第126話 大人たちのしょうもない話
「まったくもう、無茶し過ぎだよ。首が落ちたらさすがの俺も治せないよ」
「やー……」
すみませんとばかりに首を垂らしたマルケッタの声はしおしおと力ない。
マルケッタの背中と密着しており、ドッドッドッと心音がやかましいくらいに伝わってくる。
彼女にとっては死力を尽くしても敵わない相手だった。
死が何度もちらつく中、一歩も引かなかったマルケッタの度胸は素直に賞賛したい。
が、それで都合よく自己犠牲を正当化する解釈をされても困るので、ここは怒らねばならない。
「誰が捨て身で戦えなんて言ったの? みんな無事で乗り切るのが大事なんじゃないの?」
「や、やや〜……」
「で、でも~」と言いたげに顔を上げるマルケッタを、強めに睨んだ。
「マルケッタ、君は相手がどうというより、自分の罪悪感で動いたよね? それがまず間違いだよ」
「やゃ~……」
「あうぅ」と涙目になり、マルケッタは俯いてしまう。
「妊婦ケンタウロスの一件ならもう許してるよ。それでも足りないなら、いまここでもう一度許すから。自分を盾にしてみんなを守ったのは素晴らしいことだけど、君の強さは捨て身になることじゃないだろ? 可憐な騎士に特攻は似合わないんだから、うちのミィナと協力して力を正しく使ってくれよ」
「ややー……」
マルケッタの瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ち、地面に跡を残す。
ミィナが「にゃに? 呼んだ?」とこっちを見たが、ひらひらと手を振っておいた。
ミィナは埋め立てた穴の上で飛び跳ね、地面を固めてるつもりのようだ。
ぐずぐずと泣き出したマルケッタは、しょぼんと肩を落としている。
ちょっと言いすぎたかなと冷や汗をかきつつ、血塗れの女の子をよしよしと撫でる。
マルケッタの怪我をいつまでも放置しておくわけにはいかないので、宥めながらも傷口に手を当てて治癒していく。
スパッと肉を切っているので、むしろ治しやすいのが皮肉か。
汗でしっとりとした中に女の子の優しい匂いが混じっていて、いつまでも嗅いでいたいと言う欲求は抗いがたい。
ときどき鉄錆のような血の臭いが混じるのが残念だが。
真面目な話をしているというのに、ケンタウロス少女の汗の匂いでチンピクしてしまう自分が嫌いじゃない。
「はい、腕伸ばしてー。肩の怪我治すから」
「や~」
メソメソしつつも従ってくれるところが可愛い。
痛み耐性が高いのか、割とシャレにならない深手を負っているのにメソメソするだけの余裕があるのである。
もうちょっと深ければ内臓がデロってたなんて、言わない方がいいだろう。
座り込んだマルケッタは、腹部と右肩、馬体の腿や顔にまで無数の刀傷が刻まれていた。
肩を支える俺のローブまで、あっという間に真っ赤に染まっている。
赤い生地のローブだから、水を吸い込んだように濃くなる程度だが、実際の出血量は馬鹿にならない。
クェンティンが青ざめた顔でハエのように近くをうろついているが、気づけばマルケッタの方がさらに青い顔をしてぐったりしている。
あ、痛み耐性にも限界があったみたい。
ミィナとニニアンが周囲を警戒している間に、マルケッタの傷を治療していく。
傷を塞ぐだけなら問題ないが、出血した分の血を生み出すことは難しい。
視線を感じ、顔を上げると、じっとマルケッタが見つめてきた。
ただ、すぐに顔を逸らされる。
君の怪我を治してるんだから、目を逸らすなんて失礼じゃないかね?
頬や耳まで真っ赤なので許すけどな!
幸い傷が塞がるとなんとか立ち上がれた。
生まれたばかりの子鹿のようにプルプルしていることに目を瞑れば、探索はなんとかできるだろうか。
「今日はもう休もうか」
この提案にいちばん喜んだのが、誰であろう疲れた顔をしたティムだったことが解せないと思った。
おまえ何もしてないじゃん。
焚き火を四人の大人が囲っている。
木彫りのカップから湯気が立ちのぼり、誰かの鼻をすする音が聞こえた。
場所は家畜場を見下ろす上階。
左手の壁に新しく通路を伸ばし、その奥に家畜場と同じくらいの高さと広さの空間を赤茶髪の少年が作り出した。
家畜場はちょっと臭うので、離れたところに休憩スペースを作りたいとの希望があったためだ。
ホールは三段からなり、中央のスロープで繋がっていた。
最上段は女性陣の個室を作り、二段目にむさい男部屋が雑魚寝できる程度にある。
通路に近い場所に煮炊き用のかまどや湯を溜めた浴室を作っていた。
ニニアンが男部屋の屋根にのぼって見張りをする中、暖を取るための焚火のまわりで益体もない会話が飛び交っていた。
ちなみに迷宮の外は夜の時間帯である。
「しかし遠くまで来たでありますな。大平原は二度目になるでありますが、迷宮は我輩生まれて初めてであります」
「迷宮なんて貴族が行くところではないらしいですわ。父に言わせれば死にたがりの最下層民が夢を見るだけの自殺場所ですって。私、王都の傍にある迷宮に行くと言ったら父に猛反対されましたもの。結局こうして夢見た地に足を付けていますけれども」
「お父様は正論だと思うわん。大平原を進むだけで死にそうな目に何度も遭ったもの」
カマロフは身を抱き締めしみじみ言うが、どれもヴィルタリアが後先考えずに魔物に近づこうとして止めに入った結果の九死に一生である。
ボン坊とクェンティンは苦笑いを浮かべた。
ヴィルタリア本人はたぶん、危機意識がまったくない。
堪え性のなさは極まっており、岩枝道では魔物を追いかけ何度となく落ちかけた。
故に危険はカマロフ以外にも常に付きまとっていることが共通認識であった。
誰かがヴィルタリアの代わりに魔物に食べられてしまえば、流石の魔物スキーも大人しくなるだろうが、誰も身を投げ打ってまで彼女を諭そうというものはいない。
「ところでクェンティン殿はもっと遠くへ行っていたんでありますよね?」
「そうだねえ、一昨年は王国の南海岸から内海を渡ってアラフシュラ連邦に入って、その下の小国群まで行って交易品を探してたよ。珍しいものがあれば買い付けようと思ってね。向こうのフルーツは甘くて美味しかった。でも王国と連邦が緊張状態に入っちゃったから、帰りは東を回って陸路で帰ってくる羽目になってさ、戦場に近いところだと治安も悪いし、何度も襲われて最悪だったな。しかも内海は戦場になって販路を確保できなくなっちゃったから、ただの観光、前向きな言い方をするなら知見を広げるための旅になっちゃった」
「災難だったわねん」
ニキータとマルケッタというふたりの護衛のおかげで大抵はなんとかなったと、喧嘩最弱のクェンティンは語る。
「アラフシュラ連邦の更に下の国には鬼人族と竜人族がいるって言うんでちょっと見にいったんだけどね、このふたつの種族って生活圏が被ってて何百年も争ってるんだ。実際に衝突するところを遠くから見たけどさ、もはやアルくんがふたり戦ってるような滅茶苦茶な光景だったよ。そこだけ地形変わって草も生えない荒地だったし」
「ちょっと想像できないでありますね。街ひとつ消し飛ぶ感じでありますか? そういえばアル殿は最近、奴隷商人の要塞をひとつ潰したとか言っていたでありますな」
やることが派手なのだ。
米粒にしか見えない距離から戦いの余波を感じるようなヤバい連中『鬼人』『竜人』を相手に、赤魔道士を名乗る少年ならばあっさり溶け込みそうだとも思う。
むしろ彼以外に飛び込める規格外をクェンティンは知らない。
それに、亜人を好むアルのことだから、竜人や鬼人と聞けば見に行こうとするかもしれない。
そのときはまた一緒に旅をするだろう。
クェンティンの迷宮攻略の構想も、アルの行動力がなければ実現していない。
まず大平原での最大戦力の『獣人』を動かすには、赤毛の少年の協力が必要だったのだ。
「そうそう、奴隷商人の要塞から囚われの妊婦ケンタウロスを助けてきたんだ」
「マルケッタちゃんに勘違いされて馬乗りにされたらしいわねん」
「黒騎士を相手にマルケッタ氏が無理したのも、その償いらしいでありますな」
「あのケンタウロスはアルくんがお好きなのかしら?」
ヴィルタリアの何気ない物言いに、クェンティンが目を剥いた。
ガタッと立ち上がった金髪青年を、隣のボン坊が「まあまあ」と慣れた様子で宥める。
「マルちゃんにはまだ早い! れれ、恋愛なんて、恋愛なんてぇぇ! まず育ての親であるぼくと結婚したいってはにかみ展開がないと許されない!」
「誰が許さないのかしらん?」
「クェンティン殿の妄想であります」
「妄想、わかりますわ。私、いずれ家のために子どもを産むことになります。産まれてくる子が魔物だったらよろしいのにと常々思うのですわ」
ヴィルタリアが遠い目をして語る。
それを見る男たちの目もどこか遠い。
聞かなかったことにするようだ。
「……ゴブリンかオークの巣に突っ込まないか心配だわん」
「……虫系に卵を産み付けられる苗床もあるらしいであります」
「……そういう趣味って極まるとヤバいよね」
「……クーちゃんはケンタウロス孕ませたいとか思ってそうだからぁ、ヴィルちゃんを馬鹿にする筋合いはないわよぉん」
「……我輩は獣人孕ませまくりであります」
「……お互い合意の上なら問題ないもんね!」
彼らのひそひそ声が聞こえてしまっているニニアンは、さして興味もなく屋根の上で鉱石を削っている。
彼らの話題はクェンティンの旅の話に戻る。
「商都に戻ってからもなんかゴタゴタに巻き込まれて、気づけば鉄国で内政干渉だよ。自分なにしてんのって笑うよね」
「そういえばアルちゃんたちと初めて会ったのはアラフシュラなのん?」
「いや、商都かな。先にマルちゃんが向こうの猫ちゃんと仲良くなってね。アルくんと初めて会ったのはまさに商都近辺の村のゴタゴタのときだね。鉄国の権力者の隠し子に、不世出の貴族の若者、村を襲う山賊団に死に至る流行病、その裏には王都と商都の軋轢とそれに便乗して暗躍する反政府軍、血塗れの悪鬼に聖女なんて呼ばれる子もいたなあ」
壮大な話に、カマロフは「大変だったのねん」とわかったようなわかってないような調子で頷く。
「そういえばスフィも鉄国の貴族だったんだよね。見えないよねー」
「そんなことないでありますよ?」
「小さい頃に作法を躾けられたんでしょうねん、食べ方が綺麗だったわねん」
「体に染み付いてしまっているのですわ。私には礼儀作法の時間が嫌な思い出以外の何物でもありませんですけど」
「よくよく考えりゃ貴族じゃないの僕だけだし……」
ボン坊は領地持ちの公爵貴族だった。
カマロフは家督を継いでいないが男爵家の長男だし、ヴィルタリアはなんといっても伯爵令嬢である。
「訳あり貴族でありますけどね。王都から僻地へ体よく追い出されたであります」
「アタシは気味悪がられて幽閉されてたくらいだから、爵位は弟に行って貴族にはなれないわねん」
「令嬢と呼ばれてもう三十を数えましたけど、同年代はもうアルさんたちくらいの子どもがいますわ」
「自虐をさらっと言うなよ、君たち……」
クェンティンは、隣にいたボン坊の肉付きのいい肩をポンと叩く。
本来貴族にできる態度ではない。
場合によっては不敬罪でその場で斬り捨てられることもある。
平民と貴族では命の価値に雲泥の差があった。
雲の上でお茶する貴族が泥まみれの平民を虫だと揶揄し見下ろす、なんて格差社会がいまも蔓延っている。
そんな現状で、ここに集まったメンツは奇跡的なまでに貴族らしくない。
クェンティンもまた特殊な環境で育った。
商都では貴族が横柄に出ることはないのだ。
父チェチーリオの反則じみた能力があってこそだろう。
商都で起こった出来事は我が事のように知ることができる特殊能力がチェチーリオ・トレイドには備わっている。
その能力をフル活用して貴族から少しずつ力を奪い、いつしか骨なしの操り人形に変えてしまうのはチェチリーオの得意技であった。
だから商都は貴族に介入されることなく税金を低く保てて、利のあるところに人が集まる、の商人気質たちの力で更に潤うという仕組みが出来上がっている。
もちろん、商都以外では貴族の方が強いことをクェンティンも弁えている。
横柄なクソ貴族相手にゴマすりもできた。
「アル殿を頭にいただいているからか、我輩たち貴族ぶることもないでありますね」
ボン坊がニヤッと笑い返す。
クソ貴族のニヤッ、はエロいことを考えている目か、道具のように利用するときの目かだが、二重あごの彼の笑みはひとの良さがにじみ出ている。
子どものような笑みというか、裏表がないというか。
プライドばかり高い貴族の中では異質な性格だった。
もちろん踏ん反り返った貴族相手なら、クェンティンも仕事用の顔になる。
普段からそう言う態度ができないから二流だと言われたこともある。
クェンティン自身、商人でいるには常に笑みを浮かべていた方がいいと思っている。
ただ、ギラギラしたものが苦手なのだ。
趣味に生きて、同好の士と笑い合うこの旅の方が何倍も肌に合っている。
「スフィちゃんってクーちゃんといい仲のお友だちなのよねん?」
「ぼくをあいつの趣味に巻き込まないでもらえるかなあ!?」
「虎視眈々と狙ってるでありますぞ」
「すでに良い仲なのではありませんの? 人前だと突っ張ってしまうみたいな」
「ヴィル嬢にもそんな目で見られてたなんて……」
「アタシなら見てるだけで美味しくいただけちゃうわん」
「やめて……ホントやめて! お尻が落ち着かない!」
尻をごしごしと落ち着かな気に擦るクェンティンを見て、みんな笑った。
「ところでヴィル嬢は西の迷宮でアル殿に出会ったのでありますよね」
「そうですわね。運命的な出会いでしたわ。護衛に付いていたゾーラの甥だったという話ですし、何より王国軍が束になっても敵わないくらい魔物相手に無双して実力が光ってましたもの」
「そのゾーラさんは今頃商都に着いたかしらねん?」
「ジオ将軍もいますし、なんとかなると思いますわ。会えるといいですわね、アルさんの妹さんに」
「こっちよりは何倍も安全な道のりだと思うな」
「それもそうでありますな」
ゾーラたちが道中で予期せぬことが起こったとしても、巨大要塞と化した陸亀や透明人間の襲撃者は現れないだろう。
それこそ盗賊くらいなら元王国軍と元魔術師隊隊長があっさり片付けるはずだ。
ヴィルタリアの友人兼護衛の赤毛魔術士ゾーラと元王国軍将軍のジオは、わずかな手勢を連れて商都に向かっていた。
順調にいけば今頃商都に到着しているだろう。
アルの妹が商都の修道院にいるらしく、アルのタレコミだが、死亡したと思われていたラインゴールド家の次男夫婦もとある大商人に匿われているという。
クェンティンはフィルマークという大商人とはそれほど親しい付き合いではなかったが、クェンティンの父なら深い付き合いがあるだろう。
そう思ってゾーラには父への紹介状を持たせてある。
そんなものを持たなくとも、父ならばゾーラたちを危険とは思わず、円滑に引き合わせてくれるだろうが、父以外を納得させる建前というのも必要なのだ。
「そしたらこの中で、アルちゃんと付き合いが長いのはボンちゃんかしらん?」
「付き合いの長さがそのまま仲の良さかはわからないでありますが」
「ティムもやらかしたわよねん」
「もっと前にあったんでしょ? 猫ちゃんを全裸で襲おうとした件とか」
「どういうお話かしら?」
ボン坊の目が泳ぐ。
あからさまに動揺していた。
というかヴィルタリアの食いつきがいい。
下世話な話にも嫌悪しないし、話し口調には貴族らしさが窺えるが、むしろ性格はこざっぱりとしていて男に近い。
「他意はなかったのであります。アル殿は一度、妹殿を探す旅にマリノア殿とミィナ殿を置いていこうとしたのであります。置いていかれたミィナ殿は泣きに泣いたのであります。我輩、ご存知ない方もいるかと思うでありますが、大の獣人スキーであります」
「ご存知ない奴の方がいないよ」とクェンティンが呆れつつ言う。
「どうにかしてミィナ殿を泣き止ませたかったのであります。使用人が用意した服を蹴飛ばし、裸でうずくまる彼女に、我輩も裸になればもしかしたら近づけるのかもと閃いたのであります」
クェンティンは呆れを深めて茶々を入れようとしたが、隣のカマロフの分厚い手のひらで塞がれ、おまけに呼吸もできずにもがいた。
「我輩、裸で近づいたであります。今でこそ裸の我輩はただの変質者だとわかるのでありますが、そのときの我輩にはそれが最善としか思えなかったのであります」
気落ちした様子でボン坊は語る。
クェンティンは逆にジタバタ暴れ、ようやく気づいたカマロフに解放されてゼハーゼハーと荒い息をついた。
「裸で抱き合えばきっと心が通うはずであります。獣人は夜のベッドで裸になるとすごいのであります。世のあらゆる生き物は、生まれたときは皆裸でありますから、我輩は身も心も裸になって近づいたのであります」
「幼女にすっぽんぽんのぷらんぷらんで近づく貴族とか」
「クーちゃん、茶化すのはやめなさいよん」
「気持ち悪いですわね」
「ちょっとヴィルちゃん! んもう!」
ボン坊の話は聞いていて身悶えしたくなるくらい情けない。
その事実を誰にも公表することなく墓場まで持っていく類の黒歴史だ。
クェンティンは想像する。
恥ずかしい過去を自分自身に置き換えるならば、子どもの時分、奴隷館を訪ねたときのこと、貴族の玩具として売られそうになっていたケンタウロスの美女をたまたま値踏みしたとき、そのとき人生で初めて気が狂うほどフル勃起したと暴露するようなものだ。
これは現在までの性的興奮に深く根付いてしまっている、いわばクェンティンの原点である。
カマロフは想像する。
恥ずかしい出来事を自分自身に置き換えるならば、スフィとクェンティンが仲良さそうにしている姿を見て、裸で絡み合う男同士の睦言を想像し、人生で初めて気が狂うほどフル勃起をしたことを暴露するようなものだ。
それまで男女間のあれこれに興味のなかった自分が、初めて興奮した出来事である。
ヴィルタリアは想像する。
したけれども、別段暴露して困るような黒歴史はないことに気づいた。
魔物に犯されて孕まされる自分というのも悪くないが、そうなると自分の身体を壊されてしまうので、我が身がそこそこ可愛いと思っている彼女には実現は無理であった。
せめて、魔物の子どもが生まれてくるのを妄想するくらいだ。
総じて男ふたりはなかなか言えることではないボン坊の独白に、真の男の雄姿を見て目に涙がにじんだ。
ヴィルタリアは裸のミィナが尻尾を丸めて泣きじゃくる姿を思い浮かべて、膝の上に乗せたいと思った。
「結局はミィナ殿には指一本触れてないであります。その前に窓からアル殿が現れて、我輩の股間を蹴り上げてミィナ殿を連れ去ったでありますから」
「完全に悪役ですわね」
「憐れすぎて言葉もない」
「大事な股間のイチモツは大丈夫だったのん?」
「治癒術師を呼んで治してもらうまで、血尿が出たり鈍い痛みに寝られなくなったりと大変だったであります」
クェンティンは、寸でのところで自業自得と言わなかったのは、ボン坊の雄姿を尊重したからである。
ここは口を閉じて静かに彼の懺悔に耳を傾けるのみ。
「幼女に欲情するからですわ」
「言っちゃったよこのひとー」と一瞬ざわついた。
カマロフは無念そうに顔を覆い、ボン坊は羞恥に俯いた。
クェンティンは遠くの岩肌を見つめ、やり過ごすしかなかった。
言葉が過ぎた淑女は、しかし状況を理解せず湯気を立てる茶を小さな口でコクコクと煽っている。
次からはこの手の話題はヴィルタリアがいないところで話そうと目配せし合う。
暴露はするが責められたいわけではない。
よく言ったと仲間内から慰められたい男心だ。
男心とは意外にも繊細で、ガラスにもたとえられるのである。




