなさがつきまとっていた。
それにオルダと違い、これまで定期的な魔力メンテナンスも皆無である。
これからか細い魔力回路をこじ開けるように拡張し、全身の経路を開かねばならないのだ。
これが腹の出たおっさんならこちらのモチベが十秒と持たないだろうが、お腹に寄りかかってくるのはいい匂いのする猫耳幼女である。
いくらでも頑張れる気がした。
オルダよりも時間を長く取っていたため、ニィナは少し飽きてきた様子だったが、自身の身体に起こる変化には流石に気づいた様子だった。
血液が全身を巡るのは感じられないが、寒い体に熱いスープが胃に落ちる感覚はわかる。
それと似た感じのものが指先まで駆け巡る感覚は心地良さを感じるはずだ。
最初よりも甘い匂いが強くなっており、いつまでも膝に乗せて匂いを嗅いでいられそうだ。
指先まで熱くなってホカホカしてきているからか、横顔を窺うと、うとうとと瞼が重く、眠りそうなっている。
そのうち体から力が抜け、寄りかかるようにして眠ってしまった。
寝ていてくれた方が変に体に力が入らないので、抵抗感が弱くて助かる。
あどけない寝顔が愛くるしい。
青灰色の猫耳と猫っ毛の髪に鼻を埋めてスーハースーハーしても起きないし。
あぐらの上で警戒心もなくすやすやと寝息を立てるニィナに、出会った頃のミィナが重なる。
猫ちゃんと呼んで猫可愛がりした頃に。
あの頃のミィナをペット以上人間未満として見ており、妹たちと離れ離れになった寂しさを穴埋めをするように可愛がっていた気がする。
ミィナがどう思うかなんて、はなから考慮していなかった。
それこそペットが嫌がっても撫で回すのをやめない飼い主のように。
幸いそれほど嫌がられなかったが、まだ言葉を理解できない頃のミィナは可愛がられる理由がわからなかっただろう。
猫ちゃんと呼ぶのをやめた日から、ミィナはひとりの人間になった。
俺の中の歪みがひとつ矯正された日である。
歪みまくっているので今更だったが。
一方、ミィナとマルケッタは本気の追いかけっこをしていた。
ミィナが本気で捕まえようと飛びかかると、マルケッタが無理やり方向転換して紙一重でやり過ごす。
手を伸ばしてタッチしようとするが、マルケッタはのらりくらりと回避して逃げ回っていた。
タッチしやすそうな馬体なのになかなか捕まらないのだ。
ダイナミックな鬼ごっこは見ていて面白かった。
そしてこちら、暇を持て余したオルダはすでに自分の背丈を越えるくらいの石の山を左右にふたつ作っていた。
片方の山はなんてことないクズ石だが、もう片方の色とりどりの小さな山である。
幼女の目利きは本物で、実は希少な鉱石だったりするので、あとで運ばせよう。
いずれは『鍛治神の恩寵』を持つオルダに、一本売ったら家が建つくらいの名匠一振りの業物を作ってもらう予定である。
誰も価値を理解していない埋もれた魔剣を見つけ出すのもいいが、手ずから名剣を生み出すのも男のロマンだった。
ニィナの魔力訓練の後はミィナとマルケッタを同時に相手取った組手である。
身体強化のみ、遠距離攻撃なし、地面に背中を着けたら負けという単純ルールだ。
ミィナとマルケッタは体が動かせて満足。
俺はリハビリがてらの訓練になって満足。
青年の体になって、手足や身長が伸びてからの動きはまだ慣らしていなかったし、リーチの差というのは動かしてみないとはっきり掴めないものだ。
お遊戯感覚で慣らしができるのはちょうど良かった。
少し本気を出しても、全力のふたりはなんとかして対処してくるのでやりやすい。
ふたりのその柔軟性は、死すれすれの修羅場をくぐったことで得られたものだ。
なによりその場数が物を言う。
弁論が苦手な獣娘たちの実力は、その動きや対処の仕方で雄弁に物語っている。
ただ負けたくないのだと。
腰を落として迎え撃つ姿勢のまま、周囲をグルグルするふたりをただ待った。
マルケッタは生来真面目だが、ミィナは遊び半分なのでニコニコしている。
それでも大岩を粉砕できる猫パンチを手加減なく放ってくるのだから、猛獣使いにでもなった気分だ。
瞬きによる一瞬の視界不良を突いて、ミィナが音もなく眼前に迫っていた。
アサシンも真っ青な機動力である。
踏み込みの音が本当に無音だった。
抉るように空間を切り裂く爪を鼻先でかわし、隙のできた襟首を掴んでぽーんと無造作に投げる。
習性はまるきり猫なので、どんなに高いところに投げてもミィナは両足で着地する。
ミィナを投げ飛ばすのに大振りだったために、がら空きの懐へマルケッタが猛攻を仕掛けてきた。
4tトラックのような威圧感すらあるマルケッタの突進を紙一重で避ける。
捉えたと確信してからの空を切る感覚にマルケッタがつんのめった。
そこに足を出し、踏ん張る力を与えない。前方に転ばしつつ肩を地に押しつけるように力を加えてやれば、マルケッタはなすすべもなくふわりと前転宙返りをして馬尻で尻餅を突いた。
本人は何をされたかもわかっておらず、キョトンとしている。
「さあさあ、俺をひっくり返したらなんでも好きなもん食わしてやるよ」
ちょいちょいと挑発してみると、面白いようにふたりは挑みかかってきた。
子どもが公園で走り回るみたいに、俺たち流の遊戯で汗を流すのだった。
休憩を挟んで昼頃。
マリノアがお手製の麦粥と肉スープを飯盒のような鍋で運んできたので、それを貪るように腹に落とし込んだ。
俺たちは照り付ける日差しを荒野の岩陰で避けつつ、ぐんにゃりと腹休みを取っていた。
ちなみに勝敗は十五戦十四勝。
土がついた一敗は、ニィナとオルダを使った包囲抱きつき攻撃にやられた結果だ。
小さな女の子たちが腿やら腹やら顔やらに抱き付いてきて汗ばんだ匂いを擦り付けてくるので、清々しいほど満足のいく敗北だった。
「ねぇねぇ、アルはどうして大きくにゃったの?」
「それ、もう何度も教えてるんだけどなあ……」
ミィナは口元をペロリと舐めつつ聞いてくる。
「迷宮で戦った相手から奪ったスキルだよ」と伝えても、ミィナにはスキルやスキルを奪うということが認識の外にあるからか、首をかしげるばかりであった。
どうしてそんな質問をくり返すのかといえば、少年の姿からあっという間に青年に変わってしまった俺をいまだに見慣れないのだろう。
丸刈り野球少年の姿しか知らなかった親戚が、ヴィジュアル系に走って垢抜けてしまった甥っ子を受け入れ難く思うようなものだろうか。
呼び方にも戸惑うようなぎこちない距離感があるよな。
そして何度理由を聞いたところで、やっぱりミィナは納得することはないのだろう。
「んじゃあいっそ、みんなも成長してみるか」
そんなアイデアを閃いたのは、ミィナのグラマラスな姿を一瞬でもみたいと思ってしまったがためであった。
やり方は簡単である。
対象に十秒触れておくだけ。
『ステータス管理』で『全盛期』を移し替えればあら不思議。
ないすばでーのお姉さんに……。
「と、その前に……覗き見? 監視? 良くないと思うなぁ」
呼びかけた先は何もない荒野。
そう見える。
ミィナがピクリと耳を動かし目を向けるが、何かに反応はしない。
俺には魔力の形が視えるから、何もないそこに不自然に人の形をした魔力があるものだから、誰かが立っているのが丸わかりだった。
そしてそんな隠れかたをする人物にひとりしか心当たりがない。
「ポコリ・ラベンダー」
「ニコラだし」
「そうそう、覗き魔ニコちゃん」
陰気な声とともに姿を現したのは、目元以外外套で覆った小柄な女性だ。
体の凹凸も少ないので、瘦せぎすな体型である。
「そういうのは良くないと思います。覗き、ダメ、絶対」
「悪意はなかった。ただ、人前に出るのが苦手」
「じゃなくて、ミィナとか間違って殴っちゃうから」
ミィナに近くの岩を殴ってみてとお願いすると、対して力を込めていないだろうに猫パンチで木っ端微塵に吹き飛ばした。
ニコラは挙動が止まり、唖然としている、たぶん。
「疑わしきは猫パンチって教育してるから」
「物騒が過ぎる」
なんでもない風を装っているが、二コラの声はちょっと震えていた。
しかしゆくゆくはニィナにも猫パンチを覚えてもらおうと思っている。
ツインパンチの破壊力はものすごいだろう。
実は三姉妹という話だから、ゆくゆくはトライデントアタックが見られるかもしれない。
オルダも膂力があるドワーフ族だし、身体強化をできるようになればどれだけのパワーが出るのか想像もつかない。
そんなオルダは砕けた岩の破片からちまちま鉱石を選り分け出した。
荒事より創作向きなのが見ていてわかる光景だ。
「まあいいや。見たけりゃ見ていくといいよ」
「興味はある」
元諜報担当に手の内を見せる愚は理解している。
むしろ手品のタネを明かすように、『ステータス管理』のスキルは秘密にしつつ、『全盛期』というスキルの効果というのも曖昧に、触れて魔力を移して、一時的に成長するとか云々で誤魔化す所存だ。
「じゃあまずミィナからね」
「にゃに?」
「ミィナを大人の女にしてやろう」
貫通的な意味ではない。
すでに大人の仲間入りをしているので今更だ。
わはははは(アメリカンジョーク)。
俺の体がみるみる縮まり、反対にミィナの体は縦に伸び、体つきが少女から女になっていく。
「……パッツンパッツンでエロすぎ」
ミィナの将来を先取りした豊満ボディ。
胸はグラビアアイドルに引けを取らないほどにはち切れんばかりだ。
実際着ていた子ども服がミチミチと悲鳴を上げている。
太ももも長い足に相応しいピチピチの肉付き、尻なんかもう男を誘っているとしか思えないワガママ感。
全体からしてしなやかな筋肉が詰まっているだろうに、男では持ちえない柔らかさがはっきりと曲線美に描かれている。
暫定で十四歳のマリノアを越えたね。
おそらく二十歳前後のミィナを見て感慨深く思う。
「本当に姿が変わるのか」
「力を貸す形になるから、俺は元に戻る」
「穴ぐらの王と同じ力?」
「似て非なるものであり、同じ系統樹を根幹に持つものである」
厳かに言ってみる。
これで勘違いしてくれれば御の字。
穴ぐらのDQNと同じ力?
その通りだよ、奪った能力だよ。
斥候職だからか妙に聡いところがあった。
俺が能力を奪えるという事実に行き当たらなければ、どうぞご勝手に思い悩んでほしい。
「ミィニャがすっごいお姉さんににゃったねぇ」
「ニィナ小さくなってる!」
姉妹が自然と手を合わせ、お互いを不思議そうに見つめているのはなんともほのぼのする光景だった。
ミィナの『全盛期』はかなり心に刺さる。
このまま手を引き岩陰に連れて行きたい衝動に駆られたほどだ。
岩に手を突かせてお尻を突き出させたポーズは、おそらくニニアンを超える破壊力だ。
中身が十歳ということもあって、無垢な目をしているのも興奮する。
何をするのかわかっていない顔を見つめながら、いきなり腰を押し付けて行為を始めたらどんな顔に変わるのかすごく興味がある。
俺は幼い子も愛せるが、大人の色香にも十二分に反応できるのである。
むち無知ッ娘最高☆である。
「鼻息荒すぎ……」
二コラが呆れたように言うが、目の前に手出しOKな美女がいたら誰でも興奮する。
目が血走りかけた俺に魅惑のミィナが近づき、スンと鼻を鳴らしてポツリと一言。
「アル、発情した臭いする。くさい」
「ひどい! いつも汗流してやってるのに」
「ミィナ発情した臭い、あんまり好きくない」
「ミィナが発情したらめっちゃ匂い嗅いでくるのに! 理不尽!」
ミィナの滑舌が良くなっていることにも成長を感じる。
話す内容はお子様だが、声音はたしかに大人の女だった。
ともあれ俺の方は声変わり前の少年になっており、着ているものがダボついている。
ミィナの将来が安泰だったところで、逃げようとする大人の女を捕まえステータス管理で『全盛期』を移し替える。
戻ったミィナは疑心暗鬼のような目でマルケッタの方へ逃げていった。
解せない。
「次はわたしですね」
真打ち登場とばかりにマリノアが前に出る。
昼飯を持ってきた後、腹休みに俺に膝枕をしてくれていた彼女である。
成長したミィナを見て対抗意識を燃やしているのか、フサフサの犬尻尾が心なしかピンと張っている。
やる気に満ち溢れているのはいいが、しかし、とマリノアのお腹を見る。
『全盛期』はそのスキルの特性から、体を健康に、運動に最適な状態へと変化させる超次元スキルだ。
妊婦状態はどう好意的に解釈してもスペックを最大限引き出せる最適な状態とは思えないし、栄養をそちらにとられているわけだから、暴論だが肥満原因の内臓脂肪と同じではないか?
『全盛期』ならたるんだ肥満体質が筋肉質に変化するだろうし、ではマリノアが二十代の体に変貌したとき、お腹の子どもは果たして残ったままだろうか? とふと疑問が湧いた。
大人の姿になったときには消えてなくなり、元の十四歳に戻ったとき子どもがぽっかり消えたままにならないだろうか?
考えると身震いしてしまう恐ろしい話だ。
「マリノアはさ、自分だけの体じゃないし、無理しない方がいいかなーと思うんだ」
「……わたしは不要なのでしょうか?」
「いやいや、必要だから体を気遣っているわけでね?」
うまく説明できない話をなんとかマリノアに納得してもらったが、不満で頬を膨らましているのは明らかだった。
ミィナだけずるい、と顔に書いてある。
あとで可愛がりまくってフォローしよう。
場の微妙な空気を払拭するために手近なマルケッタを招き寄せる。
こういうとき角が立たない子って得だよね。
『全盛期』を移されたマルケッタは、ギリシャ神話に登場するような女神のイメージをそのままに、凛々しい戦士の佇まいを兼ね備えたケンタウロスとなった。
ミィナとの組み合わせは、御伽噺の戦乙女のような神々しさとなるだろう。
保護者として鼻が高々である。
「約束された将来で数年後が楽しみですな」
「おじさんみたいなことを言う」
ニコラに呆れられても気にしない。
だって本当のことだから。
マルケッタの次はニィナだ。
ニィナはミィナと顔形は変わらなかったが、どちらかといえば荒事に向かない線の細さが際立った。
モデル体型だったのだ。
ミィナよりは胸が慎ましやかで、筋肉もあまりついておらず、そんな違いも面白い。
「ミィナがちっちゃい! へん!」
「ニィニャがおねぇちゃん! へんにゃの!」
微笑ましい光景だ。
姉妹丼の妄想が捗る。
気分を変えて、次はオルダ。
そのオルダが一番劇的だったかもしれない。
ニィナと同じように細身でモデル体型を想像したが、いい意味で裏切られた。
背丈は百四十くらいで高くないのはドワーフの種族的な限界だろう。
横幅の広い彼らのイメージに近く、それでいて樽体型からは程遠い俺好みの体つきである。
成人した姿は先の三人よりも肉感的な体つきになっていた。
マシュマロのような肌ツヤだ。
丈が合わずにペロリと捲れたシャツの下にはムチっとした白い肌が眩しいが、お腹にはくびれがしっかりとあった。
全身の肉付きはいいのに、太って見えない最高品質のむっちり感。
そして胸がはち切れんばかりに大きい。
運動の不得意そうな体つきなのに、これが『全盛期』だという。
『全盛期』さん、いい仕事する。
ビキニをつけたらグラビアアイドルだろう。
いわゆるトランジスタグラマーというやつで、目元の隠れたボサボサの髪が日陰女子にしか見えないのに、体つきは極上という意外性に胸を打たれた。
童貞を殺すセーターを着せたら破壊力は天井知らずだ。
だぼだぼだった服は肉感的な肢体を強調するだけの締め付けに変わり果て、胸や尻を窮屈そうにしている。
大人ミィナのときからずっと腰が引けているが、もう股間のイライラがやばい。
戸惑うオルダを座らせて、ムチムチの体を視姦しつつ魔力を流していく。
ミィナたちとおなじように、現状の理想形へ至る筋道をオルダの中に書き込んでいくイメージだ。
将来が楽しみである。
「あーうー」
「うまく喋れるように頑張んないとね」
身体的に『全盛期』だとしても、知識に言語がなければ喋れないという実例だ。
オルダは病を患って喋れないのではなく、喋れないうちから病に苦しみ発達がかなり遅れているのだ。
ミィナたちが妹のように面倒を見るので、危惧のなくなったいま、成長は早いだろう。
「ややー!(オルダ、びっくりと嬉しいの気持ちがごちゃごちゃしてます!)」
マルケッタには『意思疎通』の相互理解の優良スキルがあるので、オルダの拙い喃語から感情を読み取れる。
通訳としてこれほど有能な能力はないと思う。
マルケッタはマリノア寄りの知的な少女で、理解が早いし根も素直なので、誰からでも好かれる素質を持っている。
下半身馬だけど。
楽しみを終えて、オルダを少女に戻す。
「びっくりしてます、あと寂しいみたいです」とマルケッタが実況してくれる。
『全盛期』はあくまで数多ある未来の可能性の中から優れた肉体を選びとっているにすぎない。
だらしない生活を続ければ太るし、運動をしなければ戦闘力も獲得できない。
いかに『全盛期』に近づけるかが今後の目標になってくる。
明日から毎日、手繋ぎ魔力の訓練が始まる。
そのモチベは嫌というほど確保した。
モチベが死んで機能していませんが、
書き溜めていた分を小出しで投稿していきます。
何話いけるか…




