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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 五章 ダンジョン&ドラゴン
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第134話 祝福の泉へ

 仮に同じ転生者がこの世界に何人か、あるいは何十人かいるとして、今後も遭遇=戦闘となって殺し合うことがあるだろうか?

 ……うん。

 ……ありそうだな。

 少なくともイランとは殺し合い寸前までいき、荒井剛太は結果的に死んだ。

 世界中にいったい何人の転生者がいるのだろうか。

 いまいるこの大陸は縦長で、大雑把に表すならアメリカ大陸が近い。

 縦長の大陸の土手っ腹を抉られるように内海に侵食され、南北を首の皮一枚で繋げたような形をしている。

 屋敷に暮らしていた頃に世界の略地図を見たことがあるから知っているのだが、それはかなり簡易的で、ボヤッとした大陸の輪郭にポツポツと地名を書いただけのそれが、こっちでは一般的なものであった。

 メイドが青い顔で奪い取り、子供の手の届かないところへ略地図を大事そうにしまい込むのを見て色々察した。

 初見の印象は誰かの落書きかと思ったのだが、その略地図がこの世界ではそれなりに貴重なものだというから、文化レベルの低さを思い知る。

 ろくに測量もできないのだから仕方のないことではあるが。


 前世の記憶を引きずっているからか、地図は縮尺も含め精巧なものだという先入観があったのだが、軍事的な意味合いで、他国に地理情報が漏れないように距離も地形も適当になっているらしく、しかも前人未踏の地というものが王国内でも四割以上もあり、それじゃあ曖昧にもなるというものだと納得した。

 空から星を見下ろすような衛星もないのだから、この世界が球体であることに気づいている人間がいるかも怪しい。


 話が横道に逸れたが、俺の生まれたグランドーラ王国には、少なくともふたりの転生者がいた。

 俺とイランだ。

 まだいないとも限らないし、どこかの国からやってくる可能性もある。

 能力者同士は引かれ合う、ではないが、宿命のようなものがあって、互いに引き寄せられていることは考えられた。

 しかしその考えは危うい。

 一歩間違えれば、「俺は特別な宿星を持ったがゆえに強大な存在から命を狙われているのさ、フッ」と自らに溺れたように呟いてしまいかねない。

 決して厨二心が疼いているわけではないと思いたい。

 左腕が疼く気がするのは、荒井剛太との戦闘で欠損していたからだ。

 『再生』のスキルで治ったが、なんだか痒くなっているだけだ。


 ともあれ実際、転生者同士が顔を合わせると、なんの理由もなく嫌悪し攻撃的になるのは事実だ。

 出会った転生者はいずれも年齢が近かったことから、ほぼ同時期にこの世界に転生を果たした日本人たち、と仮定できる。


 俺は前世の最期をほとんど覚えていないことから、死ぬ直前に何か転生するきっかけがあったのだろう。

 共感してくれるはずの転生者たちは、そういった込み入った話をする前に敵対してしまって見事にお話にならない。

 転生者同士を融和させないための神様の意図があるのだとしたら、これほど腹立たしいものはない。

 殺し合わせて最後に残った転生者を当てる賭け事という可能性が俺の中で濃厚である。


 大陸中の情報を集めてみれば、どこかで天才児とか、麒麟児、神の子、子どもの範疇を超えた存在の噂を拾えるかもしれない。

 その子どもは十中八九転生者だ。

 彼らが同郷のものらを見つけ次第殺すという過激な思想に染まっていないとも限らないが、俺のようにわけもわからずこの世界を生きていると考えた方が無難だ。

 俺はいま、そういうゲームの盤上に知らず知らずのうちに駒のひとつとして立たされている。

 オルダが持っていた死と隣り合わせの神の恩寵もそうだが、一個の意思を持つ生命に対して、神様のあまりにも無機質な対応が目に余る。

 いや、いまは神様に中指立てている場合ではない。

 いま考えるべき問題はお空の上でなく、自分の足元だ。


 俺は自分の掌を見た。

 懐かしいような、他人の手を見るような曖昧な気分だった。

 前世の手は、もっと病的に白くて、細くて長かった。

 痩せぎすだったのだ。

 気力精力ともに漲り、健康印の血の通った好青年の手とは、正直似ても似つかない。

 しかしこれも自分の手なのだ。

 たくさんの命を奪って血に染まっている手だ。

 その手が、不意に下から伸びてきた小さな手によって掴まれた。

 ミィナと目が合い、彼女は花が咲いたように笑った。

 柄にもなくしんみりしてしまったが、慕ってくれる少女たちを守るための手でもある。


 一同は祝福の泉を目指して歩き始めていた。

 俺のすぐ横にはぴったりとマリノアとミィナが張り付いている。

 前をマルケッタが先導し、後ろにニニアンが疲れた顔でついてくる。

 四方を美少女?に囲まれて、嫁たちのハーレム待遇である。


 荒井剛太を倒したことで流れてきたもの。

 ゲームに置き換えるならレベルUPによるステータス上昇である。

 MPゲージが倍に伸びた。

 魔力量が桁外れに伸び、魔力回復のスキルの恩恵もあって、いまやニニアンに追いつきそうな飛ぶ鳥を落とす勢いである。


 次いでこれはあまり欲しくなかったが、荒井剛太という人物の人生が映画のフィルムのようにスライドして、脳裏に流れ込んできた。

 スラムで生まれ育って、割と笑い飛ばせない類の第二の人生を送ってきたことに、少しだけ同情の余地がある。

 かといってそれが他者を木偶の坊にしていいという免罪符にもならず、最初からどこか歪んでいた彼の人生には、やはり相応の最期が待っていたのだと思う。

 彼の人生を喰らって能力アップした俺だったが、手放しに喜ぶことはできそうにない。

 なんとなく荒井剛太の歩んできた道が他人ごとではない気がする。

 一歩間違えれば、自分が誰かほかの転生者に討伐されていたかもしれないのだ。


 世界は荒井剛太のような自分本位の人間で溢れているとは思わないが、祝福の頭数を得るために罠を張って待つ、という悪知恵は俺でも思い浮かんだ。

 他者の人生を弄ぶことへの忌避感にさえ目を瞑れば、きっと誰でもできる。

 これに味を占める転生者は必ず出てくる。

 そうなれば目立つだろうし、噂が立てば他の転生者を引き寄せる結果となり、殺し合いは避けられない。

 やがて殺伐とした日常が当たり前になって、落ち着いた暮らしとは縁遠いものになっていくだろう。

 そんなのやだー。


 既に目立ちすぎたきらいはあるが、こっちにはイロモノカードが揃っている。

 いざとなればボン坊やクェンティン、カマロフにスフィなど、矢面に立ってもらう手札には困らない。

 ただ王国北部、商都周辺で売った“血塗れの悪鬼”の悪名や、村々を救った赤茶髪の少年魔術師という姿像があるから、そこから俺まで行き着く可能性は十分にある。

 すでに遠い記憶の彼方になっているが、元々王国の宮廷貴族の敵対派閥から狙われて、屋敷を燃やされ一家離散した経緯もある。

 まだ追手がいるとは思えないが、ないとも言い切れないのだ。

 嫁とハッスルしている最中にいきなり首を狙われても困る。


 商都の地下組織に両親が参加していて、密かにレジスタンス活動をしている。

 そこに叔母のゾーラが接触に向かったことだし、そこから俺の存在を手繰られる可能性もある。

 追手云々は、全部を片付けてしまいたいならいまからでも王都に乗りこんで、王族や貴族もろもろ処刑して禍根を絶つしかない。

 しかし、エルフ並みの魔力を手に入れたところですんなり攻略できるとも思えない。

 俺が知っているのはイランが師事した転移の魔術師ジェイドくらいだが、あれだって王都が持つ戦力の氷山の一角だろう。

 飛んで火にいる夏の虫、ということにもならないとも限らない。

 この世界には魔力を完全に遮断する封魔石なんてものもあるのだから。


 居住スペースへ行くと、三十人ほどの男たちが部屋や廊下にたむろしていた。

 洗脳から解けて情報整理をしていたのかもしれない。

 俺たちを見て警戒するも、ポーラを見るなり攻撃的な険はとれた。


「あんたたちが助けてくれたのか?」


 あごひげを生やした顔に縦傷のある偉丈夫が腕を組んで立っており、周りを代表してか尋ねてきた。

 二の腕のパンパンになった筋肉になんとなく目がいく。

 あれでラリアットされたら首が折れそうだ。


「『洗脳支配』をしていたやつなら倒したよ。地神龍に喰われて死んだ」

「それは本当か?」

「死んでなきゃ洗脳も解けてないよ」

「おぅ、そうか」


 筋肉ダルマがニヤリと笑う。

 それを皮切りに、男たちが騒ぎ出した。

 手に負えないので通り抜けようとするが、男たちに止められる。

 先頭の俺は頭ひとつ分上から睨め付けられる。

 口臭と体臭が漂ってくるので、思わず顔を逸らした。


「ここを通ってどこ行くつもりだ?」

「祝福の泉だけど」

「倒したってことは魔術師かなにかだろ? おまえが倒したってことか? それとも後ろの亜人のどれかか? そんな強えのに祝福がいるのかよ」

「そんなに警戒しなくても洗脳なんてしないよ」

「……頼むぜ、マジで」


 苦々しい顔を逸らして、大の男が怯えている。

 精神攻撃に肉体的な強さは関係ないからな。

 ところで俺の格好は裸ではなく、クェンティンの着替えを拝借して普通の旅装である。

 商人が選ぶものだけあって着心地や縫製はしっかりしていた。

 お気に入りを取られたのか、クェンティンの不服そうな顔はしばらく続いていたがこちらは澄まし顔である。

 石のパンツを腹を抱えて笑った罰だ。

 赤マントは羽織ったままだが、丈が短くなって膝上くらいまでしか覆えていない。

 急に身長が伸びて丈の合わなくなった学生服みたいで、ほんのちょっと恥ずかしい。


「魔術師はこぇえ連中ばっかだ。何考えてるかわからねえ」

「俺もそっちが何考えてるかわからないけどね」

「何するかわからねえって意味だよ。オツムの出来がちげえのか、どう考えたら洗脳なんて出てくんのかわからねえ」


 そうだろうか?

 口には出さなかったが、割と考えられる方法だと思う。

 祝福はひとり一回かもしれないが、誰に恩恵を得られるかは選べるはずだ。

 見事に脳筋が集まったのか、はたまた目先の奇跡に思考停止していたか。

 冒険者は荒事専門のイメージがあって、相手を出し抜くことに関しては頭の回転が速そうだが、偏見だったか。

 冒険者登録をしようとする新人にちょっかいをかける程度の頭しかないのだろうか。

 それでは一生モブ宣言しているようなものだ。

 洗脳で操られていた姿はまさにモブの極みであったが。

 俺の知っている魔術師でいちばんやりそうなのは、転移の魔術師ジェイドだろう。

 村を呑み込んで迷宮を生成してしまった悪人だ。


「オレたちゃすぐにでもここを出ていきてぇんだが、そちらさんはどうする?」

「勝手にすればいいんじゃないの?」

「ここには食糧が備蓄してあるが。他にもいろいろあるだろ、あの野郎が溜め込んだものとかよ」

「ああ、分配ね。じゃあそれも後でやるから、とりあえず一緒に来てもらおうかな。迷宮の外に仲間が待ってるから、出るときは一緒の方が混乱も少ないだろうし」

「オレたちの仲間もいるはずなんだがな。入れなかった奴が十人くらいいたんだ」

「残念なお知らせだけど、迷宮の周辺にはひとも魔物もいなかったよ」

「そうか……そもそもいまは何年の何月なんだ?」


 国によって年号が違うので、そこは知っているものに教えてもらいつつ、月日を告げる。

 冒険者たちは、告げた内容に耳を疑うものが大半だった。

 傷ありの髭ダルマが男たちを代弁するように、無骨な手を頭に置いて「ふざけてやがる」と悄然と呟いた。


「三年も経っちまったか。そりゃ、外の連中もしびれを切らして帰るわな。死亡扱いにされてるかもしれねぇ、いや、されてるなこりゃ」


 蓋を開けてみれば、洗脳されていた期間があまりにも長すぎたのだろう。

 その間の記憶はまったくなかったと言う。

 居住区や家畜場だって一朝一夕には作れないだろうし。

 三年も行方不明になっていたら、会社勤めの現代人ならとっくにクビを切られているだろう。

 学生なら同級生が一回り世代交代していて浦島太郎状態。

 学校通うのがつらくなるね。


 こっちの世界ではもうちょっと職場の雰囲気は緩そうだが、立場ある人間なら既に別の人間に役職を奪われているだろうし、戻ったところで誰にも喜ばれない疎外感と居場所がない肩身の狭さを味わうことになる。

 玉手箱を開けない方が幸せなこともあるかもしれない。

 時間てほんと残酷。

 少なくとも、料理人のポーラは国へ戻ることを諦めている。


 ここまで彼らの身の上の不遇を察して同情はしたものの、それは全部俺のせいではないので罪悪感はほとんどない。

 冒険者をまるまる雇うという選択肢もあるだろうが、筋肉ダルマとかいらない。

 獣人さんたちの方が、縦社会が徹底していて動かしやすい。

 そういえばうちのパーティに鎧系を着込むタイプの戦闘者がいなかった。

 肉壁担当を用意するかと一瞬考えたが、それこそ消耗品のように死んでいきそうなのであまり気分のいいものではない。

 ただでさえ鍛えた獣人たちがポツポツと死んで行くのだから、前衛というだけで危険度はあまりある。

 俺がもっとも手塩にかけて育てた女の子たちに鎧を着させるなんてそもそも論外だし。

 根本的な問題としては、成長途中の子たちばかりなので見合う防具がない上に、着せてみても身の丈に合わず不恰好になりそうだ。

 それはそれでミィナに着せて可愛さを楽しむくらいが関の山だろう。

 可愛い子にコスプレをさせてエッチするくらいしか、騎士鎧には用途がない。


 そもそもタンク職を身内から選ぼうにも、獣人は敏捷性が命だし、エルフは弓と魔術の後衛職で、ケンタウロスは機動力に優れた二刀使いの純アタッカーである。

 いずれは大楯で相手の攻撃をすべて引きつけ、戦況を楽にしてくれる前衛が欲しいのだが、少なくとも冒険者たちでは力不足で、うちの少女たちでは個人能力を活かしきれないのである。

 そうなると理想形はどんな攻撃にも怯まず鉄壁を体現したような……要するに黒騎士のような存在だ。

 黒騎士、引き込もうかな。

 鬼人族にも興味があるし。

 割と本気で勧誘を考えてしまう。

 汰種族マニアになりつつあるから、というわけではない、げふん。


「瓦礫がめちゃくちゃで先に進めないよ」


 これは謁見の間を覗き込んだティムの感想である。

 扉はもはや跡形もなくひしゃげて吹き飛び、足元には頭上の土砂や壁、石柱が砕かれて瓦礫の山が広がり、部屋のことごとくを埋め尽くしている

 天井が陥没している箇所が思いのほか多く、見通しが最悪である。

大人ひとりくらい体をねじ込めそうな空間はあるのだが、入ったが最後たぶん生き埋めになる。


「いっそ道を作るかな。いや、それもなぁ……」


 土魔術で道を作るほうが合理的だが、それにはいくつかの問題がある。

 荒井剛太から継承された『土魔術』のスキルは、俺が元から持っていた土魔術と統合されずに残っている。

これを誰かに移し替えて作業してもらってもいいのだが、身内以外の目もあることだし、下手に手の内を晒して荒井剛太の能力をすべて手に入れたと勘付かれるのもよろしくない。

 というわけで撤去作業は冒険者の方々を中心に進めて行くことになった。

 ちょうど彼らも暇してたしね。

 あまり乗り気ではなかったが、逆らうつもりはないのか三日でやってみせると豪語していた。

 期待しないで待っていよう。

 ティムやクェンティンは一刻も早く祝福の泉の恩恵を受けたいらしく、俺に「チャチャッと道を通してくれよ」と言ってきたが、そこらにあったツルハシを放り投げてやった。

 ほしいのもがあるなら、対価に汗水流して労働に勤しむべきだろう。

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