第125話 刺客の黒騎士
「最近食べたお肉といえば魔物の肉ばっかりでさ、味は悪くないんだけど硬かったからなー。今日は柔らかい肉が食べたいなー」
「我輩、血を見るのはちょっと勘弁でありますぞ」
「アタシは反対よぉん。人のもの盗るなんてイケナイことだわん」
「そうですわ、食べるなんてもったいない! 持ち帰れないかしら?」
「この人たちの噛み合わなさがひどい……」
なんの話かといえば、畜舎と思しき場所で動き回っている豚のような魔物をとって食べるかという相談だった。
ミィナたちに聞いてみると。
「アル~、お肉食べたい~、まだ~?」
「わたしもお肉は大好きです。あ、いえ、食べたいと催促しているわけでは……」
「ややー」(首を横に振る菜食のマルケッタ)
「肉は嫌い。臭くなる」
こっちは見事に半々に分かれた。
肉食の獣っ娘は肉大好きだ。
馬娘やエルフはそもそも肉を食べない。
ティムは鹿獣人だが、肉と聞いて涎を垂らすくらいには肉を食べられる。
大人たちは折り畳みの椅子とテーブルを広げ、眼下でブヒブヒ鳴く家畜を眺めて優雅なティータイムを開いている。
ヴィルタリアはさすがにドレス姿ではないが、気品のある所作でティーカップを傾けている。
対面にはまるでブタとゴリラが……いやいや、ボン坊とカマロフが今にも壊れそうな折りたたみのイスに窮屈そうに座って紅茶を啜っていた。
「ところでアルくん、家畜の解体の経験は?」
「オークとミノタウロスを肉にして焼いて食べたことがあるよ」
「君はなんでもできるなぁ」
俺と並んで家畜場を見下ろすクェンティンは、逆に家事全般は何もできない。
だが、商機を嗅ぎ分ける嗅覚や、交渉術には長けている。
うん、ここではまるで役に立たないお荷物さんだ。
俺はと言うと、家畜を捌くのも慣れたし人型魔物だって狩って食べていた。
それしか食料がなかったこともあるが、いつしか躊躇はなくなっていた。
ただし、虫食はダメだ。
獣人たちは虫でも平気で食べてしまうので、度肝を抜かれた。
あれはよろしくない。
半分だけ齧った虫など、モザイクをかけないと見れたものじゃない。
本当に本当に、俺は割と何でも食べるが、虫だけは受け付けなかった。
ちなみにミィナもマリノアも、虫食はイケる口だ。
芋虫を食べた後のお口でキスはできない。
ニニアンも抵抗なくパクリと食べられる。
口からバッタの足が飛び出ていた光景はまさに衝撃的で、猟奇的ですらあった。
獣人村の宴会では虫焼きが大皿で出ていたのだが、山盛りの皿がこっちへ来ないことを願っていたほどだ。
遊牧民を歓待したときも出ていたが、彼らは当たり前のようにつまみ、ヴィルタリアは興味深そうに食べていた。
クェンティンたちは顔を歪めて遠ざけ、一切口をつけなかった。
クェンティンいわく、ニキータが作ったものじゃないから不安とのこと。
それはどうみても言い訳だ。
ボン坊とカマロフは、野趣溢れる料理の前に獣人たちと肩を並べて食べるという文化の違いからして最初から面食らっていた。
無理やり芋虫の素焼きを食べて苦い顔をしていたのを覚えている。
ティムも食べられなかったのだが、それも仕方ない。
食生活は領主邸の贅沢なものしか口にしてこなかったはずだ。
俺を含め、男どもは軒並みチキンで笑えてくる。
「ここはひとまず置いておいて、先に進みますか?」
「えー、お肉食べにゃいのー?」
「ミィナ、お行儀悪いですよ」
「いや、むしろ食べてこうか。バーベキューでもして敵対者を挑発するのもありかも」
「やたー!!」
「やー」
ミィナは満面の笑みで万歳している。
青灰色の尻尾も機嫌よくフリフリしてるし。
マルケッタが並んで喜んでいるが、ケンタウロスは肉が食べられないベジタリアンなので、喜ぶ猫娘に便乗しただけだろう。
「もう、何が出るかわかりませんよ?」
「まぁまぁ、何が出てきても大丈夫なメンツだからやる意味があるんだって」
「それはそうかもしれませんが、どんな力を持った敵が現れるかわからないんですよ?」
未知の能力を持った敵。
その言葉に、なんとなく引っ掛かりを覚える。
なんで敵がいると思ったのか。
家畜場を見ていれば人の手が入っていることはわかるが、警戒するほどだったか。
いやいや、祝福を独占している奴らだろうから、相応のチート能力を備えているという結論に達したのだ、たぶん。
何か忘れている気がするのだが、いくら頭をひねっても何も思い出せない。
戦闘向きの祝福ならば、『不死身』や『無敵』だとかの一切の攻撃を受け付けない体を持っているとか、考えるだけでも敵に回したくない能力はいくつも上がる。
だが、倒さずとも無力化することはできると思っている。
目が合ったものは死ぬ、とかを石眼のカトブレパスではあるまいし、そんな化け物を相手にするのは無理ゲーだが、たぶんそこまでブッ飛んだ祝福は持ってないと思っている。
日常生活が大変そうだしね。
「もうちょっと楽しんで迷宮探索できると思ったのにね。それもこれもいるかいないかもわからないチート野郎の所為だもんね」
「あ、あの、アル様……」
ミィナたちが家畜を見に行ったために人目が薄れたのを見計らい、マリノアの腰に手を回した。
クェンティンも大人たちのティータイムに混じっていて、誰の目も届かない。
その隙に首にチュッとキスマークを残す。
すると羞恥心からか、ぽっとマリノアの頬が赤らんだ。
マリノアはふたりのときなら積極的だが、人目があると自制が働いてしまう。
だから迷宮に潜ってからというもの、いちゃいちゃ行為をほとんど行っていない。
お腹の子どものことを考えれば激しい行為もできず、俺もマリノアに無理をさせるつもりはない。
いままでは俺の劣情をマリノアがひとりで受け止めていたのだ。
いつでもどこでも、求めれば受け止めてくれた。
お手頃とか性欲処理とか言われそうだが、そういう側面もないとは言い切れないが、お互いに相手を思う気持ちは強く、愛情は深かった。
ほかふたりの嫁はというと、気まぐれな性格なのでタイミングが合わないと拒絶される。
それが割と俺を凹ませるのだ。
自然の流れとしていつでも包み込んでくれるマリノアへと矢印が向くのはしょうがないと思うんだ、うん。
「も、もう、こんなところで……もっと節度を……」
頬をほんのりと赤らめて、尻尾を嬉しそうに振っている。
言動が一致しないのが見ていて楽しい。
ミィナだと騒いですぐに周りに気づかれるし、ニニアンだと反応が薄いので面白みに欠ける。
だからマリノアの羞恥プレイは、仲間たちに気づかれないギリギリを攻めるのが醍醐味である。
ぐへへ、体は正直だのう……と悪代官になり、恥じらいとともに女の悦びを垣間見る。
シャツの裾から手を潜らせて、手ごろなお胸をふにふにと揉みこむと、きゅっと口を閉じつつも「ん……」と甘い鼻声を漏らすのだ。
犬尻尾をしごきつつ尻たっちのコンボを決めると、目が切なそうに潤み始めた。
「はい、終了ー」
「えー!」
「いやいや、マリノアさんや、お客さんですよ」
「え? あ!」
ポーッとなっていたマリノアの表情が途端に引き締まる。
家畜場の反対側の通路から、膨大な魔力を放って現れる鎧騎士。
全身ガチガチに黒鎧で固め、不穏な空気を振りまきまくっている。
暗黒オーラダダ漏れのその黒騎士は、フルフェイスの兜を被っている所為で顔が見えない。
とにかく視界が悪そうである。
額から鋭く伸びる一本角が騎士と言うより悪魔に魂を売った暗黒騎士を思わせる。
鎧補正を抜きにしても、ゆうに二メートル近くありそうな身の丈である。
無駄に筋肉質なカマロフよりも上背があり、たくましそうだ。
武器は、黒騎士の背丈よりも長く肉厚な両刃長剣を片手で持ち、半身が隠れそうな長大盾を装備している。
攻防に長けた重騎士タイプだろう。
倒すなら防御力を超えるほどの一撃を叩き込むか、身動きを取れなくしてから削って行くかのどちらかだ。
かなり間合いがあるというのに、黒騎士がゆっくりと長剣を構える。
俺は黒騎士に近いところにいたボン坊とヴィルタリアを後ろから掴むと、ぐいと引っ張って距離をとった。
直後、一瞬にして間合いが詰められ、ふたりの首を刈るように振り抜かれた大剣がボン坊の服を少しだけ切断する。
肝が冷えたのか、ボン坊は「ひぃぃぃぃ!」と豚を絞めたような悲鳴を上げながら、首を竦めて顔を青くしていた。
「みんな退避! 戦えないひとは後ろに! 太刀筋が思ったより速いから、気を抜かないで! 一瞬で詰めてくるよ!」
ヴィルタリアはあまり驚いてなさそうで、腕を組んでむすりとしていた。
おもむろに黒騎士を指差す。
「アルさん、あれは魔物ですの?」
「人間だよ!」
「じゃあ私、興味ありませんのでお任せしますわ」
「余裕だな!」
大振りの一太刀。
こちらの体勢を立て直すより早く、二太刀目がきた。
だが、途中で剣先がブレる。
二度目は余裕を持って下がることができた。
振り抜く寸前、カスンカスンと音が鳴ったのだ。
見れば黒騎士は頭を仰け反らせており、二本の矢が兜を貫いて刺さっているという珍妙ぶり。
後ろをちらりと見ると、ニニアンとミィナのふたりが第二矢を番えて構えている。
やるときはやってくれる。
玄人狩人のニニアンと、勇ましいチビのミィナに賛辞を贈りたい。
彼女は本当に頼もしく成長した。
遊んでばかりで仕事を任せられないとか思っててごめんな!
黒騎士は額を貫かれて倒れてくれたらありがたかったのだが、ゾンビのように仰け反った体が元に戻る。
中身は生きた人なのだろうか。
ステータスを視ると名前が浮かぶ。
名前 / キルリ・キルラ
種族 / 鬼人族
性別 / 女性
年齢 / 二五歳
技能 / 長剣術、盾術、斧術、忍耐、鉄壁
職業 / 冒険者、鬼戦士、暗黒騎士
「うぇぇ」
思わず声が出た。
女だったのかよ……。
確かに胸部装甲は分厚いと思ったけどさ。
しかも鬼人族と出た。
鬼人族や竜人族は話には聞くが、一度も見たことがないから顔を見るのが楽しみだ。
項目をチェックしている間にマルケッタが双剣で斬り込んでいた。
黒騎士は大楯で受け止め、すぐさま大剣で突きを放ってくる。
マルケッタは双剣でいなすと、距離をあけて間合いを取った。
間髪置かずに矢が二本、カカッと黒騎士の胸に刺さる。
鎧を突き破る矢の威力に脱帽だが、黒騎士は怯んだ様子もなくマルケッタに肉薄し、大剣を振り回した。
マルケッタはまともに斬り結ぶと力で負けるとわかっているからか、あえなく距離を取らざるを得ず一方的に押し捲られている。
一体どうして、矢の先端は中の身に達しているはずなのに黒騎士にダメージを受けている様子がない。
想像するに鎧は見せかけで、本命は肌に刃を通さない『鉄壁』と言う名のスキルではないか。
物理攻撃によるダメージを無効、とかそんな感じではなかろうか。
しかし穴はあるだろう。
それを突けば案外脆いかもしれない。
祝福で得た無敵の身体。
女性ってところが気にかかる。
もし処女だったら傷つかない体の所為で、大事な場所は永遠に男子禁制なのではないだろうか?
まさに鉄の乙女。
『鉄壁』の名は伊達ではないようだ。
どうやら無双の鉄壁にも、女としての陥穽はあったらしい。
開かない穴(笑)
小粋なゲス冗句をかましている場合ではない。
とりあえず魔術主体で攻めるべきだろう。
火炎放射のように、轟々と燃え盛る炎を黒騎士に浴びせかけた。
これで怯むは、ず?
倒れこむかと思ったら、一歩引くどころかグッと地面を踏み込んで、閃光のような鋭さで長剣が振り下ろされた。
「お、オゥッ!」
危うく片腕が切り落とされるところだった。
冷や汗が全身から吹き出し、心臓がバクバクした。
いくら身体強化があるからといって、過信は禁物だ。
手練れなら魔力のガードを豆腐のように斬ってしまう、そんな迫力が黒騎士の長剣には滲み出していた。
長剣 / 魔剣グリード+40
属性 / 闇
スキル / 魔力切断 魔力を切断し、無効化する。
大楯 / 聖光楯+30
属性 / 光
スキル / 魔力吸収 魔力を吸収し、無効化する。
鎧 / 暗黒鎧+50
属性 / 闇
スキル / 再生 破壊されても元に戻る。
よくよく性能を見れば、魔術師殺しなのがわかる。
武具や防具の性能からして、たぶん祝福で手に入れたものなのだろう。
魔剣に関しては迷宮の外でも見たことがあるので自前かもしれないが、どちらにしても攻防に優れた装備で非の打ち所がない。
「アル、あぶにゃいよ!」
「へへ、ミィナに心配される日が来ようとは……」
「? ミィニャいつも心配してるよ?」
「! なんだよこのぉ、可愛い猫さんはぁぁぁぁ!」
「遊んでないで、足止めやる」
ニニアンが矢に魔力を込めて放つ。
黒騎士は大楯で防いだ。
先端はめり込むが、貫くまではいかない。
大楯の表面が氷漬けになったが、ニニアンにしては謙虚な威力に見え、その規模は驚くほどではない。
その氷もすぐに溶けて、矢が刺さっただけになった。
黒騎士から装備を剥ぎ取ってカマロフに着せたらちょうどいいかもしれない。
装備するだけでほぼ無敵の性能である。
威圧感はこれ以上ないくらいに高まるだろう。
声を出したらむさい裏声だが。
「ちょっと離れて」
声をかけると、マルケッタが踏み込み、長剣を押し込んでから一気に距離を取る。
マルケッタを追おうとする黒騎士に間断なく矢が射掛けられ、黒騎士は大楯で防いで足止めに成功している。
俺はその間に石弾を二百以上生み出した。
耳元でギュルギュル唸っている弾丸を、殺意を持って黒騎士に打ち込む。
ひとつひとつが炸裂して物凄い音を上げる。
耳のいいミィナは弓矢を手放して耳を塞いだほどだ。
マリノアは顔を歪めながら耐えていた。
ああ、お腹の子にストレスが……。
「こんな破壊力で生きてられるわけないであります」
「あ、アルくん、容赦ないわー。体中穴だらけで原型を留めてないよ」
その言い方はダメだ、それは消滅したと見えて実は生存している定番の台詞だ。
粉塵がもうもうと舞う中、木っ端微塵に消え去ったかと思われた黒騎士が、無傷で立ち上がる。
肌に傷ひとつ付いていなかった。
それがわかるのはなぜか。
大楯を正面に置いて魔術攻撃をすべて無効化したが、周囲ももろとも吹き飛ばすつもりで攻撃をしたので、周囲で爆散した石礫が容赦なく黒騎士の横から背後から襲い、鎧部分の大半を吹き飛ばしたのだ。
頭だけは腕で庇ったのか凶々しい兜だけは残っていたが、それより下はもうあられもない姿になっていた。
「はぅっ!」
「う、うわー……」
それはもう包み隠さず、がっしりした肩幅に相応しいロケット型の美乳がボロンとこぼれ落ちていた。
褐色の肌に引き締まって肉付きのいい太ももと、淡い褐色のお毛毛まで丸見えだ。
刺激の強い肉体美にティムがソワソワもじもじと内股で落ち着かない。
クェンティンは股間を押さえ、ボン坊は気まずそうに眼を逸らしている。
その点俺は怖いものはないのでじっくりと観察させてもらった。
「アル様!」
「あ、すみません」
マリノアの咎めるような声に条件反射で謝ってしまう。
これはもう男の性だ。
目に毒な光景だったが、それが更なる驚きに変わる。
裸の女の手足から鎧が少しずつ現れ始めたのだ。
その間にマルケッタとミィナ、ニニアンが全員接近戦に切り替えて果敢に攻めた。
兜以外裸の女は破壊されなかった盾と落ちている剣を素早く拾い上げて巧みに使い、ニニアンの魔術攻撃をすべて捌き切る。
ミィナとマルケッタの攻撃は、肌に当たったところで無傷だとわかっているのか、あえて防御していないのが小憎らしい。
結局押し切ることができずに数分で黒騎士の鎧姿に戻ってしまった。
「おかしい……」
ニニアンがぽそりと呟く。
いやもう、それはわかってたから。
史上稀に見るおかしな敵だから。
立ち回りの中観察してわかったのは、自動修復する鎧には強力な魔術攻撃を防ぐほどの防御力はないということ。
魔力の乗った攻撃はすべて大楯か長剣で防がれていること。
魔力の乗っていない双剣の攻撃をいくら重ねたところで、『鉄壁』の技能を持つ以上、鎧を貫通しても生身には傷ひとつ付かないこと。
肌身に特大の魔術攻撃をぶつければ大ダメージになるかもしれないが、鉄壁が魔術も弾くようならお手上げだ。
「ダメージ与えられない敵って、大抵足止めしたり封印したりでやっつけるんだよね」
「そうなのですか?」
前世で遊んだ家庭用ゲームの話だけどね。
最初は倒せなくとも、二度目、三度目で攻略法を編み出してなんとか倒してしまうのだ。
正攻法で倒せなくても、搦め手はいくらでも思いつく。
「全員で足止め! いまの位置から動かさないようにして!」
「きついにゃ~」とミィナの泣き言が聞こえてくる。
確かに黒騎士は疲れを知らないかのように動き回り、足を止めることなどほとんどない。
間合いを取ろうとすると詰めてくるし、釘付けにしようとすると黒騎士の剣技に誰も敵わない。
剣術に限れば、黒騎士はニニアンやマルケッタより数段上だ。
ミィナの猫パンチはほぼ大楯に阻まれて威力を受け流されていたし、鎧を捉えても外郭を剥がすばかりで内側へのダメージにならない。
装備に頼らずとも、かなりの腕前を持つ歴戦の戦士であることが窺える。
是非とも顔を拝みたいが、それは次の機会があればにしよう。
おっぱいも見られたことだし。
マルケッタがこちらをちらりと見た。
目が潤んでいて、悲壮な顔だった。
なぜに俺を見る。
何か嫌な予感がした。
案の定、黒騎士に捨て身で突貫。
足止めの為に少々の傷でも下がらないつもりだ。
ニニアンは弓に切り替え、黒騎士の行く手を見切って魔力矢を放つ。
そのおかげで随分と行動を制限できている。
ミィナはニニアンを見習いつつ、黒騎士に直接当てに行っている。
ミィナも矢に魔力を乗せ出したので、黒騎士が大楯で防ごうとする動きだけでも十分すぎるくらいだ。
しかし黒騎士の剣技は冴え渡る。
ニニアンの矢を大剣で切り払ったかと思えば、そのままマルケッタへの攻撃に繋げている。
双剣を重ねて防ごうとするも、長剣は易々とマルケッタの剣を跳ね返し、ケンタウロス娘の細い肩をざっくりと穿った。
「ああ!? マルちゃん!!」
クェンティンが悲痛な声を上げるが、当のマルケッタは不屈の目をして長剣を凌いでいる。
しかしそれは急所を外しているだけで、脇腹や馬体の腿をザックリと斬られ続けている。
着ている布の服が血で滲み始める。
マルケッタは膝を折りそうになるのを必死で堪えて長剣の嵐を凌いでいるが、誰の目にも明らかな劣勢だ。
しかし足止めには成功している。
マルケッタが不動を貫くので、対する黒騎士も無理に動けないのだ。
マルケッタの背後からは、ふたりのスナイパーが虎視眈々と狙っているから。
格上相手に一歩も引かず対峙するのは犠牲を最小限にしたい俺からすれば無謀としか言えないが、いまこのときはその覚悟のおかげで時間稼ぎができているのは確かだ。
マルケッタはついに押され、膝を屈した。
長剣が滑るようにマルケッタの首を刈る。
「――させないよ」
マルケッタの肩を抱き寄せるようにして引っ張り、同時に黒騎士の足元を崩した。
長剣はマルケッタの髪を数本はらりと斬ったが、首には届かなかった。
足場を崩されてはさすがにたまらないだろう。
黒騎士は驚きの反応速度で瞬時に横に飛ぼうとしたが、ミィナがそれをさせなかった。
いつの間にか黒騎士の頭上に跳んでおり、崩壊した穴から逃れようとする黒騎士へしなやかな回転からの落雷のような鋭いかかと落としを繰り出す。
それは大楯で防がれたものの、移動をキャンセルすることに成功し、ミィナは大楯を足場に横に逃げた。
黒騎士は崩れた足場から脱出する手立てを失くし、天井を仰ぎながら手足をジタバタもがいて落ちていく。
深い深い闇に吸い込まれていった後、余韻も残さず土で埋め、穴を塞いでしまえば終わりだ。
這い出てくることがあるかもしれないと地面を念入りに硬くしておいたが、気休めにすぎないだろう。
出ようと思えば横穴を掘って出られる。
生き埋めにされて死なない身体ならば、だが。




