第124話 透明人間
身体が変化していた。
『全盛期』というスキル効果により、どんどんと成長が進んでいく。
それまで着ていた服が縮んでいくように感じ、服の丈から大幅に手足が飛び出して、気づけばパツンパツンになってしまった。
成長の止まった体を見てみると、筋肉質な二十代前後の腕と足になっていた。
鏡がないので顔は見られないが、輪郭を指で確かめてみる限り、途轍もなくイケメンかどうしようもないブサイクになっていることはないだろう。
元が元だ。
だがそれはいい。
髪にはそれほど変化がないのは幸いだが、子どもの姿のときよりは若干伸びている。
これなら誰も気づくことはないだろう。
老貴婦人が命を絶ってから泉に対する忌避感が生まれたようで、自らの首を絞めて死んだ彼女の遺体を運び出すために、泉の前から野営地へとぞろぞろと戻っていった。
成長した姿の自分は、その流れに紛れ込んでも気づかれず、野営地に戻ることができた。
目が合った相手から徐々に洗脳を広めていった。
半数を従えたところでとある冒険者が気づき、泉の水を飲んで強化して対抗することになる。
勢力はふたつに割れたが、元々こちらの戦力は強化済み。
負けることはなかったが、圧勝というわけにもいかなかった。
鎮圧したときには生存者は二十名足らずになっていた。
しかしスキルは『洗脳支配』に始まり、『全盛期』『障壁』『長寿』『不老』『超回復』『毒無効』『土系統魔術』『魔力の源泉』『絶倫』と増やすまでに至った。
命令通りに動くだけの兵隊も作り上げ、性欲処理用に『肉体美』『不老』『肉便器』など、大盤振る舞いのスキルを付与した女もふたり用意した。
あの三人組の生き残りは敵対派閥にいたために、残念ながらスキル要員にする前に死亡している。
使えそうな女には、『隠匿』で偵察要員。
鬼人族の女戦士には『鉄壁』のスキルを付与していたし、『再生』の全身鎧と『切断』の魔剣も持たせて番人に仕立て上げている。
男はすべて木偶人形にして、生活水準を上げるための働きアリになってもらう。
美味しいものを食べたいと思い、養豚場を作らせ、『神業調理』を持つ料理人も作った。
まさに王国が誕生した瞬間だった。
それからも定期的に迷宮へ入り込んでくる輩はいた。
『隠形』の斥候が報告してくるので、『鉄壁』の番人に捕獲を任せ、適当なスキルを奪う。
男は問答無用で木偶人形にして働かせ、女は顔や身体が気に入れば身の回りの世話をさせ、それ以外は木偶人形だ。
そうしてカスタマイズしていき、最強になった。
もはや敵はいない。
そう思っていたところに次の侵入者の報せが届いた。
男五、女四、ケンタウロスが一頭。
ゴツゴツした青ひげの男に、腹が出た貴族のような雰囲気の男。
淑女の物腰の女に、金髪の商人風の青年。
獣人の子どもが少年ひとりに少女ふたり。
赤マントの少年と、ケンタウロスの少女。
それから、希少なエルフも同行しているという。
「自分に気づいているようでした」
「音も気配もしないお前に?」
「はい、獣人ふたりとエルフ、それから魔術師と思われる少年が」
「……それは気をつけたほうがいいな」
女は欲しい、男はアリのように働けばいい。
エルフは特にコレクションに加えたい。
「捕獲してこい。どれくらいの戦力がいる?」
「かなり難しいと思われます」
髪から口元から、隠形らしい装束で隠している女は、死んだ魚のような目を伏せて話す。
『洗脳支配』によって命じられたことをこなすだけの人形になったが、それ故に言葉に一切の誤魔化しはない。
難しいといえば、本当に困難を極めるのだろう。
「それでもやれ。オレはエルフが欲しい」
「かしこまりました」
こうべを垂れると、次の瞬間には姿形が消えていた。
気配などわかるわけがない。
透明人間の女は失敗するかもしれないが、死んだとして大した損害にはならない。
こちらには強力な手駒がまだあるし、自分が出て負けるわけがない。
魔術も武器も通らない、無敵の体なのだから。
○○○○○○○○
洞窟を進んでいくと、鼻のいいマリノアがいちばんに気づいた。
「臭いに腐った卵のようなものが混じってます」と言うのだ。
それはいわゆる温泉の臭いで、硫黄臭だろう。
こんな洞窟で温泉に入れるのかとテンションが上がった。
対照的に獣系は鼻が優れているために、先へ進む足取りが重くなっている。
いつの間にか俺が先頭になり、マリノアが顔をしかめて後をついてくる感じだ。
「えっと、まさかこの先って毒ガスがある感じ?」
「何が毒かはわかりませんが、とてもきついです……」
顔をしかめ、鼻を押さえながら涙目でマリノアは言う。
俺には天然毒に関する知識はほとんどない。
同行する面子も、科学的な毒への造詣はまったくないと言っていい。
だから何の警戒心もなく吸い込んだ硫黄臭に咽込み、突然頭痛が襲ってきて目眩に足をもつれさせたのは青天の霹靂だった。
パニックになりながらも治癒魔術で回復し、這う這うの体で撤退した無知な自分が恥ずかしくなる。
「下がってください。もっと下がって。吸い込み過ぎないでください」
ぜいぜい言いながら、俺はへたり込んでいた。
マリノアが口元を押さえながら、一同にもっと下がるように急かしている。
岩蜥蜴を無事に撃退しても、問題は次々に生まれてくるようだ。
「アルくん、ちょっとちょっと! 大丈夫なの?」
「ちょっとやばかった。無警戒に先に進んだら戻って来れなかったかも」
初見殺しがやばい。
あっという間に指先が痺れてきたので焦ってしまった。
「息を止めて進めばいいのであります」
「どれくらい続くかわからないのに? 死んじゃうよ」
「みんなどのくらい呼吸を止められるのかしらん?」
顔を見合わせた一同。
ティムや俺も含め、同時に空気を吸い込み、そして頬をいっぱいに膨らませて息を止めた。
お互いの顔を窺い、息を堪える。
「よくわかりませんけど、突然何が始まったのかしら?」
頭にはてなマークを浮かべていそうなヴィルタリア。
ミィナとマルケッタはルールをよくわかっていないのだろう、真似して口を押えながら笑っている。
二十秒、三十秒と過ぎていく。
誰も何も言わないが、呼吸を止めているので仕方ない。
不毛な戦いだと呆れるなかれ。
男の意地というのは、得てして無駄のオンパレードである。
「ぶはっ!」
最初に限界が来たのはティムだった。
まぁ妥当と言えよう。
予定外だったのは、ティムが俺限定でくすぐりにきたところだ。
身を捩りながら逃げ回るだけでも無駄に体内の酸素を消費して、息苦しくなってくる。
俺は最後の手段に出た。
貫き手の構えをし、ティムから逃げるふりをして、通り過ぎ様にボン坊、クェンティン、カマロフの脇腹を順に突いた。
「ぶはぁ、勝利!」
俺は拳を掲げる。
脇腹を押さえて文句を言っている負け犬の遠吠えは俺には聞こえない。
「俺がサクッと見てくるしかなくない? それかティムに紐を括り付けて突撃させるか」
不毛な勝利者になったところで、結局は毒ガスが蔓延する中に誰が突っ込むかは話し合いで決める。
「なんでだよ! いや……なんで、ですか……」
「ティム、おまえ、こういうとき率先してやるのが男だろうが。文句ばっか言ってんなよ?」
「アル様に行かせるくらいならわたしが」
「ミィナも行きたーい!」
「ややー!」
「そんな危険なことさせられるわけないだろ!」
「ぼくを危険な目に遭わせてもいいのかよ! ……ですか!」
「ここはカマロフならどうかしら?」
「どうしてここは、でアタシなのぉん! 無理よぉん! 毒ガスの中に突っ込めなんて、そんな危ないことできないわん、アタシしんじゃうぅぅぅ!」
「じゃー、クェンティンさんで」
「ぼくもしんじゃうぅぅぅぅ”!」
ゴチャゴヂャしてきた。
そもそもこの面子で話し合いで決まるわけがなかった。
「じゃ、俺が行くよ」
結局回復手段のある人間がやる必要があるのだ。
犠牲が許容できるならティムを突っ込ませるところだが、短い鹿角を生やしたふっくらおチビはビビリ屋なので、ボン坊のお尻に隠れてお留守番だ。
マリノアは最後まで反対したが、彼女を危ないところに行かせる気にはならなかった。
お腹の子どもに影響しないとも限らない。
極力危ない目に遭わせたくない。
ミィナは考えなしなので怖いし、マルケッタならいけそうだがクェンティンが全力で嫌がりそうだ。
「何かあっても治癒魔術があるから大抵はなんとかなるよ」
「気をつけてくださいね? 無理するのは嫌ですよ」
ギュッとされた。
ぎゅうううっと抱き締め返すと、心配そうな顔に少しだけ笑顔が戻った。
それに、そろそろ現れるんじゃないかとも思っていた。
透明人間を含む、謎の一派。
そろそろ祝福の泉も近いこともあって、単独で動いた方が向こうの出方もわかるというものだ。
本当にこちらを狙っているのなら、エルフのいる集団より、孤立した魔術師の子どもを狙う。
俺ならそうする。
というわけで息を止め、口と鼻を布で覆う。
「アル、風で吹き飛ばせばいい」
「それをすると毒が広まっちゃうから」
そもそも毒といってもいろいろある。
メタンガスなどの有毒物質なら手に負えない。
そもそも空気中の酸素が少ないだけで人体には毒だからな。
この世界では酸素の概念もない。
高山に登って空気が薄くなり体調を崩しても、それは山の神が深入りを拒んでいるからだーという説明で片がついてしまう。
実際に山の神と崇められるような魔物が存在するのもその迷信に拍車をかけるのだ。
神なんて本当にろくでもないものだと思う。
「アルくん! 君ならやれる! そこだ、当たって砕けろ!」
「アル様が岩にぶつかって死ねってことですか! 許しませんよ!」
「い、いや、そういうつもりはないんだけどね……ごめんなさいぃぃぃ」
後ろがうるさい。
はしゃいでいる場合ではないと言うのに。
毒ガスを吸わないように進むと、少しずつ傾斜が生まれ、深みになっているのがわかる。
視界に少し靄がかかっているようだ。
足元が妙にひんやりとしている。
呼吸を止めてられるのも長くはないから、警戒しつつ足を早めた。
下りになっていた道は急に登りになり、傾斜のある崖を四つん這いで這い進んで行くように登った。
登りきった先は視界が急に開け、天井が高くなった。
体育館の二階席に立ったようで、足元を覗き込めば鍾乳石の針山があちこちに目立ち、その隙間を何やら魔物がズルズルと蠢いている。
その数はひとつやふたつでは済まない。
パッと見、五十はいるだろう。
靄はいつの間にか晴れ、吸い込んだ空気は淀んで臭かった。
獣の臭いだ。
青水晶のおかげで視界は確保できるが、本を読めるほど明るくはない。
だから、下で這いずり回る魔物の輪郭もぼやけて見える。
好戦的ではないのか、豚のような太ましい体をのそのそと動かしているばかりだ。
先程岩蜥蜴の群れに襲われただけに、ここは魔物に気づかれずに通り抜けたいところだ。
俺ひとりなら困難はないだろうが、後ろに残した騒々しい団体が静かに切り抜けることは不可能に近い。
このプールのような魔物溜まりに喜んで飛び込みそうな令嬢をひとり知っている。
ああ、頭が痛くなってきた。
「いや、プールか……そうか、畜産場なのかも」
よく見れば這い出ることのできない高さだ。
奥行きも五十メートル程だろうか。
中ほどに二列の柵があり、中央が通路になっていた。
魔物は左右の部屋に分かれている。
養豚施設をなんとなく思い浮かべた。
そういえばさっきから鼻にくる臭いは牧場で嗅いだことのある家畜の糞の臭いだった。
餌を与えて肥育し、食べ頃になったら屠殺し食糧にする。
安定した供給が難しい迷宮内で、誰かが住み着いていることの証左である。
いやいや、こう見えて実は番犬的な凶悪な魔物かもしれない。
ここで飼われているのは、侵入者をこの先へ行かせないための罠なのかも。
物は試しと手近な石を放り投げてみたが、音に反応して石が転がった辺りにのそのそと群がり出した魔物を見て、これは家畜だと確信した。
こちらに気づくどころか、野生の本能すら去勢されているようだ。
一度戻るか。
そう考えた俺の気配察知に訴えかけてくるものがあった。
『鑑定』を使って辺りを見ると、壁際にゆっくりと近づいてくる人物を表示した。
名前 / ニコラ・ラベンダー
種族 / 人間族
性別 / 女性
年齢 / 二五歳
技能 / 短剣術、気配遮断、気配察知、隠形
職業 / 影法師、斥候、冒険者
スキルに『隠形』を持っている。
初めて見るスキルだ。
職業『影法師』も見たことがない。
『気配遮断』と重複していることを考えると、すでに取得していた『気配遮断』の後付けで精霊の祝福を授かったと考えるべきか。
祝福の信憑性が高まった気がする。
実力で透明人間になるわけもないし、視認できないのも『隠形』の効果なのだろう。
ただし、どうしても魔力の残滓は消せない。
透明人間さんの魔力は一切感じないが、彼女が移動することによって足場や彼女の立つ空間の魔力が消えたようになる。
臭いも音もしないが、それだけが違和感として俺やニニアンたちに察知されたのだろう。
迷宮という魔力が濃密な場所であったことが察知の助けになった。
裏を返せば迷宮の外では滅多に見つかることはないという、なんとも恐ろしい影法師である。
とりあえず向こうはこちらを狙っているのか、音を立てずに近づいてきている。
俺は気づかなかったふりをして家畜場を見下ろした。
そして登ってきた道を、息を止めて下りて行く。
上から完全に見えなくなったところで、崖に掴まりながら息を潜めて待った。
『鑑定』は常時発動し続けている。
上を見続けていると、崖の縁から不意に文字だけ現れた。
文字だけが浮き上がっているのは変な感じだ。
向こうも息を潜める俺を見つけただろうが、反応される前に素早く腕を伸ばす。
胸倉と思しきところを掴んだ感触があった。
ぐいっと引っ張り、捕まえたまま毒ガスの蔓延する通路の窪みに一緒に落ちる。
自分の立てる音は完全に消音する能力なのか、ただ地面に叩きつけた感触はあった。
薄っすらと帯びる霧状のガスがふわりと舞い上がり、毒ガスが気流を生みだす。
『隠形』のスキルは、まるでシャッター音のしないケータイのようなものだ。
無敵である。
何が無敵なのかは深く言及しないが、ともかく反則である。
すべては使うものの裁量次第にしろ、それでもチート感は否めない。
盗撮の話ではない。
動きがないのでペタペタと触ると、衣服らしき肌触りを感じる。
まさぐっていると、ふにぃ、と柔らかいもちもちした手触りがあった。
特に反応がないのでふたつのお山をしばらく揉んでおく。
そろそろ我慢している呼吸も限界を迎えそうだったので、透明人間を引きずって仲間の元に戻った。
狭い通路にマリノアとミィナが待っていた。
俺に気づくと飛び出して抱きついてくる。
まだ毒ガスエリアだから。
もうちょっと奥でお願いしたい。
「透明人間を捕まえてきたよ」
「ええ?」
「どれどれ?」
半信半疑な連中が集まってきた。
というか大人ふたりがようやくすれ違える程度の通路で密集されても息苦しい。
「おう、見えないのに触ってる!」
「あれ、これって……」
モミモミモミモミ――
「ちょっと女の子じゃないの! クーちゃん、それ以上触ったらダメよぉん!」
「いや、これはただのお腹の肉かもしれない」
「メイドちゃんに言いつけちゃうんだからねん! なんならアタシの胸を触りなさいよん! それで満足しなさい!」
「これは女性かもね、うん。無闇に触るのは良くないよね、うん、いや、わかったから、手を掴まないで! もうしないから! ごめんなさい、本当に申しません、だから、ああああ! ぎゃ! 固い! すごい固いようぅぅぅぅ!」
「遊ぶのはいいけどさ、あんまり油断してると何されるかわからないよ。見えないんだから、急に刺されても防ぐ手立てはないからね」
オスっぱいを揉まされて目が虚ろになっているクェンティンも、思わずぎょっとしていた。
凶器、ふたつのおっぱい(笑)で済めばどれだけいいか。
ヴィルタリアは魔物ではないことを知ってそもそも興味を抱いていない。
ミィナは床に鼻を近づけるように匂いを嗅いで、ペタペタと触っているが、終始不思議そうな顔をしている。
触れるのに匂いがないことに理解が追いついていないのだろう。
仲間たちに触らせている間、俺は念のため透明人間の両手首をキメて動けなくしていた。
そうしないといつ動き出すかわからず安心はできなかったからだ。
ベタベタ触っていたからか、少し身じろぎをした後、透明人間は意識を取り戻したようだ。
不意に掴んでいた腕の感触が消えた。
『鑑定』で視えていたステータスも消えた。
手で倒れていた辺りを探るが、指先に触れてくるものはない。
あれ? そもそも何を捕まえてたんだっけか?
狐につままれた気分と言おうか、ちょっとボーッとしていたみたいだ。
「さて、休憩終了。息止めてる時間は長くないから、一気に向こう側まで行っちゃおう」
立ち上がった一行は、布を口元に当てて毒ガスの中を歩いていく。
俺の先導のもと、毒ガス地帯を潜り抜け、家畜場へと駒を進めた。
誰も透明人間のことについて触れない。
記憶から消えてしまっていたのだ。
○○○○○○○○
透明人間の女は口を押さえて走っていた。
家畜場を駆け抜け、三つ四つとフロアを過ぎ、ようやく足を止めた。
毒ガスを吸い、アタマが朦朧とするが、これはしばらくすれば元に戻る。
それよりもまず、自分を認識しなければならなかった。
水桶に映った自分の姿が知らない別人に見えた。
しかしそれが自分の顔だと思い出し、喉の奥から聞こえる自分の声で名前を思い出し、靄のような記憶を手繰り寄せるようにこれまでの自分の記憶を思い出す。
そうして補完しなければ、女は自分が消滅することを直感的に悟っていた。
『隠形』のスキルは下手をすれば、この世から自分の存在を消し去ってしまうほどのものだ。
誰の記憶からも消え、自分が何者であったかも忘れて、最後には自分という存在がいないものとなる。
だから自分を保つことが何よりも大事であった。
スキルを深く使うたびに、自らを消滅へと近づける諸刃の剣。
だが女は、覚醒したきた頭ではっきりとわかったことがある。
わずかな間だが、女は誰からも忘れられ、そして自分自身の存在も見失った。
我に返って己を認めることで正気を保ったが、危うい橋であった。
危険な綱渡りを渡りきった女は、気づけば自分を縛っていた洗脳の鎖からも解けていることに気づいたのだ。
洗脳されたことを忘れ、きっと洗脳をした本人も自分の存在を忘れたから、効果が消え去ったのだろう。
女は考える。
自分の仲間を奴隷に貶めた男への復讐を。
女のすぐ横を、操り人形にされた元兵士が素通りして巡回を続けていた。
女の姿は誰にも見られないまま、闇に溶けていった。




