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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 五章 ダンジョン&ドラゴン
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第129話 地底の王

 その広間は、まんま謁見の間であった。

 左右に並ぶ石柱は物々しく、二段ほど高くなった玉座はやけに格式張っている。

 しかし殺風景だった。

 持ち主の心象を写すかのように白けている。

 無駄に大きな石座で踏ん反り返る若い男、これが問題だ。


 ラスボスに憧れて調子に乗ってしまっただけの男ならさして問題はなかった。

 たとえ左右に美女をはべらせていようと、一発ぶん殴ればすべて片が付くのなら何も羨ましいなんて思わない。

 覆うもののない豊満なお乳が溢れんばかりにこの男の顔に押し当てられていようとも、とろけるような妖艶な唇がこの男の耳たぶをぬめっていようとも、綺麗な指先がこの男の股間を肌着の上から撫でさすっていようとも!


「アルくんアルくん、嫉妬が顔に出てる」

「わかりやすい男の嫉妬であります」

「あら、あっちの男の子、痩せても筋肉質ねん」


 こっちには巨乳はいないけど、将来に期待の若さだけはあるのだ。

 決して負け惜しみではない。

 ないったらない。

 こっそりマリノアの尻を撫でたかったが、何故だか少し距離を感じる。


 男は余裕ぶっているのか勿体ぶっているのか、はたまた自分に溺れるナルちゃんなのか、こちらをただの一度も見ていない。

 うな垂れるように哀愁を漂わせ、まるで王様の余韻に付き合わされているみたいだ。

 ふざけるな。

 俺はつぶさに観察し彼我の差というものを測ろうとして……やめた。

 ステータスを上から下までざっと視て、勝ち目がないことを悟ったのだ。



 名前 / エシディア/荒井剛太

 種族 / ヒト族

 性別 / 男性

 年齢 / 十歳

 技能 / 洗脳支配、全盛期、土魔術、超回復、魔力の源泉、再生、長寿、不老、障壁、鉄壁、絶倫

 職業 / 転生者、操心師、土魔法師




 祝福とはつまりスキル付与で、ときとして努力や可能性といったものをことごとく踏みにじる。

 チートが簡単に手に入ってしまう。

 祝福とうそぶいているが、誰かにとっての『ことほぎ』は誰かにとっての『死刑宣告』にもなる。

 『絶倫』てなんだよ。

 俺は心が折れた。

 そんな祝福アリだろうか?

 そんなことのために一回分の祝福を使うとか贅沢過ぎる。


 俺たちが踏み込む前から美女を侍らせて、羨まし過ぎて怒りが湧いてくる。

 フツフツと腹の底から湧き上がる怒りは、確かに妬ましいとか負の感情もあるが、実はそれだけではない。

 かつて同じ転生者のイランに感じた、言いようのない敵愾心を正面の男から感じている。

 こいつは敵だ、倒せ、あわよくば殺せと自分でない自分が働きかけてくる感覚だ。

 そう、目の前の二十近い歳に見える男は、俺と同じ十歳の転生者だった。

 何を言っているのかわからないかもしれないからありのままに説明すると、祝福の中に大人になる類のスキルが混じっている。


 『長寿』、『再生』、『超回復』『不老』など、死にたくない感が溢れているスキル構成だが、その中でもどうも『全盛期』が怪しい。

 祝福はそのぶっ飛んだ奇跡でヒトの体さえも作り変える力がある、ということだろう。

 もうひとつ驚くなら、そのスキルの数だ。

 ひとりひとつの祝福であるはずだ。

 果たしてどれだけの犠牲の上に成り立っているのか。

 操り人形と化した男たちを見て不快に感じたが、それ以上に『洗脳支配』というスキルは下衆の極みに思えた。


 女をモノのように扱うプレイは征服欲と嗜虐心が刺激されて嫌いではないが、無機物という意味のモノにしてしまってはそれは意味が違ってくる。

 プレイならば百歩譲って下衆の極みお茶目で済んだかもしれないのに、これではただの命の冒涜で、DQN(ドキュン)の所業だ。

 二次元だからこその良さもあれば、三次元を真似るだけだから許される世界観もある。

 『リアル女子校生』というフレーズを普通に聞いただけでは、だいたいの人間は「はぁ?」で終わるかもしれない。

 しかし夜のお店を探しているときにこのフレーズを耳にすると、そこはかとなく胸熱になれるマジックがあるのだ。

 虚構と現実の分別がついているからこそ楽しめる世界を、この男は逸脱している。


 そして倫理のぶっ飛んだ彼は、転生者だからふたつの名前が重なって見えている。

 エシディア――またの名を荒井郷太。

 TPOを弁えない彼には、お似合いの『DQN』の称号をくれてやろう。


「エルフだ」

「?」

「オレはエルフがほしい」


 玉座に横柄に座るさまといい、その口調も魔王らしいこっ恥ずかしさだ。

 世界の半分をおまえにくれてやろうと言ったら役満である。

 言うことがさすがDQN。

 依然として目を閉じたままのDQN。

 己のジャイアニズムが世界を動かせるのだと勘違いしている。


「ですってよ、ニニアンさん。あっちの人が尻を差し出すって言ってくれてますよ。専用のサヤが見つかってよかったですね」

「小さくて可愛い男の子にしか興奮しない。ムリ。他所のエルフを当たって」

「それショタ専じゃん……」


 薄々感じてはいたが、ニニアンの性癖も侮れない。

 たまにティムにもちょっかいをかけていたのでもしやとは思っていたのだ。

 もしかすると嫁の意味を正しく理解せず、ショタを食い散らしていい権かなにかと勘違いしているのかもしれない。

 興味を持たれたら困るので、DQNの実年齢が実は十歳ということは教えないでおこう。


 しかし、ニニアンに嫁としてちゃんと自覚があるのだろうか?

 そんなことを問う前に、まず正しい夫婦関係が嫁三人と重婚している時点で成立するのか、というそもそもの問題には蓋をしよう。

 しかもマルケッタに手を出しててニニアンを非難する立場にないのが痛いところだ。


 軽口で言ってみたが、ニニアンをDQNに差し出すつもりは微塵もない。

 俺は後ろ指さされるような人間であるが、自分の許容範囲において寝取られだけはNGだった。

 NTR属性NGといったが、ほかにもスカト◯とか、血が出る系の常軌を逸したあれこれも無理だ。

 俺にはまだまだ開けない扉は多い。

 銀髪優男のスフィがバラをあしらった扉の前でにこやかに手を振っている気がしたが、すぐに頭の中から打ち消した。


 正味な話、寝取りもあんまり好きじゃない。

 俺程度が寝取れる女なんて、目を離した途端に他の男に寄ってってしまうのがオチだ。

 心が離れたと考えるだけでも心臓がギュッと掴まれるし、豆腐メンタルにはダーク系はきついのだ。

 スワッピングともなると、もはやファンタジーな世界の話だと思ってしまう。

 何で嫁を貸し出せるの? と思ってしまう。

 そのくせ気が多いのだから、救いがたいバカなのだろう。


「オレはエルフが欲しいと言ったぞ。こうして話して解決しようなんて滅多にないことだ。最近は話し相手がいなかったからな」

「何を突然。欲して手に入るならぼくだってケンタウロスハーレム作ってるよ!」

「まったく無茶も大概でありますぞ。でも我輩、すでにケモっ子ハーレム作っているであります」

「とんだ勘違いちゃんだわん。ニニアンちゃんはものじゃないんだから! アルちゃんとぶっとい棒で繋がってるんだから!」

「祝福を授けてくださる精霊はどんな姿なのかしら?」


 わいわい好き勝手言っている。

 みんな、そろそろ空気読もうか。

 あとカマロフさん? なんかその表現、俺がぶっ刺されているみたいだけど、逆だからね?


「うるさいな。やかましいのは嫌いだ。他は黙ってろ。エルフを寄越さないならオレにも考えがあるぞ?」


 DQNが顔を上げて、不敵な笑みを向けてきた。


「はん? 考えがあるだって?」

「こっちには天下のエルフ様がいるっての」


 クェンティンがべぇっと舌を出す。

 DQNは気を悪くした様子もなく、むしろ勝利を確信した笑みを浮かべている。

 不敵な笑顔を見ていたのは八人だった。

 俺とカマロフとボン坊、マリノア、マルケッタ、ニニアン、クェンティン、ティム。

 ミィナとヴィルタリアは興味がないのか壁や奥を指差し何かを話していた。

 数えて十秒だろうか。

 強烈な魔力が押し寄せたと思ったら、DQNと目を合わせていた仲間は、そろって首元に輝くアミュレットが一瞬にして弾け飛んだ。

 その衝撃に誰も動けない中、俺は咄嗟に正面に土の壁を作ることしかできなかった。

 「なになに!!」と状況についていけない大人たちはともかく、勘のいい獣娘たちは戦闘態勢に入っている。


「ニニアン!」

「こっちは大丈夫」


 俺とニニアンのアミュレットはどうやら壊れていないようで、魔力抵抗が高いからか魔力攻撃をレジストしている。


「考えられるのは『洗脳支配』のスキル。目を合わせることが条件だと思う」


 いや、不特定多数で影響したことを考えると、十秒ほどDQNの目を見る、だけではない。

 辺りを警戒するために途中で目を逸らすし、そもそも男の目をずっと見続けることなんてできない。


「ある程度の時間、目を覗き込まれるのが発動条件、だと思う」


 ニニアンの言う通り、DQNに一方的に見られるだけで自我を持っていかれる危険極まりないスキルと思ったほうがいい。

 目が合っただけで石化してしまう魔獣もいるから、一概に滅茶苦茶とまでは言わないが、それを自分の目に付与するDQNの頭は、マジでおかしい。


「絶対に顔を出すな! 『洗脳支配』が使われた! みんなニニアンの加護に感謝しなよ!」

「ひぇぇぇ。あの、エルフさんのこれ壊れちゃったけど、次は大丈夫なの? 守ってくれるの?」

「ティム、そのときは豚の餌係だ」

「どうすればいいでありますか!」


 頭を抱えるボン坊。

 しかし逃れる術はないのだ。

 一般人に魔力抵抗などないし、獣娘たちは身体強化を覚えたとはいえ常に意識して魔力で身を守ってはいない。

 レジストするなら常に魔力を放出していなければならないが、そんなものは俺やニニアンくらいのアホ仕様にならないと無理だ。

 マリノアたちの魔力は、いわば剣を鞘にしまっている状態で、必要なときに抜き放つイメージだ。

 剣は鞘から抜かねばモノを切れない。

 つまり『精神支配』の攻撃から身を守るためには、常に抜き身の剣でいろというわけだ。

 しかし魔力量が決して多くないため、全力で魔力を放出すれば五分ももたないだろう。


 難敵である。

 将棋の駒のようにあっさりと味方が敵に回るかもしれない対局だ。

 盤面では、相手の王が圧倒的に強い。

 四方に動くどころか、こちら陣営に遠距離精神攻撃ときた。

 視界に入った駒が無条件で敵王になびくとか、もはや戦いになっていない。

 気休めだが障害物に隠れるなどして目を合わせなければ効果がないとしても、戦局は非常に厳しい。

 戦わない方法があれば良かったのだが、それもままならない。

 DQNは身勝手な言い分でニニアンを求めてきたし、断るとわかれば無理矢理奪おうとする。

 ゆえに衝突は避けられない。


「アルくんならなんとかなるでしょ? ぼくはアルくん以上の魔術師を知らないんだけど。あ、エルフを除いてね。ヒト族の中でって意味でね」

「こんなときに気遣いいらないから。でもごめん、俺じゃ無理だ。あいつ祝福を使って死なないようにしてる。塵も残さず吹き飛ばしたとしても、たぶん蘇るよ」


 その前に傷が付けば、だが。

 『障壁』と『鉄壁』が大抵の攻撃を無効化するだろうし、あわよくば傷つけられたところで『超回復』と『再生』で元通りだ。

 どれだけ傷つくことを恐れているんだという話だ。

 心はガラスのように繊細なの、と言われても笑えないわー。


「もはや化け物であります。アル殿も相当な化け物でありますが、向こうも負けてないでありますね」


 ボン坊の軽口に乗って、大人たちが笑う。

 しかし一方で、マリノアたちは獣の直感でもあるのか険しい顔つきのままだ。


「マリノアとミィナとマルケッタ、三人にはお荷物を任せていいか?」

「お任せください」

「んにゃ。持てるよー」

「ややー!」

「お荷物はなるべく落とさないようにな。俺とニニアンが時間を稼ぐから、出来るだけ遠くへ逃げてくれ」

「なんか馬鹿にされてる気がするんだけど?」

「話の腰を追っちゃダメでありますぞ」

「本当にお荷物さんなんだから仕方ないじゃないのん」


 おっさんどもの茶々に構ってやる猶予もなく、一分一秒がいまは惜しかった。

 要するに、祝福で完全武装したDQNを、俺はいまのいままで舐めくさっていたのだ。

 強欲にまみれて酒池肉林に明け暮れるだけのクズだと期待していたが、蓋を開けてみれば迎撃準備万端の砲台身の前に自ら飛び出してしまっている。


「地神龍のいた大空洞を抜けて、できれば縦穴まで下がってほしい。到着したらそのまま待機な。倒せなくても、あのDQNを足止めする方法はいくらでもあるから」

「どきゅん?」


 ミィナが首を傾げる。

 ごめん、それ、俺の中でのニックネーム。

 話している間に、土の防御壁がボロボロと崩れていった。

 カキ氷にシロップを振りかけるようにして溶けていった土の向こう側から、勝ち誇った顔の青年DQN(実年齢十歳)と目が合った。

 嫌になるくらい隙だらけなのに、死なないことに特化したスキル構成が、勝てる可能性の芽をことごとく潰している。

 魔術で焼こうが肌はすべすべ、剣で刺そうが刃は通らず。

 黒騎士よりも隙の無い、そんな無敵防御を手にしているのだ。

 DQNのステータスには『土魔術』もあったから、ひとりでちまちまと魔王の玉座を創造したに違いない。

 クリエイト系のゲームが好きそうだ。

 友だちとかいなさそうである。


「走れ!」


 叫んだ。

 と同時に、土弾の弾幕を乱射。


「でも、目の前に祝福の泉があるんだよ!」

「そんなの後でいい! 死んだら意味ないだろ!」


 クェンティンがもたついている間にほかの仲間は駆け出していた。

 あらゆる魔物に襲われてきた経験が、避難訓練もかくやという迅速な行動につながっている。

 と言いたいところだが、我欲にまみれた面々だけあってクェンティンのように足踏みすることもある。

 ティムも何やら躊躇していたが、ボン坊に急かされて広間を後にしている。

 その一瞬の判断の分かれ目に、DQNの『洗脳支配』がするりと入り込む。

 気の所為か、DQNの目が金色に光ったみたいだ。


「あ、う!」


 クェンティンの体がびくんと跳ねた。

 もう彼には身を守るアミュレットがない。

 しかしパリンと砕ける音が聞こえ、クェンティンはレジストしていた。

 金髪青年は目を見開いたまま、ポケットからアミュレットを取り出す。

 メイドのニキータに渡すようと、以前ニニアンから預けてられていた分のアミュレットだ。

 クェンティンは砕けたアミュレットを見て、くしゃっと顔を歪ませる。


「もう後はないぞ」

「わかってるよ! ……ごめん、ニキータ!」


 クェンティンもようやくみんなの後を追った。

 その間にもニニアンが必殺の攻撃を幾重にも叩き込んでいた。

 空間を歪めるほどの風魔術の斬撃を放ち、軌跡が残光で網膜に焼き付くほどの威力で矢を射出し、地面や天井から滲み出した水でDQNを串刺しにしていた。

 しかし効果はほとんどなく、着ている布地が吹き飛ぶ程度で近づけないための足止めにしかならなかった。


「……そういえば、ひとつ気になってたんだ。ここに来るまでに女戦士がいただろう? どうやって突破したんだ?」

「あんたに操られるのが我慢ならなかったみたいで、泣いてお願いしてきたよ。クズ野郎をこの世から消してくれってさ!」


 DQNの眉がピクリと反応した。


「へぇ、後でお仕置きが必要みたいだ」

「あの世で余裕ぶっこいてろよ、キ◯ガイ王子!」


 くだんの女戦士を嵌めたときと同様に、棒立ちのDQNの足場を一瞬で消滅させた。

 ふわっと滞空後、DQNは落下していった。

 先程と違うのは、相当量の魔力を込めて水を生み出し、落とした穴で水責めにしたことだ。

 容赦なく殺しにいかないとあかん相手である。

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