第127話 馬娘のマルケッタ
翌朝。
迷宮の中なので時間の感覚が覚束ないが、たぶん朝である。
食事は決まった時間に摂っていたこともあって、体内時計は正確だ。
ミィナが腹を空かせたら飯の時間、眠そうに目をこすり始めたら夜、元気に起き出したら朝、と誰よりも正確な人間時計もいることだし。
「ふにゃ~あっ」
毛布の上で身を起こし、薄着のミィナは欠伸とともにしなやかな体を指先までぐっと伸ばした。
後ろから隙をついて薄い胸を弄るのはご愛嬌。
ミィナもそんなことでは動じず、やられたらやり返せとばかりに後ろから抱きついた俺に寄りかかってくる。
むしろ倒れこんできて頭突きになっており、揉むどころではなくなった。
受け止めて支えるために踏ん張ったら、ちょうど鼻をミィナの尻尾がこしょこしょとくすぐってくる。
「――くしゅん! ぐあっ!」
くしゃみをして力が抜けた拍子に、ミィナごと毛布の上に仰向けで倒れこんだ。
上に乗ったままのミィナがケラケラと笑っている。
俺もまたやられたら三倍返しでやり返す性分である。
お返しに胸以外の敏感なところに指を突っ込んでやった。
薄手の短パンの中は内腿が柔らかい。
ふにふにな触り心地に加え、適度な筋肉が肌の下に感じられて、いつまでも触っていられそうだ。
人肌が恋しいという言葉は、女の子の内腿を撫でることですっかり解消できてしまう気がする。
指先がするりとドロワーズことかぼちゃパンツの中に滑り込んでしまった。
悪戯好きな人差し指が丘を越え、ぬるりと沼に入り込む。
「みぎゃぁぁぁぁ!」
その温かいお湯にずぶずぶと沈み込んで行く様は、さながら秘湯のよう。
ノイズが耳元でうるさいが、心地よさにチンピク必至である。
しかし潜りすぎてはいけない。
一生に一度の大事な思い出を破りかねないからだ。
「やめっ! やめにゃぁぁぁ!」
突然のことにビックリしたミィナが毛を逆立てて引っ掻いてきた。
おまけに耳を噛み切られそうになったが、総じて美味しい。
尻尾を膨らませて部屋の隅っこに逃げるミィナをジリジリと追い詰めると、不思議な高揚感が襲ってきてハァハァしてしまう。
「何をしてるんですか、もう。早く起きてください」
天幕の入り口で呆れた顔をしているのは、すっかり支度を整えたマリノアだった。
朝食の用意をしてくれていたのか、エプロン姿である。
肉の焼けるいい匂いが漂ってくるから、ちょうど準備ができたみたいだ。
お股に尻尾を巻き込んでプンスコ不機嫌になってしまったミィナを宥めながら、俺も着替えのために長袖を脱ぐ。
「やー?」
マルケッタがマリノアと入れ替わりで天幕の入り口から顔を出している。
「おー、おはよう。マル」
「ややー」
マルケッタはいつでも元気だ。
ミィナはマルケッタを見た途端に機嫌をよくして、耳がピーンと伸びた。
着ている寝間着をすぽぽーんと脱ぎ去り、もぞもぞと冒険服に着替える。
頭を通したところまではよかったのだが、ボタンで苦戦しているところが可愛らしい。
マルケッタはミィナを迎えにきたと思ったが、視線はずっと俺に刺さりっぱなしだ。
それも恨みとか怒ってるとかではなく、控えめだが好意的な視線である。
目を合わせると照れたように逸らされる。
とってもご機嫌で、によによとした笑みを浮かべるのだ。
「昨日は無理させたけど、身体はもう大丈夫?」
「ややー!」
顔を真っ赤にしつつも全力で嬉しそうに頷くので、オーバーリアクションに笑ってしまった。
我に返って照れ笑いを浮かべるマルケッタも可愛い。
ミィナと一緒に天幕を出ると、マルケッタは俺の横に寄り添った。
見上げるとクリクリの栗色の瞳とバッチリ目が合った。
今度は逸らされることもなく、むしろ照れ隠しにはにかんでいる。
ちょー可愛いんですけどー。
馬の下半身はどうだろと思った時期もあったが、いまではなぜそんな風に食わず嫌いをしたのか自分がわからない。
ミィナは馬体によじ登って跨り、マルケッタの背中に抱きついている。
マルケッタはミィナの相手をしながらも、俺のそばを離れようとしない。
「なんてことだぁぁ!」
「と、突然なんでありますか?」
折り畳みの椅子やテーブルが並べられた食卓には、ふたりの姿があった。
ふたりとも眠そうな目に、剃っていないのか鼻の下から顎のラインにかけて無精髭が目立つ顔だ。
その片方がマルケッタを見るなり悲壮な顔で迎えてくれる。
「おかしい! その距離はおかしい! マルちゃんが色気づき始めたぁぁ! 今朝からなんかそわそわしてると思ったんだよ! よりにもよってエロガキにぃぃ! ニキータ、助けてニキータぁぁ! ぼくのマルちゃんをたぶらかすやつみんな暗殺してぇぇぇ!!」
「まぁまぁでありますぞ」
「トレイドさんちのクェンティンくんが俺のことをどう見てるのかわかる台詞だよね。やられたらやり返すんでよろしく」
「アル殿もまぁまぁであります。お互い冷静になることが平和への第一歩であります」
おはようと挨拶すると、ボン坊だけ伸びた無精髭を擦りながら鷹揚に返事をしてくる。
クェンティンからは金切り声じみた声で、言葉にならない何かで返事してきた。
彼はそっとしておいた方が良さそうだ。
「髭剃らないの?」
「ここでは貴族である必要はないでありますからな」
「元々貴族っぽくないじゃない。お腹も少しへこんできたし」
「……そう言ってくれるのはアル殿だけでありますぞ」
悲しそうな、それでもどこか嬉しそうな憂い顔のボン坊である。
しかしどんな顔をしようが獣人スキーの変態紳士は変わらないのだ。
俺の知らない立場の重圧があるのだろうが、この旅でボン坊はかなりのびのび過ごしていると思う。
最初は引け目に感じて申し訳なさそうにしていたが、いつしか汗水流して働く姿は活力バリバリに見えた。
忙しすぎて悩む暇もないといったところか。
金持ちが暇を持て余してもろくなことにならないから、あくせく働いた方が世のためだ。
獣人はボン坊の地位をあまり理解していないこともあって、みんなが嫌がる仕事に従事している貴族の彼を止めるものはいない。
むしろ腕っぷしでは最弱の部類に入るので、相当下に見られている節がある。
弱い者いじめが始まったらさすがに何とかしなければと思っていたが、旅中で不穏な気配はなかったし、当の本人はこき使われることが嬉しそうだから何も言うことはない、というより言えない。
ボン坊自身、土に塗れるような生活に憧れていたのかもしれない。
先年は軍を率いて大平原に出てきたくらいだし。
息子と並んでスコップで土を掘る姿はなんとも愛嬌があったのを思い出す。
後ろから見ると、ふたりとも丸い輪郭がそっくりなのだ。
適度な石の椅子を作って腰掛けると、マルケッタも触れるか触れないかの距離で前足を折りたたむ。
そっと寄り添う姿は誰が見ても仲良さげに思うだろう。
肩があまりに近くて、俺も思った。
特にマルケッタの熱を帯びた視線がわかりやすい。
ほっぺをリンゴのように染めて、何が嬉しいのかニコニコしている。
行儀よく両手を膝に揃えているのも好印象である。
惚れてますよと顔に書いてあるようなものだ。
花が咲き誇るみたいにニッコニコだ。
「ギャース!!!」
ついにクェンティンが発狂した。
ボン坊が後ろから羽交い締めにして、まぁまぁと宥めている。
「ところでマルケッタちゃん、俺の手を拭いてくれるかい?」
「ややー」
嬉しそうに濡れタオルを持って、指の隙間まで丁寧に拭いてくれた。
「んぎゃー!!! ぼくにもしてくれたことないのにいいいい!!!」
「アル殿ぉ」
「冗談です」
やってることは冗談になってないが、冗談で貫き通すのだ。
今にも目から血涙を流しそうなクェンティンをこれ以上挑発すると、ティムのように刃物を持ち出してこないとも限らない。
それか、貴重な祝福を、俺を消し去ることに使いそうである。
恨みを買うことに定評のあるアルくんだ。
「ミィニャも座るー」
ミィナがマルケッタの背から転がり下りると、俺の横にピッタリと張り付いた。
嫁の自覚があるのか、どこからか取り出した布で俺の顔まで拭ってくれるが、多分綺麗になってない。
よく見ればボロ布で、鼻の前を掠めたときちょっと臭かった。
まぁ、浄化をかければ済む話なんですけどね。
「両手に花ならぬ、両手につぼみでありますな」
「ボンさんは好きだよね」
「ななな、なんのことでありますかな?」
どちらも摘むにはまだ早いと思うでしょ?
ロリ認定を甘んじて受け入れるならイケるだろう。
そして俺には、その才能が眠っていた。
目覚めてしまったいま、イエスロリータゴーフ〇ックである。
マルケッタには下半身が馬という命題が立ちはだかっている気もするが、結合してから考えればいい話だった。
顔は普通におっとりタイプの美少女で可愛いので、馬娘をひとりの女性として見ることは余裕でできた。
そう、何を隠そう、事件は前夜に起こっていた。
告白はマルケッタからであったが、俺はそれを受け入れた。
昨夜、俺は初めて魔物と呼ばれる種族の女の子と繋がった。
マリノアが寸胴鍋ごと、熱々のスープを運んでくる。
「マリノア、そんなに重いもの持って平気? 手伝うよ」
「いいんです。これくらいしかできないので。できる範囲でやらせていただいてますから」
腰を上げかけたが、有無を言わせない目力で見つめられてはどうすることもできず素直に腰を落とした。
マリノアは石のテーブルに寸胴鍋を置くと、テキパキと皿に取り分け始めた。
マルケッタの前に皿を運ぶとき、マリノアはすんと鼻を鳴らした。
ちらりとマルケッタに目をくれ、ちょっと見つめ合った。
「うん?」とボン坊が首を傾げるが、マリノアは何事もなく給仕を続けた。
マルケッタがびくりと緊張していたのが妙に気になるが、女の領分に軽々しく口を出して、いい結果にはならないだろうと直感が告げていた。
有無を言わさないマリノアはちょっと怖い。
嗅覚が鋭いので、すべて気づいてそうだ。
マルケッタは慌てて立ち上がってマリノアの手伝いを始めているし。
「こうなってみるとメイドさんたちが揃って入れなかったのは痛いな」
「料理くらいはわたしがひとりでもなんとかしますので」
クェンティンのメイドのニキータと、カマロフのメイドのペトラ。
このふたりには戦闘より家事をメインにしてもらうつもりでいたのだ。
銀髪貴公子のスフィが大仰に転ばなければ、気を取られて入り口を見失うこともなかった。
だからふたり分のしわ寄せが戦闘を控えさせたマリノアに集まってしまったが、身重のために役に立てないもどかしさをすべて家事に注いでいる節がある。
つくづく忠勤な性格だ。
ただし負担ではないことを示すように、尻尾は優しく左右に揺れている。
マルケッタを見たときだけ尻尾の動きが神経質に動いた気がしたのは、見なかったことにすべきか。
間違っても小姑と言ってはならない。
遅れてヴィルタリアとカマロフ、眠そうなティムが起きてきて席に着いた。
彼らの前にも、マリノアとマルケッタがスープを運ぶ。
当たり前のようにマリノアはマルケッタに指示を飛ばしているし、マルケッタも従順に与えられた仕事をこなしている。
女の力関係には男にはわからない重圧が存在する気がする。
ミィナなんかはほとんど手伝っていないが、特に目くじらは立てられない。
どうやらマリノアの中ではミィナが一番嫁という認識らしい。
序列が上の相手には服従する気質が犬獣人にはあるため、ミィナには優しいのだ。
マルケッタはそうなると四番目の嫁ということになり、マリノアに顎で使われる運命。
腐らず頑張ってほしいと遠くから祈ることしかできない。
「ふわぁ……マリノア、ありがと」
「ティム、昔から言っていますよね。髪くらい自分で梳いてきなさい。後ろに寝ぐせがついていますよ」
マリノアはティムの後ろに回り、ぴょんと跳ねた寝ぐせに指を通した。
手のかかる子どもの面倒を見るお姉さんの姿だが、落ち着かないのは俺が狭量だからだろうか?
そもそもティムは俺の従者という位置づけにしてある。
すでに形骸化しているが、真面目な姿勢を見せてもっと早く起きろよと思う。
周りからは、ティムを連れ回す姿はガキ大将が子分を連れ歩くように見えるらしい。
ティムの敬語もあまりに慣れないのでやめさせているし。
ボン坊の六歳の息子であり、鹿獣人の少年ティム。
この甘ったれを鍛えるのも面倒なんだよなあ。
それぞれの思惑はどうであれ、朝の食事は和やかに進んだ。
茶請け話に、このまま今日はどこまで進めるかの話をしつつ、英気を養う。
そんな中で、ヴィルタリアの一言が波乱を呼ぶなど誰が想像できようか。
「ところでアルさんにお尋ねしたいのですけれど、なぜマリノアさんを戦闘に参加させないのかしら? いつもなら先陣を切っていたところではなくて? 月の日が重いわけでもないでしょう? そういえば最近来てないみたいですけれど、とうしたのかしら?」
「……な、何でわたしの周期を知ってるんですか?」
マリノアが戦慄しつつ聞き返す。
反対にヴィルタリアは嬉しそうに微笑み返した。
「私、観察が趣味なんですの」
「その趣味の範囲には獣人も入っているんですか?」
「ええ、割と」
マリノアの愕然とした表情に、ヴィルタリアの追撃は止まらない。
「アルさんの態度もいつもと違いますわ。なんとしてもマリノアさんを守ろうという意志が透けて見えますもの」
「夫婦だからそう見えても当たり前という気もしますぞ」
「よく言えばアルくんの態度がとっても紳士的なんだよね。マルちゃんに色目を使うクソ野郎のくせに」
一部完全な言いがかりだが、おおよそは図星を突かれている。
言っても仕方ないが、色目を使ってきたのはマルちゃんやで。
受け取ったら全責任は男にある、とは思うけども。
「ヴィルさん、趣味の範囲には俺も入ってたの?」
「これはたまたまですわ。興味はほとんどありませんもの。でも魔物を連れてきてくれるあなたにはとっても満足していましてよ」
「あ、そう」
だったらほじくり返すなよと。
まぐれ当たりで足元をすくわれたとあってはたまったものではない。
別に内緒にするつもりはなかったが、明かす時期ではないとも思っていた。
これから迷宮に潜ろうというときにぶっちゃけるべきではないだろう。
「俺、この迷宮から出たら父親になるんだよ」って完全な死亡フラグだし。
マリノアの妊娠は、妊婦ケンタウロスのお腹を鑑定で視たついでにマリノアを視たら、たまたま発覚したのだ。
本人だけに確認を取ったら、まだ公表しないほうがいいということになったから、ミィナやニニアンもまだ知らない。
「それとマルケッタさんが今朝からアルさんにべったりなところを見ると、何か進展がありましたか? お互いの信頼関係が強くなっている気がしますもの」
「こここぉぉ、ここぉぉぉ、こぉぉろぉぉぉぉぉぉすぅぅぅぅぅぅっっっっ!!!!!!」
クェンティンが般若の顔をしてテーブルを飛び越えようとし、慌ててボン坊とカマロフが暴れる彼を抑える一幕があったが、食事がほとんど終わったところでよかった。
散乱する食器と悲鳴。
マルケッタが顔を赤らめた時点で、すべてを物語っていた。
「アル殿はマルケッタ氏を嫁に迎え入れるのでありますか?」
「そのつもりです。これからよろしく、お義父さん」
「誰がてめえのお義父さんじゃああああああ!!!!!!!!」
クェンティンが憤死しそうなくらいに叫ぶ。
敵の本拠地も近いんだから、あまり叫ばないでほしい。
「マルちゃんはアルちゃんのお嫁さんになることを了承しているのかしらん?」
「ややー」
はにかみつつこくりと頷くマルケッタ可愛い。
照れ隠しか、ミィナに後ろから抱きついている。
「お二方の気持ちが通じたところで、これにて一件落着であります」
「アルさんは重婚になりませんの?」
「もうすでに三人も娶っているでありますから、ヴィルタリア氏の心配は杞憂でありますぞ。そもそも、獣人の通例で婚姻を行ったのでありまして、王国の正式な結婚はしていないのであります。王国の法律では亜人族と結婚できないでありますから、考えるだけ無駄であります」
さすが王国貴族。
妾をなんとか正妻にしようとしたが、無理だったという経験が透けて見える。
ボン坊はのほほんとしているように見えて、別居中のヒト族の嫁もいるという。
正式な跡取りも作っているとこの前聞いた。
「王国とか法律とかどうでもいいわボケェェェ!!!! マルちゃんが欲しけりゃボクを倒していけェェェ!!!!」
「いいの? そんなの瞬殺じゃん」
「まあまあ」と宥めるボン坊が定番と化してきた。
「にゃんでマリノアは戦わにゃいの?」
「そう、そこだわん! 今回の問題はそこなのよねん! だからクーちゃん! この話は終わり! 落ち着きなさいよん!」
「もしかしてであります……」
ボン坊が何かに思い当たったとばかりに腹を撫でる。
ヴィルタリアは小首をかしげている。
観察力は優れているが、察しは悪い。
カマロフも見当がついたようで、「あらやだぁん、おめでたね」とクェンティンを後ろから羽交い絞めにしつつクネクネし出した。
「なんですの? お腹を壊したんですの? おめでたいことが起こったんですの?」
核心をついたはずのヴィルタリアだけがわかっていない。
彼女は直感で生きてるんだろうなぁとしみじみ思う。
これ以上隠しても無駄だろうと、観念した俺はすべてを言うことにした。
「そう、妊娠です」
「にゃ? マリーがママ? ママににゃったの?」
「ややー!」
「あらまぁ、こんなに小さくても妊娠できるんですわね」
女たちは一斉に驚いた顔に。
女性陣は誰も気づいてなかったのかよ……。
「へぇ、アルくんの甲斐性の見せ所だ。ウチのマルちゃんに手を出してるヒマないんじゃない? 足元を疎かにしていると寝取られるよ! ティム君とかにね!」
「絶対ありませんから。わたしはアル様一筋ですから!」
「快楽堕ちして寝取られる前の妻はみんなそう言うんだよ!」
クェンティンは荒み切った顔をして唾を飛ばす。
「そんなことを言うけどクェンティンさんよ、妊婦ケンタウロスをこれからずっと面倒みたいとは思わないの? 身寄りのないケンタウロス親子を守ってやれるなんてなかなかできないと思うけどな。どうするの? 面倒みるの? みないの?」
「みたい。ぜひみたいです」
「なら、マルケッタは、わかるよね?」
「……ぅ、くぅ、悪魔め……わかったよ」
血の涙を流しかねない形相だったが、俺と手を結んだ。
つまりマルケッタの保護者であったクェンティンは、妊婦ケンタウロスと引き換えにマルケッタを売ったのだ。
売られた本人はミィナの青灰色の髪をくしけずって「ややー」と楽しそうにしていたが。
「悪魔に魂を売るようであります」
「妊婦ちゃんも群れに戻るかもしれないのにねん」
「いいの! マルちゃんみたいに立派なレディに育てるの!」
「男の子かもしれないでありますのに」
「どの面下げて父親面してるのかしらん」
「うるっさいよ! 金があればなんとでもできるんだよ!」
身も蓋もない言い方だが、亜人や魔物に忌避感を持つ王国内で、マルケッタを連れて行商していたのだから、クェンティンの覚悟も相当なものだろう。
経験に裏付けされた自信のようなものが滲んでいた。
かなりゲスさが色濃かったが。
「ともあれマリノア殿の妊娠はめでたいでありますぞ。これからアル殿は幸せと苦労の両方を背負い込むでありますな」
「アルちゃんはちょっと気が多いところがあるから、あんまりフラフラしてマリノアちゃんをおざなりにするなんてこと、しちゃダメよん」
「何人嫁にするつもりなんだよ。マルちゃんをおざなりにしたら許さないからな!」
「……死ねばいいのに」
男たちの祝福は生温かい。
懐の深い笑みを浮かべる獣人スキーは墓場にようこそと疲れた笑みを浮かべ。
厚ぼったい唇でちゅっと投げキッスしつつ両腕を胸筋の前で揃えてグラビアポーズをとるオカマは、ぱっちりと祝福のウインクをして見せ。
金髪青年はイケメン面をいまやドロドロの憎しみを込めた残念顔に変えて嫉妬し。
怨嗟を漏らすぽっちゃり少年の目が冗談に思えない殺意を孕んでいて。
それぞれだ。
半分くらい祝われていないが、ともあれ照れ臭い。
「にんしん?」
ここでただひとり不思議そうな顔をしているエルフが首を傾げていた。
「犬が? にんしん?」
「マリノアが子どもを授かったの。俺のね」
ニニアンはマリノアをじっと見る。
お腹辺りを凝視しているから、俺と同じで魔力の流れを見ているのかもしれない。
マリノアは集まる視線を受けて照れたようにはにかんでいた。
まだほとんど膨らんでいない腹を愛おしげに撫で、これぞ幸せという顔を見せた。
ヴィルタリアが横に座り、おっかなびっくりお腹を触っている。
「妊娠は、いいもの?」
「はい。これ以上の望みがないくらいの幸福をいただきました」
ニニアンの質問に、マリノアは躊躇うことなく答えた。
こっちまで恥ずかしくなるのはなんでだろうなと思いつつ、ニニアンの無表情を見やる。
何を考えているのか読めない顔からは、何かを真剣に考えていそうな雰囲気だけ伝わってくる。
「そう」とだけ答えて、ニニアンの質疑応答は終わった。
ニニアンの中で何が決まったのかわからないが、真っ直ぐにミィナに向かい猫耳とふわふわの猫っ毛を撫で繰り回すところを見ると、これからはいじくれる相手がひとり減ってしまったと思ってるのかもしれない。
エルフの出産について知っていることはほとんどないが、繁殖能力は高くないことだけは確かだ。
師ニシェル=ニシェスの子がニニアンであり、その彼女の年齢は五十オーバー。
長命にして繁殖力が旺盛ならば、この世はエルフで溢れていただろう。
子を授かりにくく、そして性欲も低い。
エルフのイメージはだいたいそんなものらしい。
しかし、最近のニニアンの性欲はそう低いものではなく、大抵は彼女から求めてくる。
イレギュラーなエルフがいたっていいじゃない。
異世界だもの。
妊娠できない体のエルフとファンタジーセッ〇ス、最高である。
「どうやったら妊娠する?」
「えっと……」
答えにくい質問に、マリノアは戸惑い犬耳をぺたんと伏せてしまう。
結局、いつも口を挟まないエルフが場を持っていってしまった。
マリノアは女勢に囲まれて、苦笑いしている。
「なんで隠してたの? 節操ないことを隠したかったの? はーん、エロい子どもだねぇ」
「妊娠が後ろ暗いから隠していたわけじゃないし」
「じゃあどういう意味? どういう意味なの? はーん?」
顔を寄せてくるクェンティンを、鬱陶しくて追い払った。
「妊婦の負担は俺だけが知っていればいいって思ったんだよ」
「あらん、水臭いじゃなあい。アタシたちにも何か手伝わせてよん」
「マリノアは特別扱いされたいわけじゃないから、あえて言わなかったんだよ。妊婦は動かなくていいって周りから気遣われるだけでも、マリノアには戦力外通告に聞こえちゃうんだ」
「妊婦は不安定でありますからな。マリノア殿は不安をぶつけるような性格には見えないでありますから、溜め込んでしまうのでありますな」
「アルちゃんのそばで役に立っていたほうが安心ってことねん。置いてけぼりにされたらショックなのはわかるわん」
迷宮へ連れてかない方がいいかと話したときも、マリノアに泣きつかれたのだ。
役に立っていないと感じることが、なによりもストレスになる。
それは母体に良い影響を与えないのはちょっと考えればわかることだった。
「ボンちゃん、よく知ってるじゃないのん?」
「伊達に父親やってないでありますぞ」
「でもぼくのお母さん、めかけってやつなんでしょ?」
「ティム……それはでありますな……」
「頑張れ、父親」
狼狽えるボン坊と目の据わったティム。
果たして親子の絆は取り戻せるのか。
ナイーブな話題になったので、他の面子はそそくさと逃げた。
まさかと驚く方がいらっしゃると思いますが、下記のURLからR-18の内容が読めます。
お相手はもちろん馬娘のマルケッタさんです。
18歳以下の方は気を付けてくださいね。
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